第38話 スサナの運命
○
ザラグア王国、王都ダディームの壁外。
道から外れた場所にはいくつものテントが並んでいる。
男たちは木剣を手に素振りをしていた。
少数の女たちは食事の準備を終えて、素振りをしていた男の1人に話しかけた。
「分かった。お前ら、飯だ!」
声を上げたのは長のクレトだ。
素振りをしていた男たちは競うように食事の準備を進める女たちの所に向かう。
クレトは食事を始めた全員に向けて声を上げた。
「聞いてくれ。俺たちクレト傭兵団はアルタミラーノ公爵領に向かう」
「どうしてだよ、団長!」
「うるせぇ、トマス! 理由はこれから話す、黙れ!」
「うっす、分かりやした!」
集まっている傭兵団の全員から生暖かい視線がトマスに注がれる。
それに気付けるほどトマスは周囲を気にするタイプではない。
しかし、トマスの隣で食事をする妹のスサナは気付いていた。
「兄さん、団長が話し終えるまで質問しないで」
「お、おう」
トマスは自分よりも頭の良い妹の言葉に戸惑いながらも頷いた。
「西の辺境伯の領地にある森で亜人が出たらしい」
食事を続ける者たちはいるが、団員たちはクレトの話を聞いていた。
トマスだけは食事をすることなく話を聞いている。
彼は、その様子を呆れたように見る妹に気付くこともない。
「あそこの森は北の辺境伯領まで続いている。北の方も森に異常が出始めているようだ」
クレトも食事をしながら、話を続ける。
「あの森で亜人の話は聞いていないけど、あんな大きな森にいないわけがない。いつになるか分からないが傭兵団が必要になるはずだ」
食事を流し込んだクレトは立ち上がった。
顔は傭兵団の団長に相応しく、にらみを利かせている。
「だから、仕事はないけどアルタミラーノ公爵領に行く。仕事がないから不安だというなら去ってくれ」
クレトは全員を見回して、去る者がいないかと目を合わせて確認していく。
「団長、質問があります!」
遮るように元気な声を上げたのはトマス。
団長の突き放すような物言いで緊張していた空気は霧散した。
「はぁ。なんだ、トマス?」
「仕事なしで生きていく当てはあるんすか?」
「いくつかな」
「分かりやした! 付いていきます」
他の団員たちは質問せず、去ることを選択した団員はいない。
団長の話も終わり、男たちは食事を終えると、木剣を握って訓練に戻って行った。
残された少数の女たちは片付けを始める。
最も幼いスサナが地面に転がされた木皿を集めていると、近づいてくる団長に気付いた。
「スサナ、トマスはああ言っていたけど、付いてくるか?」
「どうして私に聞くんですか?」
幼いスサナの眼光に、楽し気に顔を歪めるクレト。
彼にとっては警戒する姿勢が好ましいのだ。
「スサナが賢いからだ」
「仕事はあるんですか?」
「いくつかの商人から護衛依頼を受けられる。少人数長期の捜索依頼もある」
「捜索依頼ですか?」
6歳にして十全に言葉を操り、少ない情報から異常を察するスサナ。
クレトはスサナが想像通りに眉をひそめたことで、笑みを深めた。
傭兵団長の男が笑むのは、誰が見ても凶悪そのものだ。
ただ、見降ろされているスサナは怯まない。
「ムリーヨ家の長男が公爵屋敷で襲われたってので、襲撃者の捜索だ」
「ムリーヨ家の長男は私と似た年だって、兄さんが言ってました」
「あいつも噂話くらいは聞くか。たしかベックスって名前で5歳だったか。襲われて片足が動かないとか噂があったな」
「不運な貴族ですね。仕事があるなら私は捨てられないでしょうから、付いてきます」
団員たちであれば誰もしない反抗的な物言い。
クレトは今度は笑みを深めることをせず、鼻を鳴らした。
「ふんっ、トマスより使えるスサナを捨てるわけないだろ」
去っていくクレトを見送った。
訓練をしている男たちの方を向くと、最も愚直という言葉が似合うトマスを見つけた。
他の誰よりも真剣に、汗を流しながら訓練を続けている。
「馬鹿でも兄さんだから、捨てるわけない」
仕事に戻ったスサナだったが、再度、訓練をしている男たちの方を向いた。
ただ、今度は虚空を見つめていて、誰も見てはいない。
「ベックス・ムリーヨ、不幸な貴族の子供、ね」
スサナが見ていたのは奇しくも北の方角だった。
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ベックス・ムリーヨ奮闘記 アキ AYAKA @kongetu-choushiwarui
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