第3話 ジレシア王国と神聖帝国

 都営地下鉄浅草線の戸越駅、その地下の構内に陸上自衛隊は野戦本部を設けていた。


「ジレシア王国は、この世界にはない国であり、現在ニホンを攻めている敵…『神聖帝国』と同じ大陸にあります。そして神聖帝国は野望のために貴国へ侵略する事を決定したのです」


 駅構内に置かれたテーブルの前にて、アレキサンダーはそう語る。第三一普通科連隊を率いる市原いちはら一等陸佐は険しい表情のまま、彼の説明に耳を傾ける。


「私たちの世界では、数百年も前から異なる世界に対して魔法で干渉し、あらゆるヒトやモノを引き込んできました。中でも神聖帝国は高度な魔法技術を究めており、『召喚魔法』や『転移魔法』を用いて、別世界から多くのヒトとモノを手に入れてきました」


 アレキサンダーの言葉に、他の自衛官たちは驚きの表情を浮かべる。若い自衛官に至っては、「まるでライトノベルみたいだ」と呟く者もいた。


「そして我が国ジレシアは、神聖帝国の支配に対して抵抗した、異なる世界から召喚された人々によって打ち立てられました。私はその召喚者の子孫の一人です」


 その言葉を聞き、錦戸は初めて出会った時の事を思い出す。彼の名前は『アレキサンダー・ソウゴ・ナカジマ』であり、日本人の名前によく使われる単語や日本人の名字の一つも含まれていた。


「神聖帝国は、より多くの奴隷や兵士を手に入れ、誰にも手出しすることの出来ない植民地とその産物で繁栄を極めるべく、この国に攻め入りました。ジレシア王家と政府は、建国者たる召喚者たちの本来の祖国の危機だと判断し、召喚者で魔法を究めた者が故郷へ帰還するために開発していた魔法を用いた救援作戦を決定しました。これが私たちが派遣された顛末となります」


「成程…それにしても、遥か昔からその様な拉致も当然の事をしていたとは…」


 市原の呟きに、アレキサンダーは険しい顔を浮かべる。


「いえ…如何に神聖帝国と言えども、常に別世界へ干渉する事が出来る訳ではありません。基本的には大量の生命が現世から失われる…端的に言えば災害等で大量の犠牲者が生まれる時に、世界を遮る壁が薄くなるのです。その中でも最も多くのヒトとモノが渡ってきたのは、神聖帝国で公式に記録されているものでは四度あります」


 アレキサンダーはそう言い、数枚の写真を並べる。それらには様々なヒトやモノが写し出されており、その内容に市原たちは驚く。


「一度目は二百年前のこと。『フランス』や『ロシア』なる国の出身者が数万人も召喚され、神聖帝国の奴隷とされました。この者たちに大きく関係したとされる人物から、この大量召喚は『ナポレオン召喚』と呼ばれています。二度目は百年以上前で、こちらは百万人以上の人数や物資が転移してきました。その多くはフランスやロシアのみならず、『ドイツ』や『イギリス』なる国の出身者であり、転移直前の状況による負傷等で長くは生きられなかった者が多かったそうです」


 写真を見ると、それにはフランス大陸軍や二十世紀初頭の欧州諸国の軍隊の兵士たち、彼らが用いていただろう武器弾薬や物資がフルカラーで写されており、防衛大学校の歴史の教科書でも中々に見かけないモノが鮮明に表されていた。


「続いて三度目の召喚は、二度目から僅か二十年後に行われ、当時の神聖帝国の人口の数割にも匹敵する規模の人々が召喚されました。私たちジレシア王国の建国者たちが召喚されたのはこの時です。この時神聖帝国は予想を遥かに上回る規模の人数を抱える事になった事や、召喚者の殆どが戦闘のために鍛えられた軍人だった事により反乱が勃発し、大陸各所で独立を許す事態となりました」


「三度目は、時期的には第二次世界大戦の頃…成程、アレキサンダー中佐たちの用いる装備や兵器が旧日本陸軍のそれに酷似しているのはそのためですか」


 錦戸の言葉に、アレキサンダーは頷く。実際、彼の服装を見てみると、旧日本陸軍の軍服のそれであり、車両も三式中戦車に一式半装軌装甲兵車と、旧日本陸軍が開発していた装甲車両ばかりであった。


「そうして多数の独立を許して三十年ほど経った頃、神聖帝国はより多くの召喚者を得るべく四度目の召喚を行いました。この頃には技術水準も大きく進み、魔法の研究によって召喚者を服従させる算段も整っていました。それから五十年の時が流れ、神聖帝国は世界を遮る壁の厚さに左右されることなく、別世界へ渡る魔法を完成させました。そして現在に至ります」


 アレキサンダーの説明が終わり、市原は写真の一枚を拾い上げる。これまでの説明を聞く限り、神聖帝国は過去に四度、具体的に言えばナポレオン戦争に二度の世界大戦、そしてベトナム戦争の行方不明者を取り込む事で純粋に人口を増やし、数百年先の概念や技術を手に入れてきていたのだろう。だが、だからこそ解せない事もあった。


「しかし、そんなに昔から召喚を行っていたというのなら、彼らの用いる武器も相応に進化していると思うのですが…貴方がたジレシア王国と対峙する以上は銃火器や大砲も配備していてもおかしくはないと思いますが…」


「それにも理由はあります。単純に科学技術の取得とそれを中心とした発展に拒否反応を起こした者たちが多いのですよ。具体的に言えば門閥貴族に教会、そして魔導師にギルドです」


 アレキサンダーの答えに、錦戸は察する。もしも銃火器や大砲、自動車の開発と生産を押し進めようとするのならば、当然ながら過去の伝統ある戦い方や文化、生活様式に誇りを持ち、あるいはそういった『昔ながらの生き方』で利益を得る者たちの猛反発が起こるのは明白である。


「とはいえ、全く受容しなかった訳ではありません。例えば刀剣の刀身や甲冑はステンレス鋼で作られる様になっており、複合材にプラスチック、アルミニウムといった数百年先の素材も多用されています。また魔導師の魔法は数百年もの格差を埋める程の能力があり、その恐ろしさは皆さんもご存知の筈です」


 アレキサンダーの言葉に、市原は沈痛な表情で頷く。基本的な移動手段が高機動車である第三一普通科連隊に、試作車を含めた装甲車が大量に配備されたのも、非装甲の自動車を容易く破壊できる者たちを相手にしているからこそだった。


「まず、私たちは五反田に出現した洞窟…『ダンジョン』より出現した魔物及び現地の神聖帝国軍を撃破し、当該地域を制圧。神聖帝国軍の防衛線をこじ開けます。現在帝国軍は湾岸部を制圧して洋上に転移設備を建設中であり、より多くの兵力を送り込む準備を始めております。設備が完成する前に品川区を奪還し、敵軍を総崩れにさせる必要性があります」


「ええ。第一師団は千代田区全域の奪還を主目的としている関係上、東京駅への直接進行ルート上にある品川区の奪還は必要不可欠です。先ずはそれで行きましょう」


 市原とアレキサンダーは意見の一致を確認し、そしてそれぞれの部下へ顔を向けた。


・・・


 作戦会議が終わり、三上たちのいる小隊はジレシア王国陸軍部隊とともに北上を開始した。


 名もなき試作装甲車の車内で、三上の隣に座る隊員は深く息を吐きながら呟く。


「しかし、とんでもない事になってきたよなぁ。エルフやドワーフが八十年前の旧軍の戦車や装甲車に乗って、俺たちの救援に現れたとか、未だに夢でも見てる気分だ」


「…俺もだよ」


 三上は小さく呟く。彼らの乗る装甲車の前には、ジレシア陸軍が『ZT‐17』と呼称している中戦車がおり、履帯を軋ませながら北へ進んでいる。


 打ち合わせの際に聞いた事だが、ジレシア軍が用いている武器や車両は、八十年前の召喚で持ち込まれたものをそのまま利用しているのではなく、建国後の工業化を経てコピー生産したそうであり、性能は八十年前に旧日本軍将兵とともに連れてこられたオリジナルよりも向上しているそうである。


 魔物や鎧騎士の連中に勝てる装備を持っていて、どうして神聖帝国を滅ぼそうとしなかったのか、三上は純粋な疑問を抱いていたが、それは戦後のある程度落ち着いた時期に聞くべきことだろう。今必要なのは謎に疑問を抱くことではないからだ。


「…早く終わらないかな」


 ごく当たり前の言葉を漏らし、三上はシートに背を押しつけた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

日本国がファンタジー国家と戦争するだけの話(仮称) 広瀬妟子 @hm80

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ