異なる世界線の狭間で《Side Stories》

舞見ぽこ

ロズミラ × ALIVE × ワン溺 Side Story

第1話 居酒屋・勝太郎の夜

(* 本編とは異なる、どこか“別の世界線”より *)


 居酒屋『勝太郎』。


 提灯の灯りがゆらめく入口で、星ヶ谷ほしがや はるかは緊張を押し隠すように息を整えた。

 カバンの中には、先日届いた赤い封筒。

 そこには奇妙な一文が記されていた。


 ——『選ばれし、3人の主役たちよ。ここに集え オーナー』


(……主役?何の?)


 疑問を抱えたまま暖簾をくぐると、

 ピンポーン、と軽い音が鳴り、すぐに元気な声が店内に響いた。


「いらっしゃいませーーッ!! ご来店ありがとうございまぁす!!」


 間違いない。陽の者だ。


 30代半ばの店員。

 クセのある茶髪に、ただの居酒屋店員とは思えないような端正な顔立ちの青年だった。


「何名様でいらっしゃいますか?」


「あ、えっと……待ち合わせで……あと二人……なのかな」


 説明に自信がない遥をよそに、


「……あーーーー!!」


 店員は突然、額をパチンと叩き、妙にキレのあるポーズを決めた。


(……どこかの団長みたい……)


「お客様!赤い封筒をお持ちですね?」


「はっ、はい……」


「お待ちしておりました!どうぞこちらへ!」


 勢いよく案内され、個室の扉が開いた。


「お連れ様はもうお見えですよ」


 そこには、ゆるいロングウェーブの茶髪と淡いピンクのトップスが似合う可愛らしい女性がひとり。

 すでにビールジョッキ片手に晩酌をしている。


 女性はぱっと顔を明るくし、手を振った。


「こんばんは〜!」


「こ、こんばんは……」


 遥が向かいに腰を下ろすと、店員が明るく頭を下げた。


「すぐにおしぼりとお通しお持ちしますね!」


 扉が閉まり、二人きりになる。


 女性は頬をほころばせながら言った。


「ごめんなさいね〜。待ちきれなくて、先に飲んじゃってました」


「い、いえ!お気になさらず……」


 自然と笑みがこぼれる。


「お姉さん、これ……持ってきてます?」

 女性がカバンから赤い封筒を取り出した。


「あ……はい。私も……」


 遥も同じ封筒をテーブルに置く。

 艶のある赤い紙。差出人不明。けれど、確かにここに呼ばれたのだ。

 

 女性は赤い封筒をつまみ上げながら、くすくす笑った。


「にしても……『選ばれし主役たちよ』って、どう考えても怪しいですよね?

 デスゲームの招待状かと思いましたよ!」


 遥は思わず苦笑する。


 「……たしかに。ちょっと怖いですよね……」


 ひとしきり笑ったあと、女性は封筒をテーブルに置き、

 ほっと息をついた。


「でも、せっかくこうやって集まったんだし」


 ぱっと顔を上げる。


「……まずは自己紹介します?」


「そ、そうですね……!」


 遥もうなずく。


 女性は胸を張り、明るく名乗った。


「わたし、三枝 杏さえぐさ あんです!34歳!都内の文房具メーカーでOLやってます!

 好きなタイプは……ブローノ・ブチャラティですっ!」


 遥はぽかんと目を瞬かせた。


「ぶ、ブチャラティ……?」


「ジョジョ五部です!わかります!?」


「あっ……はい!部下思いでかっこいいですよね……!」


 杏は身を乗り出して叫んだ。


「えーーーー!!そうなのそうなの!!

 わかってくれて嬉しい!!」

 勢いのまま、遥の両手をがしっとつかむ。


「仲間ぁぁ!!」


 突然の握手に遥は慌てつつも、

 そのまっすぐな無邪気さに、

 つい口元がゆるんでしまった。


(……杏さんって、すごく気さくで喋りやすい……)


「でも杏さん、34歳に見えません!20代かと……」


「やだ〜〜もう!嬉しい!お姉さんは?」


「あ……私は星ヶ谷ほしがや はるか。38歳で、SEやってます……」


「はぁ!?アラフォーに見えないですけど!!綺麗だし!!」


 真正面からの称賛に、遥は耳まで真っ赤になった。


 杏はさらに身を乗り出す。


「で、好みのタイプは〜?」


 遥は一瞬だけ迷い、それでも素直に答えた。


「えっと……ライエル、ノア、ゼフィル、レオニス……

 最推しは、ディアル様です」


 杏は瞬きした。


「どなた?」


「あ、その……乙女ゲームなんです。『薔薇と鏡の王国』って……」


「なるほど〜!」

 杏はすぐにスマホを取り出し、検索を始めた。


「これ!?うわ、美形揃い!!」


 画面を食い入るように見つめ、さらに声をあげる。


「この銀髪の人が……ディアル様……?」


「はい……ディアル=デ=フィレント=エルヴィオン。エルヴィオン王国の王子です」


 杏は一瞬で沸騰した。


「っわーー!!王子様来たぁぁ!!最高〜〜!!」


 その熱量が個室を満たした、ちょうどそのとき——


 バタッ。


 勢いよく扉が開き、例の店員が現れた。


「いやあ、そんな王子様だなんて……照れますねぇ」


 自信満々のドヤ顔。


 遥と杏は固まる。


「……」


「あ〜……」


 杏が遠慮なく言う。


「いや、お兄さんじゃなくて」


 遥もフォローとして微笑む。


「こ、この方です」


 スマホの画面へ映し出されたのは——

 圧倒的美貌の銀髪王子、ディアル様。


 店員の表情が一瞬で固まる。


「お、俺じゃないんかいッ!!」

 思い切りのけぞった。


 店員は耳まで真っ赤になりながら叫ぶ。 

「いやもう!!タイミングーー!!」


 遥と杏は同時に吹き出した。


 ようやく落ち着くと、店員は手に持っていた料理とジョッキをそっとテーブルに置いた。


 遥の前にビールを一つ。

 空いている席にもビールを置く。


 そして、テーブルの真ん中に美味しそうな料理が広がった。


 湯気が立つ湯葉天、

 香ばしく揚がった鶏の唐揚げ、

 ふんわり厚みのあるだし巻き卵。


 思わず腹の底からぐう、と音が鳴りそうなほど、いい香りが広がる。


 そのまま店員は空いている席に、ごく自然に腰掛けた。


「……え?」


 杏が眉を寄せる。


「これで全員揃いましたね!じゃあまずは乾杯で!」


「ちょ、ちょちょ……店員さんじゃなかったんですか?」


「今日はお客として来たんですけど、店長に手伝わされちゃってて!はは!」


 遥は思わずクスッと笑った。

(……どう見ても店員さんにしか見えなかった……)


「改めまして、一ノ瀬 奏いちのせ かなでです。42歳、しがないフリーターです!」


「42!?」

「見えませんよ!」

 と杏と遥が声をそろえる。


 奏は満面の笑みを浮かべた。

 頬がゆるみすぎて、今にも落ちそうだ。


「じゃあ、乾杯しましょ、乾杯!」

 ジョッキを掲げる奏。


 杏が鋭く突っ込む。

 「……何に?」


 

 シーーン。


 

 奏は胸を張って言った。

「——出会いに乾杯っ!!」


「かんぱーーい!!」

 なんだかんだノリがいい杏。


「か、かんぱい……」

 よくわからないまま合わせる遥。


 三人のジョッキがぶつかって、優しい音が響いた。


 少し飲んだところで、杏が奏をじっと見つめる。


「……で。お兄さんがオーナーさん?」


「や、俺はオーナーじゃなくて……オーナーから指示をもらっただけです」


「指示?」


「はい。えっと、これ……」


 奏は自分の赤い封筒をテーブルに置く。

 彼の封筒だけ、中にもう一枚紙が入っていた。


 奏が読み上げる。


「『ようこそ、集いし主役たちよ。

 今日はおめでたい日なので、好きなだけ飲んで食べて騒ぐがいい。

 わたしの驕りだ。おすすめは湯葉天——』」


「???」


 遥が固まる。


 杏は首をひねりながら言った。


「……まあ!よくわかんないけど、驕りってのは嬉しい!」


 奏がにっこり笑い、強引にまとめた。


「とにかく、好きなだけ楽しめってことですよ!ね!」


「うんうん!じゃあ遠慮なく!」


 わあっと場の空気が明るくなった。


 湯葉天の湯気がふわりと揺れ、

 唐揚げの香りが鼻をくすぐるなか、


 本当に奇妙で楽しい夜が、静かに幕を開けた——。


 * * * * * *

 

 場がすっかり温まってきた頃、

 唐揚げの皿の前に座る奏が、妙にキラッとした目をした。


 「……唐揚げにレモン、かけていい派の人〜?」


 杏が元気よく手を上げる。


「は〜いっ!大好き!」


 遥もそっと手を挙げた。


「わ、私も……!」


「よし。じゃあ——」


 奏はゆっくりとレモンを持ち上げた。


 その高さは、

 本来のレモンしぼりゾーンより明らかに30センチ上。


 杏が目を丸くする。


「えっ……高くない??」


 遥も小声でつぶやく。


「もしかして……プロの人のまね……?」


 奏は妙に艶っぽい声で言った。


「こういうのはぁ……高さが大事なんですよ。

 あの高所から塩をふる……世界が認めた男……」


 杏が吹き出す。


「やだww絶対マネしてるwww」


 奏は自信満々で言った。


「では——

 唐揚げくんたち、準備はいいですか?」

 が、その指先はよく見ると――ほんのりブルブルしていた。


 誰より準備できていないのは奏である。


 そして、

 ゆっくりと——しかしプロの所作のつもりで——


 高い位置から

 レモンを 

 しぼった。


 

 ピシャアッッ!!!


 レモン汁は

 唐揚げには一滴も落ちず、

 鋭い放物線を描いて——奏の右目へ直撃した。


「ア”ッッッッ!?!?!?!?

 めっ……目ぇぇぇ!!?!?!」


 奏はその場で崩れ落ち、

 片手で目を押さえながら悶絶。


 杏はもう座っていられないほど笑っている。


「うわっははははは!!塩振りおじさんの真似するからぁぁぁ!!」


 遥は心配と笑いが半々で声を震わせて言う。


「奏さん……っ!

 だ、大丈夫ですか……っ……!!」


 奏は顔をしかめながら、

 それでも親指を立てる。


「……だいじょぶ……!

 レモン……しぼれてる……!!」


 いや、しぼれていない。


 杏は机を叩いて笑い、

 遥もとうとう声をあげて笑った。

(奏さん……イケメンなのに……なんでこんな残念なんですか……!)


「逆にすごい……!」

 杏が涙を拭きながら言う。


 奏は痛みに涙を垂らしながらも、

 ふにゃっと笑った。


(やばい……

 可愛い女の子たちからウケてる……

 なんだこの夢のような状況……)


 そのあともしばらく、

 枝豆が飛んだり、笑い声が弾んだり、

 わちゃわちゃした混沌の時間が続いた。


 気づけば三人とも、

 初対面とは思えないほど盛り上がっていた。

 

 * * * * * *

 

 賑やかな空気の中で、杏がジョッキを掲げた。


「……じゃあ、あらためてかんぱーーーい!!」


「杏さん……それ、もう五回目……」遥が慌てる。


「いーのいーの〜〜!今日はお祝いなんだからぁ〜!」


 奏が笑いながらジョッキを掲げた。


「いや〜〜いいっすねえ!

(……両手に花で、楽しすぎる……)」


 天井の柔らかな灯りが揺れ、

 湯葉天の優しい匂いと、三人の笑い声が個室に溶けていった。


 この奇妙な夜が、ただの飲み会で終わらない予感を残しながら——。



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  遥(38歳)×奏(42歳)×杏(34歳) イメージイラスト

 https://kakuyomu.jp/users/mymipoko07864/news/822139839917512855

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