鉄道オタクと山奥の秘境駅巡り
一明寺カズマの勤め先となるWeb制作会社『ドンウェーブ』。
ウェブサイトにおける企画、デザイン制作、運用、営業等の部署が存在し、Webデザイナーであるカズマはデザイン制作の部署に所属している。城ノ内は補佐担当であり、時折カズマの補佐に立つ事もある。それぞれの部署に属する社員にもオタクが何人か存在する。その内の一人となるのがカズマと同じデザイン制作に属する社員、山之手鉄郎。カズマの一年先輩に当たる社員であり、重度の鉄道オタクかつ撮り鉄である。山之手の撮り鉄歴は今年で5年目になる。少年時代から電車に乗るのが好きで色んな鉄道模型を集めるのが趣味であり、動画サイトで各地の様々な私鉄の存在を知ってから鉄道写真の撮影にのめり込むようになったのだ。
「よう一明寺に城ノ内。一週間ぶりだな」
山之手が休憩室にいるカズマに声を掛ける。隣には城ノ内もいた。
「山之手さんお疲れさんっす!」
「どうもです山之手さん。有給消化ですか?」
「まあな。旅行がてらどうしても撮りたかったものがあってね」
山之手はスマホの画面を見せる。そこには地方ローカル線の田舎の線路を走る貨物列車、秘境の廃駅、昔ながらの雰囲気がそのまま残る蒸気機関車――つまりSLだった。一週間の有休を利用して田舎の山道を走るSLと廃駅の撮影に旅立っていたのだ。
「おおおおお! SLじゃないですか! てっきり昭和の産物なイメージがあったんですが、今でも走ってるんですね!」
城ノ内はSLに興味津々だった。
「今では滅多に見れるもんじゃないからな。今ではド田舎でしか走ってない。だからこそ撮る価値があったんだよ」
山之手は自慢げな様子だ。
「ああ、今度の日曜日に日帰りで秘境駅巡りしようと考えてるんだ。ちと一人だけでは心細いもんでな。よかったらお前らも来てほしいんだ」
「え? 俺達も?」
「最高の焼肉奢るからさ。ちょっと俺の秘境駅巡りに付き合ってくれんか?」
山之手の次の目当ての秘境駅は世田河市から約一時間程で行ける御影野山の中にある『黒野佐和駅』で、かつては山中にある集落に住む人々が利用していた一両のみの鉄道が通る『御影野線』が設けられていたが、現在では集落が廃れたせいで廃駅となっている。廃駅となったのは役二年程前で、山の中にあるせいで駅舎は解体工事されていないまま残っているというのだ。
「で、でも俺は……」
「ウッヒョー! 焼肉奢ってくれるなんて最高じゃないですか! それに秘境駅巡りもなかなか面白そうですから僕は行きますよ!」
今一つ乗り気がしないカズマだが、城ノ内はすっかり焼肉に釣られて行く気満々である。
「おお! 流石は城ノ内だな! で、一明寺はどうだ?」
「兄さんも行きましょう! 山之手さんが奢ってくれる焼肉は炭火が鉄板ですよ!」
「す、炭火か……」
炭火焼肉が大好物のカズマにとっては贅沢なご馳走だ。まあどうせ暇だし、炭火焼肉奢って貰えるなんて滅多にない話だから付き合ってみるか。そう思ったカズマは山之手の秘境駅巡りに付き合う事にした。
「二人共、ありがとうよ! あ、一明寺には相方さんがいたんだっけ?」
「ああ、はい。相方も連れて行きましょうか? 来てくれるかどうかわかりませんが」
「よかったら誘ってくれ! 旅は多い方が楽しいからな」
完全インドア派の奈月が来てくれるかどうか怪しいところだが、と思いつつも、今日の仕事帰りに誘ってみるかと思うカズマ。
「な、奈月さんがご一緒だと僕、上がってしまいそうです……! でも、誘ってみるのも良いと思いますす!」
女性を前にすると赤面して緊張してしまうというあがり症の城ノ内を見て、こいつに女性慣れさせる為に連れて行くのもいいかもしれんとカズマは考えた。日にちは次の日曜日。集合場所は朝の9時、世田河駅前。仕事上がりのカフェにいる奈月に山之手の秘境駅巡りの話をするカズマ。
「はあ? 御影野山の秘境駅? そんなとこまで行くわけ?」
「うん、二時間くらいで行ける場所だし、炭火焼肉奢ってくれるっていうからつい……」
「ふーん……私も行けば焼肉奢ってくれるわけ?」
「おうよ! 相方さんも来てくれたら四人分奢るって山之手さんが言ってたよ」
奈月は色んな絵が描かれたスケッチブックのページをぱたんと閉じる。
「……ま、何か創作のネタになるかもしれないし、たまにはアウトドアな事してみるのもいいか。私も行くよ」
「よし決定! 山之手さんに伝えとくよ」
カズマは職場専用のグループLAINで山之手に奈月も同行するとメッセージを送った。
「それより、カズマ。巨乳の美少女戦士の名前どうするの?」
奈月は合同創作におけるメインキャラクターの名前について考え中であった。主人公の女騎士はサーシャ。ショタ魔法使いはレノン。イケメン枠のヒーラーはブライア。力持ちのメイドの名前はメイナ。そして巨乳の美少女戦士。小柄かつ大剣を扱うギャップで勝負する系の目玉キャラなだけに、良い名前で考えたいという。
「お前の名前由来でよくね? ナツとかさ」
「いやいや普通すぎて面白くないし! もっとこう、個性が出てる名前がいいよ! 由来のないネーミングにするとかさ」
「そういう他にない名前考えるの苦手なんだよ……」
由来のない独創的なネーミングを考えるのが苦手なカズマにとっては難題であった。この後も適当に思い付いた数々のネーミングを提案するカズマだが、全部微妙という事で奈月に却下されるばかり。
「んー、しょーがない。巨乳っこの名前は私が考えるか」
「もうお前に任せるわ……」
結局奈月が名前を考える事となり、創作とオタクトークでカフェタイムを過ごしていく二人。時間はあっという間に閉店まで進んでいった。
その日の夜。カズマの自宅に電気料金の請求書が来ていた。
「うっへぇ……値上がりしてんのかよ」
先月は6500円前後だが、今月は7000円前後になっていた。これ夏場だともっと上がるんだろうなぁと一人暮らしの倹約の大切さを改めて思い知らされるカズマ。自炊による夕飯を済ませ、今日は好きなアクションゲームをプレイする。正義のロボットが悪の天才科学者によって作られたロボット軍団に戦いを挑む人気アクションゲームである。
「あ、くっそ。ここかなり嫌らしいギミックだな」
突破するのに難関なギミックのステージに苦戦しているところ、LAINの通知が来る。山之手からの返信だった。
「返信が遅れて申し訳ない。相方さんも誘ってくれてありがとう! 現地には俺のマイカーで行く事にした。小さいオンボロ車だが、4人なら何とか乗れる。それじゃあ次の日曜日よろしくな! あ、これ俺のインストグラムのアカウントだから」
写真・動画メインのSNSであるインストグラムのアカウントを持っていた山之手。リンク先を開いてみると色んな鉄道や駅舎等の様々な風景の写真、自宅にある鉄道模型の写真が投稿されていた。
「山之手さん、ガチの鉄オタなんだな……」
山之手のアカウントを見て鉄道オタクとしての情熱を感じ取ったカズマは、これは間違いなくガチ勢だなと思うのであった。
同じ頃、入浴準備に入る奈月はふと自分の胸をチェックする。現在はDカップのバストだが、最近ブラがキツく感じる。もしかするとまだまだ成長段階で、このままEカップに進化するのではと考えてしまう。体を動かすと僅かに揺れる。
(私、このままいくと巨乳女子の仲間入り? でもDカップって大きい方だよね……)
そんな事を考えつつも、入浴タイムに入った奈月は巨乳の美少女戦士の名前について色々考える。可愛い系路線? かっこいい系路線? いや、アタッカーだから普通にかっこいい系だよね。アイデアを膨らませながらも入浴タイムは終了する。風呂場から出た時、奈月のスマホにLAINの通知が。カズマからだった。
「山之手さんがインストのアカウント教えてくれたんだが、この人ガチ勢レベルの鉄オタだわ。色んなとこ撮影してるようだぞ」
メッセージに貼られたリンク先の山之手のインストグラムアカウントを拝見する奈月。
「うわ、本格的じゃん」
アカウントに投稿された様々な鉄道関係の風景写真や鉄道模型を見た奈月は確かにガチ勢だわと思う。鉄道とか全く興味ないけど、好きな人には好きなんだろうなと。そして「私鉄道とか全然詳しくないド素人なんだけど、本当に行ってもいいのかな?」と返信する奈月。即座に既読マークが付く。
「素人でも問題なし! って言ってたから大丈夫だろ。人数は多い方が楽しいという事だからな」
カズマからの返信にふーん、そういうもんかと考える奈月。まあそれより巨乳の美少女戦士の名前のアイデア考えなきゃと切り替えるのであった。
数日後の日曜日――山之手が指定した待ち合わせ場所である世田河駅前に向かうカズマ。
「お、来たな」
「兄さん、待ってましたよ!」
山之手と城ノ内が既に到着していた。近くには山之手の車がある。だが奈月はまだ来ていない。しかも集合時間はとっくに過ぎている。
「奈月も来るはずなんですが……」
カズマはLAINで今どこにいるのか聞こうとしたら……
「カズマ! 遅れてごめん!」
フリフリな服装を着た奈月がやって来る。
「おや、相方さんですか。初めまして山之手です」
「初めまして。上白野奈月です」
お互い初対面となる奈月と山之手。その傍らで、城ノ内は既に赤面して緊張してる状態だった。
「ひょおお奈月さんお久しぶりですす! ぼ、ぼくには刺激が強いオシャレです!」
「お、お久しぶり……そんなに緊張しなくていいのよ?」
城ノ内のあがり症モードを見て、なんでそんなフリフリの服装で来るんだよと奈月を見て思うカズマ。
「よし、これで面子は揃ったな。では現地へ向かおう。車だったら一時間くらいで着くはずだ」
山之手の車に乗り込むカズマ達。城ノ内が助手席に、カズマと奈月は後ろの席に乗る事に。カーラジオが流れる中、車が動き出す。
「しかし山之手さんの鉄オタぶりはガチ勢って感じですね! 情熱を感じましたよ!」
城ノ内はスマホで山之手のインストグラムアカウントを見ていた。
「鉄オタたる者、色んな鉄道の風景があってこそだからな! 実はインストに出してないものもいくらか撮影してるんだよな」
「え? インストにない写真もあるんです?」
「SNSに出しても今一つ面白みのない没写真だがな。インストに出してるのは飛び抜けて面白いと思った風景だよ」
「ほえー、拘りがあるんですね!」
山之手と城ノ内が会話している中、奈月はどこかしら不安を抱えていた。
「ねえ、カズマ……」
奈月は小声でカズマに耳打ちする。
「ん? どした?」
「ちょっと聞いた話なんだけどさ、鉄オタというか撮り鉄ってマナーの悪い人が問題になってるとか言われてるらしいんだよね」
「あー……なんか聞いた事あるな」
「この山之手さん、信用出来る人なの? 没写真がどうとか言っててちょっと気になったんだけど」
「うーん、マナーが悪いっつっても一部だけだろ? 第一俺らが撮影するわけじゃないんだし」
「それはそうだけど……なんか不安になってきたんだよね」
小声で会話する二人。
「ん? 後ろの二人、何話してるんだ?」
山之手が声を掛ける。
「何でもないです!」
カズマと奈月が誤魔化すように言う。
「お前達、相方同士とかいうけど彼氏彼女ってわけではないのか?」
山之手が興味深そうに聞く。
「いいえ! 俺達はあくまで相方同士です!」
「そうそう! オタク仲間というか同士というか!」
カズマと奈月の返答に本当にそうか? と思う山之手であった。一時間後、都会から離れて閑散とした山間部にやって来る。御影野山の麓に位置する場所にある御影野駅前に辿り着いたところで駅の近くの駐車場にて車を止める山之手。
「よし、ここからは徒歩で向かうぞ」
御影野山は車での走行は不可能なので、歩いて行く事になる。
「ガチの山登りか……」
山之手が先頭に立ち、山道を進んでいく一行。城ノ内は奈月の近くに立つとあがってしまう関係で、山之手の隣に立っていた。山は険しく、一本道の山道を頼りに進んでいく。
「うお、キノコがいっぱいありますよ!」
城ノ内の言う通り、山には色んなキノコが生えていた。カキシメジ、ツキヨタケ、クサウラベニタケ等の毒キノコばかりだ。
「美味しそうな見た目してるけど、全部毒だよね」
奈月の一言に全員が頷く。
「俺はキノコに関しては椎茸、しめじ、松茸、舞茸、エノキダケしか食わん! 売ってるもの以外信用出来るか!」
カズマの一言に全員が頷く。山道を進んでいるうちに、苔に覆われた古い建物が見え始める。
「あそこだ!」
古い建物は、黒野佐和駅の駅舎だった。木造式の駅舎で、苔に浸食されている辺りが廃れた印象を受ける。窓ガラスは割れ、中の様子は真っ暗で何も見えない。
「こ、これは撮る価値がある!」
山之手はスマホで駅舎を撮影する。黒野佐和駅は元々御影野線の終着駅だったが、廃駅になってからは直前の駅である御影野駅が終着駅になったと。駅舎のみならず、錆びた有刺鉄線に阻まれている先には単線式の線路が残っている。更にホームも健在であった。
「まさかこんな秘境駅があったとは……歴史を感じさせますね!」
城ノ内もスマホで駅舎を撮影していた。カズマと奈月はふーんって感じであまり興味がない様子。
「どんなものかと思って来てみたけど……なんかあんまネタにならなさそう。これといってビビッと来ないや」
正直な気持ちをカズマに言う奈月。
「まあ炭火焼肉奢って貰えるだけでもいいんじゃね?」
カズマの返答にそうねと奈月が返す。
「ふむ、この駅舎の中はどうなってるのか気になるな」
山之手は駅舎の中に興味が湧き、入り口を探す。入り口は標識ロープが貼られており、立ち入り禁止の看板が設けられている。だが山之手は立ち入り禁止指定に『行くなと言われるとますます気になってつい見に行きたくなる』という好奇心を刺激され、入り口に近付いていく。
「え、中に入るんです? えっと……」
「ちょっと山之手さん、立ち入り禁止ですよ」
城ノ内とカズマが思わず声を掛ける。
「少しだけ! 少しだけ中を確認するだけだよ! 山の中だし、どうせ俺達しかいないからバレやせんよ」
「いやバレないとか以前にマナー違反ですから!」
それでも好奇心のあまり駅舎に入ろうとする山之手。
「ダメですよ! マナー違反は絶対ダメ!」
止めようとする奈月だが、聞かずに標識ロープを跨いで駅舎に入っていく山之手。
「うっわ……」
青ざめるカズマと奈月。
「さ、流石にこれはマズイんじゃないですか? もし誰かに見られたりしたら……」
城ノ内も山之手のモラルに欠けた行動を疑問視していた。
「はぁ……まさかと思ったけどやっぱこういう人だったか……」
こんな事なら行くんじゃなかったと思いつつも溜息を付く奈月。
「ぎゃあああああああああああああ!」
山之手の叫び声。何事かとカズマが入り口前に近付くと、山之手が慌てた様子で戻って来る。
「山之手さん、何があったんですか?」
「く、熊が……熊が!」
「えええええっ!」
一行は目玉が飛び出す勢いで驚愕する。そして入り口から熊が姿を現す。なんと、駅舎の中には熊が住み着いていたのだ。
「う、うわあああああああああああ!」
「逃げるぞみんな!」
全速力で逃げ出す一行。駅舎から出てきた熊は辺りを見回しながらも、一行を追おうとせず、周囲を歩き回っていた。熊は山之手の姿を見て襲おうとしたのではなく、物音と叫び声に反応して出てきただけであった。
「な、な、なんで駅舎の中に熊がいるんだあああああ!」
「ひいいいいい! こ、こんなところで死ぬのは勘弁ですよおおお!」
逃げながらも来た道を引き返す一行。最早撮影どころではない。熊に追われる恐怖と戦いながらも山を降りていく一行であった。何とか下山に成功し、一行は車に乗り込む。すぐにエンジンを掛けて車を動かす山之手。
「よし、これならもう大丈夫だ」
ひとまず安全な場所まで移動して一旦車を止める山之手。
「ふう……危うく命取りになるところだったが、収穫はあったから十分だ」
山之手は自分のスマホで撮影した風景をチェックしようとする。だが、自分のスマホがない。
「え、俺のスマホが……ない!」
思わずポケットを調べる山之手だが、スマホは見つからない。
「俺のスマホ……山に落としてしまったかも」
「ええええええええ!」
青ざめるカズマ達。
「ひ、引き返すわけには……いや、とても出来そうもない」
一瞬戻って山道を探そうとしたが、駅舎に住み着いていた熊に遭遇して襲われる危険性が高い。それに、カズマ達が引き受けてくれるとは思えない。一気に絶望の表情に変わる山之手。
「な、何てこった……せっかくの……せっかくの収穫がパーに……うおおおおおおおなんてこったああああああああ!」
絶叫する山之手。
「山之手さん! 駅舎の写真なら僕も撮影してますのでこれで……」
城ノ内が撮影した写真画像を見せる。
「これ以外にも……これ以外にも俺のスマホにはレアな画像を収めてるんだ……それも全部パーになってしまったんだあああああああああ!」
山之手は頭を抱えながら絶叫するばかり。
「……山之手さん。そのレアな画像というのはさっきの立ち入り禁止だった駅舎の中ですか?」
奈月の質問に黙って頷く山之手。
「だったら……それはマナー違反です。いえ、立ち入り禁止区域に入る事は十分マナー違反です。どんなオタクでもマナーに反する行動は決して許されるものではありません。正直言って私はあなたの軽率な行動に軽蔑しています。あなたのようなモラルに欠けた人とは付き合えません!」
思い切った本音を打ち明ける奈月。続いてカズマが……
「俺も……マナー違反に当たる撮影をする行為には賛同出来ません。一部のマナー違反が原因で界隈のイメージが悪くなったらどうするんですか!」
声を張り上げてカズマが言うと、山之手は思わず目を見開かせる。
「僕も……カズマさんと奈月さんに同意します。建物はよくても立ち入り禁止に指定されてる場所に入るのはどうかと……」
城ノ内が言うと、山之手は三人の真剣な目を見て何も言えなくなり、頭を下げる。
「……すまない。全く以てお前達の言う通りだ。俺は抑えられない好奇心に負けて、少しくらいなら……バレなければ大丈夫だとか勝手な事を考えていた。俺は昔から好奇心旺盛だったもんで、入るなと言われたらますます気になってしまうタチだったから……きっとバチが当たったんだな」
カズマ達に責められて反省の意を表す山之手。
「もう二度とマナーに反する事はしないで下さい」
奈月が鋭い声で言うと、山之手は黙って頷いた。
「みんな、本当にすまなかった。俺が勝手な事したせいで怖い目に遭わせてしまって。お詫びに焼肉奢らせてくれ」
複雑な気持ちのまま、カズマ達は山之手に炭火焼肉を奢って貰う事に。
「やっぱ炭火は最高ですねえ! タン塩とか最高に旨いですよ!」
「お、おう……」
「そうね……」
炭火焼肉に大はしゃぎな城ノ内だが、カズマと奈月は後味の悪い形で秘境駅巡りが終わってしまった事もあって微妙に喜べない気分だった。その日の夜、世田河駅前で解散となり、カズマは奈月と共に帰路につく。
「ごめん奈月。山之手さんは先輩だしいい人だと思ってたけど……まさかあんな事になるなんて思わなかったんだ」
奈月を誘った結果、巻き込む形で危険な目に遭わせてしまった事で詫びるカズマ。
「カズマが謝る事ないよ。山之手さんもちゃんと反省してくれたようだし……でも、頼み事を聞くなら最初から信用出来る人にしてよね」
カズマは申し訳なさそうに俯いている。
「マナーの悪いオタクは大嫌いだし、そんな人と関わるのは御免だから。カズマだってそう言ってたでしょ?」
「そうだな……」
カズマは過去にマナーの悪いオタクはオタクの恥だと主張していた事があった。自分がやらかしたわけではないとはいえ、モラルに欠けた行動をする人だと見抜けなかった自分の甘さを思い知ってしまう。すると奈月はカズマの頬にそっと触れ、顔を近付ける。
「カズマは私にとって良心的なオタクの相方だし、全然悪いと思ってないから。あまり気にしないで」
奈月は笑顔を向ける。風に揺れる奈月の髪から漂うシャンプーの良い香りがカズマの嗅覚を刺激する。
「あ、ああ……ありがとうな、奈月」
「生きてると色んな事があるよ」
カズマに寄り添いながらも、途中まで帰り道を一緒に歩く奈月。
「色んな事……か……」
星が瞬く夜空を見上げながらも、カズマは人生色んな事が付き物だよなぁ、としみじみ思うのであった。
様々な形のオタク活動において共通する事は、マナーの悪い行動、迷惑行為は絶対にしてはならない。それはオタクや界隈のイメージを悪くする要因にもなり得るからだ。一部のマナーの悪い人間が原因でオタクを快く思わない者もいる。オタクに悪印象を持たれない為にも、節度のあるオタク活動を心掛けなければならない。
翌日――
「あ、兄さんおはようございます!」
「おはよう」
職場のデスク前にやって来たカズマに軽く挨拶をする城ノ内。そしてカズマの元に山之手がやって来る。
「おはよう一明寺に城ノ内。昨日は色々迷惑掛けてすまなかったな」
山之手が申し訳なさそうな表情で言う。
「ああ、もう気にしなくていいですよ。スマホ……紛失したままですよね?」
「そうだな。新しく買い替えるしかあるまい。山の中だからすぐに発見されるとは思えんからな」
落としてしまったスマホは諦めて新しいものに買い替える事にした山之手。
「新しいスマホ買ったらもう撮り鉄活動はしないつもりだ」
「え?」
「変わりに色んな鉄道模型を集める。まだ手にしてない鉄道模型が沢山ある事を知ったもんでね」
撮り鉄をしない代わりに鉄道模型コレクションに走るようになった山之手は、次の休日にて鉄道模型巡りに行くとの事だ。
「おお! 鉄道模型もいいですね! もし同行のお誘いがありましたら喜んで行きますよ!」
城ノ内はウキウキだった。ちょっと待て、この流れ……まさか俺も? とカズマは内心思う。
「ああ、今度は同行とかなしだ。俺一人で行くよ。また変な事で迷惑掛けたくないからな」
同行なしという話にちょっと安心するカズマ。いや、鉄道模型くらいなら流石に大丈夫か……それどころか自分は元々鉄道関係は専門外だ!
「僕も山之手さんに影響されて鉄道模型に興味が湧きましたよ! 兄さん、僕と一緒に鉄道模型探しに行きませんか?」
って今度はそうなるんかい! 下手に城ノ内の誘いを引き受けて奈月まで誘う流れになったらまた面倒な事になりそうだし……と思ったカズマは真剣な顔でこう言った。
「すまんがやめとく」
そして今日の一日の仕事が始まった。
オタ活人生、山あり谷ありエトセトラ。 橘/たちばな @tcbnaba_s57
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