17.知ってはいけない
わたしは、なんのために生きているのだろう。いつまでもそれが分からなくて、それなのに、せまってくる終わりが怖い。
生きていたくないのに死にたいのに、死ぬのが怖い。
わたしの気持ちなんて無関係に、季節はとおりすぎて行く。外では長かった春が終わって、夏が始まっていた。
病室に差し込む光がまた一段と、わたしの人生に反比例するように強くなる。
母は、「これからどうしたい?」と聞くけれど、わたしには答える勇気がなかった。わたしにもどうしたいかはある。普通の高校生になりたい。
けれど、わたしは、拒絶された。わたしなんか、誰にも必要とされていないのだ。
家に帰りたい。
しかし、わたしが幸せになったらもっと終わりが怖い気がする。
母に言ったら多分、それでも幸せにすごしたらいいというと思うが、わたしは、また恐怖が増大するのが、耐えられないほど怖いのだ。
怖い。
なんでわたしなのだろう。
別の子ではなくて、どうしてわたしなのだろう。
普通になりたい。普通になれない。
わたしは、いつ、最後に幸せを感じたのだろう。わたしは、今も生きているけれど、多分その幸せを感じた最後に普通だったわたしは死んでいたのかもしれない。
視界が、涙で揺らいだ。
母が来る時間までに、泣き止まないといけない。母をこれ以上心配させてはいけない。
母に忘れられるのも、嫌な記憶で残るのも何もかもが怖い。
事実を見たくなくて、視線を泳がせた。
わたしが置いたわけじゃない日記帳が、床に落ち、ページが窓から吹くかぜにゆれている。
何故か気になって、手に取ってみると「まゆかの日記」と書かれていた。
人の日記だから見ない方がいいと分かっていたのに、わたしは、気がつくとなかを見てしまっていた。
◇
1992年 3月1日
誰にも知られたくない。消えたい。
1992年 3月2日
わたしは、笑えない。
どうして笑うのだろう。笑えないわたしも悪いのはわかっているけれど。
何週間か経ったのに、百合の声が、鮮明に蘇った。
わたしはやりたい事をやってはいけない。理想なんて持ったら、また傷つけられる。
きっとまゆかも。
1992年 3月3日
痛い。体の痛みよりも。
わたしが悪い。わたしが悪い。でも。それでも。
辛くないとは思えない。
1992年 3月4日
わたしは、誰なのだろう。自分でも、自分が分からない。
1992年 3月5日
分かっている。知っている。気づきたくない。わたしが悪い。わたしが普通になんでもこなせないからママも、パパも、怒る。わたしが、価値がないから。
1992年 3月6日
なんで生きてないといけないの?みんな、頑張れと言う。わたしもそう分かっている。頑張らないといけない。わたしが耐えないといけない。
みんな耐えている事だと思う。それなのに、わたしだけは。
まゆかの書いた文章を読むと、別の涙が流れる。たぶん母にこれを見られたら「真綾はまだ幸せな方」といわれる。
わたしだって分かっているが、だからわたしは幸せと思わないといけないのだろうか。そう思えないわたしは、駄目なのだろうか。
1992年3月7日
楽しいのは、いつも最初だけ。今の学年も、前の学年も、最初は、友達もいたのに、だんだん離れていく。もうわたしには、対等じゃない友達しかいない。本当は仲良くしたくないのに、友達がいないのは耐えられない。
1992年 3月8日
「まゆかだけじゃない。まゆかよりもっと辛い人がいる」そう。本当のことを突きつけられているのは分かっているのに、わたしより辛い人がいるからわたしは大丈夫、と思えない。多分みんな、それで気持ちが軽くなるんだと思うけど、わたしはやっぱり普通じゃないのかな。
1992年 3月9日
ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。ちがう。わたしじゃないのに、なんでわたしのせいになるの?わたしじゃない。ーーちゃんがやったのを見てたのに、いえなかった。わたしじゃないとは言ったのに、誰にも信じて貰えない。
次の学年でも、多分、わたしが悪いって言われる。
1992年 3月10日
──、─が───。────が死────────に。わたしじゃない。わたしじゃない。こんなことになるなら、もう全部投げ出して死にたい。
1992年 3月11日
今日は、姉の卒業式のはずだった。
お姉ちゃんは、卒業出来なかった。
みんな
わたしが
嫌い。
1992年 3月12日
きえたい。
1992年 3月13日
なんで?
1992年 3月14日
わたしは、なんのために生きてるんだろう。
1992年 3月15日
わたしは、なんのために生きているんだろう。
1992年 3月16日
わたしは、
1992年 3月17日
わたしは何
1992年 3月18日
わたしは、だれのために生きてるの?
1992年 3月19日
わ
た
し
は
な
ん
の
た
め
に
い
き
て
る
の
?
文章がだんだん短くなって行く。
わたしは、まゆかに共感もしたけれど、まゆかのようなもっと辛い人がいるからわたしの絶望には気づいて貰えない。わかって貰えない。
そう思うと、素直に可哀想とは思えなかった。
1992年3月20日
今日は何もなくてよかった。最近は毎日お説教部屋に入れられてたから。
明るく、普通に、振る舞えない。わたしのせいじゃないから、普通に振る舞えばいいって先生は言うけれど、わたしは、出来ない。
だからわたしは、犯人扱いされたままなんだ。
1992年 3月21日
お説教部屋が怖い。
怖い。怖がってもどうにもならない。パパとママが怖い。先生が怖い。クラスメイトが怖い。
みんな、怖い。
嫌だ。
ひとりにしないで。
置いてかないでよ……。
1992年 3月22日
笑っていても楽しくない。一喜一憂して、喜んだ時でも、なんでだか心に穴が空いた感じがする。
たぶん、わたしが悪いからだ。
幸せは、すぐにもっと大きな絶望に変わってしまうから。
1992年 3月23日
ママが、お姉ちゃんばっかり構う。わたしに構ってくれるのはお仕置の時だけ。
昔みたいに優しくされたい。わたしがわるいからいけないのはわかっているけど、変われない。変わるのが怖い。
どうしたら、いい子になれるんだろう。
1992年 3月24日
新しい学年になったら、友達はできるのかな。今までのことが引っかかって、自信が無い。
1992年 3月25日
亜樹ちゃんがわたしを遊びに誘ってくれた。仲直りできるのだろうか。できても、前みたいには戻れない気がする。それを思うと明日が来るのが怖い。
別の子になりたい。
何でも、普通にこなせる子。
1992年 3月26日
亜樹と仲直りできた。でも、わたしには壊れ物のレッテルが貼られていた。
亜樹が、わたしと仲良くしたいと言うより、同情の上に成り立つ友達になってしまった。
1992年3月27日
消えたい。
1992年 3月28日
みんな言ってるように、食べ物を食べられるだけで幸せと思わないといけないのはわかっている。
わたしだけが、みんなと違う変な価値観なんだ。そう思えない。思えない。思いたい。そんなわたしが大嫌いだ。
しあわせじゃない。消えたい。誰か、わたしの人生を変わってほしい。
1992年 3月29日
それで無理やり、幸せと思わないといけないなら、食べるのも辛い。幸せじゃない。
無理やり、幸せを押し付けられるようなことをするのが辛い。
1992年 3月30日
きょうはわすれものをしたのがパパにばれて、2時間もお説教部屋に入れられた。出たかった。辛かった。明日は優しくしてほしい。
1992年 3月31日
今日で今の学年が終わる。そう思うと、嬉しいような気もしたけど、ママもパパも、わたしも多分変われない。期待したら、裏切られる。希望なんて抱いたら最初よりくらい絶望が待っている。わたしは、未来も怖くて、今も怖い。
変わりたいのに変われない。
消えたいのに
消えられない。
読み終わると、引き返せない場所に来た気がした。色々なことを思い出してしまって、忘れたいのに忘れられなくて辛い。
絶望を感じるのはもう限界で、最後が近づくのも同じくらい怖い。
どうなったら、わたしは幸せになれるのだろう。
まだ、わたしには分からない
もう、わたしには分からない。
『気づかないでよ。知られたくなかったのに』
「あれ?」
声が聞こえた気がして、振り返ろうとする。けれど、気配を感じて、やめた。
わたしの知られたくない闇 如月幽吏 @yui903
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