【短編ホラー】工事中につき、立入禁止

ささやきねこ

ログコード: UC-704 [Metabolic Zone]

──ねえ、そこで止まって。 その赤いコーンより先へは行かないほうがいい。


──不思議そうな顔をするんだね。 点滅する赤い誘導灯。黄色と黒の縞模様。夜中の2時に唸る発電機。 君には、いつもの「工事現場」に見えているんだろう?


──じゃあ、どうしてこの街は、一年中どこかが掘り返されているんだと思う? 何も変わっていないのに、フェンスの場所だけが少しずつ移動している。


──あれは、直しているんじゃないんだよ。


男は言葉を切り、フェンスの向こうの暗がりを顎でしゃくる。


──あそこで立っている警備員を見てごらん。 制服の肩幅が、少し広すぎると思わないか。 ヘルメットの下の顔が見えないのは、暗いからじゃない。 彼の手にある誘導棒、振り方が一定すぎる。まるで、機械式時計の針みたいに。


──彼は人を守るために立っているんじゃない。 ……邪魔が入らないように、見張っているんだ。


──先週の火曜日、駅前のロータリー。あそこもフェンスで囲まれていただろう。 僕は隙間から見てしまったんだ。 スマホを見ながら、フェンスの切れ目に迷い込んだサラリーマンを。


──悲鳴は上がらなかった。 ただ、「ズブッ」という音がした。 硬化する前の生コンクリートに、重いものを落としたような、湿った音。


──男の足が、アスファルトに沈んでいった。 いや、地面が波打って、彼の足首に絡みついたんだ。 彼は驚いて足を引っこ抜こうとした。でも、抜けない。 それどころか、彼のスーツのズボンが裂けて……。


男は自分の膝をさする。乾いた布の擦れる音が響く。


──血は出なかったよ。 ただ、裂け目からこぼれ落ちたのは、灰色の粉だった。 彼も、痛がってはいなかった。 むしろ、うっとりと自分の腕を見つめていた。 指先が互いに癒着し、平らになり、銀色の光沢を帯びていくのを。


「ああ、やっと決まった」


──そう聞こえた気がする。 スピーカーごしのノイズみたいな声だった。


──次の日、そこには真新しいガードレールが一本、立っていただけだ。 ……美しいと思わないか? 死ぬんじゃない。ずっとここに残る「機能」になれるんだ。


──狂ってると思うかい? じゃあ、さっきから聞こえているこの音、なんだと思った?


男がフェンスの支柱を、自身の左手で軽く叩く


カ、ン。


肉の音がしない。硬い金属同士がぶつかる、高く乾いた音が響く。


──フェンスに触れてから、どうも指の感覚がないんだ。 見て、皮膚の隙間から。 血の代わりに、砂がこぼれてくる。


──喉が渇くわけだ。水分なんてもう残っていない。 でも、体の芯がずっしりと重い。 誰かにぶつかられても、もう揺らぐことはない気がする。


──ああ、聞こえる。 あのドリルの音。ガガガガガ……っていう破砕音。 あれは心拍音だ。「こっちへおいで」って呼んでいる。


──僕は行かなくちゃ。 ちょうどあそこのマンホール、蓋が開いているだろう。あそこが僕の席みたいだ。


──じゃあ、さよなら。


──ああ、そうだ。最後に一つだけ。 君、動かないほうがいいよ。


──足元。


──いつの間にか、白いチョークで「×」印が付けられているから。

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