第3話友達

「前田さんって仲が良い人いますか?」


 例の河川敷で、入れ替わりの解決方法を考えてた時に、ふいに中村がそんな質問してきた。


「何だ急に。今は関係ないだろ。」


 そう言うと前のめりで返事が返ってきた。


「関係大アリです!」


 なんでだよ!


「もし、前田さんにもお友達がいらっしゃるんなら、私、接せれていませんので相手が心配してますよ!誰なのか教えてくれたらその人に会いに行かないとなって思って!!」


 友達、、、、、、、。


「前田さんは南美さんと一緒に居てくれるから、私も友達として演じないと!」


 杉原あいつと一緒にいるのは、向こうがグイグイ来るからで俺からは何もしていない。


 それに、大きなお世話だ。


「…友達なんて今はいねぇよ。」


 俺は含みを入れたように言った。中村は疑問に持ったようにしていたが、これ以上は何も言わなかった。


 お前には関係無いんだよ。






 "今は"、、、。


 その言葉がずっと脳裏に焼きつく。ということは以前にはいらっしゃったんでしょうか?


 それに辛い顔をされていた。前田さんの中でずっと1人で、閉じ込めていた何かがあるんだ。


 私に出来ることはあるんだろうか。


「ちーちゃん!早く購買行こ?」


 右前のほうで友達の声が聞こえる。教室の机に座っている私は声のする方へ顔を見上げた。


 ちーちゃんというのは私の事だけれど、彼女が話しかけているのは別の人。


「クリームパンが売り切れちゃう〜!」


「そ…、そうですわね!いこ、行きましょうです!!」


「最近さ、お嬢様口調混ぜてるけどどーしたの?」


「ま、マイブームですわ!!」


「何それ〜!」


 友達は私と話しているふうに見えて、私じゃない人と楽しそうにケラケラと笑っている。


 いいな。すごいな。


 前田さんは私になりきってくれて、南美さんと話してくれている。まるで、本当の友達なのかのように。


 、、、よし!


 前田さんがご自身のこと、話してくれないのなら自分でそのお友達を見つけるまでです!!


 私は気合いを入れて前田さん達がいる教室から出た。






 廊下を歩いていると、面識の無い男子生徒が、2人組で楽しく会話をしていた。上靴の色を見て、同級生だと一瞬でわかった。


 全く違うクラスなのだから前田さんのお友達の事を知っているのかもしれない。


 私は彼らに話しかけることにした。


「あ…あの。お話し中にすみま…すまん…?えっと、オレの友達って今どこに………。」


 話しかけた瞬間、男子生徒はピタリと会話を止め、ガタガタと震えだした。


「え!?急に震えてどうしたんですか!?さっきまで普通に話されていたのに?」


 彼らは悪魔でも見ているかのように、避けたくても避けられない、恐怖に怯えている感じに見えた。


 もしかして、私が怖い、、、?


 すると、近くの教室の隅からボソボソと話し声がするのに気づいた。


「うっわ、前田に絡まれてる。」


「アイツら終わったなー。」


「かわいそ。」


「不良のクセに一般生徒も巻き込むなよ…。」


 あ、、、、、、。


「ご、ごめんなさい…。すぐに退きます…!」


 2人組の男子生徒に謝り、せこせことその場を去った。


 周りを見ると避けるように皆、廊下を空けていた。


 ずっと小言を言われている気がする。


 身体が入れ替わった数日は焦っているばかりで。自分だけで精一杯だったから、気づかなかったけど、、、。


 前田さん。


 たくさんの人達に恐れられていたんだ。






 放課後、私はすぐに自分(前田さん)の家へ帰った。


 ただいまと玄関を開けると、「おかえり、隼斗」と洗い物をしている前田さんのお母様が返事をしてくれた。


 落ち着いていて優しい人。前田さんが優しいのもこの人の遺伝に違いない。


 すると、お母様が私の方を見た。


「ホットケーキ作ったよ、食べる?」


 やった!ホットケーキ!!


「ありが…さんきゅー!手洗ってくる…ゼ!」


「ん」


 私は洗面所に向かった。あれから5日も経ったので、家の配置も完璧だ。


 すぐに洗面所に着き、キュッと蛇口を回すと冷たい水が流れた。そこに石鹸を付けた手を通す。


 菌を家に留める訳には行きませんからね!


 蛇口を戻し、鏡で自分の顔を見る。頬の傷は完全に治っていた。


 私は今日のことを振り返った。


 今までも学校のほとんどの方達からああいう目で見られてきたのだろう。


 だとすると、どういう気持ちで南美さんと接してくれているのでしょうか、、、?






 お母様のいるリビングに戻ってきた。食卓の上にはホットケーキが置かれていた。


 お母様も食卓の椅子に座っていた。


 正面の椅子に座り、手を合わせる。


「いただきます。」


 フォークでホットケーキを切り、そのまま口に運ぶ。


「ん!おいしい。」


 口いっぱいにホットケーキとメープルシロップの甘さが広がった。バターの溶け具合も絶妙だ。


 私もたまにお菓子を作るのだが、やっぱり手作りスイーツは最強です!


「何枚も食べられま…る!!えへへっ」


 手に持つフォークが止まらない。その光景を見ていたお母様がクスっと笑っている。


「…ねぇ、隼斗。最近、元気なように見えるけど

 海星かいせいくんのことはもう大丈夫?」


 それを聞いた私は口に含んでいたホットケーキを飲み込む。


「かいせい…くん?」


 私の一言に、お母様は目を大きく広げている。


 申し訳ありません。本当に知らないんです。


 そのあとすぐ、優しい目に戻って話された。


「……そっか。記憶に留めてなくてよかった。成長したね。隼斗。」


 彼女の微笑んでいる表情を見て、グッと胸を抑えた。


 海星くん、、、。


 きっと、前田さんにとって、必要な、大切な人物なんだ。


 ホットケーキを食べ終えた私は、自分(前田さん)の部屋に入った。ガチャッとドアを閉じるといなや、急いでスマホをズボンのポケットから取り出し、彼を河川敷に呼び出した。


 今度こそ、聞いてみせる、、、!






 今朝に続き、俺達はまた河川敷に集まった。隣にいる中村が真剣な表情でいる。


 すぐに来い的なこと言ってたけど、ついに、元に戻る糸口でも見つけたのか、、?


 早く戻れる分にはなんでも聞く気でいた。


 しかし、コイツは全然関係無いことを言ってきた。


「前田さん。海星くんって方知ってますか?」


 俺はビビった。なんでコイツが海星のこと知ってんだよ。


 母親がバラしたにしか考えられなかった。


 アイツのこと、中村に知られなくなかったから、誤魔化すことにした。


「だ、誰だソレ。知らね…。」


「嘘つかないでください!本当に知らないなら目を泳がせながらそっぽ向きませんよ!!」


「……は?は?そ、空、見てるんだよ…!あの雲ソフトクリームみたいだなー。」


「もーー!」


 何故か知らんが、中村は絶対に折れないでいる。デリケートな話だ。これ以上踏み込まないでくれ、、。


 空をじっと見ながら、慣れない口笛を吹いていたら中村がグイッと人の顔を無理矢理動かした。


 いっってぇぇぇぇぇえええ!!


 離そうとすると、中村の手は俺の顔を力を込めて掴んでいた。そのまま中村が話を続ける。


「友達は今はいないだとか、海星くんとか、一体どういう意味なんですか?何か悩んでるんなら力になりたいんです!!いえ、力になります!!」


 その言葉を聞いた俺は、カッとなった。


 そして、無我夢中でコイツの左頬をキツく引っ叩いた。


 横に転けた中村は、頬に手を当て、こちらを見ている。


「え……?」


「…何が力になるだ……。どうせ言ったって解決しねぇだろ。

お前には、関係ねぇんだよ!!!」


 本当のことを言ったまでだ。コイツは全くの他人。


 俺に構わないでくれ。


「……か」


「関係無くありません!!」


「うわっ!」


 中村が上から覆いかぶさってきた。その体重に耐えきれなくなった俺は、地面に叩きつけられた。


 痛ぇ。な、、、なんなんだよ。


 中村は床ドンをし、俺を見下ろしていた。


「よく見てください!目の前にいるのは誰ですか!?」


 目の前にいるのは、、、。


「俺……の身体の中村。」


「ですよね!?」


 それがどうしたんだ、、、。


「この入れ替わりで知った関係なんです。

あなたは私に勇気をくれました。

母との愛も確認できました。

……前田さんも何か悩みがあるんでしょう?解決出来るかはわかりませんが、話だけでもすれば、気持ちは軽くなるかもしれないですよ?」


 、、、、、、。


 、、、、、、、、、、。


「わかった、話すよ。だから、退け。」


 あまりの熱弁ぶりに心が折れた。これ以上は逃げられなかった。


 こいつ、しつこい所あるんだったな。


 階段に移動し、一番上の段に腰掛けた。中村もその隣に座った。


 それを確認した俺は、カバンに入れていたスマホを取り出す。そして、昔の写真フォルダを開いて、1枚の写真を見せた。


 その写真には、1人の男がカメラ目線でピースをしていた。


 中村はすぐに察し、その男が海星だと気づく。


「…この方が海星さん?」


「ああ。」


 俺は、その写真から横スクロールし、いろいろな写真を見せた。どれも海星あいつが写っている。


 遠足で母親が俺を撮ろうとしていたら割り込んで入ってきた写真。


 当時の流行りに乗っかって、まるで海星が小さくなったように指で掴んでいる写真。


 普通に2人で並んでいる写真。


 中村は真剣に写真を眺めている。


 そして次ー、、、。


 指でスクロールしたら、ペンを持ってニヤついている海星と、『前田隼斗は中2でおねしょをしました』というメモが貼られた一部が濡れている布団の写真が出てきた。


 思い出し、俺はバッ!!っと中村から見られないようにスマホを隠した。


「こ、これは布団の上で騒いでたらジュースをこぼしたからであって…!海星あいつが悪ふざけで書いたんだよ!俺がこんなのするわけないだろ……なぁ…?」


「ま…まぁ……。」


 中村は苦笑いをしている。


 嘘じゃねぇって!信じろよ!


「仲が良い人いらっしゃったんですね!…でも今はいないって、転校でもされたんですか?」


「事故で死んだ。」


 俺はさらりと答えた。隣を見たら、鳩が豆鉄砲を食らったかのような表情をしている。


 、、、驚くのも無理は無い。


 だから話したくなかったんだ。


 だが、折れたからには、全部話させてもらうぜ。


「中3の時。海星な、急勾配の坂を自転車でかっ飛ばしてブレーキが利かなくなって。そのまま前から来たトラックにぶつかったんだよ。

危ねぇから止めとけってずっと言ってたのにバカなヤツだよな。」


 中村は黙って俺の話を聞いている。


 これ以上は言わなくても良かったのに、他のヤツにこのこと言ったのは初めてだったからなのか、歯止めがきかなくなった。


「…目付きが悪くて皆から嫌われていた俺に、唯一近づいたアホなのに、そんなあっさりと死ぬなんて……」


 ダメだ。止まれよ俺。


「……。

…なぁ、中村。話しても楽になんねぇぞ。どうなってるんだ……。」


 あの頃は、すごく楽しかった。本当に友達と思えたのは海星だけだった。俺と関わってくれる相当なお人好しなんて、アイツ以外にいない。


 少しした後、隣に座っていた中村が立ち上がり、目の前に移動した。


「話してくださってありがとうごさいます。前田さんのこと、知れました。」


 知った所で何も変わらないだろうに。


「……っ。あのっ!私!私で良ければー…」


 何かを言いかけた瞬間、中村が階段を踏み外した。


 え……?


 止めてくれよ。これ以上、目の前で人がいなくなるのは嫌なんだよ。


「中村!!!」


 精一杯、声を上げ


 手を伸ばした。


 届け…。


 届け…!


 助かってくれ!!


 ーードサァァ!!







「…痛っつ」



 結局、俺達河川敷まで落ちてしまったのか。


 あぁー、、、。


 手を伸ばした意味なかったのか、、?


 ふとすると、ジンジンと頬に痛みが出てきた。


「いってぇぇぇぇぇ!!左頬がめちゃくちゃ痛ぇ!!なんで!?」


 俺は転げ回った。さっきまで、痛みなんてなかったのに急にどうして?


 あ!そうだ!!


「中村!怪我してないか!?」


 頬に手を当てながら中村の方を見る。


「は…はい…!前田さんこそ大丈夫ですか?」


 あ、、、、、、。


 目の前に中村がいる。


 それだとわかりづらいか。説明、難しいな。


 中村が中村になっていて、俺が俺になっている。


 要するに、だ。


「「元に、戻った。」」


 2人で向き合って、笑った。嬉しかった。すぐに川で自分の姿を確認したが、本当に戻っている。


 原理は知らないが、俺達は元の姿に戻れたんだ、、、!


「なんでか知らんけど、よっしゃああああああ!!って痛てて」 


 左頬がずっと痛む。最後くらい、普通に喜ばせてくれ〜。


「あわわ…冷やしましょう!?」


 中村はそう言うと、ハンカチを川につけ、俺に渡してくれた。


「サンキュ。…たく。まさかこれ、階段から落ちた怪我なんかな。」


「…いえ。それ、前田さんが叩いた跡だと思います。」


 、、、、、、え?


「実は私、あの時から左頬がずっと痛くて、でも今は何も、痛みが無いんです…。」


 それって、まさか、、俺のせい?


 す、すげぇな。


「よくこんな痛み、我慢してたな…。自分のビンタがこれ程痛いとは…。」


 中村は微笑んでいる。


 いやー、、流石にはマズかったよな、、、。


「あーー。……。」


 言葉が詰まってしまう。慣れてないんだよ。


「……。励まそうとしてくれたのに、殴って、その…、

……。

悪い。」


 恥ずかしくて顔を背けた。そしたら、穏やかな女子の声でその返事が聞こえた。


「私のほうこそ。始めのほう、目を合わせただけで逃げたりなんかしてごめんなさい。」


「誰でもああするから、気にすんな。」


 それから、俺達はその河川敷で今までのことを語り合った。


 家がどうだっただの。この時、どう思っただの。まぁ、そういう感じの話だ。


 気づけば、空が茜色に染まっていた。


 もうそろそろ、帰るか。自分達の、本当に家に。


「これでいつもの日常に戻れるな!じゃあな、中村。これでお互いもう関わることは無いだろうけど、元気でいろよ?」


 初めて元に戻ろうとした時と似たような言葉を言った。


 やはり、中村と俺は住む世界が違う。アイツが幸せな学校生活を送れるように祈っといてやるよ。


 後ろに振り向き、俺は階段を登る。中村も、自分の足で帰るだろう。


 そう思ってたらーー。


「……前田さん!!」


 中村から名前を呼ばれた。なんだと思って見下ろすと、覚悟を決めたような顔をしていた。


 どうしたんだ。もう、終わったんだぞ?


「あの…私で良ければ、お友達になりませんか?」


 、、、は?


 俺と、トモダチ、、、?


 何言ってんだ、、、。


 すぐに俺は否定に入った。


「いやいや!!俺と一緒にいれば、お前まで学校のヤツらから変な目で見られるぞ!?それに、杉原が居るだろ?俺の事はいいから自分を大事にしろよ!なっ!?」


 そう言ったが、中村も強気で反論をする。


「奇異な目で見られようが、軽蔑されようが、何と思われようが構いません!私は前田さんとお友達になりたいんです…。前田さんだから…。

そしたら、以前より何倍も毎日が楽しくなるんだろうなって…!そう思うんです!!」


 本気の目だ。そんなに言われたら言い返せないだろ、、、。


「…何かあっても、知らねぇからな。」


「!」


 中村のそういう目に俺は、負けてばかりだ。


「好きにしろよ。」


 顔を背け、首に手を当てて、そのまま階段の一番上まで着いた。


 振り返ると、中村は笑顔で言う。


「これからもよろしくお願いします!!」


 思わず俺も、笑みが溢れた。これからどんなことが起きようとも、コイツがいれば大丈夫と思えた。


 2人並んで、それぞれの帰路を歩む。



 これは俺が、俺達が入れ替わりという奇妙な体験を経て、前を進むきっかけをくれた、奇跡の物語だーー。

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正反対のボーイ・ミーツ・ガール 紫音 色羽 @shion1118

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