『婚約』と言うと天罰がくだります。

川島由嗣

『婚約』と言うと天罰がくだります。

「レイチェル・サンダース侯爵令嬢!!前へでろ!!」

「・・・はい。」


 私は呼びかけに答え、前に出た。ここは学園のホールで、今日は生徒達がデビュタントを迎える祝いの場だ。そんな中、いきなり壇上から大声があたりに響き渡る。皆が驚いた顔で私を見ている。私は壇上に立っている婚約者、デクトール・ハーベスト王子を見上げる。


「何か御用でしょうか。」

「ふん。相変わらずかわいげのない女だ。レイア!!こちらに!!」

「はい。」


 王子の隣にレイアと呼ばれた女性が立つ。何が嬉しいのかは知らないが、彼女は勝ち誇った表情でこちらを見下ろしていた。


「私はこのレイアと真実の愛に目覚めた!!ゆえにお前との婚約を、ぎゃあ!!」

「デ、デクトール様!?」


 レイアが慌てて、王子の方を見る。何が起きたのかというと、王子が喋っている途中で、小さな雷が彼に落ちたのだ。


「私と・・・何ですか?」

「だ・・・だから。お前との婚約を、ぎゃあ!!」


 再び言いかけたところで、また小さな雷が彼に落ちる。自分に攻撃が来るとは思ってはいなかったのだろう。彼は困惑した表情で私を見た。私は笑いを堪えつつ、レイアの方に視線をやった。


「どうやら王子は言いたい事を言えないようですね。レイアさん。代わりに貴方が彼の言いたい事を言っていただけませんか?」

「いいですよ!!ですからデクトール様は貴方との婚約を、きゃあ!!」


 レイアが喋っている途中で今度は彼女に雷が落ちた。あ~楽しい。私は大声で笑いだしたいのを堪えるのに必死だった。


「あの。ちゃんと最後まで言っていただけませんか?」

「ふえ~。レイチェルさんがいじめます~!」


 雷が痛かったのか、レイアが大声で泣き出した。失礼な。私はただ聞いているだけなのに。笑いを堪えてはいるが。私はわざとらしくため息をついた。


「いじめるも何も・・・、私はあなた達がどうしたいのかを、教えていただきたいだけなのですが。」

「う、うるさい。お前は魔法が得意だったな!!何か我々に呪いをかけたのだろう!!」

「心外な。そんなわけないでしょう。それにもしそれが本当なら、他の方に言っていただければいいのではないですか?」

「!!そう、そうだな!!」


 王子が慌てて辺りを見回す。その瞬間全員が彼から視線をそらした。それはそうだろう。誰だって雷に打たれたくない。王子は辺りを見渡すと、1人の男子生徒に目をつけ、指をさした。


「リンガー!!お前だ!!お前が代わりに言え!!」

「王子!!そんな殺生な!!」

「うるさい!!王子命令だ!!私とレイアが婚約、ぎゃあ!!」


 また王子が喋っている途中で雷にうたれる。それにしても、この方は学習しませんわね・・・。そろそろ『婚約』がキーワードだとわかる気がしますが・・・。

 指名された男子生徒が助けを求めるように周りを見回すが、周りの人間はさっと彼から一歩引いた。助けようとする人間は誰もいない。その様子を見て彼はガクッと肩を落とした。

確か彼は次期宰相候補だったか・・・。王子がやばいやつだと知って、最小限の付き合いしかしていなかったと思うが。王子に目をつけられたのが運の尽きだ。彼は人混みの中から出てくると、私の前に立つと、コホンと咳をした。


「え~。王子が言いたいのは、サンダース侯爵令嬢との関係を破棄したいのかと思います。」


 おお。さすがは次期宰相候補。馬鹿ではなかった。だけどせっかくならば楽しまないと。私は彼に向き直るとにやりと笑う。


「あら。関係とは何の関係でしょうか。」

「え・・・。それは・・・。言わなくても・・・。伝わるかと。」

「いいえ。はっきりと明言していただかないと困りますわ。」

「・・・。」


 リンガーは、恨みがましい顔をしてこちらを見た。だが私は涼しい顔をして受け流す。


「王子は、サンダース侯爵令嬢とのこ~んや~。く、痛い!!」


 リンガーは言葉を途中で区切ることで逃れようとしていたが、残念。そんな甘いわけがないでしょう。彼にも雷が落ちた。


「クスクスクス。残念。よくわからなかったわ。こんや・・・何ですって?」

「王子・・・。私には無理です。」


 なおも追い詰める私に、リンガーが泣きそうな顔で王子に助けを求めた。


「黙れ!!もうお前しかいないのだ!!なんとか私がレイアと結婚できるようにしろ!!」

「いやもうそのまま宣言すればいいじゃないですか。結婚するって。」


 王子は言われて初めて気が付いたようで、はっと顔をあげると、私に向けて指をさした。


「そうだ!!その通りだ!!私はレイアと結婚する。これが真実の間!!以上だ!!」

「あら、それでは私とはどうされますの?」

「だから婚約、痛い!!くそ!!とにかく破棄だ破棄!!」


 雷に撃たれ慣れてきたのか、王子は撃たれた後、すぐに復活して言い切った。楽しかったが、そろそろ頃合いか。私は王子に向きなおると丁寧にお辞儀をした。


「承知しました。破棄を受け入れますわ。王族であることより真実の愛をとられる。素晴らしいことです。」

「「は?」」


 王子とレイアがぽかんとした表情でこちらを見る。何を言っているのかわからないのだろう。私は2人に解説してあげることにした。


「王族とは民の基本となるもの。その者が浮気などあってはならないのです。陛下は早々にあなたを廃嫡することを決めましたわ。」

「そんな馬鹿な!?それに浮気じゃない!!真実の愛だ!!」

「なんと言われようと、それは傍から見たらただの浮気です。しかもお相手の方が最悪ですし。」


 私はレイアに視線をやる。レイアは私の視線に怯えたのか一歩後ずさった。


「な、なんですか?」

「その女性は王子の他にも何人かの男と関係を持っています。王族の血が入っていないものを王族として育てられたらたまったものではないということです。」


 彼女は私の言葉に一瞬青ざめたが、ただでは転ばない。すぐに涙を流し始めた。泣く演技がうまい事。


「また、そんな事を言って私をいじめる~。どこにそんな証拠があるんですか~!!」

「あるに決まっているじゃないですか。王子に近づいた時点で、貴方の事を陛下に報告して、調査していただいています。当たり前でしょう。なんなら、どの方と関係を持っていたか、ここで暴露してあげましょうか。」


 そう言って周りを見回す。その中の何人の男子生徒が、さっと顔をそらした。王子が信じられないような顔をしてレイアを見る。


「ほ、本当なのか。レイア・・・。」

「う、嘘です!王子は信じてくださいますよね!!」

「う・・・うむ。」


 王子も証拠があると言われて信じきれなくなっているのでしょう。お互いを信じきれないのに真実の愛とのたまうのは笑ってしまいますが、まあいいでしょう。


「どちらにしろ、こちらは決定事項です。王太子には、あなたの弟のレイガス王子になります。」

「な、なんだと!!では俺はどうなるのだ!?」

「さあ?レイアさんと一緒に平民に落ちればいいのでは?」

「へ、平民!?」

「ええ。レイアさんのお家にも今回の事をお伝えしたところ、もう娘とは思わない、好きに生きろとおっしゃっていましたから。」

「そ・・・そんな。」


 レイアさんがぺたんと座り込む。最初に見せていた、勝ち誇っていた顔はどこにもない。いい気味だ。


「レ、レイチェル。わ、私が悪かった。こ、婚約は、ぎゃあ!!」


 王子がまた婚約と言って雷に撃たれていた。どうせさっきの発言をなしにして婚約を維持するとでも言おうとしたのだろう。本当に愚かだ。


「お2人の真実の愛と新しい門出をお祝いいたします。それでは私はこれで。ごきげんよう。」


私は丁寧にお辞儀をすると、その足で学園のホールを出た。余計な事を言われて引き止められてもたまらない。無事にホールから出ると、そこで思いっきり背伸びをする。


「はあ~終わった!!」


 今回のイベントは中々楽しかった。もうわかりきった事だとは思うが、あの場では特定の言葉、『婚約』と言うと、言った人間に雷が落ちる結界が張られていた。何故そんな結界をかけたのかというと、ただの憂さ晴らしだ。あの王子の婚約者になってから、馬鹿な王子の相手や妃教育等と、毎日が辛い日々だった。これくらいのやり返しは許されるだろう。

 そんな事を考えていると、1人の男子生徒がホールから出てきた。こちらに向かって歩いてくる。


「お疲れさまでした。」

「レイガス王子。」


 私に声をかけてきたのはレイガス王子だった。私はあわてて彼に向けて頭を下げる。だが、彼は笑いながら手を振った。


「ああ。かしこまらなくていいですよ。楽にしてください。」

「いえ・・・。レイガス王子にはいろいろお世話になりましたから。」


 そう。流石に私一人であんな結界を張って遊ぶことはできない。事前に王子の暴走を王族に報告し、結界を張ることの許可はとっていた。


「いえいえ。声には出しませんでしたが、大笑いしていましたので。いい余興でしたよ。」

「そ、そう言っていただいてなによりです。」


 どうやらお気に召してもらえたようだ。事前に話していたとはいえ、やりすぎだと怒られなくてほっとする。


「ああ。ただ私のお願いを聞いてもらう約束がまだでしたね。」

「そうでした。何なりとお申し付けください。」


 今回の事を私が提案したときに、許可をだす代わりにお願いをひとつ聞いてほしいとレイガス王子に言われたのだ。断ってもらっても構わないとのことだったので、承諾した。余興を許可してくれたのだ。代わりと言っては何だが。私にできることならば叶えたい。


「私にできることであれば何なりとお申し付けください。」

「ええ。あなたにしかできません。」

「はい?」


 私にしかできないこと?魔法の研究とかだろうか。私は首をかしげる。レイガス王子は笑顔のまま口をひらいた。。


「簡単ですよ。私と婚約してください。」

「はい?」


 婚約と言われたのに雷が落ちない。結界は?と思ったが、結界をかけたのはホールの中だけでここは範囲外だったことを思い出す。それよりも彼は何と言った?婚約?誰と誰が?私が固まったのを見て彼は笑顔を浮かべたまま私に向かって一歩踏み出す。


「ですから婚約ですよ。婚約。あなたに私の婚約者になっていただきたいのです。」

「レイガス王子。結界がないからっていって『婚約』という言葉をいっぱい使って・・・。楽しんでません?」

「さあ?どうでしょう?」


 レイガス王子は満面の笑みで答えた。そうだった。この方はあのデクトール王子の弟とは思えないくらい優秀だけど、外見からは想像できないくらい腹黒いんだった。誰か~!!今だけ結界持って来て!!飛び切り強い雷がおちるやつ!!あれ結構事前準備いるから!!

 もちろんそんな人いるわけもない。私はどうやって断ろうかと必死に言葉を紡ぐ。


「いえ・・・。私ではふさわしくないかと・・・。」

「いえいえ。あなたでないと。無理です。あなたを手に入れるために色々と手を回したのですから。

「え?」


 レイガス王子の言葉に私が固まる。手をまわした?どういうこと?


「あのレイアという女性。最初は私にちょっかいをかけてきたんですよ。さすがの彼女も婚約者のいる人間はまずいと思ったのでしょう。ですが、私にとってはいい駒でした。唆してその気にさせて、ターゲットを兄上に切り替えさせたのです。見事に突撃してくれましたよ。あのば・・・いえ。兄上も乗り気になってくれてよかった。」

「え・・・。」


 何それ。私主導でやっていたと思っていたけど、もしかして私も彼の手の掌の上で踊っていたというの?


「まあ今となっては些細な事です。婚約破棄はなり、障害はなくなりました。後はあなたから答えを聞くだけです。」

「も、も申し訳ありませんが、お断り、きゃあ!!」


 お断りさせていただきますと言おうとしたところで、突如急激な風が吹いた。


「うん?申し訳ありませんが、もう一度。よく聞こえませんでした。」

「で、ですから。申し訳ありませんが、お断り、きゃあ。」


 再度風が吹いた。それで私は気づく。こ、これは偶然ではない!!特定の言葉に反応する結界が張られている!!


「うーん。今日は風が強いですねえ。申し訳ありませんが、もう一度お願いします。あ、答えを聞くまで帰す気はありませんので。」

「な!!」


 彼の言葉に私は絶句する。断れず、逃げられないという事!?そ、そんなの実質一択ということじゃないか!?


「いいじゃないですか。別に貴方は私の事が嫌いではないでしょう?私は好きな人を手に入れるために全力を尽くしただけです。ですから。さあ。」


 レイガス王子は私に向かって手を広げる。ぐ。確かにこの人の事は嫌いではない。話も合うし、優しいし。だが恋愛感情があるとかというと別問題だ。それに、このまま頷くのも納得がいかない。


「残念ですが、回答はまたの機会、きゃあ。」


 またの機会にと言おうとしたらまた風が吹いた。驚いて王子を見るとにやにや笑っている。それを見て私は確信する。この結界!!反応する言葉が1つじゃない!!今回の計画を話した時に、この魔法のやり方を教えてほしいと言われたから、素直に教えたけど、まさかこの短期間で会得したの!?しかもこの結界は、反応する言葉が多ければ多いほど繊細な結界を構築する必要があるのに!?

私はジト目でレイガス王子を見る。


「嘘つき。どっちの回答でも構わないなんて嘘じゃないですか。」

「いいえ。言いましたよ。どちらでも構わないと。ただ、言えるものならば・・・という言葉はつきますが。」

「認めませんよ。認めませんからね~!!」

「ええ。頑張るあなたも可愛らしくて好きです。頑張ってください。」


 そう言って、私は様々な言いまわしをして断ろうとする。ただ私が考える事はお見通しらしく、全て風が邪魔した。質の悪いのは、該当する言葉を言っても、攻撃されるのではなく、風を吹かせて音を聞こえさせなくさせるだけなのだ。彼の事だから本当は聞こえているのかもしれないが。聞こえなかったと言われてしまうとどうしようもない。

 逃げようとしても、馬車の停留所と私との間に彼は立ちふさがっている。横に動くと合わせるように彼も動く。この衣装では走ることもできないから逃げられない。


 どれくらいの時間が経ったかわからないが、結局、どんなに言い方を変えても彼に言葉は届くことはなく、私は力尽きて彼の婚約を受け入れるしかなかった・・・。


 後々聞いたところによると、彼は国の凄腕の魔法使い10人を使って大規模な結界を張ったらしい。・・・執念が、執念がすごい。まあいいけどね。別に嫌いじゃないし。婚約破棄された人間にとって良い縁ができたのは嬉しいし。妃教育も無駄にはならなそうだし。ただ、ただ1つだけ思う。私は彼に抱きしめられながら心の底で叫ぶのだった。



く、悔しいーーー!!!

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『婚約』と言うと天罰がくだります。 川島由嗣 @KawashimaYushi

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