興味の消えた教室

小学校の頃の俺は、ちょっとだけ優等生だった。

 勉強も絵も、飛び抜けているわけじゃないけど、平均より上。


 空気を読むのが苦手なところもあったけど、周囲はそんなこと気づかない。

俺は特に絵を描くのが好きだった。


「健太、すげぇ!」

「これ、自分で描いたの?」


 先生も、友達も、たまに親も驚いてくれた。

 図工の時間は、俺の小さな世界を肯定してくれる瞬間だった。

 未来なんてまだ意識しなくてよかった。夢が叶うのが当たり前みたいに思ってた。


 ——でも、中学校に上がると、一気に色々と変わった。


教室は広く、人の数も多い。

 絵の上手いやつも、勉強ができるやつも、笑いのセンスがあるやつも、みんな輝いて見えた。

 俺はその中で、自分の居場所を探すことしかできなかった。


最初はまだ、「自分もがんばればなんとかなる」と思っていた。だから、描きたい一心で美術部に入ったんだ。


 美術部に入ったのは単純な理由だ。描きたかった。

 でも、そこにいたのは想像以上に上手い人たちばかり。

 線の強弱も構図も、俺の小学校レベルの“ちょっと絵が上手い奴”とは比べ物にならない。


部室に入ると、いつも胸の奥がキリキリした。

 他の部員が楽しそうに会話する中、俺は自分の席に座って手を止めたまま、黙って様子をうかがう。

 線の一本一本に視線が刺さる気がして、集中もできない。


 先生は優しい声で「頑張ろうね」と言うだけで、上手い子にばかりアドバイスをしていた。

 クラスメイトも部員も、最初はチラッと見てくれる。

 でもすぐに興味を失う。


 「へぇ、こんな感じか」


「あー、普通に上手じゃん」


 声に出さずとも、視線の先は俺ではなく他の上手いやつに向かっている。


 誰も悪意はない。

 でも、俺だけが傷ついた。


 褒めてくれるわけでもなく、叱られるわけでもなく、

 ただ、存在が自然にスルーされる——その感覚が、胸に刺さった。


 その小さな傷の積み重ねで、徐々に教室にも部室にも行くのが辛くなった。

 笑えばいいのか、黙っていればいいのか、どう振る舞えばいいのか分からない。

 会話のルールを知らない異星人みたいで、毎日が地雷原に感じられた。

そんな俺は少しずつ孤立していった。

 昔は一緒に笑ってくれた友達も、少しずつ距離を置き、声をかけなくなった。


中学校に入って数ヶ月が過ぎたころ、成績表が返ってきた。

 思ったよりも点数は伸びず、むしろ下がった科目もあった。勉強のやり方も分からず、授業についていくのが精一杯だった。


今思えば、俺は優等生の皮を被った劣等生だった。所詮は偽物の優等生で、維持するのがどんどん難しくなっていたんだろう。


 やがて登校日数が減り、保健室登校になり、家に引きこもる時間が増えていった。

 “昔のちょっと絵が上手だった俺”を守るために、筆を置いた。

 描くことで、現実に下手さを突きつけられるのが怖かった。


 気付けば、部屋の中で時間だけが過ぎていく。

 小学校でちょっと褒められていた自分は、遠い過去の幻のようだった。


 そうやって、俺の坂道は、静かに、ゆっくりと下り始めた。アニメ、ゲーム、2ちゃんねるをしてただただ時間を溶かすだけの全く同じ日々を、過ごし始めたんだ。

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13歳のまま。 @Leto_

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