元カレがSNSで晒されてた
ガビ
元カレがSNSで晒されてた
ある日の木曜日。
4日間、頑張ってきてまだ明日も仕事がある憂鬱な木曜日の夜。
私は自宅でストレスを少しでも発散するためにSNSで炎上動画を漁っていた。
幼稚園の先生をしている私は、園児からも保護者からも「優しい」と評判だが実際は違う。
人間のみっともない姿を見ることが大好きな悪趣味なアラサーだ。
事実、SNSのアプリを開いたらそういった人間達の動画が山ほど出てくる。
電車の写真を撮るために駅員さんに「邪魔だよ!」「死ね! 安月給!」「少し下がるだけでいいんだよ! 耳イカれてんのか!」などと罵詈雑言を浴びせる撮り鉄達達。
飲食店で店員さんと言い争いをした結果、厨房に侵入して警察を呼ばれるおじさん。
そうした連中を見ていると、自分がまだマシな部類に思えて安心するのだ。辛辣なコメントを見るのも楽しい。迷惑をかける奴はこうやって晒されるのだと思うと、真面目に生きていることを肯定してもらえたような錯覚を覚える。
そう。錯覚だ。
もう2年近く恋人がいないことで焦っているアラサー女による現実逃避による錯覚。
でも、それでいい。
とりあえず、明日も仕事に行く活力がもらえるなら、なんでもいい。
さて、次の動画を観よう。
スクロールして見つけたその動画を貼り付けているのは、こうした炎上系統のものを多く扱っているアカウントによるものだった。新しいものを早く投稿してくれるのでフォローもしている。
すぐに再生した。
30代後半くらいの、薄汚い身なりをした男が、政治家の演説に割り込んで「殺すぞ! この売国奴!」と大声で繰り返す動画だった。
いいぞ。これはいい。
政治家に執拗に攻撃する奴は、大抵が余裕の無い奴が多い。きっと、社会に溶け込めなくて仕事が長く続かないんだろう。
こいつに比べたら、私はよくやってる方だ。
よし。もう1回観よう。
あーぁ。他の人からも白い目で見られて……。こんなに大きな声を出してるのに可哀想に。
……ん?
こいつ、どこかで見覚えがあるような……。
いや、どこかでとか、そんなレベルではない。私はこいつと、それなりに長い時を過ごした。
「……正樹?」
かつて付き合っていた男の名が自然と口から漏れた。
\
田口正樹。
有名大学を出ていて、私よりも給料の高い仕事をしていた、1年ほど付き合った元恋人。
友達が開いた合コンで彼を見た瞬間、「あ。タイプ」と思った。油断したら口に出していたかもしれないレベル。
さらに、仕事は市役所の公務員ときた。
これはものにするしか無いと、私は積極的に彼に話しかけてその日のウチに連絡先を交換することに成功した。
それからは、トントン拍子に身体の関係を作り、告白して同棲することになった。
私は昔から勉強が苦手で、頑張って勉強しても平均を超えることができなかった。だから、有名大学を卒業して難しい言葉を駆使して話す彼のことを当時は尊敬していた。
政治に興味を示せなかった私は彼の影響を受けて選挙に行くようになった。別れた今でもその習慣は続いていて、自分なりに候補者を調べた上で投票している。
最初の投票は緊張するからって正樹と一緒に行ったっけ。苦笑いしながらも彼は付いてきてくれた。
しかし、最初は優しかった正樹はだんだん私にキツい態度を取るようになる。
洗濯物を畳むのが雑とか、料理の味が全体的に薄いとかの生活面に関しては我慢できた。でも、私の好きなVtuberなどの趣味の分野にまでダメ出しをしてきた時は本気で腹が立った。
「Vtuberなんて、キモいオタクが観るやつだろ。仮にも俺の彼女なんだから、そんな低俗なモン観るな」
別れた理由は他にもたくさんあるが、これが最も大きな理由だと思う。
私の推しVtuberであるホトリちゃんは、ホラーコンテンツをメインに扱っている少し変わった子だ。
毎日、ホラーゲーム実況はもちろん、小説の朗読や呪物の話もする。さらには心霊スポットに突撃するなど、身体を張ったことをしてくれる。
そんな彼女のことが、私は大好きだ。
正樹のこともそこそこ好きだったけど、もっと大事なホトリちゃんを馬鹿にするなら、もう一緒にはやっていけないと別れる決心をした。
別れを切り出してからは、思い出したくもないくらいに大変だった。
絶対に別れない。今すぐ取り消さないとここで死んでやると言って、包丁を自分の喉に向けたりした。
最初のウチは私も焦って止めたけど、同じようなことを繰り返す正樹が6回目でも怪我1つしていないことに気づき、ただのパフォーマンスなのだと悟った。
呆れた私は、深夜、正樹が寝ている間に最小限必要なものだけを持ってその家から出た。
理想を言えば、次の部屋が見つかってからにしたかったが、私が部屋を探している素振りを少しでも見せると正樹が暴れるので何の準備もせずに飛び出すしかなかったのだ。
漫画喫茶に泊まり、仕事の合間を縫って部屋探しをする数日間は、疲れるけどちょっと楽しかった。何だか物語の主人公になれた気がして。
そうした努力も相まって、正樹にバレないであらう隣県のアパートの1室で今、私は生活している。
あれから3年。
もう顔も見たくないと思っていた正樹に、スマホの画面越しに再会してしまった。
震える手で、もう1度動画を再生する。
清潔感のある身だしなみをしていた正樹が、匂いがキツそうな汚い服を着ている。靴もチラッと映った。ヨレヨレのスニーカーだ。
これはもしかして、彼の誕生日に私が買ったスニーカーか?
アレを買ったのは、付き合いって間もない頃だから4年は経っているはずだ。
他に履くものがないのだろうか。
新しい靴すら買えない生活を、今は送っているのだろうか。
「……オェ」
猛烈な吐き気に襲われる。息もしづらい。
「……何やってんだよ」
別に、幸せになっていてほしいなんて思っていなかった。むしろ、少しは不幸になってくれていた方がこっちの溜飲も下がるとか考えていたくらい。
でも、これは違うだろ。
そこまで堕ちなくていいだろ。
お前、メチャクチャ頑張って偏差値の高い大学に入れたんだろ? その努力は凄いって今でも思うよ。
それに、政治の知識が無い私に丁寧に教えてくれたじゃん。あれ、今でも役に立ってるからそこは感謝してるんだよ?
なのに、このザマはなんだ。
政治活動の邪魔をして、顔も知らない人に盗撮されて拡散されている。
「……ッ」
油断したら涙が出てきそうだったが、必死に耐える。
私にその権利は無い。だって、彼を捨てたのだから。
涙が溢れないように、必死で目を見開く。
すると、コメントが目に入った。
「ヤバい奴きたー!」「こうなったら人間終わりだね」「口臭そう」「こういうことする人って暇なのかな? 無職?」「はい。人生しゅうりょー! お疲れしたー」「教育って大事なんだって改めて思うな」
私は吐き気を抑えつつ、SNSのアプリを閉じる。
そして、その勢いのまま、アプリごと削除した。
今まで、他人のが同じ目に遭っていたのを楽しんでいた分際で今更コメントした連中を非難することはできない。
でも、ほんの少しの間だったけと、私は彼が好きだったんだよ。
ヤなところばかりだけど、良いところもあったんだよ。
「クソ……ッ、クソッ。クソが……ッ」
私は蹲り、何の意味のない悪態を繰り返す。
誰に腹を立てているのか、もはや分からなかった。
-了-
元カレがSNSで晒されてた ガビ @adatitosimamura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます