差額の座学

渡貫とゐち

第1話


「あれ? 自販機のドリンクって、こんなに高かったっけ??」


 正直、そういうものか、と思って毎回買っていた。自販機によって十円、二十円の差があるのは当然だと思っていたし、安ければラッキー……程度だ。いちいち値段を見ていない。


 つまり高額なモノがなければ、明らかに安すぎる商品もなかったわけだ。


 高額は手が出しにくいし、安価だと怪しさがある……どちらかに偏ってこそ気づくものだが、これまでは価格が安定していたために、疑問にも思わなかった。

 ……しかし……、あらためて自販機の値段を見てみると……高い。


 エナジードリンクですらないのに、この値段って……手が出しにくい。小銭を落とす気にはなれなかった。


 電子マネーだったら、手を引く前に決済してしまうから、諦めることもできるが……小銭だと戻せてしまうからなあ。


 考え出すと、さすがにこれには払えない。だけど喉は渇いている……。

 どれでもいいと思っていたが、喉を刺激する赤い炭酸が良い、と思えば、もうそれ以外のドリンクには目がいかなかった。


 喉を潤すだけならなんでも……だけど、やはりこの赤いデザインに目を引かれ、気になる……だったら多少高額でも出した方が気持ちも楽だが……楽なのだが……ううん。


 ドリンクに、この値段かあ。


「…………悩む」


「値上がりしているね。年々、上がってはいたんだがね……あれかな、既に水の中にいると、その水が熱湯になっても気づかないのと同じように――。だが、さすがに上がり過ぎたね。だからこそ気づけたのだ。値段も、温度も、限界を越えれば気づいてしまう」


「ぇ? ……だ、誰ですか?」


「ドリンク補充をしにきたおじさんさ」


「あ、メーカーの人……どうぞどうぞ」


「うむ。ちょいと失礼。おつり用小銭を数えてから中身を入れ替えるからねー」


 と、青い制服のチョビ髭おじさんが、鍵を使って自販機を開いた。

 意識して探すといないが、ふとした時に見つけるメンテナンスの人だった。

 抱えていたダンボールを下ろし、数が少なくなっていたドリンクを補充する。


「見ていてもいいですか?」


「ん? ああ、構わんよ。見られて困ることはしていないからね」


 それはもちろんそうだろうけど……。振り返ってみれば、一部始終を見届けたことはなかったなあ、と思ったのだ。

 別に、見たからなんなんだって話ではあるのだが……、時間を持て余している学生にとっては、いい退屈しのぎである。


 汗を流し、仕事に励むおじさんの背中を見ながら。


 意識していなかったが、口が勝手に動いていた。やべ、仕事の邪魔になるか……?


「なんで値上がりしたんですか? まあ、日本全体がそうだから、なのかもしれないですけど……」


「賢そうな君が思い描く通りの理由だとは思うけどねえ。値上がりさせないと、会社がやっていけないのだろう……こればかりは仕方ない」


 ガシャン、ガシャン、とドリンクを補充しながらも、答えてくれた。


「なぜ、自販機のドリンクが高いのだと思う? 君の答えを教えてくれないかね?」


「なぜ高いのか、ですか……? 値上がりした理由ではなく?」


「元の値段であっても高いだろう? ほら、ドラッグストアで売られているドリンクは安いじゃないか。スーパーも、安いが、しかしドラッグストアには敵わない。コンビニは言わずもがな、高いじゃないか」


 自販機もそうだろう。どこのメーカーだか分からない謎のドリンクは、安い時もあるが、自販機はやはり高い。

 人が常駐しているわけでもないのに……。自動販売機、という機械のコスト分だろうけどさ。


 確かに、おじさんが言う通り、ドラッグストアのドリンクって安いよな……よく店の外にまとめて転がされているあれだ。

 夏に手に取ると、うんとぬるくなってるのが、食欲をそそるわけではないが……ああ、そういうことか。


 常温だから、安くなっている。

 なら、どうして自販機が高いのかと言えば、冷えているからだ。


「キンキンに冷えているから、ですよね?」


「そういうことだ。冷えていることが当たり前の世代にとってはピックアップすることじゃあないかもしれないが、冷えているってことは凄いことなんだ。常温ではない、ということにお金を払ってもいいと価値を見出している世代――おっと、これは私の意見だ、私しか支持していないかもしれんな……。『冷えている』『温かくなっている』……多少値上がりしたところで、そんな付加価値がついているなら払える差額だろう?」


 ……おじさんの言う通りだ。

 普通は常温だ。冷やす必要も、温める必要もない……だけど、自動販売機は冷やしてくれていたし、温めてくれていた。

 これまでも、その分の金額を購入者から取ってもいいはずなのに、取らなかったのだ。自販機の善意で。


 だから――、これで無料期間は終わったのだ。

 値上がりしたのは物価高だから、ではなく、冷やしているか温めているか、常温ではないことの金額だと思えば……、手を出しやすいのではないか?

 実際、冷えていることに価値があると判断した俺の財布は、かなり緩くなっている。多少高くても全然買えるぞ、これ。


「値上がりしたのではない、無料期間が終わったのだと思いなさい。であれば、ドリンクは一切、値上がりしていないのだよ」


「……おじさん、買ってもいい?」


「もちろん構わんが……しかし、今入れ替えたばかりだ、まだ冷えておらんぞ? ここで買えば、君はただの『値上がりした商品』を買うことになる……それでもよければ、どうぞ」


 それは損をした気分になるので、しばらく待つことにした――二十分。

 もう充分に冷えただろうと思い、赤いデザインの炭酸飲料を買った。


 プシュ、と開けて、中身を喉へ通す。

 その刺激が喉を喜ばせた。くはぁ、美味い! でも、やっぱり高い!

 冷えているにしたって、冷静になればやっぱり値段に一言は言いたいものなのだ。





 ・・・おわり

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差額の座学 渡貫とゐち @josho

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