〈エピローグ〉

戦場はあまりにも静かになった。

燃えさかる砦も、血に染まった大地も、

今はただ風に撫でられているだけ。

私とサウルは、城下を見渡せる丘に立っていた。

黎明の光が地平を照らし始め、空は薄く青い。


「…ようやく、終わったのね……」


口にしてみれば、それだけのことだった。


だが、

その言葉を吐くまでにどれほどの命が失われ、

どれほどの想いが傷ついていったのかを思うと、

喉の奥が焼けつくように重かった。

隣に立つサウルはゆっくりまばたきをし、

穏やかに息を吐いた。


「終わりでもあるし……始まりでもある。

俺たちは所詮、

この戦いに終止符を打っただけにすぎない」


「そうね。……本当に。

でも今はそこまで難しく考えずに、

ゆっくり先を見据えていく事が最適なんじゃないかしら?」


「ふっ…そうかもな」


少し前まで、

私たちは互いの命を奪い合う敵だった。

帽子を被り直し、杖を交え、殺意を抱き、

なお彼に惹かれ、

その理由に気付くことすら許されなかった。


今は、こうして隣に立ってくれている。

それだけで、幸せと感じることに気がついた。


──


あの後、

私たちはリュミナリエ王国の城へ向かった。


魔法使いの長を捕らえたという名目で、

サウルは堂々と城に入った。

もちろん、本当は捕らえられてなんていなくて、

私は自由なままに彼の隣を歩いた。


城内はざわめいた。

サウルという名、

それは城内ではあまりにも大きかった。


そして、玉座の間で──

騎士団長が私たちを待ち構えていた。


カイン=グローディアス。

魔法使いたちにとっては憎悪の象徴で、

国にとっては英雄と呼ばれた男。

その瞳は、冷たく、鋭かった。


「…サウル……貴様、裏切るのか?」


そう言われたとき、私は少しだけ息を呑んだ。

だけど、彼は迷わなかった。


「違う。

これは……正しく現実と向き合うための選択だ。

行くぞ、エルミナ……最初で最後の戦いだ」


サウルの声は震えていなかった。

だから、私は躊躇なく杖を構えることができた。

彼が、私の隣に立ってくれていたから。


戦いは短かった。

けれど同時に、重かった。


何度も剣と魔力が交差し、

魔力の奔流が玉座の間を揺らした。

最後にカインが体勢を崩し、膝をついたとき、

私は杖を下ろした。


「……そうか」


カインは呟いた。


「戦い続けることが正しいと……

最初から思っていたわけではない。

……ただ、それ以外の選択を選ぶ術を……

誰も示せなかっただけなのだ」


そして、彼も剣を下ろした。


「……根源を断ち切るのではなく、

繋がる事が繁栄に繋がるというならば、

見せてみろ。お前たちの言う、新しい国を」


──


その言葉を合図に、戦争は幕を下ろした。

森と国は協力関係になり、

お互いの魔法と技術を交換するようになった。


名を改めた国──『グランディア王国』。

偉大さと、罪と、歩み直し。

そのすべてを抱いた国の名。


「皮肉みたいよね。罪を抱えた世界に、

偉大なんて名前をつけるなんて」


「でも、俺はそれでいいと思っているんだ」


サウルは真剣な顔で言った。


「罪がなかったなんてことにはできない。

俺たちは確かに戦ったんだ。

沢山斬って、沢山失って……

引き返せる場所なんて、

とうの昔に焼け落ちていた。

それでも、だからこそ前に進んでいいってはっきり言えるのが、俺は偉大だと思っている」


私は、少し目を丸くして、

それから柔らかく目を細めた。


「あなたって、本当に不器用で、真っ直ぐで……

損ばかりするのね」


「褒めてるのか?」


「もちろんよ」


焚き火の火を見つめながら、小さく呟く。


「……ねえ、サウル」


「なんだ?」


「これで、良かったのかしらね……

私たちは、ずっと戦って……

ずっと傷つけ逢って……でもそのおかげで…」


サウルは、何も言わずに私を見た。

そして、少し、照れたように笑った。


「良かったかどうかなんて、誰にも分からない。

ただ……あのまま続けていた未来よりは、

ずっと良い」


その言葉に私は胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

迷いなんて、もうなかった。

私はサウルの隣に立てている。それが答え。


「なぁ、エルミナ」


「なに?」


「お前は、俺たちはこれから……

どうしていけばいいと考える?」


そう問いかけるサウルに、

私は空を見上げたまま、微笑んだ。


「確かめてみましょう、二人で。

この先、王国と森がどんなふうに栄えていくのかを……」


私の言葉は、約束でもなければ誓いでもない。

ただ、未来が続いているという肯定。

でもそれが十分だった。

そっと、私の手にサウルの手が触れた。

握るでも、引くでもなく。

ただ、そこにあるというだけの、ささやかな温度。

でも、それで十分だった。


ここから始まるのは、

罪を抱えながら、それでも前へ進む物語。


──それが、私たちの選んだ黎明だった。

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シロツメクサが咲かせた彼岸花 鈴葉 @keibyi

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