未来から来た男
さくら
『未来から来た男』
未来人が現れた。
タイムマシンに乗ってやって来たという。
ニュースは世界中で報じられた。
最初は誰も信じなかったが、彼が持ち込んだ“何か”を見た瞬間、空気が変わった。
それは、我々の科学では到底作れそうにない代物だった。
彼は落ち着いて説明した。
言葉は滑らかで、態度は穏やかだった。
質問が飛ぶたび、笑みを浮かべ、淡々と答える。
次々と機能が明かされた。
まるで現代に蘇った魔法のようだ。
科学者たちは熱心に食い下がった。
仕組みを知りたがった。
彼は一瞬だけ言葉を詰まらせたが、
少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「ええと……あなたたちに理解できるように説明するのは難しいのですが……そうですね、なんと言ったらよいか。まず、これは――」
そこから先は、誰にも理解できなかった。
聞いたことのない用語の羅列。
彼は懸命に何かを伝えようと努力しているようだったが、それは空回りするばかりだった。
彼の穏やかな笑顔は消え、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
しかし、彼への称賛は続いた。
我々の理解を遥かにこえるテクノロジーに人々は熱狂した。
---
私は家のテレビでその映像を見ていた。
世界でいちばん注目されている人間。
あんなふうに、誰かに囲まれたい。
質問され、賞賛され、拍手を受けたい。
しかし私は何の取り柄もない平凡な人間。
彼のようにはなれない……
いや、違う――その時、素晴らしいアイデアが閃いた。
タイムマシンで過去に行けば、私も未来人になれるではないか。
見慣れたスマホも、昔の人が見たら魔法の道具に映るだろう。
私は、タイムマシンを盗み出すことを決意した。
---
タイムマシンが保管されている施設には簡単に忍び込むことが出来た。
まるで盗んでくれと言わんばかりの警備の緩さに驚いた。
こんな重要なものが、こんなに簡単に盗めるものなのか――そう思った。
周りを警戒しながら、タイムマシンに近づく。
そっと操作盤に触れると、光が点いた。
思わず息をのむ。
パネルには数字の列が並んでいた。
私は指先で年代を入力した。
「……行けるのか?」
一瞬の静寂。
そして、光が視界を満たした。
---
世界が裏返るような感覚のあと、光が静まった。
空気が違うのを感じた。
街並みも、人々の服装も、現代のものではない。
私は未来人として、そこに立っていた。
ポケットからスマホを取り出す。
周囲の視線が集まった。
「これは……?」
「動いた! 光ったぞ!」
「まるで魔法だ!」
歓声が上がる。
想像していた通りの展開だった。
私は思わず笑顔になる。
「ええ、未来の道具です。誰にでも使える、とても便利なものです。」
拍手。驚き。熱狂。
これぞ、私の求めていたものだ。
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だが、次第に質問の内容が変わっていった。
「どうやって作るのですか?」
「この中には何が入っているのです?」
私は答えに詰まった。
そこまでの知識はない。
体裁を取り繕うように、必死に言葉をひねり出す。
自分でも何を話しているのか分からなくなってきた。
「ええと……あなたたちには理解できないかもしれませんが、半導体デバイスを用いて――デジタル信号が――つまり……」
自分の笑顔が強張っていくのが分かった。
焦り、緊張、恥じらい……
その時、私は理解した気がした。
あの時の未来人がしていた複雑な表情の本当の意味を。
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この時代に来てしばらくたつが、今でも熱狂は冷めていない。
人々は私を保護し、住まいと最低限の生活を提供してくれた。
現代の生活と比べれば多少の不便はあるにせよ、生活自体は安定している。
なにより、この時代で特別な存在になれたことに、私はとても満足している。
私が現代に戻ることは、もうないだろう。
---
私には必要のなくなったタイムマシンを眺めながら考える。
この時代でも、誰かがタイムマシンを盗みに来るだろうか。
かつての私が、そうしたように。
しかし、あえて警備は厳重にはしない。
あの未来人が、かつての私にそうしてくれたように。
未来から来た男 さくら @sakurai_sakura
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