Confetti
青瀬凛
第1話
コトリ、と小さな音がした。外のポストだ。
歩き去る微かな足音。それに続く二輪車の低いエンジン音。
暇だったからすぐに配達物を取りに行く。
カラカラとダイヤルを回して郵便受けの扉を開く。中を覗き込めば、其処には一通の葉書。
差出人は俺の親友二人。無言で裏返すと、先に話に聞いていた内容と全く違わぬ文字の羅列。
悲しむべきではないのに。胃か、心臓か。ズンと鈍い痛みが瞬間的に襲ってくる。
これで、本当に。君は手の届かないところへ行ってしまう。
「漸くだよなぁ……」
「本当にねぇ……」
目の前に座った友人の
「ジューンブライドなんて、ロマンチックなことするよねぇ」
「彼奴がそんなこと気にするキャラだとは思ってなかったな」
「あの子の希望とか?」
「いや、彼奴がそうしたいって言い張ったらしいぞ」
「へえ、意外」
俺の前で史也と春樹が会話を続ける。その内容は今ここにいない、俺たち三人に共通の友人二人についてであった。
「それでお祝い、何にする? 余興とかも要るかな?」
本日の議題について、史也が話し出す。そう、今日集まったのは不在のその二人の結婚祝いについて打ち合わせをするためなのである。
「食器とかかね? 余興は歌うとか踊るとか?」
春樹が答える。
「えー、在り来たり過ぎない? ていうか、歌もダンスも恥ずかしいんだけど」
史也が困惑気味に言う。少々引っ込み思案な此奴らしい。
「折角だからさ、サークル絡みの出し物をしたいよね」
そのまま史也が続けて言った。春樹も、そうだな……と答えて考え込む。
サークル絡み……。何があるだろうか。
俺たち五人は同じ大学の同じサークルに所属していた。サークルと言ってもフィールドワーク同好会というマイナーなジャンルであったため、人数は少なく、同学年のメンバーは俺たちしかいなかった。ただ、そのおかげで俺たちは随分と仲良くなり、卒業後もこうして交流が続いている。そしてそんな閉じられた関係性の中で、一等仲良くなった二人が彼奴こと、新郎の
結婚するとの報告を受けた時に聞いたが、どうやら拓斗の一目惚れだったらしい。交際前も交際してからも紆余曲折はあったものの、結局二人はいつも一緒にいて、何人たりとも入り込む余地などなかった。そう、誰も間に入ることなんて出来なかった。
俺だって、一目惚れだったのに。彼奴と同じ、だったのに。
ぐるぐると、思考が渦巻き、沈んでいく。招待状を受け取ってから、もう何日もこの状態だった。分かっていたのに。吹っ切るはずだったのに。
割り切れない嫌な自分がいる。
ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……。
「おーい、
史也に肩を叩かれて、はっとする。
「あ、ごめん……。何だっけ」
「だから、フィールドワークをした時の写真があるから、それを使ってスライドショーを作るのはどうかなって」
「あ、ああ……。いいんじゃない?」
しどろもどろになりながら答えると、史也が心配そうにこちらを見る。
「大丈夫? 何だか今日元気なさそうだけど」
「いや、ちょっと寝不足なだけだから……」
「そう? ならいいけど……。お大事に」
史也は少々怪訝な顔をしてそう言った。
「ま、余興はとりあえず動画でいいな。編集はどうする?」
春樹が言う。
「僕がやろうか? 春樹はスピーチあるし」
すかさず史也が答える。テンポがいい。
「じゃあ、お願いしようかな。怜央もそれでいいか?」
春樹が尋ねてくる。俺はゆっくりと頷いた。
「ああ、頼む……」
そう言うと、史也はにっこりと笑って頷き返した。
「じゃあ、決まりだな。で、プレゼントは……」
今度は春樹が仕切り出す。そのまま話し合いは続き、贈り物が何故か花瓶に決まったところでお開きとなった。鉛のように重い身体を引き摺って来たというのに、俺は結局、何の案も出せずに二人の意見に頷くだけで終わってしまった。スピーチも余興も、何もかも二人に任せきりで。
帰り際の、春樹の何か言いたそうな目には気付かない振りをした。
数日後、俺は春樹に呼び出されて彼の家にいた。スピーチ原稿のチェックをしてほしいとのことだった。
「……で、どうだ?」
練習も兼ねて原稿を読み上げていた春樹が尋ねてきた。
「いいんじゃないか? 別におかしな所はないよ」
「史也にもそう言われたから大丈夫そうだな。よし、当日泣かせてやるから覚悟しとけよ」
「もう聞いちゃったから泣けないって」
「なんだよー。今日と違って感情込めて読んでやるんだからな」
春樹が軽く口を尖らせて言う。そういえば彼は時々、こういった子供っぽい一面を覗かせて仲間を笑わせてくれていた。懐かしい。
何となく可笑しくなって笑っていると、不意に春樹が真面目な顔をして話し出した。
「お前さあ……。大丈夫なの」
「何が?」
言われた意味が分からなくて聞き返す。
「最近様子が変……というか、お前がスピーチ頼まれた時ぐらいからずっとフニャフニャしてるっていうか……」
「あ……」
実はスピーチを最初に頼まれたのは俺だった。春樹や史也とは僅差ではあったけれど、仲間内で佳奈と二番目に仲良かったのは俺だったから。
頼まれたのは結婚予定を聞かされたのと同時で、俺は衝撃で頭の中がぐわんぐわんとして何もまともに考えられなくなっていた。二人が交際していることは百も承知だったにもかかわらず、だ。
喉が引き攣って声を出せなくなっていた俺が何とか口を開こうとしたその時、春樹が割って入った。自分にやらせてもらえないか、と。そしてそのまま春樹に任せることが決まり、俺はほっと胸を撫で下ろしたのだった。
当時のことを思い返して無言になった俺に、春樹が言った。
「あのさ……。心中お察しするけどさ、当日は頑張って隠せよ」
「え……」
誰にも言ったことはなかったのに。バレていたのか。
瞠目する俺に春樹が苦笑する。
「お前は上手く隠していたから、俺以外は気付いてないと思うよ。たぶん。でもその調子じゃ、皆にバレるのも時間の問題かもな」
背中を冷や汗が伝う。それは不味い。俺には、俺ら五人の関係も、二人の幸せも、壊す勇気はない。
「悪い……」
やっと一言、絞り出す。
「別に悪かないけどさ、まあ、隠していた方が賢明かもな」
苦笑いを浮かべたまま、春樹が答えた。
春樹の顔を見ていると、このままじゃいけないと思えてきた。俺はどうしたらいいのだろう。
「なあ、俺、どうしたらいいと思う?」
恐らく、酷く情けない顔をしていたと思う。そんな俺をちらと見遣ると、春樹は少し考え込んだ。
「そうだな……。とにかく普通に振る舞うか、或いは……」
春樹が天井を見上げる。
「……サプライズでもしてみたらどうだ?」
「は……?」
さぷらいず?
オウム返しをした俺に春樹が頷く。
「そ。サプライズ。今のお前には酷かもしれないが、このままじゃ駄目だろ? 自分だけ何も役目がないって、気にしてんだろうし。しんどくても動くのも必要だって」
「……うん」
「何かさ、祝ってやって、それで吹っ切れよ」
「そう、だね」
よく分かったような、分からないような。でも、何かするというのは必要なことかもしれない。このまま燻ってモヤモヤして終わるよりは、きっぱり諦める何かがある方がいい。
「分かった。考えてみるよ」
「おう。あ、変なことはすんなよ」
「しないって……」
その後は二人で雑談やゲームをして、まるで学生の頃に戻ったようにして過ごした。久しぶりに楽しい時間だった。
その日の夜、俺は家で一人、ネットで検索をかけていた。
結婚……。お祝い……。サプライズ……。
様々な記事をサラッと斜め読みしていく。ピンとくるものは中々ない。
「やっぱり、個人的にプレゼントするしか……」
独り言を呟きかけたところで、ふと目に留まったものがあった。
「ラッキースター……?」
それは細い紙を折って作る、立体の小さな星の折り紙についての記事だった。千個折ると願いが叶う、といったことも書いてある。そして最近はライスシャワーの代わりにこの星を撒く人もいる、とのことだった。
これだ。
記事の通り、千個折ろう。そして彼奴らの頭上に雨の如く降らせてやるのだ。そして何も言わずに俺の想いを伝えよう。俺の片恋も、二人に幸せになってもらいたい気持ちも、全部本物だから。
次の日、俺は早速、画用紙を買い込んできた。長さを測って細く切る。
手順通りに丁寧に折る。初めは少々不格好な物が出来上がってしまったが、十個、二十個……と作っていく内に段々と感覚を掴んでくる。五十個も折る頃には手順が身体に染み付いてきたし、百個を超えると職人になったかのように感じた。それでも千個までの道のりは遠く、細かな作業は肩が凝る程しんどかったが、星を折っている間は無心になれた。
スターシャワーの件を春樹と史也に報告すると、二人は賛同し、手伝いを申し出てくれた。だが、これは俺の気持ちの整理のためでもある。だから丁重にお断りをした。そもそも、二人は既にスピーチや動画の準備で忙しいのだから、頼むわけにはいかない。
それから俺は何日も星を折り続けた。次第に瓶に溜まっていく、色とりどりの星たち。まるで宇宙を創造しているかのようだった。そんなに根気強い方ではないはずの自分なのに、何故かこれは飽きもせずに続けられた。
そして俺が折り紙と格闘している間、春樹と史也は断ったにも拘わらず俺を気に掛けてくれていた。史也は拓斗にそれとなくライスシャワーの予定があるかどうかを聞いてくれた。ライスではなくフラワーシャワーを行う予定があるとのことだったので、その時に一緒にスターシャワーも行うことにする。
折り紙を始めてどのくらいの日数が経っただろうか。とうとう、最後の一個を折る時がやってきた。
最後はいつもよりもゆっくり折った。一箇所折る毎に、思い出や願いを込めて。なるべく俺の邪な想いは消して、彼奴らの幸せへの祈りを捧げながら、丁寧に、折る。折り終わったら紙を押し込み、立体にして形を整える。
「出来た……」
最後に出来上がったのは、何にも染まっていない、真っ白な小さな星だった。
星が完成してから数日後、結婚式当日がやってきた。六月ということで雨を心配していたが杞憂に終わった。少々暑いが良い天気である。
式は恙無く執り行われ、春樹のスピーチも大成功を収めた。俺はやはり泣きはしなかったものの、春樹らしい優しさに溢れたスピーチに感動したし、主役二人の目には涙が浮かんでいた。新婦に至っては涙が滂沱としていたほどだ。
そして、シャワーの時間となった。道のように赤いカーペットの敷かれた式場の庭に参列者が並ぶ。俺と春樹と史也は列の最後に陣取り、星を分け合って待機した。
やがて新郎新婦が外に出てきた。参列者が次々に事前に配られていた紙コップに入った花を二人に優しく振りかける。
花が舞う中をゆっくりと歩む新婦はこの世の誰よりも幸せそうで、白いドレスによって淡い光を纏ったように輝いていた。いつだって彼女は美しかったけれど、今この瞬間が一番綺麗だと感じた。
漸く、二人が俺たちの前にやってくる。俺は星と花を高く高く投げ上げた。当たったら少しチクチクするし、痛いだろうが、まあ、俺の嫉妬を少々体感してもらおう。
降り注いできた物に二人は驚いたようだった。身体に掛かった星を手に取り、彼女がこちらを見遣る。俺は何も言わず、ニッと笑って見せた。彼女もそれを見て微笑み返す。
俺の眦に溜まった涙には気付かなかっただろうか。もし気付いたとしたら、感動の涙だと勘違いしてくれ。
手元から一つ残らず無くなるまで、俺たちは星を投げ続けた。
新郎が笑う。新婦が笑う。世界で一番幸せな二人が、笑い合う。
その様子を間近で眺めて、俺は小さく祈る。
どうかこの星の数だけ、二人の願いが叶いますように。
どうかこの星の数だけ、二人に幸せが訪れますように。
そしてこの想いが、流れ星となって消えますように。
Confetti 青瀬凛 @Rin_Aose
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