Desert
有理
Desert
「Desert」
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本作はオイル様主催フライヤー×台本企画『紙演転生』公式作品です。
詳細は以下URLを確認ください。
https://crypterpepe04.wixsite.com/website
フライヤー作成者:てんし様
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佐伯 澪(さえき みお)
相島 伊織(あいじま いおり)
武藤 愛子(むとう あいこ)
愛してくれない、世界がきらい。
相島「佐伯!!」
佐伯N「あの日に戻れたら、私は言えるだろうか。」
武藤「世界中が澪の敵になっても、私は澪の味方だよ」
佐伯N「眩む視界と轟音、目の前の」
武藤「ね?お揃いにしよ。」
佐伯N「あの日に戻れたら、やり直せたら。いや、やり直せない。私は初めからもう、間違えてたんだ。」
武藤「ねえ、私を愛せないってこと?」
佐伯(たいとるこーる)「Desert」
______
武藤「澪ー!お待たせ!」
佐伯「愛子。大丈夫だよ」
武藤「何飲んでるの?私も同じのにする」
佐伯「これ、紅茶だよ?愛子コーヒーの方が好きじゃない?」
武藤「…いいよ!紅茶で!お揃いにしよ。」
佐伯「そう?分かった。すみません、」
武藤「澪ー、0日婚ってどう思う?」
佐伯「え、私は嫌だよ」
武藤「何で?」
佐伯「何でってよく知りもしないのに結婚なんてできないよ!愛子はいいの?」
武藤「なんか流行ってるしーと思って。すぐ手に入れたいんじゃない?」
佐伯「えー」
武藤「早く独占したいって気持ちは私も分かる」
佐伯「何それー。」
武藤「だめ?」
佐伯「可愛く言っても怖いよ…」
武藤「そうかな?」
佐伯「洗脳みたい!」
武藤「うーん」
佐伯「ちゃんと心を通わせてから結婚したい。私は」
武藤「電撃!みたいに結婚するのもいいと思うけど」
佐伯「…そっか…それもあるか…」
武藤「ねえ、そういえば同窓会の返事送った?」
佐伯「あ、高校の?」
武藤「そう。行くの?」
佐伯「うーん。私、愛子以外に仲良い友達いなかったし悩んでる…。愛子は?もう送った?」
武藤「行かないよ?」
佐伯「え、そうなの?」
武藤「うん。」
佐伯「でも、愛子は友達もたくさんいたし、私と違ってさ、」
武藤「私は澪がいればいいの」
佐伯「あ…」
武藤「行くの?澪。」
佐伯「…どうしようかな…」
武藤「…」
佐伯「考えてみる…まだだよね締切」
武藤「まあ、まだだけど。」
佐伯「…愛子?」
武藤「何?」
佐伯「ううん」
武藤「でも、なんでこんな変なタイミングで同窓会なんだろうね。」
佐伯「そう、だね。なんだろうね…私まだ一回も出たことなくて。だから、一回くらいって思ってるんだよね。この前あったやつはどうしてか、連絡来なかったみたいなの」
武藤「…そうなんだ」
佐伯「うん。手違いかな?」
武藤「そうかもね。私も行ってないし、知らない」
佐伯「そっか。」
武藤「澪が行くんなら考えようかな。」
佐伯「え?」
武藤「だめ?」
佐伯「ううん!嬉しい!心強いよ!」
武藤「行く時は教えて。」
佐伯「うん、ありがとう。」
武藤「…うん。」
佐伯N「昔から私に友人はほとんどいなかった。武藤愛子、この親友を除いて。だからたった唯一の彼女を失いたくなかった。彼女とは中学で出会い、高校も一緒で大学も学部は違ったが同じ大学だった。引っ込み思案の私と違って人当たりのいい彼女は輪の中心にいた。でも、いつも私の隣にいてくれた。」
武藤「あ、そういえばこれ。」
佐伯「ん?」
武藤「この前社内旅行で、お土産!お家で食べて」
佐伯「え、いいのに」
武藤「おじさんとおばさん、甘いもの食べるって言ってたから」
佐伯「ありがとう!」
武藤「うん。」
佐伯「今度私も買わせて?」
武藤「え?」
佐伯「え、愛子のお家にも」
武藤「あ、ああ私一人暮らしだよ?知ってるでしょ?」
佐伯「実家に送ればいいじゃん」
武藤「…ああ、そうだね」
佐伯「甘いもの好き?」
武藤「…あんまり食べない、かな」
佐伯「そっかー!分かった!」
武藤「…ありがとう」
佐伯「うん、こちらこそ」
武藤「…」
……………
相島「あ」
佐伯「あ、相島くん」
相島「今帰り?」
佐伯「う、うん、先生は?」
相島「もう職員室行ったけど」
佐伯「あ、そっか」
相島「…何」
佐伯「あ、ううん、」
相島「…そこに居られると気が散るんだけど」
佐伯「ピアノ」
相島「…」
佐伯「弾くの?今から」
相島「…だったら何」
佐伯「き、聴いてもいい?」
相島「…」
佐伯「…」
相島「勝手にすれば」
佐伯「あ、ありがとう!」
……………
相島「いや、もうピアニストでも何でもないから。今?俺ただの家具屋。いや、だからあの、華道家のビルで有名な、そうそう、そこの家具屋。え?弾けって?あー、一曲だけなー。あー、じゃあ、えっと、」
武藤「んー!ねえ、澪このキッシュ美味しいよ!食べてみて!」
佐伯「ん、本当だ。美味しい」
武藤「ね!てか、みんな変わってなさすぎて嫌になってくるね!」
佐伯「え?どういう意、味」
武藤「ん?どうした?」
佐伯「この、曲。ピアノ、生演奏?」
武藤「…え?あ、本当、よく聴こえたね。でもピアノなんていいからこれ、」
佐伯「…、こっちだ」
武藤「え、あ、ちょっと待ってよ」
佐伯「っ、」
武藤「澪、荷物!ちょっと!」
佐伯「っ、はっ、」
佐伯N「跳ねた、心臓が、足が、脳が、喉が。私はこの音を知っている。脳裏に浮かぶ。未だ見てもいない、あの日の彼の指運びと空を切る手。視線移動と揺れる黒鍵。覚えている、忘れてはいない。相島くんだ。」
佐伯「は、」
相島「あ」
佐伯「相島、くん」
相島「…佐伯?」
佐伯N「その後、盛大な拍手に包まれて私は気まずさのあまりピアノのそばから逃げるように離れた。」
武藤「…」
佐伯「あれ?愛子?愛子??」
武藤「澪ってば走ってどっか行っちゃって、どこ行ってたの?」
佐伯「ごめん!」
武藤「私飲み物とってくるから、ここいて?」
佐伯「うん、分かった。」
武藤「今度は走り出さないでね!」
佐伯「分かってる!」
______
武藤「相島くん」
相島「あ、武藤さん」
武藤「覚えてたんだ」
相島「そりゃあ、有名人」
武藤「そ?ねえ、これ、私の連絡先。」
相島「は?」
武藤「話したいことがあるの。今度時間作ってほしくて!いい?」
相島「…まあ、うん」
武藤「うん。それだけ。」
相島「…佐伯は?」
武藤「…え?」
相島「さっきいたんだけど」
武藤「帰ったよ。」
相島「…そっか。」
武藤「…じゃ、また。」
相島「…うん。」
武藤「…」
______
佐伯「あ、愛子。おかえり」
武藤「なかった!」
佐伯「え?」
武藤「飲みたいものなかった!帰ろ?」
佐伯「え、あ、あのね、愛子私、」
武藤「帰ろ!」
佐伯「…あ、」
武藤「帰ろ…?」
佐伯N「もしかして、嫌なことがあったのかもしれない、とそう思った。だから私は相島くんと話したかったけれど愛子の手を引いて、そっと逃げるように同窓会会場を出た」
……………
相島「どうだった?」
佐伯「うん、綺麗だった」
相島「え、何その感想」
佐伯「え、変?!ごめん!!」
相島「いや、変」
佐伯「ごめん!!!」
相島「佐伯って変なやつだったんだな」
佐伯「な、なんでそ、そんな」
相島「あははは、いや、嘘」
佐伯「う、嘘?!」
相島「俺、初めて人に練習聞かせたかも」
佐伯「そうなの?」
相島「そうだろ。練習は普通人に聞かせるものじゃない」
佐伯「貴重なもの聞いちゃった…」
相島「うん。」
佐伯「…」
相島「帰るけど、帰る?」
佐伯「え、うん!」
相島「あ、ほらあの雲犬だ」
佐伯「違うよ、猫だよ」
相島「え、犬だよ」
佐伯「どこから見たら犬なの?」
相島「だから、あっこが耳でー鼻だろ?んで口。ほら犬だろ?」
佐伯「そうかなー?」
相島「分からずや」
佐伯「あ!」
相島「な、んだよ」
佐伯「見て」
相島「ん?」
佐伯「苺!」
相島「本当だ」
佐伯「食べられるかな?」
相島「いやだめだろ」
佐伯「そう?」
相島「それ蛇が食べる苺だろ?」
佐伯「そうなの?」
相島「多分」
佐伯「じゃあ食べられるじゃん」
相島「お前蛇じゃないだろ」
佐伯「…それもそっか」
相島「お前やっぱ変なやつだな」
……………
武藤「ねえ、澪。」
佐伯「ん?」
武藤「初恋って何の味がするんだろうね。」
佐伯「…え?」
武藤「知ってる?」
佐伯「え、何急に」
武藤「同窓会で思い出しちゃった。初恋。」
佐伯「へー。」
武藤「苺かな?やっぱり」
佐伯「…どうかな?」
武藤「そんな気がしない?何となく。」
佐伯「…さあ」
武藤「ヘビイチゴ」
佐伯「…」
武藤「ね?そんな気がする。ねえ、私さ、昔相島くんのこと好きだったんだ。」
佐伯「え」
武藤「…あの頃言ってたら応援してくれてた?」
佐伯「…」
武藤「初恋だったの。」
佐伯「…」
武藤「告白、してみようかな。今から。応援してくれる?」
武藤「ねえ、澪。」
佐伯N「冷たい空気が喉を通っていく。私は勝手に言葉を吐いた。脊髄が話していく。脳ではない。脊髄が彼女と会話をしているのだ。」
佐伯「うん。分かった」
武藤「よかった!澪が応援してくれないとどうしようかと思った。」
佐伯「なんでも言ってよ」
武藤「うん!ありがとう」
武藤「じゃあ私告白、してみるね!」
佐伯N「彼女の顔を見てゾッとしたのはこれが初めてだった。」
______
相島「…ども」
武藤「こんばんは。やっと会ってくれたね」
相島「まあ、休みが合わなかったから」
武藤「合わせなかった、とかじゃなくて?」
相島「違うよ」
武藤「じゃあよかった。」
相島「とりあえず、お疲れ」
武藤「ん、お疲れ様。」
相島「…で、何話したいことって」
武藤「私、結婚したいの。」
相島「…何?急に」
武藤「相島くんと。結婚したいの。」
相島「突拍子もないこと言ってるって自覚ある?」
武藤「あるよ。」
相島「…」
武藤「次、会ったら言おうって決めてたの。だって、私にとって相島くんは初恋の人だったから。叶えたいじゃん?初恋って。」
相島「…武藤さんのこと俺知らないし」
武藤「知っていけばいいよ。これから。」
相島「いや、でも」
武藤「ねえ、だめかな。」
相島「…」
武藤「私じゃ、だめかな。」
相島N「ちらちらと過ぎる彼女のまっすぐな目、そして佐伯の顔。」
武藤「それにね1番は澪がね、応援してくれるって言ってくれたの。」
相島「…え」
武藤「今まで付き合った人は、応援してくれたことって一度もなくってね。だからこれって、結婚だって思ったの。ね?そうでしょ?だから、」
武藤「相島くん。私と、結婚して。」
相島「…」
相島N「干からびていく気がした。眼球の水分が根こそぎ蒸発していく感覚がする。佐伯は俺のことなんか全く何も感じていなかった。だったら、だとしたら俺はこの子の初恋を叶えてやった方がいいのではないか、とふと、思った。だから、俺の脊髄は咄嗟に」
相島「うん」
相島N「干からびて干からびて死ぬくらいならと縋った。」
______
佐伯「もしもし?」
武藤「もしもし、澪?」
佐伯「あ、どうだった?」
武藤「うまくいった!」
佐伯N「うまくいった、その一言に素直に喜べなかった自分が虚しくて悔しくてどうしようもなかった。」
佐伯「おめでとう!初恋、叶ったね!」
武藤「うん!結婚する!」
佐伯「…え」
武藤「私、相島くんと結婚する」
佐伯「…結婚?」
武藤「そう。」
武藤「初恋は、叶えなきゃ。でしょ?」
佐伯N 「世界が一瞬止まった。ほんの一瞬だけ細胞の全てが生きるのをやめた。」
武藤「澪?」
佐伯「あ、ごめん。うん、そう、そうだね。うん、」
武藤「それでね、澪のとこの花屋さんにお花をお願いしたいなーって思ってるんだけど。あ、まだ先の話なんだけどさ!」
佐伯N「耳がくぐもってよく聞こえなかった。ただ、私の初恋が遠くの方で砕け散ったことだけはよく分かった。」
……………
相島「何してんの」
佐伯「え」
相島「ずぶ濡れ」
佐伯「傘誰かに盗られちゃって」
相島「で?」
佐伯「え、終わりだけど」
相島「誰かの盗れば?こんなにあるんだから置き傘」
佐伯「無理だよ」
相島「えー」
佐伯「私みたいに困る人いるかもしれないし」
相島「クソ真面目」
佐伯「…相島くん、それ誰かの傘?」
相島「いや自分の」
佐伯「よかった」
相島「何で」
佐伯「半分軽蔑するとこだった」
相島「なにそれ」
佐伯「なんでも」
相島「もうあんまり意味ないけど入れてやるよ」
佐伯「え」
相島「傘」
佐伯「あ」
相島「本当意味ないけど」
佐伯「ありがと」
相島「ん」
……………
佐伯「…あ、雨」
相島「あ、れ。佐伯?」
佐伯「あ、」
相島「何してんの」
佐伯「…仕事帰り、です」
相島「なんで敬語?てかこっち来いよ。濡れるから」
佐伯「あ、うん。」
相島「本格的に降ってきたな。」
佐伯「うん、傘持ってきてない…」
相島「止めばいいけど。」
佐伯「…」
相島「…」
佐伯「相島くん、愛子と結婚するんだってね。」
相島「…うん」
佐伯「…おめでとう。」
相島「…」
佐伯「…」
相島「佐伯が応援したって聞いた」
佐伯「あ、…うん。そ、そう、だ、ね。」
相島「…」
佐伯「…」
相島「俺、さ。」
佐伯「うん」
相島「同窓会の時、佐伯の事探してたんだ」
佐伯「え」
相島「話したくて」
佐伯「そ、うなんだ」
相島「…あのさ」
佐伯「…うん」
相島N「何度、言葉を飲んだだろう。あの日、言えなかった言葉をここにきても俺は言えない。もう、言う資格がない。だって佐伯は、俺のことを何とも思っていないんだから。」
佐伯「…ピアノ。」
相島「え」
佐伯「喜びの島、まだ弾けたんだね。」
相島「覚えてたんだ」
佐伯「うん。」
相島「…あのさ」
佐伯「ん?」
相島「俺、昔、お前が好きだったんだ」
佐伯「…え」
相島「…初恋?ってやつ。」
佐伯「…」
相島「ごめん、そんなこと言われても困るよな」
佐伯「…ううん。」
相島「…」
佐伯「…あのね」
相島「ん?」
佐伯N「跳ねる、黒鍵と指。私は、親友を」
佐伯N「_____」
______
牧師「新婦、あなたは彼を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
武藤「誓います」
佐伯N「私は結局愛子に何も言えないまま、愛子は相島くんと結婚した。」
武藤「澪。」
佐伯「…愛子。おめでとう。」
武藤「…はい。」
佐伯「え?」
武藤「ブーケ。受け取って」
佐伯「え、なんで」
武藤「本当はブーケって投げるけど、私は澪に受け取って欲しいから。だって頑張って作ってくれたブーケ、投げたくないもん。崩れたら嫌だし。1番大事なのは澪だから。」
佐伯「…愛子」
武藤「ね?受け取って」
佐伯「ありがとう」
武藤「だいすき」
佐伯「…私も」
佐伯N「ずきん、と。胸の奥が痛くて。抱きしめた白いドレスの愛子が切なくて仕方なかった。」
武藤「澪。」
佐伯「ん?」
武藤「私、澪のこと1番の親友だと思ってるよ」
佐伯「え」
武藤「ずっと、お揃いだよ。」
佐伯「…どういう、意味」
武藤「ね」
佐伯「…」
佐伯N「愛子に貰った、私の作ったウエディングブーケは白いカラーを中心に作ったものだ。そこに、見覚えのない、赤いシミ。」
武藤「私のこと、好きでしょう。澪」
佐伯「…」
佐伯N「怖い」
武藤「ね」
佐伯「うん」
武藤「うん。よかった」
相島「何してんの」
武藤「話してたの」
佐伯「あ、」
相島「そうなの?」
佐伯「うん」
武藤「ねえ、今度3人でご飯食べに行こうよ」
相島「2人で行けよ」
武藤「3人で!」
佐伯「あはは」
佐伯N「愛子はもしかしたら、私達のことを知ってるのかもしれない、とゾクりとした。」
……………
相島「佐伯?」
佐伯「相島くん」
相島「何してんの」
佐伯「…生物の宿題」
相島「…ああ、無駄な本格スケッチ」
佐伯「何無駄って」
相島「今時みんなスマホとかインターネットの画像見て書いてんだよ。わざわざ外出て書いてない」
佐伯「そうなの?!」
相島「うん」
佐伯「…」
相島「…俺も今から描くけど」
佐伯「一緒に描く?」
相島「え、それを?」
佐伯「う、うん」
相島「…いいけど。」
……………
佐伯「…相島くん」
相島「よ。」
佐伯「…」
相島「何?」
佐伯「ううん。…今日、愛子は?」
相島「…さあ、仕事じゃない?」
佐伯「え、話さないの?」
相島「聞かなかった」
佐伯「…何で?」
相島「何でって」
佐伯「相島くん。あのね、相島くんは愛子と結婚したんだよ?愛してあげてよ。愛子…のこと、もっと。」
相島「佐伯…」
佐伯N「彼とこうやって密会してるくせに、何を偉そうに言ってるんだろう。自分の口からこぼれ出る言葉の全てに吐き気がする。」
相島「…本心なんだな。それ。」
佐伯「え?」
相島「いや。ほら、行くぞ。コンサート始まるから」
佐伯「…」
相島「それともやめる?行くの」
佐伯「…行く」
佐伯N「彼女に黙って向かう、ピアノのクラシックコンサート。普段履かない8センチのヒールが爪先を押し出した。」
______
武藤N「私は生まれた時からヒロインじゃなかった。いつも欲しいものは貰えない。だから他人から奪うしかなかった。でも奪ってばかりだと嫌われる。嫌われるとどんどんヒロインから遠ざかっていく。そう、小学生で私は学んだ。親戚中をたらい回しにされて中学に上がると同時に引っ越した。新しい街、誰も私のことを知らない。ここなら、ここでならもしかしたら、ヒロインになれるかもしれない。そう思った。」
武藤N「でも、違った。」
武藤N「物語には順番があって、私は一生そうはなれない。一生、可哀想なままだった。だったら、だったら、と。1番可愛い子も一緒になってもらおうと思った。一緒に、一緒に可哀想に。彼女は一生ヒロインで、私とは違う。でも私が一生可哀想にする。一生可哀想で私と一緒で私と一緒に全部、」
武藤N「だって。私だって」
武藤「あいされたい」
______
相島「ただいま」
武藤「おかえり」
相島「…帰ってたんだ」
武藤「何?帰ってたら悪いみたいな。」
相島「…そんなこと言ってないだろ」
武藤「…ナイルの庭?」
相島「は?」
武藤「会ってたんだ。澪と」
相島「…何言ってんだよ」
武藤「私があげたんだよ。香水。ナイルの庭。いい香りだったでしょ。似合ってたでしょ?澪に、ピッタリ。私センス良いもんね。」
相島「…」
武藤「…何してきたの」
相島「何も」
武藤「…私達、一応結婚してるんだけど。」
相島「俺達の間に、愛があるのか」
武藤「…愛は勝手に生まれるものだと思ってるの?相島くん」
相島「相島って。お前も相島だろ。」
武藤「…そうだった。伊織くん」
相島「生まれないだろ。だってお前、どこが俺のこと好きなんだよ。」
武藤「…」
相島「なんで、俺あの時お前と結婚しようだなんて…」
武藤「不貞行為をしているのは伊織くんなのに、どうして今私が責められているの?」
相島「な、に」
武藤「澪と寝たの?」
相島「違う」
武藤「さいてーだね。」
相島「…」
武藤「澪は、私しか友達がいないんだよ。そんな彼女から全部、ぜーんぶ奪うんだ。奪っていくんだ。最低だ。伊織くん。最低。」
相島「…」
武藤「電話する。澪に。私全部知っちゃったって。」
相島「待てよ」
武藤「澪は何て言うかな。絶望するかな?親友も、親からの信用も失って、同級生達からの印象も最悪。ね、どうなるかな。」
相島「愛子」
武藤「…初めて名前。呼んでくれたね。」
相島「…何なんだよお前」
武藤「澪なんかやめて、私を愛してよ。」
相島「何」
武藤「そしたら、許してあげるから。裏切ったこと、全部全部許してあげるから。私があなたを愛さなくても、あなたは私を愛してよ。」
相島「お前、めちゃくちゃなこと言ってるよ…」
武藤「ねえ、できる?」
……………
相島「佐伯。」
佐伯「あ、相島くん」
相島「これ、返却」
佐伯「あ、うん。」
相島「…図書委員だったんだ」
佐伯「そう。今週当番なの」
相島「だから音楽室来なかったんだな」
佐伯「え?」
相島「いや、」
佐伯「?」
相島「…」
佐伯「これ、何?図鑑?」
相島「そう。植物図鑑」
佐伯「え、そんなの興味あるの?」
相島「いや、興味があったのはこの中の…これ。」
佐伯「何?これ」
相島「サボテンって何色の花が咲くか知ってる?」
佐伯「花、咲くの?」
相島「そう。クラスで砂漠って花咲くんかなってなってさ。サボテンくらいじゃん、植物って。だからどんな花が咲くんだろって思ってさ。意外に綺麗な花が咲くんだよ。種類によってはさ。」
佐伯「…え、それでなんでこの本?」
相島「目玉がなるサボテンがあるって言った奴がいてさ。」
佐伯「目玉?」
相島「うん。赤い花と目玉の実。調べたら寄生植物だった。」
佐伯「…」
相島「トリステリックスっていうサボテンをダメにする、砂漠の花だよ。」
佐伯「…へー。」
……………
武藤「澪」
佐伯「あ、愛子」
武藤「ねえ、何飲む?コーヒー?それとも違うのにする?」
佐伯「あ、何にしようか…」
武藤「…」
佐伯「じゃあ、」
武藤「お揃いにしよう」
佐伯「…」
武藤「お揃いに、しよう?」
佐伯「じゃあ、愛子の好きなものにしよう?」
武藤「…ふふ、…紅茶が好きなんだもんね。澪は」
佐伯「え?」
武藤「…紅茶にしようか」
佐伯「でも」
武藤「ね?お揃いにしよ。」
佐伯「…」
武藤「すみません!和紅茶を、ホットで2つお願いします」
佐伯「…愛子…」
武藤「…澪。」
武藤「伊織くんと、会ってたね」
佐伯「っ、」
武藤「ねえ、もしあの日に戻れるなら好きだって言える?」
佐伯「え?」
武藤「高校生の頃、戻れるなら。言える?」
佐伯「…」
武藤「澪は私の欲しいもの、全部全部持ってるんだから、ひとつくらい。初恋のひとつくらい。私にちょうだいよ。」
佐伯「知って、たんだ…」
武藤「なんでも知ってるよ」
佐伯「…」
武藤「なんでも、」
武藤「なんでも、知ってる」
武藤「だって」
武藤「私はずっと」
……………
相島「佐伯…?」
佐伯「相島くん」
相島「…最近なんかあんまり会わないな」
佐伯「そうだね。クラスも違うしね」
相島「まあ、確かに」
佐伯「今まで頻繁に会ってたのが不思議だったのかも」
相島「そっか」
佐伯「…」
相島「図書委員の当番は?次いつなの?」
佐伯「次はしばらくないよ?クラス毎なんだから」
相島「あ、そうか。うちの学校、無駄に生徒数多いから…」
佐伯「うん。」
相島「あ、そういえば今度ピアノ弾くんだ。合唱コンクール。」
佐伯「そうなの?」
相島「3組何歌うの?」
佐伯「あーなんだっけ?」
相島「え、知らないの」
佐伯「そもそも出るのかな」
相島「…そうなんだ」
佐伯「でも私聴きに行く!」
相島「うん。ありがとう」
佐伯「うん!」
……………
相島N「ブブッと、職場のデスク上に置いていた自分の携帯が震えた。画面を覗くと武藤愛子からのメッセージだった。気落ちし再びパソコンへ視線を移そうとするとまた携帯が呼ぶ。深いため息と一緒にメッセージを確認する。そこには、」
武藤「実家に来て」
武藤「澪と一緒に死ぬ」
相島N「と、書かれていた。」
相島N「意味が分からなかった。書いてある意味も、彼女の意図も、何がしたいのかも、全く理解ができない。ただ、とりあえず、佐伯が危ないかもしれない。ただ、それだけのために、俺は上司に適当な理由を押し付けて会社を早退した」
______
佐伯「愛子、ここって」
武藤「私の実家。来たかったんでしょ?言ってたじゃない。挨拶したいって。幻滅した?」
佐伯「…」
佐伯N「連れてこられたのは物置き小屋のような場所だった。床は所々抜けており屋根もあったりなかったりする。家と呼べる場所ではなかった。人など到底住める場所ではない。」
武藤「人なんか住めないって思った?」
佐伯「え?」
武藤「はは、当たり前か」
佐伯「…」
武藤「ねえ澪。私は、澪が大好きだよ。」
佐伯「…うん」
武藤「あいしてる。」
佐伯「…」
武藤「世界中が澪の敵になっても、私は澪の味方だよ」
佐伯「…」
武藤「ねえ、でも…同時にね。ふふ、同時に、一生2人っきりでいい。一生私と澪だけでいい。それ以外はいらないし、必要ない。愛されたいって思うのも、欲張りになっちゃうから、だってどうせ愛されないんだから!愛してもらえないんだから!私は、愛されないんだからだったら、だったらさ、せめて、」
武藤「澪、」
武藤「澪が、私のこと、あいしてよ」
佐伯N「暗い、ぎしっと泣く床で、愛子は私に縋った。捲し上げた袖、肘のすぐ近くに赤いバーコード、今まで気が付かなかった。私は何にも見てこなかった。彼女の何も知らなかった。欠落した愛に、見て見ぬふりをし続けてきた」
佐伯N「喉が張り付いて言葉が出ない。カラカラに干からびて何も出てこない。肯定も、愛の言葉も、何にも、頷くことすら固まってできなかった。」
武藤「ねえ、私を愛せないってこと?」
佐伯N「ああ、あ、違う、そうじゃ、ないのに、愛子の空洞の目が固まる私を捉えた。」
武藤「じゃあ。死のう。」
佐伯N「小屋の裏にまわったかと思えば赤い灯油缶をガラガラと引き摺りかけ回って行く。この小屋は木造だ。そうか、彼女はここで本当に私と死にたいのか。」
佐伯N「鈍い金属の音が鳴る。ジッポライターの擦れる音、そして灯ったオレンジ色がゆらゆら彼女の手の上で揺れる」
武藤「ね?お揃いにしよ。」
佐伯N「鼻をつくガソリンスタンドの匂い、埃とカビの匂い、そしてもう香らない彼女の甘い花の匂い。」
佐伯N「途端、広げられた手のひらからゆっくり落下していく。地に着くと同時に火の花が咲いた。」
______
相島N「武藤愛子の実家だと聞いていた住所は地元から三駅隣の寂れた商店街だった。店の人に住所の場所を尋ねると、丘の上を指差した。」
相島N「“流れ者の子でしょう?”と。指差した先はそう遠くはなかった。」
______
佐伯「…あ、れ」
相島「…目覚めた?気分は?」
佐伯「ここ、…どこ」
相島「病院。…喉は?痛くない?大丈夫?」
佐伯「…大丈夫。」
相島「…よかった。」
佐伯「…愛子は?」
相島「…」
佐伯「…え、」
相島「…」
佐伯「え、相島くん。…相島くん?私、火事になって、愛子と2人であの小屋の中にいたでしょ?愛子、愛子は?!私だけ何でこんな無事で…」
相島「…間に合ったんだ、俺。」
佐伯「…な、に」
相島「武藤愛子からメッセージが来て、仕事早退してこっちまで来てたんだけど。ちょうど火の手が回る前にあの小屋について。扉開けたら1番手前に佐伯が倒れてて。少し奥にあいつが…」
佐伯「…それで」
相島「佐伯を外に出してからと思って扉出た瞬間、屋根が落ちた。」
佐伯「…ぁ、」
相島「…」
佐伯「そん、な…」
相島「ごめん。」
佐伯「…」
佐伯N「愛子がいない。さいごに見た彼女の顔が頭に焦げ付いて離れなかった。」
______
相島「佐伯。」
佐伯「相島くん、どうしたの?」
相島「これ、あいつの部屋片付けてて出てきたんだけど。」
佐伯「これ…」
相島「婚姻届。俺達の。出してなかったんだよ。」
佐伯「だって、相島くん会社には?どうなってるの?」
相島「俺は苗字が変わるわけでもないし、扶養にあいつを入れるわけでもなかったし、そもそもまだそんなに日も経ってないから…」
佐伯「じゃあ」
相島「結婚式挙げただけで本当に何にも…」
佐伯「でもあの結婚式だって…」
相島「親も呼ばなかったからな。あいつの親がそもそも来ないから、友人だけでやったお遊びみたいな式だし…」
佐伯「…愛子…」
相島「…」
佐伯「ねえ、相島くん、愛子の荷物って向こうのご両親とか親戚とかは取りに来られないの?」
相島「連絡したんだけど、全部ゴミだから捨ててくれって。あ、一応葬儀だけはこっちでやるって案内くれた。」
佐伯「…見せて」
相島「うん。」
佐伯「明日…」
相島「ただ、結構遠くてさ。俺、こんなに遠くにあいついたこと知らなかった。」
佐伯「引っ越してきたの。中学校の時。」
相島「行くの?」
佐伯「行くよ」
相島「俺も行く」
佐伯「…うん。」
相島「ちょっと待ってて…あ、ほら3時間後の新幹線取れた。それで行こう」
佐伯「…うん。」
……………
男子A「お前の家可哀想な家だって母ちゃんが言ってた!だからお前も可哀想なんだろ?」
女子B「愛子ちゃんはお名前に愛が入ってるのに貰えないなんて可哀想!ねえほらみんなで愛子ちゃんに何でもぶつけてあげよう!」
男性教諭「やめろって!武藤が可哀想だろ!…何かあったらすぐに連絡しろよ?先生だけはいつでも武藤のこと守ってあげるからな、叔父さんと叔母さんには絶対に言うなよ。だから、何でも先生の言うことを聞くんだ」
叔母「愛子。さっさと大人になって出ていきなさい。いつまでもこんなところに可哀想で汚い子供は置いておけません。役に立ちなさい、払えるでしょう?立派な体とお顔がついてるんだから。良かったわね、いいものもらって。叔母さんとは大違いだわー。好きなもの奪えるわねーこれでこの顔で。早く出ていってちょうだい。」
叔父「愛子?お前は一生愛されない。」
武藤N「だから、奪ってやった。」
……………
相島「佐伯?」
佐伯「…なんで、誰もいないの。」
相島「…」
佐伯「葬儀、10時からだよね?」
相島「うん。」
佐伯「…もう9時半だよ。てか、離れちゃいけないんだよ?誰かはいなくちゃいけないのに…なんで…」
相島「受付も、葬儀場の方がしてくださってた。聞いたけど、親族の方は来ないって。」
佐伯「え…」
相島「形だけは一応ってことだったみたい。受付の名簿見たけど、俺たち以外には誰もきてないみたいだった。」
佐伯「…」
相島「…」
佐伯「地元の子達には知らされてないの?」
相島「表に看板出てるし、俺達の地元よりもっと田舎だよここ。分かるだろ普通。」
佐伯「…じゃあ、なんで…」
地元女性C「あの。」
佐伯「え、」
地元女性C「武藤さんの知り合いですか?」
相島「はい。」
佐伯「あなたは」
地元女性C「クラスメイトです。小学校の頃の。…彼女、亡くなったんですね。」
佐伯N「その女性が語る愛子の過去が、嘘だったら良かったのにと、何度も口を挟みたくなった。」
……………
男性教諭「すまなかった、だから、あ、そ、そうだな、先生が悪かった!だから誰にも…言わな、言わないで、武藤、」
女子B「愛子ちゃん、やめて!酷いよ!何で私が好きなの知ってて…そんなことするの…酷い…。愛子ちゃん、あ、…やだ、やめて、やめてよ、」
男子A「…お前と遊ぶなって。だから!…みんな、そう言ってるって。」
叔母「ほら、あの前住んでた家、まだ取り壊してないんでしょ?あそこに中学からやりなよ。」
叔父「いやさすがにあそこは人は住めないよ」
叔母「住めるよ。愛子は。」
叔父「それに学校が許さないだろ。まだ義務教育期間なんだから」
叔母「大体何でうちがいつまでも面倒を…」
武藤N「かちゃかちゃと食器の音がする。それはいつも扉一枚向こう側で。私に与えられたのはたった一つの菓子パンのみだ。」
武藤N「叔母の念願叶ってか、中学からは違う街へ引っ越すことができた。私の家はあまりにもボロボロで雨が降ると大変なことになる。そんな場所だったけどそれでも良かった幸せだった可哀想じゃなかった。だって、私はもうひとりぼっちでひとりじゃない。」
武藤N「お揃いにしよ、って言ってくれたから。」
……………
相島「佐伯?」
佐伯「愛子はずっとひとりぼっちだったんだね…。」
相島「火葬終わったら、連れて帰ろう。」
佐伯「え?」
相島「ここに置いて帰ったって引き取りに来ないよ」
佐伯「でも、」
相島「ゴミだから捨てといてとか言う親族だろ。」
佐伯「…」
相島「俺さ、武藤のこと嫌いだよ。でも…。これじゃ…これじゃあんまりだ。」
佐伯「…」
相島「こんな、…ゴミになっていい人間なんていない。」
佐伯「…うん、」
______
相島「これ、武藤の荷物。」
佐伯「…」
相島「…多分日記だと思うんだ。」
佐伯「日記?」
相島「うん。佐伯のことばっかり書いてる」
佐伯「読んだの?」
相島「いや、最初のページだけ捲った。何のノートか分からなくて。俺は見る資格ないけど。」
佐伯「…」
相島「なんか分かるんじゃない?最後話せたの?」
佐伯「…ちゃんとは話せなかった」
相島「じゃあ、」
佐伯「…」
相島「はい。」
佐伯N「彼女の書いた日記は掠れかかった鉛筆でノートに綴られていた。」
……………
武藤「転校した中学校、隣の席。佐伯 澪ちゃん。可愛い。落とした鉛筆を拾ってくれた。ありがとうって言ったら、どういたしましてって言ってくれた。」
武藤「澪ちゃんが、移動教室に一緒に行こうって誘ってくれた。初めてだった。嬉しい。私、普通に見えてるのかもしれない。ここでは、普通になれるのかもしれない。」
武藤「澪ちゃんが、私と一緒に放課後図書室に行こうと誘ってくれた。後ろの女の子にも髪型可愛いねって言われた。1番後ろの男の子にも挨拶された。あれ、私普通になれた?あれ?私もしかして、」
武藤「私のことが好きだと、知らない先輩が言った。」
武藤「そうしたら、世界が終わった」
武藤「クラスのみんなが無視をする。私を冷たい視線で突き刺した。ああ、知っている。これを私は知っている。よく、浴びせられてきた。こうやって私はたくさん刺されてそうしてやがて足りなくなって石を投げるんだ。」
武藤「でも、澪ちゃんだけは違った。」
武藤「周りなんか何にも気にせず私に言った。」
佐伯「“ね?お揃いにしよ”」
武藤「そう言って、澪ちゃんは約束をしてくれた。」
……………
相島「…佐伯?」
佐伯「相島くん、」
相島「大丈夫?」
佐伯「愛子は…」
相島N「ぼたぼた、と。掠れた文字の上に落ちる彼女の涙。」
佐伯「愛子が、今まで私に言ってたこと、全部、全部が書いてある。全部、あの子が自分自身に言って欲しかったことだったんだよきっと。救われたかったのは、あの子だったのに。だって私は、私には、友達がいた、愛子がいた。でも愛子には、愛子には誰にも、欲しい言葉をかけてくれる友達がいなかったんだよ。だって私は、」
佐伯「彼女を愛してあげられなかった。」
……………
武藤「相島伊織、ピアノ、“喜びの島”?ああ、置いていかれる気がした。」
武藤「和かに笑う2人の後ろを少し離れて、地面を這うようにできた赤い実を全部踏み潰して歩いた。」
武藤「委員会で遅くなったばかりに、相合傘して帰る後ろ姿を見送った。誰の傘か分からない私の傘は、澪にとっては軽蔑の証で、」
武藤「剥がしても、剥がしても、初恋は浮かび上がって。私とお揃いじゃなくしていく。どうして?それじゃ、私だけが、やっぱり私ばっかりが」
……………
相島「…合唱コンクール。」
佐伯「…え?」
相島「なくなっただろ?俺達の最後の合唱コンクール。俺がピアノ弾くからって言ったやつ。覚えてる?」
佐伯「…あ、」
相島「あれ、なんでなくなったか知ってる?」
佐伯「…知らない」
相島「…体育館と、音楽室のピアノの弦が何本か切られたんだ。」
佐伯「え、」
相島「だから事件性にもしたくなくて合唱コンクール自体をやめたんだよ。単なるイタズラにして、学校側が揉み消したんだ。もともと、やる気もそんなになかったみたいだから。」
佐伯「…もしかして、」
相島「…あれ以来、佐伯と会わなくなったなと思って。」
佐伯「…」
相島「偶然かもしれないけど。でも、本当に。同窓会で再会するまで全く会わなかった。」
佐伯「…うん。」
……………
武藤「また現れた。澪の初恋。あの時あんなに苦労して引き剥がしたのに。どうして。」
武藤「そうだ。私と結婚してしまえばいいのか。そうすれば、澪に寄りつかない。澪は私とお揃いのままだ。ずっと一緒だ。」
武藤「…澪は私に嘘をつくようになった。あれ、おかしいな、私結局ひとりじゃん。お揃いがいいって言ってでも、澪は違う。澪も私なんか愛してくれない。分かってた。…分かってた。」
武藤「どうして応援できなかったんだろう。あの日に戻れたら、言えたかな。頑張れって。初恋は叶えるものだよって。初恋を知らない私が、澪に言えたかな。幸せを知らない私が、澪に言えたかな。」
武藤「…ううん。私は言えなかった。今の私じゃ、私のままじゃ言えなかったから、ごめんね。澪。」
武藤「だから、」
武藤「あいしてくれなくて、いいよ。」
……………
相島「…武藤は、」
佐伯「相島くん。」
相島「…ん?」
佐伯「愛子、どうしてあげるのが1番幸せなんだろうね」
相島「…。」
相島「それは」
______
佐伯N「あの日に戻れたら、私は言えるだろうか。」
武藤「世界中が澪の敵になっても、私は澪の味方だよ」
佐伯N「眩む視界と、目の前の彼は手を差し伸べて」
武藤「ね?お揃いにしよ。」
佐伯N「あの日に戻れたら、やり直せたら。いや、やり直せない。私は初めからもう、間違えてたんだ。」
牧師「新婦、あなたは彼を夫とし、健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、夫を愛し、敬い、慰め合い、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
佐伯「誓います」
Desert 有理 @lily000
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