最弱のサイジャ

三谷一葉

何人殺せばわかるわけ?

 暗い森の中を、無様な男が駆けていく。

「お、お、お前なんか、シィッ、おま、お前なんかにぃッ」

 みっともなく顎を突き出し、両手両足を無駄に振り回し、何もない土の道で己の足につまずいて転びかけたがぎりぎりで踏みとどまり、口の端から泡を垂れ流しながら、男が走る。

 年齢は二十代半ばから三十代前半あたりだろう。青白く、背が高く、痩せてはいないが極端に太っているわけでもない。茶髪に茶色の瞳の男。

 どこにでもいる醜男だが、彼には分不相応なことに、銀の十字の刺繍が施された銀のマントを羽織っていた。

 神聖魔術師団セイントマジシャンズに所属する魔術師の証である。

 その男の後ろを、女が優雅に歩いていた。

 白髪に赤い瞳。背は低い方だろう。大きな紺色の三角帽に、同じ色のローブ。胸元には、大きく分厚い本を抱えている。

「いつまで続ける気なのかな、コリンズ」

 女が無表情に言った。

図書塔ライブラリの魔女はそこまで暇じゃないんだけど」

「うるせえっ!」

 コリンズが吠えた。それまで続けていた惨めな逃走を中断して、女に向き直る。

「死ねや最弱!」

 下品な怒声と共に、コリンズは右腕を真っ直ぐ突き出した。人差し指と親指で円を作り、親指の先に載せた小石を人差し指で弾く。

 小石は女の顔を目掛けて飛んで行った。

「コリンズ、ああ、君は確か、銃士ガンマンコリンズなんだっけ?」

 小石は女には当たらなかった。彼女の手前まで迫った小石は、見えない壁に当たったのかのように地面に落ちた。

「ただの小石を武器に代えることができるから銃士ガンマン神聖魔術師団セイントマジシャンズの人材不足はかなり深刻なようだね」

 地面に落ちた小石を拾い上げ、女はにっこりと微笑んだ。

 コリンズと同じように、女は右腕を真っ直ぐに突き出した。そして、コリンズと同じように人差し指で小石を弾き、

「うぎっ、うぎゃっ、うぎゃああああ!」

 小石はコリンズの左膝に命中した。彼の膝関節を完全に破壊し、コリンズの左膝から下はすっぱりと切断された。

 左足を失い、地面に倒れ込んだコリンズがのたうち回る。

 女は優雅に歩みを進めた。足元に転がる男を見下ろして、優しく声を掛けてやる。

「君の術、指弾しだんだっけ? 普通はこう使うもんなんじゃないの? 君がさっきやったのは何? あの弾に蝿でも止まりそうな遅いやつ!」

「お、お、おま、おまえ、おまえなんか、おまえなんかぁぁ」

「うん? なんだい?」

 口の端から泡を吹き、目を血走らせた醜男は、勝ち誇ったように怒鳴った。

「さ、さ、最弱のくせに! 最弱のサイジャのくせにぃ!」

「⋯⋯⋯⋯まあ、そうなんだけどね」

 サイジャは深々とため息をついた。

「それならさ、



 魔術師の世界は、徹底的な実力主義だ。

 強い者が正しい。結果を出した者が正しい。

 幼い頃から、サイジャはなにかと他人に馬鹿にされたり見下されることが多かった。

 悔しければ結果を出して見返してやれば良いと、他人は気軽に言う。

 それを信じてひたむきに努力をした時期もあった。

 だが、全て無駄だった。

 学校の試験で一位を取って見せれば、その試験内容な『誰もが名前さえ書ければ合格できる簡単な内容だった』ことになった。あのサイジャが一位になる試験なのだから、幼児でもできる簡単なものに違いないと言うのだ。

 街の運動祭で誰よりも早く走って優勝したら、『今年の参加者は亀より遅い鈍足ばかり』ということになった。本当に俊足の者が参加していれば、サイジャが優勝するはずがないというのだ。

 十代半ば頃になって、サイジャは理解した。

 どれだけ努力をしても、どれだけ結果を出しても無駄なのだ。

 サイジャはサイジャであるというだけで、馬鹿にして見下して嘲笑しても構わないと、他人はそう思っている。

 サイジャが出した成果は、最初から馬鹿にすると、見下してやると決めているから、何をしたところで無駄なのだ。

 だから、サイジャは魔術師になった。

 実力主義の魔術師なら、サイジャのことを正当に評価するのではと期待したのだ。

 サイジャは図書塔ライブラリの魔女の一人となり、その中でも四本の指に入る上位の魔術師、四天王の一人となった。

 だが────


「最弱のくせにっ! お前なんか、最弱のくせにぃっ!」

 足元で、コリンズが喚いている。

 神聖魔術師団セイントマジシャンズ、そしてサイジャの属する図書塔ライブラリの魔女では、ある程度の功績を残した魔術師に異名を贈る習わしがある。

 図書塔ライブラリの魔女の四天王にまでなったサイジャに贈られた異名は────「最弱」だった。

 確かに四天王の中ではサイジャは弱い。だが、四天王以下の魔術師に負けるつもりは毛頭ない。

 サイジャが四天王の一人となった時、図書塔ライブラリの魔女は、『金さえ積めば誰でも魔術師として認める成金機関』だと、貶められることになった。

 あのサイジャが四天王になるくらいなのだから、大したことないのだろうと、ろくに魔術も使えない人間が馬鹿にして見下して来るのだ。

 この、コリンズのように。

「ああ、そうだよ。私は最弱だ。だけど君は最弱以下だ」

 指を弾く。コリンズが得意としている指弾で、今度は右腕を引きちぎってやった。

 汚い悲鳴が上がる。

「最弱の魔術師に負ける気分はどうだい? それともこれから逆転できるのかな? できるんだよねえ、もちろん。だって私は、非力な子供でも倒せる最弱の魔術師なんだし?」

 左目を撃ち抜く。コリンズが、口の端から泡を噴き出した。

「ひ、ひ、ひぃ、ご、ごべ、ごべんば」

「許さないよ」

 今更命乞いを始めたコリンズに、サイジャは冷たく言った。

「ここで君を見逃したら、どうせないことないこと言いふらしてまた私のことを馬鹿にするんだろ。君達は私がやったことなら馬鹿にして見下して嘲笑うって決めてるからね」

 左の人差し指を吹き飛ばしてやった。

 ひと思いに楽にさせてやることはない。サイジャを最弱だと侮ったことを、心の底から後悔させてやらなければ。 


 それから、たっぷり三時間かけて、サイジャはコリンズを甚振った。

 気絶しかけたところにあえて回復魔術を掛けてやり、治した側からその傷口を引き裂いてやった。

 最後は、両手両足を切断し、胴体だけになったコリンズの肛門から木の杭を突き刺した。

 そして、彼の体を火で炙り、コリンズの串焼きを完成させて、サイジャはコリンズの身体を神聖魔術師団セイントマジシャンズの本部に転送した。

 何があったのか、神聖魔術師団セイントマジシャンズの面々はすぐに悟るだろう。

 魔術師の世界は実力主義だ。力を高めるためなら、どんな手段でも肯定される。

 非業な実験でも、魔術師同士の決闘でも。

 結果が出せなければ認められないが、成果があるのなら認められるのだ。

 だから、コリンズとサイジャのも、正式な決闘なのである。

 それでどちらか片方が命を落としたとしても、負けた方が悪いのだ。

「全く、これで少しは身の程をわきまえてほしいもんだね」

 一仕事終えて、サイジャは小さく肩を竦めた。

「何人殺せばわかってくれるのかな。たとえ四天王最弱だったとしても、君よりは強いんだって」 

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最弱のサイジャ 三谷一葉 @iciyo

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