第27話 平和すぎる魔獣使いと、敵戦力“骨抜き”作戦

「部下を鬱にする将軍」グロリアが、晴れやかな(しかしどこかドSな)笑顔で帰っていった翌日。


 俺たちは、カウンターで指折り数えていた。


「えーと、アイドルになったシズクさん、誤爆しなくなったフレイさん、あとメンタルブレイカーのグロリアさん……」


 ユノが首を傾げる。


「あと一人、いませんか?」


「四天王だからな。計算上はあと一人いるはずだ」


 俺が言った直後だった。


 ズズズン……ズズズン……。


 店全体が揺れた。地震ではない。何かが、巨大で重い何かが近づいてくる足音だ。


 窓の外が暗くなる。


「わ、わ、魔物!? 巨大な狼です!」


 フィオが悲鳴を上げて隠れる。

 店の前に現れたのは、家ほどもある巨大な銀色の狼――伝説の魔獣、フェンリルだった。


 その鋭い牙、鋼のような毛並み。一噛みで城門すら砕く殺戮の化身。


 だが。


「こらー! ポチ! お店の前でおしっこしちゃダメだってば!」


 フェンリルの背中から、元気な声が響いた。

 ひょいと飛び降りてきたのは、虎耳と尻尾を生やした、褐色の肌の少女だった。


「ごめんねー! ポチったら躾がなってなくて!」


 少女はニカっと笑い、フェンリルの鼻先をペチペチ叩いた。


 すると、地獄の魔獣フェンリルは、「クゥーン……」と情けない声を出して、ゴロンと仰向けになり、腹を見せたではないか。


「……ポチ?」


 俺は呆気にとられた。


「おう! アタイはリズ! 魔王軍四天王・魔獣部隊長だ! 相談があるんだよ、店長!」


 リズは、フェンリルの腹をワシャワシャ撫でながら、店に入ってきた。


 四天王最後の一人。見た目は一番強そうで、そして一番頭が悪そうだ(褒め言葉)。


「相談ってのは、こいつらのことだ」


 リズは、外で腹を見せて寝ているフェンリル(伝説級)を指差した。


「アタイのスキル、《絶対愛玩(グッド・ボーイ)》っていうんだけどさ……。これのせいで、アタイが触った魔獣はみんな、戦う気をなくして『ただの甘えん坊』になっちまうんだよ!」


 俺の頭に、赤い注釈が浮かぶ。


 ――スキル:《絶対愛玩(グッド・ボーイ)》

 ――効果:接触した魔獣・動物の「闘争本能」を消滅させ、「服従心」と「愛着」を極大化させる。

 ――副作用:野生の喪失。戦闘不可(じゃれつき攻撃のみ可)。


「困るんだよぉ! 魔王様に『人間を威圧してこい』って言われても、こいつら、敵を見ても尻尾振って遊びに行っちゃうし!」


 リズは頭を抱えた。


「この前なんて、ドラゴン部隊を出撃させたら、敵の砦の上で日向ぼっこ始めちまって……アタイ、恥ずかしくて死ぬかと思ったぞ!」


「なるほど。軍隊としては致命的だな」


 俺は頷いた。

 魔王軍の売りである「恐怖」と「暴力」が、彼女の手にかかると「癒やし」と「モフモフ」に変わってしまう。


 動物園を開くなら天才だが、戦争には使えない。


「どうすりゃいいんだ? 手袋して触ればいいのか? でもそれじゃ言うこと聞かないし……」


「……リズ。発想を変えろ」


 俺は言った。


「お前は、自分のペットを戦場に連れて行こうとするからダメなんだ」


「あ?」


「お前のその手は、どんな凶暴な魔獣でも一瞬で『骨抜き』にできるんだろ?」


「おう! どんな狂暴な熊でも、アタイが撫でればゴロニャンだぞ!」


「なら、『敵の魔獣』を撫でてこい」


 リズが目を丸くした。


「敵の……?」


「そうだ。人間の軍隊だって、騎馬隊や軍用犬、あるいは召喚獣を使う。それらは本来、訓練された殺戮兵器だ」


 俺は、ニヤリと笑った。


「戦場で、お前は武器を持たずに敵陣へ突っ込め。そして、敵が乗っている馬や、襲いかかってくる召喚獣を、片っ端から撫で回すんだ」


 想像してみる。


 勇猛果敢に突撃してきた重装騎兵団。


 だが、リズが触れた瞬間、軍馬たちが一斉に戦意を喪失し、その場に寝転がって腹を見せる。

 落馬する騎士たち。動かなくなる戦線。


「……それ、戦うよりすごくないか?」


 カナが呟いた。


「敵の『足』と『牙』を奪うんだ。殺す必要はない。ただ『いい子いい子』してやるだけで、敵軍は機能不全になる」


 俺はリズに言った。 


「お前は『敵戦力奪取(NTR)部隊長』だ。お前が通った後は、敵の軍用獣が全部お前のファンになる」


「す、すげええええ!」


 リズの目が輝いた。虎耳がピンと立つ。


「それならできる! アタイ、動物と仲良くなるのは得意だもん! 敵の馬もドラゴンも、全部アタイの虜にしてやるよ!」


「試してみるか。……ちょうどいい実験台がいる」


 俺は、窓の外を指差した。

 店の近くの路地裏に、柄の悪い冒険者たちがたむろしている。彼らは「戦闘用タイガー」を鎖で連れていた。


「あいつら、最近ウチの店の周りをうろついてるチンピラだ。あの虎、結構凶暴らしいぞ」


「任せとけ!」


 リズは飛び出した。

 

 ◇


「おい姉ちゃん、何見てんだぁ? 俺の『キラータイガー』の餌になりたいのか?」


 チンピラが、リズを見て下卑た笑いを浮かべた。


 鎖を放す。キラータイガーが、牙を剥いてリズに飛びかかる。


「ガルルルルァッ!!」


 普通の人間なら恐怖で動けなくなる殺気。

 だが、リズは満面の笑みで両手を広げた。


「よーしよしよし! お前、毛並み悪いなぁ! ブラッシングしてやるよ!」


 ガシッ。


 リズが、飛びかかってきた虎の顎の下と耳の裏を、神速の手つきで撫で回した。


「グル……ニャ……ニャゥーン……」 


 一瞬だった。

 空中で虎の表情がとろけ、着地と同時にリズの足元にすり寄った。


 喉をゴロゴロ鳴らし、もっと撫でてと頭を押し付ける。


「な、なんだと!?」


 チンピラが絶句する。


「おい、殺せ! 噛みつけ!」


 だが、虎は主人を一瞥もしない。完全にリズにメロメロだ。


「へへん! お前の飼い主、チェンジだ! 今日からお前は『タマ』な!」


 リズが指差すと、虎は「ワン!」(?)と吠えて、元主人であるチンピラに向かって「あっち行け」とばかりに威嚇した。


「ひ、ひいいっ! 俺の虎が寝取られたぁぁぁ!」


 チンピラたちは泣きながら逃げ出した。


 ◇


「やったぞ店長!」


 リズが、新しいペット(元キラータイガー)と、ポチ(フェンリル)を引き連れて戻ってきた。


 二匹とも、リズの後ろで幸せそうに尻尾を振っている。


「完璧だな。これからは戦争のたびに、魔王軍のペットが増えるわけだ」


「おう! 魔王様にも報告してくる! 『敵のドラゴン、全部もらってきます』ってな!」


 リズは、嵐のように笑って、嵐のように去っていった。


 その後ろを、巨大な魔獣たちが大人しく一列で行進していく。


「……これで、四天王コンプリートですね」


 ユノが、遠くなるリズの背中を見送って言った。


「ああ。どいつもこいつも、一癖も二癖もある連中だったな」


 俺はカウンターに肘をついた。


 隠密できないアイドル(シズク)。

 味方を撃つ絶対支援魔導師(フレイ)。

 戦意を削ぐ鬱将軍(グロリア)。

 敵をペットにする魔獣使い(リズ)。


 これが、新生・魔王軍四天王。

 勇者が率いる正統派の軍隊より、よほどタチが悪く、そして……少しだけ楽しそうだ。


「レオンさん」


 ユノがくすりと笑った。


「世界、めちゃくちゃになりそうですね」

「いい傾向だ。ハッピーエンドへの道は、一本道じゃない方が面白い」


 こうして、魔王軍へのコンサルティングも無事(?)終了。 


 四天王たちの活躍によって、人間と魔族の戦争は、「血で血を洗う戦い」から「奇妙な交流戦」へと変貌していくことになるのだが……それはまた、別の話だ。


「さて、今度こそ明日は休みだ。……ゆっくり寝かせてくれよ」


 俺は心からそう願いながら、店じまいを始めた。

 今のところ、明日の予約表は白紙だ。……今のところは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 21:07 予定は変更される可能性があります

クソスキルFラン娘の真の実力を引き出せるのは俺だけ 〜勇者パーティ追放されたけど、俺と最弱の女の子たちは勇者パーティより世界を救ってます〜 @pepolon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画