Love in the kitchen

沙華やや子

Love in the kitchen

 あたしは万茅まち、22歳。今は同棲中の彼氏・柿音かきね25才のマンションに絶賛引きこもり中。というか、半ば軟禁状態。彼の嫉妬は凄いんだ。

 たとえばカフェにお茶しに行く。お料理を持ってきた人が男性だったりすると睨み付けてぶっきらぼうな態度を取るの。なんかみっともない。最初はラブラブだった。愛されてる~って、柿音の束縛すら心地よかった。歩く時はぴったり離れないし、離れて暮らしてる時は毎日電話を何時間もして、幸せだったんだ。


 ある日あたしは職を失った。実はキャバ嬢を数年やっていた。無論ヤキモチ焼きの柿音に辞めさせられたんだ。お客さんとして店まで来てさ怖ささえ感じたよ。

 あたしはお店で生き生き働いていたし、辞めたくなかったけど……このままじゃお店に迷惑をかけかねないなって危機感を覚えた。

 そんな折り、柿音が言ってきた。

「万茅さ~、お昼の仕事しろよ。俺、あんな風にお前が接客するの耐えられないわ」……。まぁ、分からない話でもない。

 あたしは柿音に従い店を辞め、次第に貯金も底をついた。

「同棲しようよ」とちょうどそのころ言われ、ノリで始まったこの暮らし。

 柿音は中学を卒業してからずっととび職をがんばっている。そこはすごいなと尊敬できる。一途にきつい仕事に弱音を吐かず立ち向かっているからね。


「ただいま~」「あ、柿音おかえりなさい」「うん、今日は何してたの? 万茅」「うん、いつも通り。ずっとお家でパソコンいじってたよ」「本当?」「え! なに、疑うの? ……じゃあ今日のSNSのあたしの書き込み観る?」「そんなのどこでもスマホからでもできるじゃん」「辞めてよ、柿音。こんなのばっかじゃん! あたしやだよ。」「俺だってやだよ、大事な万茅が他の男に取られたりしたら」「だから―、いつも言ってるじゃん! そんなことあり得ないって」


 毎日帰宅すると、こんな具合だ。でもあたしが作った手料理に舌鼓を打った柿音はごきげんになる。あたし達は二人とも食べることが大好きだから、救われてるかな。そして一緒にオフロに入る。柿音は今日の仕事がどんなに大変だったかをあたしに言って聞かせる。外に出歩かないあたしにとっては、刺激的な話だ。けっこう楽しいお風呂タイム。


 ただ……実はあたし、一緒に寝たくないんだよね、窮屈でさ。それと、性的な事を毎晩強要されるのも辛い。決して柿音を嫌いになったわけじゃないけど、こんな日々が続いたら……彼をもうすっかり嫌になってしまいそうだ。


 出不精だし、一人であそびに行くことを柿音から禁止されているあたしの楽しみは、スーパーマーケットで食材を択ぶことぐらい。

「わ! おっきなトマト新鮮で安~い」とか「ツナがこの値段? 買いだめしちゃおーう」等々そいった日常を楽しんでいる。


 そのスーパーに……誰にも言えないけど、最近、気になるお兄さんがいる。

 年齢は30才行ってないぐらいかな。主に品出しをしていてレジをすることはめったにない。


 この頃買い物に行くたびにあたし、お兄さんの姿を探してしまう。寡黙でもの静かな雰囲気。一生懸命仕事に取り組んでいる様子がとても印象に残る。程よい筋肉。焼けた肌。ゴツゴツした手……ってあたし、けっこう見てるよね!


 柿音? 柿音はちょっとずんぐりむっくりとした力持ちです。


(あれ? どこに居るんだろう、今日は……)キョロキョロ。お兄さんを探しソワソワとカートを押す万茅。


 そこへ……ドン! 「いッたい!」

 大きな段ボールを3つ重ね持っていた人がバランスを崩した。

 段ボールを華奢な万茅が支える形となってしまった。


 大慌てで持っていた人が箱をそっと床に置く。「すみません、お客様!」

 ……あ。いつもの、お兄さん、だ。


「だ、だいじょうぶですか?」

「あ、大丈夫です!」

 痛いのに笑っちゃうヘンな万茅。

「いえ、お客様大丈夫じゃないですね……。バックヤードへ来ていただけますか? 傷の手当てをさせて下さい」

(え? 痛かったけど、なに? あたしケガしてんの? ヤダ鼻水なんか出しちゃって、と指でこすると……っギャー! 鼻血出てるじゃん。で、小鼻が異様に痛い)

「お鼻を怪我されています。さあ!」

 せかされ、お兄さんについて行く万茅。

「今すぐ店長を呼びます!」

「は……はい」

「今はこれで押さえて下さい」ティッシュの箱を渡されたので、万茅はティッシュを数枚取り出し、千切ったのはキュキュッと巻き鼻に詰めた。

 

 壁にあった鏡を見る。小鼻も切れている。あちゃ~。しばらくすると現れた眼鏡をかけた男性店長さん。

「お客様、大変申し訳ございません。治療費は無論全額当店が負担いたします、どうか病院へ行かれて下さい。申し訳ございません」

 店長もお兄さんも平謝りだ。

「あ、わ、わかりました。様子を見て、必要であれば通院いたします。」

「いえ、必ず通院されて下さい」間髪入れず言う店長さん。

「はい、わかりました」


 職場に居る柿音に事情をメールで説明した。事後報告になると何を疑われるか分かったもんじゃない。

 買い物は置いておき、近くの外科に通院することにした。

 幸いにも骨などに異常はなく擦り傷と軽い打撲との事で痛み止めが出された。


 病院に居る時、柿音が電話を掛けてきた。

「どこに居るんだよ?!」「え、病院ってメールしたじゃない」「本当?」

 ……またこれだ。もういい加減にしてほしい。

 第一声が「大丈夫?」じゃないんだよ。まあ、期待するのはあたしのエゴかも知れないけど。それにしても……。


「で、相手は男か?」「ん?相手って?」「その段ボールのだよ!!」「ああ、男性だったわ」「そいつぶん殴ってやる! 俺の万茅に何してくれてんだよ!」「ちょ……ちょっと柿音? 落ち着いて」

 ガチャリ! 電話は一方的に切られた。


 バン! 強く玄関扉が閉まる音。

 「おかえり、柿音」「その男、色目使って無かったか? お前に」

 ……帰ってきても、ケガ人に向かってこの人ってこうなんだな。


「柿音……」

「なに」

「別れましょう」

「え!?」

「もう……良いよ。あたし柿音のこと嫌いになった」

「お前、行くとこないじゃん。別れられっこないよ」

「野宿でも何でもするわよ! 柿音みたいに、思いやりのない態度より野宿のほうがマシよ!」

「……。」柿音は黙り込んでしまった。


「そうか、好きにしろよ」さみし気な柿音。でも同情なんかで一緒に居る訳には行かない。


 万茅はいったん、少ない自分の荷物を隣町の実家に運んだ。母親と相性が良くなくて、実家は実家で息苦しいけど、束の間我慢しよう。母も受け入れると言ってくれたし。


 母は万茅の部屋をそのままにしておいてくれていた。お気に入りのソファーやアンティークドールにオルゴール、テーブルもそのままの位置で置いてあった。

「ママ、ありがと」「良いよ。少し仕事探しも休んだらどうだい」「……ごめんなさい」「休憩しなさい」「うん」


 なんだか……長すぎた思春期のわだかまりがほどけた。


 万茅は……わざわざ隣町のスーパーまで通った。

「ママ、買い物はあたしに任せておいて」「そう?じゃあ頼むよ」


 お兄さん……今日は何処で品出ししてるのかな~。万茅はきのうから小鼻に付けていた紙テープをはがしている。ほんのちょっと傷が残っているが随分良くなった。痛みは全くない。ちなみに診察代は、すぐにきちんとお店から支払われた。


 あ! 果物の所に居る! カートを押しつつ、さりげなく近づく万茅。そして、勇気を出してみた。

「こんにちは」お兄さんはアボカドをちょうど陳列し終わったところ。

 万茅の明るい声に振り向き「ああ!」とニッコリした。

「大丈夫ですか? お鼻……本当に、なんとお詫びして良いやら」

「もう気になさらないで下さい! あ……あたし、万茅って言います!」ペコ! お辞儀をして、凄い速さでカートを押し、逃げる万茅。(恥ずかしい! あたし、なに言ってんだろ。穴があったら入りたい!)顔を真っ赤にして去っていく万茅をお兄さんは見つめていた。


 恥ずかしいけれど、やっぱりお兄さんに逢いたくて、家の買い物を引き受けてはスーパーに自転車で通う万茅。


 あれからというもの、なんだかお兄さんを探す自分が恥ずかしくなってしまった。でも……あれこれ考えながら乾麺を見ていると「万茅さん! いらっしゃいませ!」

 ……ぇ。あ……! なんとお兄さんが声を掛けてきてくれた、それも名前を呼んで。

「僕は田中咲人たなかさきとって言います。いつもありがとうございます。今日はお素麺ですか?」

 その時万茅が手にしていた素麺の袋を見て咲人が言った。

「あ、はい。暑いと美味しいですよね! おそうめん、色々アレンジできるし」

「そうですよね~、僕も一人だから簡単なおそうめん、多いですよ!」


 あ……お一人、なんだ。


 そんな風に数カ月間、万茅がスーパーに通うたびにふたりはちょっとした話を必ずするようになった。


 季節は廻り冬がやって来た。雪が続き、珍しく積もった。

 母親が「危ないから近所のスーパーへ歩いて一緒に行こうよ」と言って来た。ニュースでも雪の事ばかり伝えるほどの大雪。


 咲人のいるスーパーへ行けたのは約一週間後だった。

(どこにいるかな~)たった一週間顔がみれないだけでも、なんだか切なくて泣きたいほどだ。

(あたし……咲人さんのことこんなにスキになっちゃった)


 あ!居た! すると咲人もすぐに万茅に気づき、手を振ってくれた。


「咲人……さん、こんにちは」

「いらっしゃいませ、万茅ちゃん」(「ちゃん」だって……ドキドキ!)


 今日、万茅はあるものを持ってきていた。

 それは……今の時代に逆行するかのような『ラブレター』だ!

 心を込めて綴った恋文の最後にはLINE IDも添えた。


「万茅ちゃん」と言われた途端カーッと顔が熱くなり、万茅は押し付けるようにしてラブレターを咲人にわたし、買い物すら忘れて帰ってしまった。



 あれから1年経った……。


「万茅~、カレーの味見て~!」

 パタパタパタ……スリッパで駆け寄る万茅。

「ンー……合格っ!」頭の上に大きな丸を作った万茅の目の前に居るのは、咲人だ。


 ふたりは今や、熱々の新婚さんなのであった。




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