鬱っぽい中年日記

未過見 ゆうじ

あのう。

悪夢と決めつけて夢を見る。

尿意に負けて、吐き気を催しながら起床する。

小便をして、隣接するコンクリート造りのビルの壁を直視しながら煙草を吸う。

もっと寒さが増して、惚けた脳を冷やしてくれと願う。


午前九時前、明治座の前でいつものドライバーさんと待ち合わせ。

不愛想だが、僕より十歳以上年下の可愛い猿のような男性だ。

ドアを開け、いつも通りに挨拶を交わすと、レシートのような紙を受け取る。


ドリンク補充の横乗りバイトの神器であるピッキング表だ。


見慣れた飲料の名がズラリと並び、僕はトラックの四方から指定された商品を空き箱とカゴに並べる。初め立ての頃は各飲料の配置が分からず目が回ったが、今では配置だけでなく、在庫量を把握できる程にまでになった。


集めた飲料を渡し、僕は忠犬ハチ公になって主人の帰りを待つ。


そして、補充を終えたドライバーさんと次の現場に移動して、同じことを繰り返す。

ピッキングが落ち着けば、助手席で煙草を吸えるし、車窓から人間観察にも没頭できるストレスのない時給発生時間にホットする。


口数が多くなく、一定の律儀を備えている彼と過ごす時間が気に入って、僕は彼の現場に入ることが自然と多くなった。太い一線を引いて、天気や仕事の話だけをすればいいから、思考が働かない僕には心地良い。それにほぼ同時に始めたホテルのフロントバイトより時間の経過を早く感じ、大多数のスタッフに煙たがれるお局も車中にはいない。自己中心的かつ、己の気分で仕事をする人間は好きではない。それに無駄な作業を生み出して残業を繰り返すから周囲は更に疲弊してしまう。


そんなお局の彼女はまだ二十代。ホテルで最年長の僕からしたら、気にするほどの存在ではないし、可愛いものだけど。


水や麦茶は1ケース24本。缶コーヒー系は1ケース30本。

例えば水が32本で麦茶が16本、ブラックが12本で微糖が18本。

空き箱に複数種の飲料を隙間なく詰められると、どことなく気持ちが良い。


単純作業だからこそ一点集中し、それ以上覚えることはない。

眩しいモニターに表示される数多のルールに目を痛くする必要はないし、

成果のない軍隊のような朝礼、昼礼に参加することもない。


―洗って銭が舞い込むかよー

小網神社の行列に冷たい視線を送る。


車中の僕は世の中を否定して、出来るだけ恐怖が短く、人のためになる死はないかと考えたりする。16階から飛び降りるのは一瞬だろうが、地面に打ち付けられた瞬間は痛いだろうし、他人に迷惑をかけたくはないと、恐怖が安楽に勝る毎朝だ。


一つの奇跡で、合戦の兵士としてタイムスリップできれば、愛する故郷の家族のため、死を恐れずに戦火に飛び込む所存だ。糖尿のせいか心身に力が入らず、すっかり痩せた僕はきっと槍の一太刀で瞬殺されるだろうが、死生の神秘を感じながら最期まで戦い抜くはずだ。


人々が欲を持たなければ、毎日大量の物品を配送する必要はない。

誰もが自身の村で自給自足の生活をして繁栄をコントロールしていれば、人に溢れた密集地でストレスを抱えた社畜達と共存しなくてよかったのだ。


僕はきっと耐えられる。

携帯やTVもいらない。土器に装った味気のないスープや臭み満天の獣肉で構わない。酒は上手いと思わないし、煙草はなかったら止められる。


生きることに必要なもの以外、この世から消えてほしいと心から願っている。

テクノロジーの発展が人間の劣化を生み、元にあった地球の幸福を駆逐している。


いっそ、無数の熊に町ごとを破壊してもらいたい日々だ。

迷惑でも恐怖でもない。

地球を私物化しているのは人間だ。

自身で息の詰まる世界を作り、元々あった自然に行くことを「旅行」と呼び、癒されるという有様だ。


あのう。

横断歩道のない道を渡るときは、せめて後方を確認して下さい。

歩行者が悪でも、制裁を受けるのはドライバーさんです。


あのう。

ドリンク用のごみ箱の蓋を開けてまで、キャリーバッグを捨てないでください。

あなたの処分代が浮いても、捨てに持って帰るのは、

僕が気にっているドライバーさんです。


彼となら、戦場で戦える。

多くを語り合わずとも、信頼できる同志としてタイムスリップできる。














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鬱っぽい中年日記 未過見 ゆうじ @kyonc1171

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