エールとポトフと反省会

うめたろう

宿の食堂にて

「かんぱーい!」


 レナの掛け声に、ジョッキとジョッキのぶつかる音が重なる。

 追加で、女将さんの「店のモノを雑に扱うんじゃないよ」という厳しい眼差しが重なったので、マルセルはサッとジョッキを下ろした。

 危険を伝えようと、レナにも目で合図を送る。

 見よ、長く幼馴染として側にいるからこその、卓越した非言語コミュニケーションを。


「いやー、大成功だったなあ! これならすぐ、冒険者ランクも上がるんじゃないか? なあ、どうかな? 上がるかな? 上がるよな? マルセル、聞いてるか?」


 駄目だ、全然伝わらなかった。

 初依頼の成功という一大イベントの前には、幼馴染の絆など無に等しい。


 女将さんが忙しく厨房に戻って行くのを横目に確認し、マルセルは安堵の息を吐いた。

 そのあとで、まあしかし気持ちはわかるぞと、ジョッキの中身に口をつける。


 一仕事終えたあとのエールの美味さは、尋常じゃなかった。

 新人らしく金がないので食事は質素なポトフ(牛肉の代わりに、角ウサギの肉が申し訳程度に入っている)だけだけれど、これと一緒なら、十分すぎるほどにご馳走だ。


 しみじみと味わってから、マルセルは口を開いた。


「レナ、はしゃぎすぎるなよ。そういう慢心が破滅の元なんだから」

「うーわ、テンションが下がること言うなよ! 小言はせめて明日に回そうぜ? ほら、リーダー命令的な?」

「回しません。俺はお前の保護者がわりですからね、リーダー」

「ちぇっ。同い年のくせにー」

「くせにー、じゃない。こっちはおじさんとおばさんに、『レナを頼む』って言われてるんだから」


 出汁の味を薄く纏ったにんじんを口に運んだあとで、それに、と付け足す。


「レナの目指す冒険者は、薬草採取が上手くいったくらいで大はしゃぎするものなのか?」


 レナは目に見えてハッとして、居住まいを正した。

 ふるふると首を横に振る、こういう真っ直ぐなところはレナの美点だ。

 扱いやすいという点でも、お目付役のマルセルとしては非常に助かる。


 レナの憧れる冒険者像は、彼女の幼少期に確立された。

 ある日、幼き日のマルセルとレナは村外れで魔物に襲われた。

 そして、危ないところを村に滞在していた冒険者に救われたのだ。


 それからというもの、自分達を助けてくれた彼の大きな背中が、レナの目標になった。

 物語の王子様よりも、救国の英雄よりも、ずっと鮮やかに。


 マルセルは、レナが憧れを抱き、夢を追い、ついには本当に冒険者になってしまうまでの全部を、近くで見守ってきた。

 見守りついでに、自分も冒険者になってしまった。


「では、リーダーに質問だ。俺達が今すべきことは?」

「えーっと……今日の依頼を振り返って、良くなかったところは反省して、次に活かす!」

「具体的には?」

「きちんと安全にハイリョして、先走らないようにします! 無理はしません!」

「よしよし。他には何か?」

「マルセルはちょっと、慎重すぎると思う! あんまり判断が遅いと、いざって時に動けなくて逆に危ないぞ!」

「ぐう」


 ド正論だ。

 偉そうに保護者ぶってはいるが、マルセルもまた、ぴっかぴっかの新米冒険者にすぎない。

 幼馴染の有難い指摘を、痛みと共に胸に刻む。


「思いつくのはそれくらいかなあ……。あとは、花丸だった! ここは譲れない!」

「いやまあ……初心者丸出しの二人組にしては、実際よく頑張った。とは、俺も思ってるよ。うん」


 歯切れの悪いマルセルの様子に、レナがくすくすと笑い声を零す。


「マルセル、耳真っ赤すぎるだろ」

「うるさい。自省は得意だけど、自賛とは縁がないんだよ」

「難儀だなあ」

「どこで覚えたんだ、そんな難しい言葉」

「なあ、マルセル」


 不意打ちで真摯な声で呼ばれて、今度はマルセルの方が背筋を伸ばす羽目になった。

 レナの丸い目が、真っ直ぐにマルセルを見ている。


「一緒に来てくれてありがとう。あたしひとりじゃきっと、こうやって調子に乗ることもできなかったから」


 堪らなくなって、マルセルはテーブルの木目へと視線に逃がし、エールの残りをすすった。


「せっかく褒めてるのに、態度悪いぞー」

「褒められ慣れてないんだよ」

「ホントに難儀だな」


 レナが笑う。

 笑って、立ち上がると厨房を振り返り、


「エール、おかわり! 二人分!」


 と、辺りの騒がしさに負けない声で叫んだ。

 華奢な背中が堂々と伸びているのが眩しくて、マルセルは淡く目を細める。


 レナが、あの冒険者の背中を追い続けてきたように。

 同じだけの年月を、マルセルは、レナの背中を追って走り続けてきた。

 泣き出しそうに震えながらも魔物から自分を庇おうとした女の子の、小さな背中を。


 守られるばかりだった自分が、今度はちゃんと守れるようになりたいと、それがマルセルが抱いた、今も抱き続けている切実な願いなのだ。

 故に今日は、マルセルにとっても夢の一歩だ。


 だから、


「この財政難に、おかわりはないだろ」


 なんて、良識ある保護者らしいことをうそぶきながらも、口元には笑みが乗るのを隠せなかった。

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エールとポトフと反省会 うめたろう @pocchipochi

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