薄紅色のキャンディ
鈴鳴さくら
大好物
Amazonで書籍ばかりを注文しているのに、おすすめ欄に魚のエサが表示された。なんでだろう…疑問に思い、水色の魚がニッと笑いながら丸い粒状のカラフルな餌を食べてるイラストが描かれた商品パッケージをクリックする。
『動物とおしゃべりできちゃうキャンディ』
2500円
(あっ キャンディだったんだ。)
「おもろ…」
まるでイラストの水色の魚のように口端がニッと上がる。
どう見ても魚のエサだろ、ややこしすぎる。
興味がそそられ高額すぎるキャンディの商品説明を眺めた。
『動物とおしゃべりできちゃうキャンディ』
動物とのコミュニケーションをぜひお楽しみください。効果は一粒5分間!
どんな味が出るかはランダムです。
「…」
んなわけあるかあと心の中でツッコミながら商品詳細を確認する。
ブランド 『動物とおしゃべりできちゃうキャンディ』
メーカー アニマルスマイル
おすすめ度 ☆☆☆☆☆
ウケ狙いのおもしろ食品だと認識して、お買い物かごに一個いれる。バラエティグッズはかなり好きな方だ。
2500円と表示された。表記ミスではなかったようだ。値段、高。
でもネタに走りすぎて気に入ったぞ。
注文ボタンを押す。
2500円のキャンディ、10キロとか届くんじゃないかと想像しながらわたしはAmazon画面を閉じてカクヨムアプリを開く。
お届け予定日は4日後の火曜日だったのに、翌日の土曜日の午前中に動物とおしゃべりできちゃうキャンディは郵便受けに届いた。
荷物が軽すぎて、なにも入ってなかったらどうしようとはらはらしながら部屋で開封する。
入っていたのは紙パッキンに包まれた、白の包み紙のキャンディ一粒。
(やられた!)
一粒2500円だったってわけか。
わたしはフローリングの上にひっくりかえり、四肢をばたつかせ、びくんびくんと跳ねながら「金返せー!」と泣きわめきたい気持ちをぐっとおさえた。流血寸前まで唇をかみしめた。
2500円あったら、先日電子書籍で購入し、心を直でじばかれたように情緒にキて、目も鼻も真っ赤にして瞼もパンパンに腫らしボロボロ泣きながら読んだベスト・オブ名作の紙の本の購入も出来たし、サイゼで豪遊もできるやんけと悔しいやら情けないやらで全身が煮えたぎったみたいに熱い。
メッセージカードが入っており、震える指で掴む。「買ってくれてありがとう!あなたが夢に近づけますように」
(…どういった類の嫌味じゃワレえええ!)
脳内でぷちんと音がして、わたしはメッセージカードを指でぺんと弾きキャンディの包み紙を乱暴な手つきではがして薄紅色のキャンディを口にほおりこんだ。
開いた包み紙に小さな黒字ロゴがひとつ入っており目をこらして読むと【アニマルスマイル】だった。今一度包み紙をくしゃくしゃにまるめてぶん投げる。
(あ、これ紅しょうが味だあ…。)
「…」
身体を起こしキャンディを口の中で転がしていると、ふしぎとこころが軽くなって気分が落ち着いてきた。イライラしている状態って、身体にわるいよね。
「あのお!」
わたし以外いないはずの部屋で背後から声がして振り返る。
部屋の壁のわたしの目線と同じ高さの位置に、虹色に輝く小さくて足の長い蜘蛛がはりついている。
蜘蛛だ…。わたしはちいさい蜘蛛はかわいいと思えちゃうタイプのちいさい虫大丈夫なひとなので、蜘蛛の存在は一先ずスルーした。
幻聴かな…このキャンディやべーもん入ってたのか…いや、違う。このキャンディの効果だ。摩訶不思議なことに、現在わたしは動物とコミュニケーションが取れるようになっているのだ。なぜか確信がある。も、もしかして…この声は…。胸が高鳴った。
「ねえ!いま目合ったわよね」
再度、目の前の蜘蛛が話しかけてくる。
心臓が跳ねて、電気が走ったみたいに全身ピリピリした。
聞き取りやすい、ハキハキとした口調の高い女性の声だ。
「な、なんでしょう…」
思わず敬語でこたえた。非現実的すぎて頭がふわふわする。蜘蛛の言葉、理解できちゃってる…ときめきつつも
なにより蜘蛛とはじめて話すので、緊張する。
「外へいく手助けしてちょうだい!わたしもうすぐ出産予定日なの」
蜘蛛はぺかぺか虹色に輝く足で窓を指した。
「あっあうっ窓あけますね」
せっかく蜘蛛と話せているのに
持ち前のコミュ障を炸裂させてしまい、わたしは蜘蛛の言うがまま窓のストッパーに手をかけた。
(ああ…なんかいいたいと思えば思うほど、なにを話せばいいかわかんなくなる。)
自己嫌悪で気分がやや下向く。
「こどもたちが育つ環境は肝だし、海外だと自己主張が強い子に育つっていうでしょう!ふふ、あたし教育におしみなく力を入れたいのよ。こう見えて出産は3回目なんだけどね、2回とも屋根裏で産んだからこどもたちも温室育ちのおっとりした無欲な蜘蛛に成虫しちゃって~うんたらかんたら」
その間、おしゃべりな教育ママの蜘蛛(略してクモママ)はマシンガントークを繰り広げる。初対面で話題提供してくれんのありがたいわあ。
そうですね、わかりますとか空返事しながら
「海外って窓の外の世界のことですか」「そうよお」とか中身のない会話しつつ
窓をあけると、11月下旬にふさわしいひやりとした秋風がからだを撫でながら部屋に入ってきた。くしゅ!小さくくしゃみする。するすると壁をつたい飛ぶように軽やかなステップでクモママが窓のサッシまできた。
ああ…っ クモママが去ってしまう。
せっかく2500円も支払って動物とおしゃべりできちゃうキャンディを手に入れたのに!
もったいない!
途端に焦って手をモジモジさせる。唇をもにもに動かす。
もうすこし、おしゃべりしたい…。
この場にクモママを足止めできる方法がわからない。
こういうとき、なにをすべきなんだろう。
「あ!みっちゃんて、カクヨムでエッセイ書いてたわよね?」
クモママは思い出したように振り返った。
思わぬ角度からの剛速球が顔面に当たり顎が外れたときの気分ってこんなかんじだろう。
「な、なぜそれを…」
いけないことが見つかったときのように身体がこわばる。すなおに人に好きなことを好きと主張できないわたしは、家族や親友にすら創作活動していることを告げていないしカクヨムアプリのアイコンもホーム画面には置いていない。エッセイを書いてることはひみつなのだ。
(てか、みっちゃん呼びされているし。)
クモママを足止めしたかったが、今はわたしが一刻も早くこの場を立ち去りたい。
「やーだみっちゃん!わたしはこのいえにすみついてから随分たつのよお!もう地元よりいるわよ!みっちゃんがカクヨムでちまちまエッセイアップしてたの知ってるわよ!あ、なかなか pv数が伸びなくて読者からの反応もなくてさみしいのよね!
お礼にわたしがレビュー書いとくわよ!とっておきのやつ!」
クモママの人間より多い目がお茶目にウィンクした気配がした。
ピュアな気持ちが伝わり、ひみつを知られた焦りがほぐれる。実名と顔写真つきで晒されるわけでもないしまあ、いっか…とほっとしていると、クモママはうまれてくるこどもの教育の為に海外(窓の外)へ飛び出していった。
「あっ」一瞬呆気に取られハッとする。
クモママの背に向かい「ありがとうございます!ちなみに、カクヨムコンテスト11【短編】に何作かエントリーする予定ですので、そちらの作品を重点的にレビューおねがいしまーす!12月1日から2月2日まで読者選考期間なのでなにとぞー!」と叫び腕をぶんぶん振って見送った。虹色の光が見えなくなるまで見ていた。わたしは打ち解けると口数が多くなるタイプのコミュ障だ。5分経った。
数日後。
12月1日の正午になった。カクヨムコンテスト11【短編】にエッセイを エントリーした瞬間
カクヨムの通知が来た。
ま、まさか…!
期待で暴れる心臓を気休めのように服の上から両手で抑える。
通知を確認する。
[あのとき助けていただいたクモです]さんをはじめ、
[ままのこです]さんという200のユーザーからレビュー・応援・コメント・フォローが一斉に押し寄せていた。
通知の赤いマークを見ながら、大きすぎるよろこびの波にのまれガタガタ歯を鳴らしながら、全身震わした。
動物とおしゃべりできちゃうキャンディを食べたあの日、虹色の蜘蛛とおしゃべりしたこと、わたしが都合よく生み出して見た幻なんかじゃなかったんだ…!ということは無事、出産を終えてこどもたちも孵化したようだ。めでたい。
(ありがとう!ありがとう!ありがとう!)
心の中で、ユーザーひとりひとりに感謝した。
朝日を浴びて海をバッグに断崖絶壁の上で、ざぱーん!と大波のしぶきがあがるタイミングで「最!高!」とブリッチしながら叫ぶ脳内イメージをした。実際部屋でブリッチの姿勢になったし叫んだ。
止まらないカクヨムからの通知に
わたしは興奮していてテンションがおかしくなっていた。
クモママが書いてくれたレビューは運営の目にとまりピックアップされた。カクヨムコンテスト11【短編】にエントリーしたエッセイはさらに注目を浴びることになった。
これでカクヨムで創作活動歴3年のわたしの夢であるカクヨムコンテストの中間選考突破は手堅いだろう。
味をしめたわたしはAmazonで動物とおしゃべりできちゃうキャンディを追加で注文しようとしたが、商品にたどり着かないどころか購入履歴から動物とおしゃべりできちゃうキャンディが消えていた。
きっと邪心があるからだ。
しかしたまにクモママからレビューが届くし交流は続いている。シンプルうれしい。
焼きそばや粉もんに紅しょうがを必ず添えるしごはんのおともに紅ショウガを選ぶほどに紅しょうがが大好物になった。
ふっきれたわたしは、同居している父親のLINEに最新作のリンクを送った。
否定されたら萎えるな〜と内心恐ろしかったが、父親は「みっちゃんなかなか上手く書けてるね、おもしろかったよ」と笑ってくれた。
触るとケガしそうな鋭利なプライドも、それを守る錆びた鉄壁のような心のバリアもとろけてゆく。
わたしは書くことがたのしい。文章つくるのがすき。創作物をみんなに読んでもらえて、しあわせだなあ。
冷蔵庫に常備しているタッパーの紅しょうがをスプーンで直食いしながら、クモママからいただいたコメントに返信する。
いつのまにか、あっぷした作品がpv数0でも気にならなくなった。
アイデンティティの底にへばりついていた自己顕示欲がしんだ。
名は体を表すように、こころが満ちたわたしの感性はぴかりと光った。なんだか、今、満足できるもの書けそう。
薄紅色のキャンディ 鈴鳴さくら @sakura3dayo
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