第2話 主人公、ようやく登場

「まずいナ、ちょっと眠くなってきたかも…」


先ほどまでと打って変わり、静寂が場を包む昼下がり、裕翔の口から弱弱しい一言が零れ落ちた。

最強のおかずは何か、その番付の頂点を刻むべく、激しく論争していた一行だったが、ひとまず母の弁当が最強、麗の熱い演説が採用、もとい押し通り、一呼吸置いた時のことだった。


「今日はもう閉店かよ」


「そりゃ、こんなバケモノ相手に五分持つわけないよね」


「おい、どういうこ」


—ドガンッ—


二人の視線がお互いに向いたタイミングを見計らうかのように、彼らの視界の端をかすめる人影があった。


「ちょ、ゆ、裕翔?!」


「どうした、大丈夫か?」


椅子から雪崩れるように崩れ落ちた裕翔を、転がる段ボールが大胆に受け止める。

彰人は反射的に立ち上がり、裏声交じりに声をかけるが、その返事はやってこない。

それを見るが早いかというその刹那、麗は日々のバットスイングで培った体躯を生かし、机を軽く飛び越えながら、裕翔に駆け寄り、肩に手をかける。


張りつめていく緊張の糸、それを誇張するかのように、壁にかかるアナログ時計の秒針がうるさく音をたて、戸惑いが恐怖に染まりだした時——


「っ…いったぁ…」


大きな安堵を孕んだ小さなため息が2つ、ふと漏れる。


「急にどうした?体調でも悪くなったのか?」


「もしあれなら今から保健室とか」


「いや、いやいや、大丈夫。ほんとにっ」


痛みにわずかに顔をゆがめながらも、急いで起き上がり、裕翔は全力で拒否のジェスチャーを取る。


「心配すんな、俺が運んでやるよ」


「だから嫌がってるんじゃないのかな?」


「いやいや、まさかそんなことないよ、絶対」


「麗~、けが人に気を遣わせるのは、今のご時世パワハラかと…」


「生きにくい世の中にも程があるじゃろが。じゃなくて、体調じゃないなら、何があったんだ?」


「ん~とね…前にも話したと思うけど、憑依してる間、僕の意識自体はずっとそこにあるんだ」


「確か、大型スクリーンから眺めているような気分って言ってたよね?」


「そうそう。ただ、僕が初心者のせいか、ベリアル…さん?と入れ替わるタイミングがまだちゃんとわからなくて、こうやってたまに一瞬全身を操作する人がいなくなって転んじゃうみたい」


頭を押さえながら


「あぁ、ゲームのキャラコンミスで自滅技使っちゃう、みたいな感じか」


「まさに!格ゲーとかにジャンルは近いかもね」


「格ゲーか、俺と状況一緒ってことじゃんか」


「たかだか麗のゲーム下手と一緒にするのは…」


「「ハラスメント」」


「だろ?二度も同じ手は食わないのさ。男に二言はないってやつだ」


「麗君、明らかな誤用だよ」


「この程度の学力のやつが僕と同じ高校に進学したとか、改めて入試体制に問題があるんじゃないかと思うよ」


「オデ、オマエ、キライ」


「ほんと?ありがとうレイ~」


「会話成立してないんだが」


「モンスターの言語だから理解が追い付かないのかもね」


「たまに裕翔の方が切れ味いいせいで、全方位に構えを取らなくちゃならない俺の苦労よ」


麗はそう言うと、そろそろかと独りごちりながら重い腰を上げた。彰人がまたトイレかと聞くと、移動教室の都合で先に行くと去り際に言い残し、行ってしまった。


「裕翔の一言が効いたのかもね、トイレに駆け込んで泣いてると見た」


「え?!悪気とか無かったのにどうしよ」


「嘘だよ嘘、イッツジョーキング」


彰人は裕翔は真面目だなと言いながらひとしきり笑い、涙を手で拭いながら、そういえば、と新たに切り出した。


「さっき意識が飛んじゃうみたいな話してたじゃん?」


「うん」


「入れ替わるのって、自分の好きなタイミングでできるの?それとも時間制限みたいなものがあるのかな?」


「んー…多分どっちも正解」


彰人は眉をひそめ、その三白眼をしばたかせる。


「えっとね、まず僕は好きなタイミングで入れ替わり出来るんだ。一秒で入れ替わりなおす、的なことももちろん。ただ、ベリアルさんから好きなタイミングで入れ替わりも出来るみたい」


「二人とも好きなタイミング選べるんだ」


「うん、それと時間制限だけど、最大でだいたい5分くらいが今の僕の限界なんじゃないかな」


「5分間はベリアルさんを身体に入れたままに出来るって中々すごいね、意識もそのままに」


「そうかな…?」


照れ隠しをするように頬をかき、裕翔は乾いた笑いを向ける。


「ん?でもそれならさっき倒れたのっておかしくない?」


「というと…?」


「だってお互い好きなタイミングで入れ替われるなら、入れ替わる前も倒れるか、入れ替わりなおす時にも倒れない、ってならないとおかしい気がする」


「確かに…僕もよくわかってないけど、多分僕の心の準備に関係してる気がする。今日なんかはベリアルさんが自分から入れ替わりなおそうとしてたみたいだけど、その時、身体の主、つまり僕が自分の身体に戻ろうと思っていないとしばらく抜け殻になっちゃうみたい」


「わかったような…わからないような?」


「そうだな、車の運転手が居眠り運転するみたいな場面をイメージしてもらうのが一番わかりやすいかな」


その時、生徒会室のさびれた扉が音を立て、来訪者の存在を告げる。


「あれ、麗じゃん。どした?忘れ物?」


そこには冷や汗をかき、真っ青な顔で入り口前に棒立ちする麗の姿があった。


「い、いや、忘れ物は、してない…移動教室明日だったわ…」


なんやねーん、と軽いノリで笑う彰人と相反し、頬をピクリとも動かさず、俯き加減の麗に、裕翔は違和感をぬぐえなかった。

彰人の笑いが収まるのを見計らい、深く息を吸い込んだ。


「麗君、何かあった?」


「ごめん…俺のミスだ、退学になるかもしれない」


「「え…?」」


「よーお前ら、元気してるかー?」


麗の後ろにたたえるシルエット、長く細い影が一挙に形を成し、生徒会室の扉をくぐって2人の前に現れた。


「高山…先生…?」

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