モノクロの世界は時が止まったまま変わっていく

藤原苺

時が止まった世界


〝時間を止める〟誰もが一度は夢見たことのある能力だろう。


まさか俺が、本当にそんな力に目覚めるとは思いもよらなかった。


キッカケは些細な出来事だった──


残業を終えた仕事帰り、立ち寄ったコンビニの時計にふと目をやると時刻は午前0時を過ぎようとしていた。


そのとき俺は「あとは帰って寝てそれでまた明日か」と、余暇の無さを嘆いていた。


だが、異変が起きたのはそのときだった──


陳列された商品をカゴに詰め、レジへ持って行くも、店員はまるで氷漬けにでもされているかのように硬直していた。


どれだけ呼び掛けても反応は無い。


ならばと、店員の目の前で手を振っても結果は同じ。


店内を見回すと、雑誌コーナーに一人、パンのコーナーに一人とそれぞれ他の客が居た。


俺を除けば、このコンビニにはレジ前の店員を入れて三人いるわけだ。


だがどうだ。他の客も店員と同じように氷漬けのよう。反応がないのだ。


明らかに「何かが起こっている」とは思ったが、それが何なのかまでは、その時点では理解できていなかった。


そこにいたところで埒が明かない。そう思って、詰めた商品とカゴをそれぞれ戻し外へ出た。


どれくらい滞在していただろうか。体感ではおよそ数分の出来事といったところか。


スマホを取り出して、画面に表示される時計を確認する。


時刻はコンビニの時計を見たときと変わらず、午前0時前だ。


しかし、その異変はすぐに解けた。


スマホから視線を外して辺りを見れば、行き交う一台の車と歩行者も、コンビニの店内と同じ様にピタリと止まり動いていなかった。



「まさか、時間が止まってるのか…!」




疑惑が確信に変わったのは、それから数日後のこと。


今度は会社での出来事だ。


寝坊したせいで電車を乗り過ごし、ギリギリの時間での出社になった。


いや、今にして思えば、ギリギリというより、俺の運動神経を考えたらあれは必死になって走っても遅刻していただろう。


遅刻は既に今月で5回もしている。


そのいずれもが寝坊だなんてのは、社会人にあるまじき失態だ。


なんとしても、なんとしても遅刻だけは避けなければ……



そう思ったときだった。


目の前を走る自転車や車、それから歩行者。


ホワイトノイズのようだった人の往来が奏でる足音までもがピタリと止まった。


「また時間が止まったのか!!?」


ようやく俺は時間停止を完全に理解した。


そして、その力は俺自身の心情に強く結び付いていると直感的に解った。


最初は寝に帰るだけと嘆いたコンビニ、次は遅刻したくないと焦るこの交差点。


動かなくなった世界を、独り占めしながら会社の入るビルまでのんびりと歩いた。


なんだったら牛歩でもしてやればよかっただろうか。


無事に五分前に打刻ができる時間に到着すると、動画の一時停止から復帰したかのように、再び時は動き出した。



次第に俺はこの力に溺れていった。


なんだったら、溺れるまでに時間を要することもなかった。


それからは、雰囲気を作るために時を止める際には「フリーズ!」と唱えるのがもっぱらだ。


当たり前のように女湯は覗いた。しかし今日日そんなものに若い子なんてあまりいないので期待外れだった。


もちろんトイレもだ。だがそれは申し訳なさが勝りすぐに撤退した。


金儲けに使おうともした。時間をとめている間に金を抜き取ったり、あるいは空き巣を働いたり。


だが、実際に思い付いただけで行動には移していない。


いくら時をとめられるようになっても、小心者という性格までは変わらないらしい。


だが、この時間停止能力の一番いい使い道は、やはりエロだ。


触り放題の揉み放題。最初はウキウキだったが、次第に虚しさを感じるようになった。


「はぁ…… 結局、ダラダラするためにしかこの能力を使っていないよなあ」


便利な能力だが、次第に俺は飽きが来ていた。


思い付くことはある程度のことはやったが、どこか物足りない。


かと言って時間が動いている世界で同じことをすれば間違いなくブタ箱行きだ。



─それから二週間あまりが過ぎ、時間停止の使い道も次第に固定化されていった。


そしてそれが自分のなかで当たり前になりつつあった日に、一気に後悔が押し寄せた。



今日、いままさに、それを味わっている。


「なぜだ、なぜ! なぜ戻らない!!?」


詠唱の「フリーズ」はオマケだが、時間停止そのものは俺が脳内で念じるだけでオン・オフが切り替わる。


いつものように起きてすぐに時を止めて、ダラダラするのに気が済んだら出社……


したまではいいが、会社まで来ていざ時を動かそうと(能力オフ)しても動かないのだ。


フリーズ以外にもそれっぽい詠唱をしながら手を振ったり、何度も何度も強く繰り返し念じたりもした。


それでも、なにをどれだけしても時は止まったままだった。



すると、背後から、何者かが俺に話しかける声が聞こえてきた。


いま時は止まっているのに、誰も動けないはずなのに。


一気に不安と恐怖が押し寄せると、それは冷や汗となって頬を伝った。


「ねえ、聞こえてるでしょ?なんで無視するのさ」


俺は恐る恐る、ゆっくりと振り向いた。


無音の世界ではけたたましく聞こえるバクバクと鳴る胸を両手で押さえながら。


「やっと見つけたよ。〝介入者〟のおっちゃん」


そこにいたのは、雑ざり気のない笑顔を浮かべる、どこか飄々とした金髪の青年だった。


「な、何者ですか、あなたは…」


色々な考えが脳内を駆け巡るなか、なんとか捻り出した一言はそれだった。


すると、青年はその一言を聞いて高笑いを浮かべた。


「ハハハ!面白いこと聞くねえ。この状態でも動けるんだから、同じ介入者じゃない?」


「な、なんですか、その、介入者というのは」


「へえ、介入者でありながら自分のことなにも知らないんだ」


青年は襟足をいじりながら近づく。ほんのり漂う香水の薫りが鼻腔を刺激した。


「時間に介入できる能力者のことだよ。あんたは時を止める側のね」


「時を止める側…?」


「そ。他にも時を戻す能力とか、時を早送りする能力とか、時間に介入する能力はまだあんの」


言っていることの意味の半分以上が解っていない。だがなんとなくの感覚として、自分以外にも似たような力を持っている人がいるということだけはわかる。


「でさ、近いうち〝時空間戦争〟ってのが始まろうとしてるのよ」


「時空間戦争?なんですかそれは」


なんとも仰々しい名だ。戦争というからにはきっとひとたまりもないのだろう。


「時戻しバーサス時送りバーサス時止め。みたいなね? よーはさ、介入者同士の力の奪い合いみたいなモン。ハハハ!!」


金髪の青年は笑いながらにそう言った。


まるでこれから起ころうとしているその戦争を毛程も気にしていない様子だった。


「だ、だからと言って…なんだって言うんですか。俺には関係ない!それにもう力はない!だって時止めから戻れなくなったんだから!」


「あ~~~それねえ。ちとに留まってもらおうかなーって。ほら、作戦会議とか必要っしょ?」


「ふふ、ふ、ふざけないでくれ!俺は出社しなけちゃいけなんだ!これ以上遅刻したらどうする!ボッボボーナスの査定に響くんだぞ!責任取れるのか!」


俺が檄を飛ばしたところで、青年の態度や言動はまるで変わらなかった。


それどころか、普段から凄むのを慣れていないせいで、キョドりまくりの噛みまくりの早口に、青年の笑いのツボを刺激するだけだった。



「大~丈~夫!!だって、もう元いた世界は、もうじき無くなるし」


衝撃の一言だった。思わず目を丸くしていると、青年は気にも止めずに俺の肩を二回パンパンと叩いた。


「ま!そーゆことでさ、とりあえずボスのとこに行こうぜー。いま時間をロックしてんのもボスの力なんだぜ?」


言われるがまま、首根っこを捕まれた俺は青年に連れ出された。


ずっと俯いていたのでどこへ向かうのか分からなかった。


考えていたのは、あの時間停止中に過ごした自由な日々──


時間に追われることを気にせずダラダラし放題。


ゲームにドラマにアニメに漫画。オンラインゲームこそ出来なかったが、一人で楽しめるものなら一通り遊び倒せた。


あのムフフ…な出来事だって忘れがたい。


その全てが、目の前で崩れ去り、二度と戻らない幻になろうとしている。


だが、このまま逃げ出してもどうにもならない。


時は止まったままだし、来る時空間戦争とやらに巻き込まれるのは間違いない。


そんなことを堂々巡りに考えていると、ずっと無言だった青年が声を発した。


「は~い、とーちゃく。ほらボス連れてきたよ。〝こっち側〟の人間」


そう言うと、青年は俺を拘束していた手を、突き放すように離した。


「なんじゃ?本当にこんなオッサンが我々の同胞なのか?」


まだあどけない声色からは想像も出来ない口調が耳に飛び込んだ。


驚きのあまりパッと顔を上げて覗き込む。


「わぁ!なんじゃいきなり!ビックリするじゃろう!」


古風な喋り方とは裏腹に、眼前にはおよそ十歳前後の女の子が、車のボンネットの上で足を組んで構えていた。


「しかしこんな頼りないやつでわしらは勝てるのかのう」


「まあボスの言いたいこともわかるけど。それでもやるっきゃないっしょ」


侮蔑の視線を感じながら、二人の会話を確かめる。まさか、この女の子がボスだというのか…。


「あの、俺は一体これからどうなるんですか…」


「なんじゃ諭吉、こやつにも話とらんかったのか?」


「いや話したんだけどさ~~、すげー飲み込み悪いやつでさ~」


俺をここまで連れてきた青年は諭吉と呼ばれていた。見かけによらない名だ、なんて思っていると、ボスとされる女の子が俺に語りかけた。


「おぬし、名はなんと言うんじゃ?」


「山下です…」


「そうか。わしはボスじゃ。れに急須の暮須ぼすじゃ!行くぞ山下」


「え、ボスって、本名?」


「そうじゃ。それより山下、これから仲間を集めにいくぞ!」


ボスがぴょんっとボンネットから飛び降りた、そのとき──


「フリーズ!!!」


俺は反射的に叫んでいた。もう意味がないと思い出したのは、叫んだあとのことだった。


スカートの中がちらりと見えそうだったその瞬間を切り取りたかったのだろう。


「なにを言っておるのじゃ?」


「さあ~ね」


悪い癖が身に付いている。まだ年端のいかない子にまでこんな真似を…。


おまけに、ボスの動きに合わせて体を逸らせたせいで無様にスッ転んだ。とことん情けない。


すると、諭吉青年がしゃがみ込んで俺の耳元で小声で囁いた。


「アンタがこれまで何に能力使ってたんか、大体わかるわ」


嘲笑を孕んだクスクス笑いが、自分自身への情けなさに拍車をかけた。



「おまえたちー!なにをしておるのじゃー!」


「あいよ~!いま行くから!」


諭吉が俺に手を貸して、起き上がらせてくれた。


「ま、これからは仲間同士で仲良くやろうぜ?他に仲間を見つけても今日のことは黙っててやるよ」


「あ、あぁ…」


固い握手を結んだはいいが、俺は一体これからどうなるのだろう。


この先待ち構える戦いの果てにはなにがあるのだろう。


単調だった人生は、魔法のような世界に変わっていった。


これまでのサラリーマンとしての生活はきっともう戻らない。


こんなときでも、俺はヒラのままで終わりか、なんて思ってしまうのも社畜生活が染み付いているせいなんだろう。


首元をしっかりと締めていたネクタイを脱ぎ捨て、俺は追いかけるようにボスの後を歩いていった。



この、閉ざされた時のなかで──






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