ツンデレ腕相撲と熊のぬいぐるみ

しろっこにー

第1話 腕相撲から始まる恋もある

 ニッコニコな、お天道様見下ろす日本。


 わりと栄えた町の、エアコンの空調も行き届いて快適なアパートの一角。そこには仲睦まじい男女がいました。


 とある日、ツンデレ幼馴染・茜音あかねの自宅に遊びに来ていた雄大ゆうだいは、彼女に勝負を挑みました。


「茜音、腕相撲しようぜ」


 雄大の瞳は、真剣な意志を宿していました。


「腕相撲? 何よ急に、バッカじゃないの? なんで私とあんたが……」 


 しかし、茜音は雄大の申し出に難色を示し、ジトリと彼を睨みます。


「勝った方は、相手に何でもお願い出来る権利が付与されるぞ!」


「し、仕方ないわね。アンタがどうしてもって言うなら付き合ってあげるわよ。仕方なくよ? 調子に乗っちゃ駄目なんだからね!」


 難色もさ、何色もあんねん。


 かくして今ここに、幼馴染同士の熱き戦いが幕を開けました。両者、ちゃぶ台の上に肘を立て、手を重ねます。二人の間には緊張が走っていました。


「スマホでDLしたタイマーゴングが鳴ったらスタートだ。いいな? カーンって鳴ったらスタートだからな?」


「ふん、負けないんだからっ!」


 雄大は空いた手でタイマーゴングをセットしました。


「(計画通りだ!)」

 雄大には野望がありました。それは目の前にいる赤髪の幼馴染に告白する事でした。


「(茜音はツンデレだ。素直じゃないし、いつも棘がある言い方をしてくる。でも俺は、それ全部引っくるめて大好きなんだ!)」


 この腕相撲に勝って茜音に付き合ってくれと告白する。それが彼女のツンデレを突破する突破口だと思い至ったからです。

 もちろん雄大には勝算がありました。茜音は態度こそ大きいですが可憐な乙女。腕相撲に動員出来る筋肉量は、男性である雄大には劣ります。


「(俺はこの戦いに勝って茜音に告白する。そして付き合うんだ!)」


「でも茜音の肘が痛まないように肘の下にタオルは敷いておくぜ!」


「(雄大優しい! キュンっ!!)」


 ときめきつゆ知らず。好きな女の子の手を握っている胸キュンシチュエーションにも歯牙にかけず、雄大は並々ならぬ想いを五指に込めます。

 

 絶対に勝つという意志を込めて。


 ゴングまであと二秒。雄大の、一世一代の激闘がベールを脱ぐその時──


「ねぇ、雄大」

「ん?」


 茜音は切なげに瞳を潤ませて、雄大を見つめていました。

 まるで思慕の念が香ってくるような茜音の表情に、雄大は怯みます。


 そしてゆっくりと、彼女の薄桃色の唇が開きました。


「…………大好きっ」

「──っ!!」


 雄大の全身の筋肉が硬直しました。


 今、茜音は何て言った? 

 俺は今、告白された? あの茜音が? 

 ツンデレの彼女が? そんなバカな?


 絶対言えないだろうと油断していた中での大胆な告白。大好きな女の子からの大発表、脳内フルオーケストラ祭囃子に、雄大は時を忘れました。


 瞬──カーンッ!!!


「そぉこだぁぁぁぁぁぁ!!!」


 茜音は咆哮を上げて雄大の手を押し倒します。


「んなにぃぃぃぃぃぃぃ!!?」


 エマージェンシー。茜音の急襲により雄大の上腕二頭筋、腕橈骨筋わんとうこつきん、前腕屈筋群、腹斜筋、腹直筋、広背筋、三角筋、大胸筋に甚大な被害発生。

 腕相撲に使用される全ての筋肉が突然すぎる告白に統率を失い、雄大の手の甲はちゃぶ台へと真っ逆さまに落ちてくdesire。


「うぉぉぉぉ!!!」


 しかし腐っても大和男児の雄大。YouTube、ニコニコ動画、TikTok、多様なサブカルチャーに浸り、運動不足な令和男子といえど、ここで負けたら男が廃る。


 出し惜しみは今捨てた。雄大は僅かに残された筋肉達を奮い立たせ、ちゃぶ台天板から五センチ手前で踏みとどまる。


「はぁぁぁぁぁ!!!」

「ぬぅぅぅぁぁぁぁ!!!」


 両者の力は拮抗状態へと突入した。だが依然として雄大にとっては予断も許さない状況である。


 人体の構造上、人は『振り下ろす』という動作にはかなり適している。筋肉、体重、重力を加算出来るからだ。まさに茜音が今、雄大に対して行使している力である。


 対して、雄大がここから逆転するには自身の腕を『引き上げ』ないといけない。この『引き上げる』という動作が逆転を困難なモノへと押し上げている。


 シンプルにいえば、現状の筋肉戦力の差である。


 茜音の告白に出遅れてしまい、雄大は保有する筋肉戦力の大半を失ってしまった。今、彼を絶命一歩手前で支えているのは──


・前腕伸筋

・三角筋中部

・上腕二頭筋


 である。茜音はといえば、闘いの主導権を握り、保有する筋肉戦力が雄大に比べて圧倒的である。


・大胸筋(GよりのFカップ)

・三角筋前部

・上腕二頭筋、腕橈骨筋

・前腕屈筋群

・広背筋

・体重(非公開)


 である。さらに重ねていえば、茜音に『味方』をしている重力が、雄大には『敵』としてのしかかっている状態だ。

 出力できる馬力に差がありすぎる。


 軽自動車程度の馬力が、大型トラックの馬力に勝てるわけがない。

 現に、雄大の筋肉達が悲鳴を上げ始める。


「観念しなさーい!!!」

「くっそぉぉぉぉ!!!」


 迫り来る敗北の気配が、雄大の瞳に影を落とす。

 こんな筈じゃなかった。俺が勝って、茜音に想いを伝えたかった。いや待てよ。そもそも告白されているから茜音と恋仲になれるのでは? 

 茜音は言動が天邪鬼なだけで素直な女の子だ。あ、ちゃぶ台に胸が乗っかってる。目の前で歯を食いしばり、ツンデレ幼馴染というブランドを全BETしてまで俺に勝とうとしてる茜音が嘘をついているとは思えない。

 

 余談も許さない状態だったが、長年の付き合いで彼女の機微には聡い。雄大の心に引っ張られるかのように、筋肉達も抗うことを止めようとした。


 負けても、いい──雄大の手がちゃぶ台に捩じ伏せられかけたその時、ベッド脇にあった熊のぬいぐるみが雄大の瞳に映った。


 年季の入った熊のぬいぐるみだった。

 それは十五年前、雄大が茜音の誕生日にあげたモノだった。


「──!!」


 瞬間、雄大の脳裏にかつての記憶が蘇る。


◇ ◇ ◇


『茜音、誕生日おめでとう。これ…欲しがってた熊のぬいぐるみ。UFOキャッチャー頑張ったんだからな!』

『わぁ! ありが……べ、べつに嬉しくなんてないけどありがたく受け取ってあげても良いんだからね!』


『へへ、今はそれでいいよ。でも俺さ、もう決めてるんだ』

『な、なにをよ?』


『茜音を守れるくらい強い男になるって。だから見ててくれよ。大きくなったらお前に告白する!』

『ふあぁ!? こ、こくはく!? ぜ、絶対だからね! お、男の二言は許さないんだからねっ!』


『絶対だ! お前に相応しい男になる!』

『う、嘘ついたら、許さないんだからね! 約束よ!』

『ああ、約束だ!』


 それは桜並木が、まだ固く蕾を閉ざしていた頃。梢の先が、空に手を伸ばし芽吹く時を待っているかのように。初々しい日の出来事。


 小さかった俺たちは淡い恋の約束をした。

 小さな手で、ゆびきりげんまんをした。

 小さかった肩を寄せ合い桜並木を歩いた。


 そして俺は──絶対にこの約束を、死んでも守ろうと誓った!!!!


◇ ◇ ◇


 雄大の前腕屈筋群、再起。


「うおおおぉぉぉぉぉ!!!」


「なっ!?」


 上腕二頭筋、再燃。


「俺はまだ……咲いてねぇ!」


「なによ、この力……」


「あの日、あの場所で……誓ったんだ!!」


 腹斜筋、腹直筋、広背筋、三角筋、大胸筋、再醒


「俺から大好きって……伝えるって決めたんだー!!!」

 

 彼の咆哮に筋肉が応えた。

 十五年の想いが集約し、雄大のシャツが爆ぜる。


 腕相撲、当初の位置まで復帰。

 愛を貫く男、雄大。十五年の時を越えて

 今、覚醒の開花に至る。

 

「なによ……いまさら思い出したって、許さないわよぉ! ぐっ……!?」


 マッチョになった雄大に茜音は食い下がる。

しかし、さっき迄の勢いは鳴りを潜めていた。


 雄大の腕はピクリとも動かない。それでも尚、茜音は腕に力を込め続ける。待ち焦がれ、耐え忍んだ年月をぶつけるかのように。


「いつまで待たせてたと思ってんのよ! ずっと、待ってたのに…! あんた全然、告白してくれないし!」


 気づけば茜音の目には、涙が溢れていた。嗚咽混じりに吐き出した感情が彼女の頬を伝う。


「なのに腕相撲とか言い始めて……。ふざけんじゃないわよ……私はいつまで待ってればいいの!? だったら私から言うしかないじゃない! 仕方ないじゃない!」


「茜音……聞いてくれ」

「なによばかぁ……!」 


 雄大は、俯く茜音の手を固く握った。

 茜音もまた、雄大の手を強く握り返す。


「ごめんな、そしてありがとう。こんな俺を待っていてくれて。だから、今度こそちゃんと言わせてくれ……茜音っ!!!」


 雄大の声に、茜音は涙を拭い顔をもたげた。

 そこには、十五年前と変わらぬ笑顔で見つめてくれる大好きな人がいた。


「雄大……」


 そして、雄大はゆっくりと──約束を紡いだ。


「大好きだよ……」


「──!!!」


 雄大の暑苦しさに室温調整で稼働したエアコンの風が、サアっと茜音の髪を波立たせる。そしてコトンっと、彼女の手の甲がちゃぶ台に触れた。


 腕相撲は雄大の勝利で終わった。


 その瞬間、雄大はちゃぶ台を振り払い、全身の筋肉を総動員させて茜音を包み込む。呆気に口を広げていた茜音もまた、大きくなった背中に手を回し、ギュッと抱きしめた。


「おそい、おそいおそいおそい! おそいわよバカバカバカバカァ!!」


 雄大の肩口を濡らしながら茜音は叫んだ。罵倒の中に、溢れんばかりの愛を込めて。


「ああ、大馬鹿だ。こんなに俺を愛してくれている女を待たせちまった。過ぎ去った月日は戻ってはくれない。でも俺達には未来がある」


「ええ、だから、ちゃんと守ってくれないと許さないんだからね……やくそく、なんだから……」


「ああ、約束だ」


 雄大と茜音はいつかの日の様に、小指を絡めた。そして二人は見つめ合い、互いに唇を重ねる。


 はらり、はらりと。シャツの破片が舞い散った。それは西から照らすお天道様の笑みに彩られ、二人の周りを舞い踊る。


 固く結ばれた二人を祝福するかのように。


 十五年前に見た桜が、やっと咲いたようだった。


 小指で交わした約束が薬指になる日も、そう遠くないのかもしれない。



               〜Fin〜

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