第一章 会社員 早川雄二の場合
明日、世界が終わるらしい。と、言っても俺には、全くもって、実感がない。どんな風に終わるだとか、なんでなんだ、とか。そういう事をちゃんとした人間は考えるのかも知れないけど、俺はどうにもそういうのを考えることが苦手だ。ぶっちゃけ、ニュースも見たくないし、SNSの陰謀論とか右翼だとか左翼だとかそういう話題もうざい。職場の人たちは「存外終わらなかったりしてな」「いや、終わってくんなきゃ困るよ。貯金全部使い果たしたし」とか、そんな話をしてた。世界滅亡の前日まで仕事とか、クソって言ってたくせに、なんだかんだ皆んな来て、年末みたいに大掃除して、それで仕事納め。誰もがなんとなく、明日が来るんだか来ないんだが、分かんねーなーって、思いながら掃除してたと思う。掃除が終わって、社長が最後に顔だしてくれて「今までありがとう」とか言って、役員だとか、長く働いていたパートさんなんかには、結構響いてたみたいで、ちょっと涙ぐんだりとかしてた。けど、三年前に転職でこの職場に来た俺にとっては、なんか(はーん?いえ、こちらこそ?)ってくらいの感じだった。
で、それで全員十五時退社。皆んな口々に「良い最後を〜」っていい合った。……いや、なんだよ。良い最後をって。年末かよ。でも、多分皆んな同じ事を思いつつ、言ってたんだろうなって思う。だって、俺もなんかカッコつけてこんなこと考えてるけど、実際にクソだと思いながら、職場行って、掃除して、「良い最後を〜」って、お世話になった先輩に手を振って、言ったわけだし。
まだ、明るい、昼間の帰宅。人によっては、最後にどっか出かけたりとか、ギリギリまでやってる居酒屋に行くとか言ってたけど、俺は面倒くさいから帰ってきた。
ワンルームの別に広くも狭くもない、彼女のいねー三十代目前男には、十分な家。寝て、起きるだけのベッドと、たまにゲームするだけのちっせぇモニターと、ある意味があんのかないのか不明な、簡易キッチン。そんな俺の部屋を見て、なんとなく、あー…ここで俺死ぬんだなーって、思った。なんか、なんつーの?もっと、感傷的になれたらいいんだろうけど、どうにも前職でメンタルやられてから、こういうのが苦手になった気がする。まぁ、昔からぼんやりしてる奴って、よく言われてたから、あんま変わんねーのかもだけど。
俺は、そんなことを考えながら、早く帰って来たけど、別にしたいことねーし、一先ず、飯でも食うかな、と上着を適当に投げて、冷蔵庫に手をかけた。でもそこで、冷蔵庫の機械音が少し耳について、そーいやぁ謎のバカ食事メーカー届いたから、冷蔵庫空にしてたんだっけ。と、思い出した。だから、冷蔵庫を覗くために屈んだ腰をもちあげて、テーブルの上に置いておいた、段ボール箱を見る。日本の国旗と『最後の晩餐』と書かれ、恐らく実際の機械の写真かなんかが、モノクロプリントされている四角い箱。
何だっけ、使い方。なんか、どうのこうのYouTubeでやってた気がするけど、《後で見る》に入れてから、一度も再生してねーや。俺は、そんなクッソどーでもいい事を思い出しながら、まぁ腹も減った気がするし、せっかくなら少し遊んでみっか。と、それの開封へと取り掛かるのだった。
+++++
部屋にカッターなんかねーから、なんか、破くみたいにして開封する。したら、《ガムテープは、↑こちら↑からお剥がし下さい》って、書いてある逆から俺、開けてたみたいで、少し笑えた。つか、開けにくくても今更誰もクレームなんか入れんだろ。……いや、やんのかな。誰か。ま、いいか。しらね。
そうやって、ビリビリてきとーに破って出てきたのが、通称『最後の晩餐』。正式名称『LED-J-DM』…あれ、コレも略称なんだっけ。ま、いいか。今日しか使わねーんだし。この電子レンジみてーなマヌケっぽい機械が、俺たち日本人への国からの最後の補償だとかいうやつ。なんか、ちゃんと取り扱い説明書入ってたけど、分厚い冊子なんか読みたくねぇから、詳しい作りは知らん。興味もない。でも、流石というか、哀れつーか。最低限の使い方だけのペラ一枚のトリセツも入ってたから、俺はそれを見ながら、機械の電源コードをコンセントに入れた。
うっすいバカにでも分かるようにイラスト付きで書かれたトリセツによれば、専用の紙に、専用のペンで、料理名、料理人または店名(指定があれば)、使用食材(指定があれば)を書き込んで、この機械の差し込み口に入れればいいらしい。専用の紙は、なんか四角い普通の付箋みたいな感じで、そこそこ何回も作ってくれるっぽい。指定があれば、というとーり、こだわりがなければ空欄とかでもいいらしい。……なんか、今Youtubeつけたら、バカな日本人ユーチューバーがゲテモノ料理出して、食ってる動画とか上がってそーだなって、思った。でも、それは本当に一瞬よぎっただけで、流石にあげねぇかと、鼻から笑いが漏れてしまった。再生回数回んねぇだろうし、収益も入る頃には世界終わってるわけだし、意味ねぇもんな。それとも、やってるやついんのかな。最後まで『視聴者に還元!』とか言って。…はは、ご立派。なんか、いいよな、そういうなんかしらの目的があるやつって。羨ましいわけじゃないけど、なんか俺とはチゲーんだろうなって、気がする。別に、落ち込んでるわけでも、比較してどうの言いたいわけじゃないけど、なんかそう思った。…つーか、なんでも食えるって、まどろっこしくね?手順もそうだけど、なんでもって言われて食いたいもん、パッと浮かばねーんだよな。
俺は手に持ったその専用紙とかいうやつの裏や表をぺらぺら見ながら、何が専用かもわかんねー…と、頭を掻く。で、やっぱりいつも通り、考えるのが面倒になって、梱包材の発泡スチロールをゴミ箱に向けて、しゅっ、と右手で投げてみる。
……うん、外した。空気てーこー。投げて入れば動かなくて済むが、外れたら結局ゴミを捨てに立ち上がらなきゃいけない、というちょっとした賭け。毎度毎度俺はコントロールが悪いのか、外している気がする。だから、いつもの通り、胡座をかいて座っていたフローリングに手をついて、意味もなく「よっこい」とか声を出して立ち上がろうとした。外れて転がったゴミを捨てようと、体が癖で動いたんだ。たぶん。
――でも、俺は急にそれをやめた。
だって、明日、つーかあと八時間かそこらで、世界終わるんだぜ?なんか、爆発したり、映画みたいに白い光に包まれたりとか、どんな風に終わんのか知らねぇけど、ゴミひとつ、俺の部屋に落ちてるからって、なんも変わんなくね?って思ったから。なんか、世界の終わりの気持ちって、こんなんなんだなって、変に思った。なんか、じわっと嫌な気分つーの?夏場、暑いからって網戸で窓開けてたけど、網戸がちゃんと閉まってなかったことに、後から気づいた…みたいな。蚊取り線香、
だから俺は、ひとまずなんか食うか…と、左手に持ちっぱにしてた専用紙をテーブルに置いて、ビニールに個別包装されてた専用ペンを雑に取り出す。国が支給した最後なんだし、つかわねぇのはもったいねぇし、興味がないって意地はるほど、なんか家にあるわけでもないしな。で、いざ書こうとして、俺の手は結局止まった。
――なに、書こう。つーか、俺。腹減ってるような気がしてるだけで、別に何食いたいってわけじゃねーんだけど。…いいや、適当に書こ。
料理名:ポテトチップス・コンソメ、ビール
料理人又は、店名:おまかせ
使用食材:知らん
備考:
書き終わった紙を台紙から剥がし、レジの縦に札を入れるやつみたいなとこに突っ込む。これで、マジで出来んのかな。って、そんなことを考える。けど、なんかエラー音みたいなやつが、ビビッって鳴って、紙が差し戻されてしまった。見れば電子レンジでいうところのカウントが表示されるとこに『生成食品は一品ずつお書きください』って、出てる。
…めんどくさ。俺は、誰に向けたわけでもなく舌打ちをして、新しい紙に『ポテトチップス・コンソメ』と、書き直す。それで、また一枚破って差込口に入れる。
――したら、またエラーが出た。
『生成食品は一品ずつお書きください』
……はぁ?俺は、ややうんざりして、差し戻された紙を見る。いや、『ポテトチップス・コンソメ』としか書いてないが?不良品か??俺は、ポテチも作れねー機械に意味あんのか?って思いながら、さっき読む気をなくした冊子の取説のQ&Aを開いた。探したのは、エラー『生成食品は一品ずつお書きください』について。
で、それは割とすぐに見つかった。
Q.料理名を一品しか書いてないのに、一品ずつ書いてくださいとの表示が出ます。
A.料理の味などの指定を一緒に書いていませんか?
お手数ですが、料理名の横に〇〇味という表記を加えられるか、
使用食材又は備考欄の方への記載をお願いいたします。
いや、だっる。今時それくらい察してくれや…。え、じゃぁなに?この機械は今、ポテトチップスと、コンソメを作れって指示を受けたって認識してるってことか?――いや、バカじゃん。使えねぇ…。俺は、すでに二枚も紙を無駄にしちまったことにうんざりして、思わずため息をついた。…なんか、俺の人生ってこんなんばっかな気がしたからだ。
前職だって、まぁ事務職ならなんでもいいっしょって、とりあえず受かった中小ベンチャー企業に入ったら、電話営業も一緒にやる系の事務職で、地獄をみた。でも、新卒ですぐ仕事を辞めるのは流石に…とか、今時別に珍しくもねぇのに、ちょっと意地になっちまって、半年で病んだ。大学のサークルも、サークル室に漫画とかゲームとか沢山あって、サボりに使ってもいい、って聞いたから入ったのに、サークル活動が毎日あって、結局在籍してるだけの幽霊部員になった。高校の部活も、中学の部活も、履修だとか、準備だとか――なんか、ちゃんと調べれば分かることなのに、なんで調べないのかって、お袋によく言われたっけな。
――だから、去年のお袋の葬式の段取りはマジで不安で、でも、必死こいて調べて、弟の
差し戻された紙を眺めたまま、俺はらしくもなく、自分の人生とか、家族のこととかを何故だか勝手に思い出していてた。で、ふと我に帰った瞬間、ちょっとキショいなって思った。もしかするとこれが俗にいうドームズデーセンチメンタルってやつなのかもしれない。このドームズデーセンチメンタルってのを防ぐために、世界中の国は補償とか還元に走ったらしいけど、結局こういうのって、何しても無駄な気がする。でも、やっぱいい気分ではないから、俺は頭を手に持った専用ペンの尻の方でなんとなく頭を掻いた。
すると、ペンのケツの部分が少しグラついているような気がして、「あっ」と思わず声を出してしまった。その感覚に懐かしさを覚えて、閃いたからだ。それで、ペンの後ろをもっかいまじまじと見ると、そこはキャップになっていて、取り外すことができた。出てきたのはなんか黒っぽいゴムみてーな質感のもの。ここにこれがあるってことはつまり多分、そういうことだろう。俺は現れたゴムっぽいもんで、一番最初に書いた専用紙の『ポテトチップス・コンソメ』をこすった。すると文字はフリクションペン…いや、クッソなついな?…ともかく、それよりも綺麗に消えた。で、『ビール』の文字だけ残して差込口にそれをもっかい、機械に差し込んで見る。
すると、さっきのエラー音とは違うピピッ――という、なんか読み込みましたって音が鳴って、十秒って表示が電子パネルに表示された。
「おぉ…」
なんか、ちょっとした達成感。俺は、別に完成するまで見ている必要なんかないのに、電子パネルの数字のカウントが減っていくのを一緒に心の中で数えながら、最後の三秒あたりでちょっとしたムズムズとした可笑しさを感じていた。取り出し口の取っ手はオーブンっぽい感じであるにも関わらず、中は見えないから余計なんか、ワクワクするんだよな。
そして、カウントの表示がゼロになって、チンッ――という、俺ら世代には旧式のトースターでしか聞かないような電子音が鳴った。ほんと、変な機械だ。でも、なんかこの完成の音は悪くない。
で、俺はちょっと、前のめりに姿勢なんかを正しちゃったりなんかして、機械の取っ手を手前に引いた。中には、ガラスのジョッキに入った金色の液体。その液体の中では気泡がぷつぷつ、ふよ〜っと、白くて滑らかな泡へと集合しようと昇っていた。思わず、俺はゴクッと、唾を飲んだ。正直、中ジョッキで出てくると思わなかったからだ。缶とか、瓶とかで出てくんじゃねーかなって、思ってた。でも、しっかり注がれた生中ジョッキっぽいソレ。泡のバランスもいいし、ジョッキは綺麗に透明で、なんか、ちょっと感動した。俺は、ここまでこんな完璧なビジュアルって、マジか?と思いながら、これただの映像だったら嫌だな…と、ジョッキの取っ手に手を伸ばす。
――ジョッキは、良く冷えていた。ずっしり、重みもある。
「…っは、はは。なんじゃ、こりゃ」
マジで、なんだ、これ。俺はたった一人の部屋で、無性になんだかおかしくって、声をだして笑ってしまった。バカだ、やっぱ、日本って、バカだ。俺はそう思いながら、ジョッキを持ち上げ、一口目を口に勢いよく流し込む。
見知った味、苦い、炭酸強い、昔は苦手だった、切れ味、喉越し、鼻に抜けるアルコール。まだ、流し込む、喉が勝手に吞み下し、音が、鳴る――。
「――っぷはッ!」
いつの間にか天井を見るように煽っていた俺は、ジョッキを口から外して、勝手に止めていた空気を勢いよく吐き出した。そして、満足って文字が頭に浮かんだが、急に「あれ?」とも思った。だって、このビール。俺の好みのメーカーのやつだったからだ。だから、俺は今度はちょっと真面目に冊子の取説の方を読もうと、そう思った。
そして、ビールを飲みつつ冊子を眺めた結果の結論。この特別な機械、正式名称は『Last Earth Day -JAPAN- Dinner Machine』。略して『LED-J-DM』は、そもそもある程度の配布先住所に住む、国民の諸情報が登録されており、専用ペンはそれを握ったその人の思考を読み取って趣向的情報を、インク内にデータ情報として含ませているらしい。…いや、どんな技術やねん。うっそくせ〜…と俺は半笑いになった。でも、バカにもできなかった。だって、俺はさっき『ビール』としか書かなかったからだ。そして確かに俺は『ビール』と書きながらも、自分が好きでよく買うメーカーのビールを思い浮かべてもいた。
でも、それにしたってバカな技術だと思う。それにそんなことが可能なら、料理人や店名、原材料や備考を紙に書かせる必要なんてないんじゃないか?とも思った。だが、それについては分厚い冊子の最終ページ、開発者のご挨拶ってぇやつで、疑問は解消された。なんでも『――読み取り、それを情報としてインク内に含ませ、生成させることが完璧にできる機械に仕上げることが出来たと自負しております。しかし、人の『欲』や『願い』は脳のニューロンやシナプスとは、また別のところにあると私は考えております』だとかなんとか。…いや、正直よく分かんねぇけども。やっぱ、こんなスゲーもん作る人間の言葉って、謎だ。でも、俺にとっちゃそんなもん、あんまカンケーねぇし、いいだろ。とりあえず、補足的にあったほうがいいって、賢い人が決めて作ったもんなんだから、それに乗っかっとけばいい、ってことだろ?
だから俺は、一通り流し読みしたあと、ほんじゃまぁ、せっかくなら楽しませてもらいますかッ!と、帰宅前とは打って変わって明るい気分で、何を食おうか…と考え始めるのだった。
+++++
――帰宅して、『最後の晩餐』を使って一杯目のビールを生成してから、もう四時間もの時間が流れ、世界の終わりというやつも、もうあと数時間後という頃合いまで迫っていた。電気も、ガスも止まった。これは随分と前から告知されていたことだ。だから、不満はない。今ある明かりは懐中電灯と蝋燭ぐらいなもん。特別な機械は、ラストの数時間分のみならば、内部バッテリーで動くらしい。でも、俺はそんなことよりも納得できないことがあった。
どんな高い飯、どんな高い酒を機械に作らせても『美味いんだと思う』『多分、美味い』という感想しか、俺が持てていないことだ。なんつーか、しっくりこないんだよな。美味いんだろうってのは、まぁ、分かる。味、複雑だな、とか。でも、これがTHE・高い飯!ってぇ奴を、調べて書いて作らせて食ってるのに、なんかバカみてぇだけど「へぇー」としか、俺は感じられていないんだよな。なんか、なんでだろ。腹いっぱいなのに、モヤモヤする。たぶん、胸焼けじゃない。…いや、正直さっき食ったフォアグラは、旨さがよく分かんなかったし、ちょっとモタれたけど、そういうんじゃないんだよな。なんか、もっと、こう――……、あ、そうだ。虚しい、って感じっぽい。
俺は再び戻ってきた、いやぁ〜な気分を誤魔化そうと、今までは換気扇の下で吸っていたタバコを、座ったままで火をつける。なんとなく視界に入りやすい位置に貼っつけた、時計の秒針がカチカチ動いているのが見えて、なんかうざい。さっきまでの、この訳わからん機械に楽しませてもらおうかという気分は、なんだかいつの間にか、すっかり冷めている。意味もなく吐き出す煙の流れですら、邪魔くさい。自分で吸っておきながら、何言ってんだって感じではあるのだが、邪魔なもんは邪魔だ。
――ふと、なんかどこを見るのも嫌になって、時計からも、煙からも逃げるように視線を流した。その先で、拾わなかった発泡スチロールのゴミが目に止まった。……馬鹿馬鹿し、片付けよ。俺はなんとなくそう思って、咥えタバコで立ち上がり、左手を軽くタバコが落ちないように口元に添えて、ゴミ箱に一歩近づき、投げて外れて落っこちてたゴミに手を伸ばした。
『――ちゃんとゴミはゴミ箱に捨てろって、いつも言ってるでしょ!』
『うっせ!ゴミが落ちてよーが、死にゃしねーし、いいじゃん。あとでやるっつーの』
なんか、急に死んだお袋の声と、俺の声が聞こえた気がした。あれは多分、中学の時。実家の、俺の部屋のゴミを回収しにきたお袋に毎度言われて、よく言い返した言葉。しょっちゅうガミガミいうもんだから、「死にゃしねー」とか「地球はまわります〜」だとか、「俺のゴミ如きで世界は滅亡しませーん」とか言ってた気がする。今思うと、ものすごくバカっぽい。そしてそれは事実で、今こうして俺がゴミをちゃんと拾って、ゴミ箱に捨てているにも関わらず、あと三時間強で世界は滅亡する。――いや、する、らしい。ってのが、正確なところ。……正直な話、SNSを見る気分にも、動画サイトをつける気にもならなくなっちまって、何も情報を入れてない。たぶん、こういうのってよくないんだろーな〜ってのは、わかってる。でも、正直SNSに溢れる感傷とか、いい思い出とか、綺麗な景色とか、幸せそうな他人とか、なんか、そういうの全部どーでもいい。紀彦からは、連絡があった。『お袋の墓参り、一緒に行かね?』って。俺はそれに『いや、遠いし。車持ってねーし、タクシー代もないから、いいわ』と、返してしまっていた。あいつは、多分行ったんだろうな。ちゃんと、してるやつだから。
――あ〜〜〜〜…。くっそ気分悪りぃ…。
俺は、さっきからずっと付き纏われているような気がする不快感に舌打ちをして、また機械の前に戻る。それで、なんとなく避けていたメニューを、専用紙に書いた。
料理名:カレー
料理人又は、店名:お袋(
使用食材:
備考:
書いた情報のあまりの少なさに、正直笑えた。多分、普通のカレーだったはず、としか覚えてない。親父がワンプレート飯をあまり好きじゃないってのもあったし、俺も紀彦も別に運動部じゃなかったから、もりもり飯食うタイプでもなかった。だから、お袋がカレーを作ってくれたのなんて、中学までだったような気がする。高校に行ってからは、友達と晩飯食って帰ることも多かったし、買い食いの方が好きで、大学は都内に出て一人暮らしを始めたもんだから、お袋の料理の記憶なんて曖昧だ。肉が豚だったのかも、鳥だったのかも、うろ覚えだし、なんのルーを使ってたのかもしらねぇ。でも、機械はエラー音なく書いた紙を飲み込む。そして、パネルに表示された生成時間は十五分。有名店のさっき調べて詳細を書いたフォアグラ料理は五分だったから、多分時間がかかる方なんだろう。
なんで、定番の『お袋の味』を避けていたのかは、正直なんというか、嫌だったから。なんつーんだっけ…、郷愁?ノスタルジー?に浸るってぇのかな。そういうの、キモいなって思っちまって、ダメだった。それは今でも思ってるし、嫌な気分を加速させているような気もしてる。でも、なんか最後にちゃんと、なんでもいいから、『美味い』と思って死にてぇなって思うんだ。ちゃんと、終わるための飯を食いたい。
でも、俺にとっての最後の晩餐がよくわからない。つーか、分かるやつっていんのか?自分の最後の飯、何食ったら後悔がないって、絶対の自信があるやつって、いんのか?なんか、漫画とかで死後の飯屋で、懐かしい飯食って涙して成仏とかあるけど、俺あれで成仏できる気がしねぇんだよな。だって、別に何が食いたいって、よく分かんねぇんだもん。『なんでもいいけど、美味いもん食いたい』って、誰でも思うじゃん。それを最後の飯にしたいって思うのは別に悪いことでもなんでもなくね?ノスタルジーである必要って、ねーよな。
――なのに、なんでこんなにずっと、美味いはずの飯食ってたのに、ちゃんと美味いって思えねぇんだろう。だから、本心的にはものすっごく嫌だけど、世間一般的に言われる最後の晩餐のイメージに習うことにしてみたんだ。あれだけ誰もが言うんだし、多分それが正解なんだろうって、思うから。
そんなことをグチグチ考えているうちに、機械からようやっと、さっき何度も聞いた完成を知らせる古クセェ電子音が鳴った。それに合わせて俺は、二本目のタバコを灰皿に押し付けてもみ消す。……出来れば、世界が終わる瞬間とか、何起こんのか
取っ手を引いて、出てきたのはなんてことはない、カレー。なんつーか、匂いでわかるとか、見栄えでわかるとか、そういうのは全然ない。でも、多分この機械のことだから、ちゃんとうちのお袋のカレーなんだろう。俺はなぜだか分からんが、ため息をついて、カレーと一緒に出てきたスプーンを手に取り、ルーと飯をぐちゃっと混ぜて、口へと運んだ。
――……うん。たぶん、懐かしい…?死んだお袋のカレー、だと思う。
そう思った瞬間、なんだか無性にムカついた。親不孝者って言われたような気がしたからか、味音痴と思われんじゃないかとか、無感動男とか、なんかそういうのが全部ぐちゃって混ざって、でも、そんなこと言うやつここにはいないし、明日誰かに話すことなんかねーし、今更誰かに連絡するとかダセェし、なんか、なんか……――。無性に情けなかった。いや、それよりも、ずっとずっと言いたくなかったけど、もっと正しく俺を表す言葉があることを、俺は知っている。
惨めって、やつだ。
ちくしょう。なんだ。なんなんだよ。なんで俺がこんな思いしなきゃなんねぇんだよ。ちゃんと今日だって仕事に行ったじゃねぇかよ。ゴミだってちゃんと、ゴミ箱に捨てたじゃねぇかよ。なんだよ。誰かと飲みに行けば良かったのかよ?紀彦と一緒に、墓参りにでも行けばよかったってか?無理にでも彼女作ればよかったのか?最初からもっとちゃんと、考えて生きてればよかったってか?知るかよ!なにが悪いんだ、どうせ俺はダメなやつだよ!!!
むしゃくしゃした。むしゃくしゃして、イラついて、生成されたカレーを時計にぶん投げた。それでも、プラスチックに保護されてる文字盤の針は進む。米やちっさくなってたカレーの具が先に重力に負けて、ぼとっと落ちて、ルーがトロトロと跡を引きながら壁を伝って、床に落ちる。まじで、クッソ汚ねぇ。笑う気も起きなかった。テーブルの上には、一口食って違うとか、あわねぇって思った食いかけの皿が並んでる。あとから食べたくなったら食おうと思ってたが、それすらももう、どうでもいい。
俺は、立ち上がりバカしょぼい一口コンロの上に乗せたままのヤカンを手にとった。最後の『晩餐』とか、もう知るか。もう豪華とか、ノスタルジーとか、それっぽくちゃんととか、マジでクッソどーでもいい。普段通り、しみったれた俺らしくカップ麺啜って寝てやる。そんな決意、そんなヤケクソで、水を入れようと蛇口の取っ手を下から上に
――が、もう、水も止まっちまったらしい。生活用水用の水はギリギリまで出るとは聞いていたが、飲料用は早めに停まることを忘れていた。つーか、よくよく考えたらガスも止まってんだから、湯を沸かせるワケねーじゃねぇか。バカか、俺は。
……あぁ、ダメだ。なんも上手く行かない。なんでだよ、何が悪いんだよ…。俺はなんだか無性にしゃがみこみたくなった気持ちを、どうにかクソダサシンクの淵に手を置いて、どうにか耐えた。怒りも、持続なんかしやしねぇ。急激にしぼんで、勢いもなく、なんつーか消化不良。中折れしたような気分だ。クソが。
切り替えろ、切り替えろ…。俺はなんどもそう頭の中で繰り返して、どうにかこうにか手に持ったヤカンをコンロの上に戻した。冷蔵庫のカップ麺のストックがなんだか心なしか、寂しそうに見えた。
……あぁ、これか。これなんだな、多分。ドームズデーセンチメンタルってのは。なんか、急にイラついたり、急に悲しくなったり、急に笑いたくなるって、そういやネットニュースで見たっけな。はは、これか。なるほど、へー。マジでクソな気分だわ。そんな最低な気分のまま、俺は鼻で笑って、冷蔵庫上のお気に入りのカップ麺を一つ手に取り、包装を剥きとって、機械の前に戻った。
――もう、これ食って、寝よ。寝て、終わりでいいや。もう。
俺はもう、そう決めた。だから、これが俺の最後の晩餐。最後に機械に頼むのはなんてことのねぇ、本来なら頼む必要もねぇ二文字。
料理名:熱湯
料理人又は、店名:
使用食材:
備考:
生成時間は、笑えることに一秒だった。
+++++
専用紙を入れて、読み込んで、チンッ――と鳴って、取り出した耐熱グラスっぽい何かに入った湯を、カップ麺に注いで、三分待った。カレーで汚れてる時計は見難かったが、じっと見つめる分には別に問題なんぞねーから、拭く気もない。で、二分半が経ったタイミングで、俺は蓋を剥がして、先に用意していた割り箸を口で割り、下に溜まってるかもしれない、スープの粉を溶かすようにかき混ぜる。それから、いつも通りに麺を持ち上げ、一気に啜りあげた。なんども、食ってきた飯。高校の時から、このカップ麺が一番だった。そりゃ高いカップ麺もノンフライ麺も美味いけど、結局三分、片手で持ちやすいこの量がなんだかんだ、しっくりくる。
「……っうんま」
気がつけば俺はそう呟いていて、腹はなんだかようやっと、あったかくなった…、そんな、気がした。
END
ね。最後の晩餐、どしよっか? 村坂真 @maco_murasaka
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