シリアルキラー聖女は我慢する~前世の趣味の延長で魔物を虐殺したいだけなのに、私が【最も慈悲深き者】とか呼ばれているんですが
御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売
第1話 短編
「──よって、被告人を死刑に処する」
私、橘アリスに下された刑は死刑だった。
とはいえ、私に異論はない。それだけの数の命を、愉しく、可笑しく、美しく、そしてなにより麗しく殺してきたのだ。
現行法に則れば、量刑としては妥当だろう。
「あーあ、少し物足りないけど。ま、一度死んでみたかったから、いっかな」
「静粛にっ」
──いけないいけない。思わず心の声が漏れていた
係の男たちによって、私の華奢な体にこれでもかと厳重に、拘束具がつけられていく。法的に大丈夫なのか、こっちが心配になるぐらいの束縛だ。
そのまま裁判官の前から連れ出される。いつも思うのだが、か弱い女の身一つ相手には、過剰な人数だ。
──それに、皆様、そんなに恐怖の臭いを駄々漏れにしないでほしいなぁー。思わず、殺りたくなっちゃうじゃない
そんな私の昂った熱烈な想いが顔に出てしまっていたのか。私を取り巻く男たち、そして裁判官達の表情が、明らかにひきつるのがわかる。
それを見て、さらに沸き上がるゾクゾクと高揚した気持ちを抱えながらも、おとなしく私は拘置所へと帰っていく。
その後しばらくして、なぜかとても異例の早さで私の死刑は執行されることとなったのだった。
◆◇
──寒い……。熱がある?
絞首刑であっさり死んだはずの私は気がつくと、それなりに豪華なベッドの上で悪寒に震えていた。
「アリスレーゼお嬢様が、目を覚まされました!」
近くでそんな声がする。
重たい瞼を開けて、そちらをみる。
まるで中世から近世ぐらいの時代のようなクラシカルなメイド服をきた女性が、こちらを覗き込んでいた。
──ふーん。なかなか良い体つきね。体幹がしっかりしていて、無理やり壊していくのが楽しそう。全身をしっかり隠していて、かつ動きを阻害しない服装も、ポイント高めね
値踏みをしていると、同じような服装の女性が数人いる。服越しでも、体さばきでわかる。
どの女性たちも、それなりに戦えるようだ。そういう環境下で生きてきた個体たちに見えた。
──どれも、ちょうど美味しそうな頃合い。殺るなら一人ずつ、背後からね。私って、体自体は大したことないから……て、あれ?
久しぶりに美味しそうなものが沢山あるのを見ていて、気がつくのが遅れた。
体に違和感がある。
それは、熱を出してベッドの中で横になっているから、だけではなかった。
──これ、私の体じゃない……それに明らかに若くなってる。もしかして……
私、橘アリスはどうやら転生とやらをしたらしかった。
◇◆
「司教さま、こちらが我が娘、アリスレーゼ=リーデンバーグです」
「高熱ののち、御印が現れたとの報告をいただいております。アリスレーゼさん。少し、お体に触れても?」
私がアリスレーゼという少女の体の中で目覚めてから数日後。司教と呼ばれる中年の女性と、アリスレーゼの父親が話していた。
まだ少し熱っぽい私は軽く身繕いされた姿で、ベッドで半身を起こしたまま、その様子を眺める。
今の私には前世の橘アリスとしての記憶と、アリスレーゼとしての記憶とが混在していた。どうもアリスレーゼとして生まれ変わっていたのが、先の高熱で前世の記憶を思い出した感じのようだった。
名前が似ているのはたまたま、なのだろう。
「──アリス、大丈夫かい?」
お父様が心配そうに尋ねてくる。どうやら、ぼおっとしていたようだ。
それでも私はアリスレーゼとして施された教育を思い出して、淑女らしく慌てずに答える。
「はい、お願いいたします」
私の返答に司教様が頷くと、何かを呟きながら私の額に人差し指をあててくる。
──
ふと、そんなフレーズが私の頭に浮かぶ。ここではそう言えば、神の名を呼ぶのは畏れ多いと、御柱さまと呼んでいたのだ。
次の瞬間、司教様の指先に、白い光が灯る。
どうやら、アリスレーゼはそこまで信心深い少女ではなかったようだ。どちらかと言えば、ドレスやおしゃれに興味のある、普通の少女だったのだろう。
それでも、アリスレーゼはその光が教会で行われる神の奇跡の一つだと理解していた。
しかし、前世の意識としての橘アリスには、それは初めてみる驚異だったのだ。
そしてその驚異はそれだけでは終わらなかった。
額に触れた白い光が、私の全身へと広がっていく。不思議なことに体に残っていた熱っぽさが、すうっと溶けるように消えていく。
さらに、続きがあった。体に集まった光が、腕と手の甲に集まっていくのだ。まるで光が紋様のような模様を形づくっていく。
「熱が……これは?」
「素晴らしい。確かにアリスレーゼさんには御柱さまの御手の痕跡があります。それも、ここまで深く御手の痕跡が残っている方は、私も初めて拝見しました。体の熱は、御手が触れた名残でしょう」
あまり信心深くないアリスレーゼの知識ではよくわからず、私はその司教様の言葉に首を傾げてしまう。
そんな私をみたお父様が、畏れと呆れが半々ぐらいで表情で告げる。
「アリスには、聖女の素質がある、ということだよ。とはいっても無理になる必要はないんだ」
「聖女──?」
急に聖女と言われても、私にはあまりピンと来ない。
あまり乗り気でない私の表情をみた司教様が、優しげに微笑みながら話しかけてくる。
「そう、聖女です。邪悪なる魔物である亜人種を打ち払い、人類の安寧を担う一翼。これほど深く御柱さまの御手が触れた貴女なら、望めば容易くその道が開かれます」
厳かに告げる、司教様。
その亜人、というフレーズで、アリスレーゼとしての記憶が甦る。
──ああ、この世界には、魔物とされる亜人がいるんだった。邪悪な存在と思われていて、討伐対象なのね。え……
アリスレーゼの記憶を紐解いていた私は思わず固まる。
亜人というと、定番のゴブリンやオーク等はもちろんのこと、エルフやドワーフなどの余り人と変わらなそうな種族もひとまとめに、魔物として討伐対象だというのが一般常識のようだった。
──そして、聖女はそれらを邪悪な存在として打ち倒す……つまり、聖女になれば殺し放題ってこと!?
興奮で、顔が紅潮していくのがわかる。
私はその興奮を抑えきれなかった。
人に飽きたわけではないけれど、亜人と言うぐらいだ。その体、そしてその生態は、人よりバラエティーに富んでいるのは間違いない。
それらが、聖女になれば殺し放題らしいのだ。これが興奮せずにはいられなかった。
私は興奮したまま、司教様とお父様の方を向く。
「司教様、お父様。私は、聖女になります。聖女になりたいですっ! 聖女となることで、亜人種を討ち滅ぼせるなら。それこそが、私の切なる望みです」
思わず心の底からの思いを口にしてしまう。
そして言ってからしまったと、後悔する。アリスレーゼとして受けていた淑女教育からみると、相応しくないことを言ってしまった気がしたのだ。
「おおっ。なんと、素晴らしい。人類のためにその身を捧げる偉大なる決断です。アリスレーゼさんであれば素晴らしい聖女になるはずです」
「──アリスがそう、望むのであれば父も止めはしない」
これまで殺したことのない、亜人という存在が、殺し放題になるという希望を胸に、力強く告げる私。
司教様はその私の返答に、とても嬉しそうだ。
そして、お父様は心配そうな顔だが、それでもどこか誇らしそうに私の希望を認めてくれたのだった。
◆◇
【side リーデンバーグ子爵】
──まさか、アリスレーゼが御柱さまの御手をお受けになるとはっ!
神の使命に燃えるように、瞳に力強い決意を宿した末の娘を見ながら、子爵であるダンク=リーデンバーグは驚きと不安、誇らしさの混じった感情を抑えようと必死だった。
聖女となることは、貴族の娘としてはもちろん誉れ以外の何者でもない。
そして、リーデンバーグ子爵家から前に聖女が現れたのはもう七代も前のことだった。
家のことを思えば、アリスレーゼが聖女となることは、手放しで喜ぶべき慶事。
しかし、同時に、聖女として生きるのは過酷であり、短くして命を散らすものもまた、珍しくはない。
人類の生存圏を狙い、攻勢をかけてくる亜人種たちは、すべからく獰猛で残忍、そして狡猾だ。
その最前線に身をおき、その身を捧げるのが、聖女なのだ。
リーデンバーグ子爵から見て、アリスレーゼの姉たちにあたる娘たちの方が、少なくとも剣や魔法の才には恵まれると、ひそかに思っていた。
逆にアリスレーゼは大人しく、お洒落に興味があるばかりの子供だという認識だった。
──それがどうだ。司教様にも物怖じしない、堂々とした振る舞い。そして、亜人を打ち倒すと告げたときの決意に満ち満ちた表情。御手に触れられ熱を出してから、こうも立派になるとは──。それでも。ああ、御柱さま、どうぞ娘をよろしくお願いいたします。
親としての心配と、貴族としてのあるべき振る舞いの狭間で、リーデンバーグ子爵は自身の娘の先行きに、神の加護を祈らざるを得なかったのだ。
◇◆
──ここが、聖堂かー
聖女になると宣言してからしばらくのち、私は家を離れ、王都にある御柱さまの信仰の中心であり、聖女見習いが集う聖堂の一室にいた。
周囲に気づかれないように慎重に視線を巡らせ、観察していく。これは前世からの習いだった。いつ、どこで美味しそうな獲物と出会うかわからないのだから。
──ここで、聖女としての教えを受ける、と。周囲の少女たちはみな私と同じ様に聖女見習いのようね。とはいえ、どの娘も獲物としてはあまり、ぱっとしないな。これなら、うちのメイド達の方がよほど美味しそう
貴族の師弟が多いのか、あまり狩りがいのある子は見当たらない。
──うーん。やっぱり、早く亜人を殺したい。けど、仕方ない。何事にも順序があるもの。その手順を経たあとに愉しいことが待っているのであれば、私はちゃんと我慢できる人間
それに、聖女としてこれから受ける教えとやらも、少し興味はあった。
聖女が邪なるものを討ち滅ぼす存在なのであれば、その教えにも、新たな殺し方のヒントくらいはあるのではと、期待していたのだ。
そうこうしているうちに、年かさのシスターらしき人物が現れる。シスター・エイブラと名乗った彼女が、どうやら聖女についての手解きをしてくれるようだった。
◆◇
「──という訳でして、『治癒』と『結界』。この二つが聖女の基本の加護の力となります。全ての聖女は必ずこの二つの加護を持ち、それ以外に一つか二つ、加護を得ていることが多いでしょう。では聖女となられる皆様のために特別にあつらえたロザリオをお配り致します」
シスター・エイブラがそこまで話すと、若いシスター達がお盆のようなものを持って現れる。
その上にはロザリオらしき物が置かれている。
「まず、カロライン」「はい」
名前を呼ばれた聖女見習いの少女が席をたつと前へと進み出る。
ロザリオを受けとると、片手にチェーンを巻き付けるようにして持つカロラインと呼ばれた少女。
そのまま、御柱さまの像の前に片膝をつく。
「では、聖句を」
「はい、──」
カロラインがその姿勢のまま、祈りを捧げ始める。
次の瞬間だった。その全身が白く光り始めた。その様子を真剣に見つめるシスター・エイブラ。
「カロラインに授けられし、加護は、『治癒』と『結界』。そして、『光魔法』です」
シスター・エイブラの言葉に、カロライン以外の見習い聖女達がざわつく。
当のカロラインは、どこか満足そうだ。たぶん、良い加護なのだろう。
そのまま引き続き、聖女見習いたちが次々とロザリオを受け取り、祈りを捧げてシスター・エイブラより加護を告げられていく。
確かにみな、一つか二つ、『治癒』と『結界』以外の加護を告げられていた。
ただ、その内容によって満足そうだったり、無念そうな表情を浮かべたりと、反応は様々だった。
アリスレーゼの記憶にはそれらの知識が内容で子細はわからない。だが、それぞれの加護と、告げられた時の各人の表情を私は記憶だけしておく。あとで役に立ちそうだと思ったのだ。
そうしているうちに、名前を呼ばれていないのが私だけとなる。
「次に、アリスレーゼ」
「はい」
他の娘たちと同様に振る舞い、ロザリオを受け取る。
──意外と重みがある。これなら鈍器としても十分な殺傷力があってお得。チェーンの強度も首を絞めるのに十分。
私はそんなことを考えながら、手にチェーンを巻き付け、膝をつくと聖句を唱え始める。
聖句の文言はしっかりアリスレーゼの記憶にあり、唱えるのは問題なかった。
唱えていると、目がチカチカしてくる。たぶん他の見習いたちのように白い光が私からも出ているのだろう。
──唱えている本人からみるとこんな感じねなの。眩しいから、他の娘たちはみな、祈る時に目を閉じるのか
私はそう納得しつつ、目は閉じない。こんな大勢の前で目を閉じて重要な感覚情報の一つを自ら遮断するなんて、考えられなかった。
「……アリスレーゼに授けられし加護は、『治癒』、です」
そうしているうちに、シスター・エイブラが告げる。どうやら私の加護の見極めは終わったようだ。
聖句を唱えるのをやめ立ち上がると、シスター・エイブラはこちらをみて驚いた表情をしている。他の聖女見習いの少女たちもだ。なぜか驚きで言葉もない様子だった。
その反応から、どうやら、『結界』の加護すら授からなかったのは、よほど異例の事態のようだと悟る。
とはいえ、私は特に気にならなかった。
生き物を殺すのに、加護なんてなくてもこれまで十二分に私は上手く殺ってきたのだ。
それが『治癒』というよくわからない力が追加で一つ貰えただけで、私の目的には十分だろう。
なので、周りの奇異の目を横に、私は焦ることなく、淡々とした表情で自席に戻るのだった。
◇◆
【side シスター・エイブラ】
──アリスレーゼの祈りにより発現した加護の光は、これまでにみたことのないほどの輝きだった。それはたぶん、周りで見ていた他の聖女見習いたちも同じ様に思うぐらい、一目瞭然だったろう。
加護を授けられた聖女見習いたちが退出した教堂に、シスター・エイブラは一人残っていた。思い返すのは、先ほどの出来事。
──それにしても、加護が『治癒』しかないとわかった時のアリスレーゼの落ち着きぶり。あれこそはまさに、御柱さまへの深い信心の現れに違いありません。
シスター・エイブラは、いまだに自分の見たものが信じられなかった。
──授けられた加護がたった一つ。それをありのまま受け入れるあの姿勢こそは、まさに御柱さまの信徒としての、あるべき姿でした。それに比べ私は御柱さまの行いに一瞬でも驚きと疑念を抱いてしまった。まだまだ、私は未熟です。
悔悟を胸に、祈りの姿勢をとるシスター・エイブラ。
そこに、シスター・エイブラを訪ねて人がくる。
「シスター・エイブラ。教導、お疲れ様です」
「司教様。いえ……」
「アリスレーゼのこと、私も聞きました」
「はい。あれほど御柱さまに愛された信心深き聖女は、前代未聞でしょう」
「ええ。そして『治癒』の加護のみを授かったとか」
「はい。溢れんばかりの加護の光。それがただ一つの加護の力に集約される。ゆくゆくは、素晴らしい『治癒』の使い手になっていくかと。そしてその御柱さまのお心と行いになんの疑いも抱かぬアリスレーゼの心根。あれこそ、歴代でも最高の治癒の使い手となるに違いありません」
「私も、そう思います」
「では、やはりアリスレーゼは治癒院へと配属とお考えですか」
聖女見習いたちはロザリオを授かり、加護の力を発現したのち、その適正に応じた部署で経験を積みながら信心を深めていくのが通例だった。
『治癒』の力のみを授かったアリスレーゼが治癒院へと配属されるかと、シスター・エイブラが思うのも当然の事だった。
「それなのですが、アリスレーゼ本人は強く魔を討ち滅ぼすことを望んでおります」
「──それは! 彼女は本当に熱狂的な信心を抱いているのですね」
司教の言葉に、シスター・エイブラは再び驚きを隠せなかった。
魔、つまりは亜人種。
その討伐は御柱さまの教えにより、聖女としての最重要の使命だ。
しかし、当然、それはとても危険だった。それこそ見習いはもちろんのこと、正式な聖女でさえ、口に出さずとも心のどこかでその使命に恐れを抱くのが普通なのだ。
ゆえに、聖女見習いが自らそれを望むということは、御柱さまの信徒として、最大限、尊重されるべき意思だといえる。
それが、シスターや司教からみて、どれほと、本人の適正から外れていると思っていても、もはや関係がなかった。
「それでは、アリスレーゼは」
「はい。巡礼院に配属いたします」
アリスレーゼの配属を告げる司教。
それは巡礼という名の、亜人種討伐のため各地を巡ることを勤めとする部署だった。
「あれほどの『治癒』の可能性を持ちながら……」
「シスター、それ以上はいけません。アリスレーゼの深き信心への否定はすなわち、御柱さまへの不敬となります」
「失礼いたしました。アリスレーゼの信心を尊重いたします。ただ、せめて最高の随行騎士をアリスレーゼへ手配するようにいたします」
「よろしくお願いいたします」
シスター・エイブラは、自らのもう一つの職務である、巡礼聖女を守る随行騎士の選定のため、精力的に動き出すのだった。
◆◇
『治癒』の加護とやらを授かり、その表向きの使い方を学びつつ、こっそり自分流の応用、いわゆる裏の使い方を練習して数ヶ月。
私がようやく巡礼へと向かう日がきた。
「聖女アリスレーゼ」
「なあに、ラビ?」
「お御髪に乱れが。失礼しますねっ」
ラビは私の随行騎士だ。
彼女は、とても可愛らしい子だった。
ちっちゃくて、素直。そして献身的だ。
今も、ぴんっと体を伸ばして、私の髪を両手で一生懸命、整えてくれている。
しかし、彼女の振るう双剣の腕は確かで、たぶん正面から殺りあうと私が負けてしまうほどだ。
そしてそれも、私が彼女のことを気に入っている理由の一つだ。
──こんなに可愛いのに、狩りがいまであるなんて。ラビは私の天使だわ。近くにいてくれるだけで、いつでも心が昂っちゃう
髪を整えてくれたラビに、心からの微笑みわ浮かべながらお礼を伝える。
一月前に引き合わされてから、私とラビはお互いのことを知ろうと、積極的に交流を深めていたのだ。
「聖女アリスレーゼ、準備はよろしくて?」
「ええ。聖女カロライン。お待たせいたしました」
「それでは出立いたしましょう」
例の光魔法の加護を授かったカロラインも、巡礼聖女を希望したようだ。つまり彼女は同期、のようなものだった。
悪い子ではないのだが、堅苦しく、そしてあまり狩りがいが無さそうなのもあって、私は彼女のことを少し残念に思っていた。
まあ、それでも数少ない同期だ。
今回の巡礼も、聖女となって初との事で、私とカロライン、それぞれの随行騎士の計四名で行うようにと司教さまより仰せつかっていたのだった。
◇◆
「聖女アリスレーゼ、お疲れじゃないですか? 麗しいお顔が、翳ってますよっ」
「大丈夫よ、ラビ。心配してくれて、ありがとうね」
「もう少しで、次の村だと思うので、一緒に頑張りましょうっ」
「そうね」
ぱたぱたと両手を揺らしながら心配そうにこちらを励ましてくれる、可愛らしいラビ。
しかし、さすがラビだ。
私の顔色から、少し、悟られてしまったらしい。
私たちが巡礼をはじめてから、旅は順調に進んでいた。
亜人種との接敵も一切なく、途中、立ち寄った辺境の村々では、怪我人や病人へと私とカロラインの二人で『治癒』の加護を施しては、逆に歓待をうける、という事の繰り返しだった。
ここでは、聖女というだけでかなり尊敬と敬愛の対象になるようだ。さらには巡礼聖女ともなると、わざわざ辺境近くの村へと足を運び、治癒を施すためか、村人たちからは過剰なほどに歓迎されるのだ。
それなのに私の顔色が悪いのは、当然、理由は一つしかない。もうずっと誰も、何も、殺していないからだった。
慣れない環境へ順応しようと慎重に我慢に我慢を重ね、心置きなく行えそうな亜人種を殺戮することだけを希望に、私はずっと耐えてきたのだ。
それなのに、ようやく亜人種を殺せるはずの巡礼の旅を始めても、ひたすらに平穏。何もない。無。
どうやら、司教さまに指定された巡礼ルートは、聖女に成り立ての私たちを思って、比較的安全なものだったのだろう。
今だけは、その思いやりが歯がゆくて歯がゆくて、仕方ない。
そんなわけで、我慢を重ねに重ねすぎて、私が顔に出してしまうのも、仕方ないことなのだ。
──ああ。御柱さま。私にどうぞ、たくさんの殺していい亜人種をお恵みください。できたら人に近い体のと、少し違うのと、いっぱい違うのがいいです……
思わずロザリオを握りしめ、そんなことを祈ってしまう。
そしてその祈りはなんと届いてしまったようだ。
「聖女カロライン、聖女アリスレーゼ、あちらを。たぶん、煙だ! 引き返さねば」
重々しく告げたのはカロラインの随行騎士のドグターナだ。
彼女もカロラインとよく似た堅物のようで、お揃いの主従だと、私はこっそり思っていた。
ちなみにドグターナはラビより弱く、獲物としての魅力はほどほどといったところだった。
「聖女アリスレーゼ、どこへ!? ドグターナが言うように引き返さねば!」
「え? 何でですか?」
「危険だからですっ。亜人種に襲われているかもしれないのに」
ドグターナに続きカロラインまで村へと駆け出そうとしていた私に、そんなことを言ってくる。
「だからいくのです。危険など、当たり前でしょう?」
何を言っているんだと、私はカロラインとその随行騎士を見る。これから命を奪う場へ、赴こうというのだ。
逆に自らの命が奪われる覚悟など、とっくの昔に出来ていて当たり前だろう。
それより、急がないと、せっかく殺し放題の亜人種が逃げてしまうかもしれないではないか。
「行くんですね、聖女アリスレーゼ」
そんなことを思う私に、ラビが朗らかに尋ねてくる。
「当然です」
私は力強く肯定する。そして、護身用にと渡されている腰の短剣に手を添える。
なんのために、これまで我慢に我慢を重ねてきたのか。そう、これから始まる、亜人種の血祭りパーティーの開催のため、だ。
想像するだけで昂り、顔がほてってくる。
「というわけで僕たちは行くから、ドグターナは聖女カロラインを」
「──っ! わかった。聖女アリスレーゼの深き信心に敬意を。そしてラビ、武運を」
「はーい」
そんなやり取りが終わるも、ドグターナは聖女カロラインを抱えるようにして走り去っていくのだった。
◆◇
「あ、見えてきた。僕は先行するね!」
随走してくれていたラビが一気に加速する。
速い。
こちらに来てからアリスレーゼの体を鍛えはじめていたとはいえ、私では到底追い付けない。
そのラビの後ろ姿に、私はだんだん不安になってくる。
──ラビも乗り気だったみたいだし、戦いに身を置くものとして、彼女もやっぱり戦いたいんだよね。それは仕方ないんだけど……。これ、下手するとラビに獲物を全部とられてしまう可能性がある?
無いとは言い切れない実力が、ラビにはあるのだ。
──いや、落ち着け。いい面を考えろ。ずっと近くにラビがいて、近づく亜人種を片っ端から倒されちゃうより、こうしてバラけた方が私も獲物に近づけるかもしれないじゃん!
そう、ポジティブに捉えようとした時だった。
先行したラビの目の前に、村人らしき子供が一人、飛び出してくる。そのすぐ背後には、豚顔の大男。
それは、念願の亜人。私がこの世界に転生してはじめて出会った魔物。待ち望んだ存在。
オークだった。
オークは山刀のようなもので、子供を切りつける。
そこへ駆けつけたラビが、双剣をふるい、あっという間にオークをナマス切りにしていく。
──速い! 想定以上だ、ラビの実力……。
「聖女アリスレーゼ、瀕死だけど息、ある!」
私はもしかして不安が的中するのかと思っていると、当のラビから声をかけられる。
どうやら、切りつけられた子供に『治癒』の加護を施すように言っているようだ。
ここまでの村々で治癒してきた私は、習慣でとっさに子供に治癒の加護を始めてしまう。
──あ、つい癖でっ! こんなことしてる場合じゃないのに! あ、またオークが来てくれた──
「──っ」
せっかく向こうから近づいてきたオーグが、あっという間にバラバラになる。
そう、当然、ラビだ。
どうやら、治癒を施している私に近づいてくる者から、彼女は片っ端に片付けていくつもりのようだ。
私は治癒のために聖句を唱えているせいで、文句の声一つもあげられない。ただただ加護を施す。
そうしているうちに、当然、子供の傷は順調に癒えていく。
──よしっ!治った。あとは放置で大丈夫だっ。いよいよ私も、一狩りいっちゃお、ようやく。ようや……ええっ。そ、そんな……
ようやく短剣の出番だと、私が勇んで周囲を見回すと、オークの死体が綺麗に円を描くように散っていた。
生きているオークは一体たりとも見当たらない。
「ラビ、これっ──」
「あはは。ちょっと失敗」
どうやら一人ですべてのオークを倒してしまったラビは、片腕と腹部に怪我をしているようだ。
私は絶望に顔を染めながら、こちらもなかば機械的にそのラビの傷にも治癒の加護を施していく。それなりに深手だ。
とはいえ、そんなことは問題ではない。
膨らみに膨らんだ期待が叶えられなかった絶望で、私はうまく頭が働かない。ただ、目の前の怪我を、なかば無意識に治癒だけしていく。
そうしているうちに、ラビの怪我も無事に癒える。ただ、それで終わりではなかった。他の生き残った村人たちも集まってきていたのだ。ついでとばかりに、それも癒していく。
そして気がつけば村人たちがこちらを指差して噂をしているのが漏れ聞こえてくる。
「なんと慈悲深く、偉大な聖女さまだ」「亜人種の群れに飛び込んできて、救ってくださった……」「彼女こそ、最も慈悲深き聖女様だ」「最も慈悲深き聖女、アリスレーゼ様、万歳──!」
噂話がいつしか大っぴらになり、気がつけば歓声に変わっていた。
しかし、全く嬉しくない。
──こ、こんなはずじゃなかったのにっ!私は歓声なんかじゃなくて、亜人を殺してみたかっただけなのにっ!
アリスレーゼのそんな思いとは裏腹に、最も慈悲深き聖女と呼ばれ始めた彼女の名声は、本人の想定しないほど広く遠くまで、広まっていくのだった。
シリアルキラー聖女は我慢する~前世の趣味の延長で魔物を虐殺したいだけなのに、私が【最も慈悲深き者】とか呼ばれているんですが 御手々ぽんた@辺境の錬金術師コミック発売 @ponpontaa
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