第2話 作り物の姿

 明るい日差しと少しだけ暖かい風を吹かせる窓辺の席にいる彼女は、“アリス”なんだという。

 詩季曰く、この学校内じゃかなりの有名人らしいが、それもそのはず。逆に問えば、どうやったら金髪碧眼で頭に白いリボン付きのカチューシャをした彼女が有名人にならないというんだろうか。悪評が立っていなさそうなところを見るにあの金髪やらなんやらは公認済みというわけだ。それとも、あれだろうか。白亜の知らない間にどこかしらかからの交換留学生でもやってきていたとでもいう話だろうか。それならまだ納得できる余地はあるのだが。おそらく彼女は日本人だ。純かどうかはさておいて、日本人であることには間違いない、と勝手ながらに思っておく。


 席の位置からして、名前を知ったからだ。内窓に貼られていた席順表。あれの出席番号一番のところにあった名前は漢字だった。アルファベット的なものでなければ外国の名前とも思えなかった。なんなら当て字ですらなかった。


「おはよー」


 難なく詩季は、彼女のほうへと足を運び、慣れたように白亜にしたときと同じように彼女にも挨拶をする。


「アリスさん」


 “アリス”、もとい、彼女、甘夜月稀に。

 詩季に向けて上げた顔の輪郭。それにつられるようにサラサラとした金髪が揺れて妙な現実味が溢れ出す。まるで人間とはまた違う等身大の人形かってほどに細い手足が制服の裾から伸びている。遠目にも関わらず、見れば見るほどに彼女の白い肌に鮮やかな金髪に御伽噺でしか見ないようなハッキリと映る碧眼。それだけじゃない。彼女の動かす唇に瞬き一つにすら何かしらの意味があるのではないかと思うほどに目が奪われてしまう。

 

 聞こうと思えばここからでも二人の声を耳にすることはできる。だが、そんな無粋なことは白亜にはできなかった。そもそも、する勇気もなかった。彼女と関わることをあっさりを受け入れられているのは詩季だからだ。詩季だから許されていることであったそれが白亜だったどうしたものか。いくら声をかけてもガンスルーされて素通りされる未来が見える。最初からわかってる負け戦に挑む必要などないはずだ。我に返った白亜は自分の席にまで無駄に重い鞄を置きにいった。


 会話が盛り上がってしまったのか、ホームルームの始まるチャイムが鳴り渡るまで詩季が月稀のところから離れることはなかった。複雑な心境ではあったがいつものことなので気の所為だと自分に言い聞かせる。


「っし!! セェーフ!」


 ホームルームが始まる少し前、甲高い声を響かせて一人の女子生徒がスライディングして教室に入ってきたのは中々に印象的だったが。

 アリスがいるといい、初日から遅刻未遂する奴がいるといい、今年の教室はかなりの色どりみどりになりそうだ。


「セーフじゃないですよ。岩寺さん、遅刻ですからね?」

「うぇ!? 嘘お!」


 スライディング少女の真後ろから二年A組の担任、日下先生が入ってきた。そしてそのまま彼女の遅刻にチェックを入れている。初日から遅刻判定を食らうとはなんとも可哀想なものだ。


「はい。早く席着いてくださいねー」


 軽くスライディング遅刻少女の背中を小突きながら先生は教室のみんなに席に着くよう促した。一年生のときから繰り上がりの日下先生。去年も中々に噂話になっていた先生だけど、先生だからか、正直白亜にとっては“アリス”よりも日下先生のほうが印象的だった。なんせ、日下先生の噂として頻繁に聞くのは、「ハズレ」の一言だからだ。ハズレの意味合いなら担任されていない生徒でもよくわかったことで、外見だけは明るい笑顔を見せる優しそうで大人しそうで、とてもいい人に見える。だが、第一印象なんてものは本当に今だけのものなんだと再認識することができる。だが、今年もきっと去年のように彼女のことに対して愚痴を吐くような人が出てくることだろう。なんせ、彼女は学校一番と言っていいほどに厳しい先生だからだ。

 今も尚、白亜の近くの席にいる誰かがボソッと文句を言ったのが聞こえた。


「はいはい。皆さん静かにしてくださいね。今日は皆さんに自己紹介してもらいますからね」


 出席簿を教壇に置いて、日下先生は手を叩いて言った。その途端に教室中がざわつく。初めて会うクラスメイトのことを知れると楽しそうに人、人前で注目されながら自己紹介することに億劫になって頭を抱える人、ざわつく理由はそれぞれだが、皆が少しだけ安堵してしまうことがある。それは注目を浴びる自己紹介の一番最初が自分じゃないことだろう。日下先生は出席簿を見ながら出席番号一番の彼女の名前を呼ぶ。


「では、出席番号順に。甘夜さん、お願いします」


 窓際の席に座っていた彼女は黙って席を立つ。開いた窓から吹く風がふわりと彼女の金髪を靡かせて、暖かい太陽の光が反射してちょうど彼女の姿が逆光に見える。見るからに美少女と呼べる彼女の綺麗なまでに作り上げられた姿が逆光のシルエットになって、不思議なくらいに様になっていた。


「はじめまして。甘夜月稀と言います。皆さん、どうかわたしのことは“アリス”と呼んでください」


 鮮やかなばかりの長い金髪、綺羅びやかな碧眼、どうしてか似合ってしまっているリボン付きのカチューシャ、可愛らしい低い背丈、少女らしい幼気な童顔、鈴を転がしたような澄んだ声色、御伽噺から飛び出してきたかのような白い容姿。彼女はまさによく知られているアリスのような子だった。柔らかく笑った姿でさえ、誰も彼も魅了してしまうような度のつくものだった。それはまるで、作り上げられた容姿だった。


 そのまま淡々とした雰囲気なままで次の人へ次の人へと自己紹介の順番が回っていったが、ほとんどのクラスメイトの意識は一番に自己紹介した彼女に集中していた。それもそのはずで、明らかなる“アリス”に敵うような自己紹介をできる人なんて早々いないだろうから。


「次、関さん。お願いします」

「あ、はい」


 ただ、白亜の一つの思考は先生からの自己紹介の促しによって掻き消されたのであった。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

君の理想の少女 咸都 燕 @Minato_Tubame8377

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ