第3話 認めない、認めない

 なんで?!

 目の前で人が殺された。強盗だけで?彼はまだ誰も傷つけていやいない。

 そもそもこの世界はずっとおかしかったんだ。初めて人に出会ったその時から、今の今まで。

 異常な見た目の住民。見たことないような動物、植物。てか魔法ってなんだよ。なんで当然のように人間が内側から弾け飛んでるんだよ。そしてそれになんで周りは大した反応を見せないんだよ。ついさっきまでまともだと思ってたカブリトさんも平然としてるし。


 おかしいおかしいおかしい


 気持ちが悪い。地面に落ちている臓器が、必死になって読み込んだ教科書で見たことあるものそっくりで。実物を見る日が来るとは思わなかった。いや、将来医者になったならありえた話かもしれない。いや、そんなことどうでもいい。


 確実に地球では無いことはわかっていたし、それに少なくともこの世界に慣れるように努めるつもりだった。でも限度があるじゃんか!


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 「ごめんね、まさか死体がだめだとは思わなかったの。」

 そう言いつつ顔を覗き込まれた。僕らには当然というべきか、死体なんて到底無理だ。人の少ないところへ移動したらしい。優しく見つめてくる目が狂気を帯びているような錯覚を覚える。きっと、僕たちを拾ったのは気まぐれで。そして、飽きられたら捨てられるペットのような存在なのだ。改めて女の顔を見る。臙脂色の肌に、涙のように顔面にこびりつく漆黒の斑点。体の節々から妖光が滲み出る。人間と自称してはいけない化け物どもだ。今朝、メイクと称し施された世界への迎合を恨めしく思う。頬の引っ掻き傷から血が滴る。


 痛みで心が少し落ち着いた。冷静にならなければ。

 僕はちゃんとやらないと愛されないんだから。


「ごめんなさい、ちょっと取り乱しました。もう大丈夫です。」

 腹から声を出す。


「ひるこ、大丈夫?」

「え、うんまあ元気。そっちは?」

 よかった。大丈夫そうだ。ひるこはいまだ世界をよく分かっていないのかもしれない。彼女はまだ子供、怖いことだらけだろう。僕が助けて、安心させてあげないといけない。

「迷惑を掛けました。当初の予定通りに街を回りましょう。」


「あそうだ、君等は戸籍欲しいかい?ぱぱっと作れるけど。」

 レタードにそんなことを言われた。戸籍をそう簡単に作れるかと思ったが、どうやら日本とは色々仕組みが異なるらしい。

「生きた証みたいなものなの。戸籍を残しておけば、死んでも自分はそこにいた!ってなるからね。逆に『俺は一人で生きるんだ!』みたいな子は結構戸籍なかったりするし。」

 そもそもどっかの団体が自由に名前を集めて管理しているだけの存在だとのこと。二重で持ってたり、偽名だったり、制度としてはお粗末なものだ。ただ、記念にはなる。


 「じゃ私名前変えちゃお。ひるこって名前あんま好きじゃないんだよねー。」

 まさかの宣言。そんな考え僕にはなかった。

 「私今から『セラヴィー』って名乗るから。この方がこの世界っぽいっでしょ。これで戸籍登録しちゃえ。」

 親から頂いた名を簡単に捨てれるなんて衝撃だ。僕は彼女ほど軽薄な人間ではない。「僕はこのままにしま――」「うるさい、あんたも名前変えろ。乙女一人で改名させるな。」

 ...? ちょっと言ってる意味が分からない。


「あんた確かトウモロコシ好きだったよね?じゃあ今日から名前、モロンね。」

 ...? 


「カブリトちゃん、二人分の戸籍登録できる?」

「できるよん。すぐタスティック会のとこ行って申請しちゃおうか。」


 超ペースで改名が決まってしまった。

 商店が立ち並ぶ道を進む。聞きなれない固有名詞が日本語で飛び交い、改めてここがもとの地球では無いことを認識する。先の事件を意識すると、僕の街を見る目が変わる。赤黒い汚れが点在する路面に、各店舗に必ずというほど置かれているロングガン。

 僕のほうが異常である、と訴えてくるこの街並みが不快で仕方がない。


 タスティック会とやらについた。

 お役所を想像していたが、内装はまるでただの酒場のようだ。というか酒場だ。飲み食いする男で空間が満ちている。油と麦の匂いがのどに突き刺さる。受付らしき強面のおじさんがジョッキ片手に応対する。


「おう、お前らか。治維隊にずっとくっついてるおちびちゃんたち。今日は何用だい?」

「だまりなアル中。”治維隊”が俺らに依存してんの。はい、二人分の戸籍登録と、あといつものくれ。」そう言って小袋と酒瓶を手渡しているレタード。封筒をもらって「あとはカブリト任せるよ、お願い。」と人任せにし、当人はどっか行ってしまった。


 登録自体は簡単に終わった。用紙に名前を記入して、会員証のようなものをもらう。魔力を登録しておけば、再発行も容易だと。魔力測定の際、受付のおじさんが驚いた顔をしていた。僕たちはやはり魔力の才能があるらしい。がんばろう。


 ビールを見ると、酒豪の母を思い出す。缶を冷やしておかないと怒られた日々が懐かしい。ここ何年かは僕が家事をしていたが、今母はうまくやれているのか。心配だ。

 父のほうはどうしているのだろう。彼の言葉の数々は、今でも僕の中で存在感を発し続けている。

「父さんの息子なんだ、お前はなんでもできるだけの才能がある。」

 僕は僕を肯定してくれるこのフレーズが特に好きだ。異世界でも通用するだけ才能が僕にはあるんだ。彼の信念の通り、弱気を助け、強気を挫く。この世界でも人のためになる。


 レタードと合流する。彼は一回りも二回りも大きい人、と喋っている。

「やっと来たか。お前らには戦力になってもらうからな。ここにいるやつらは頻繁に依頼報酬を出してくる。顔を売り込んどけ。そして顔を覚えろ。」目を合わせずにレタードが言う。


「おう、レタードから話は聞いたぜ。将来の取引相手さんたち。投資の意味も込めてここは俺から色々教えてやろうじゃないか。」輝かしい頭頂部が特徴的な大男が、手を差し出してくる。

「よろしく、私はセルヴィー。私が稼ぎ頭になるからねー。」

 と言いつつ、いち早く握手を受ける。

 遅れて僕も手を出す。

「今度ともよろしくお願いします。あの、ところであなたのお名前は?」


「なんだぁこいつおもろいわ、いい拾いもんしたなぁ!」カブリトとレタードに祝い酒だといわんばかりに、ジョッキを押し付ける大男。

「2人をそんな物扱いしないでください、アドムさん」呆れてる様子でジョッキを押し返すカブリトさん。対照的にそのまま受け取って口をつけているレタード。


 「こんな金の卵を仲間に入れて、ようやく本格的に魔王討伐を意識し始めたのか?復讐に駆られた村育ちの少年君。」アドムと呼ばれた大男が笑みを浮かべながら煽る。

 

「何を今更。僕はあの日以来、魔王を殺す事しか頭にないですよ。」

 レタードが苛立ちを含んだ声色で返答する。


 「レタード君、というより私たちは魔族にちょっと恨みがあってね。昔許せないようなことをされたから。」カブリトさんが僕らに補足する。

「いいね、気骨がある。そういう人私は好きだよ。」ひるこ、改めセラヴィーが言う。


 アドムが椅子に片足を乗せ、高らかに喋りだす。


「 この世界は、25年前の第三次世界魔法大戦以来、人に代わり魔王が支配している!

 我々人類は、国益のために総力戦で互いに衝突した。その結果、都市は壊滅、文明は崩壊した。かつての科学と魔法で栄えた人類は、今やもう見る影もなくなった。国家機能は形骸化し、いまや世界に法も秩序もない。

 戦争で疲弊した人類に対し、魔王は我が物顔で我らの土地と資源を奪っていった。多くの命が奪われた。そして、人類の尊厳までもが奪われた。―――到底許されるべき行為ではない!

 よもや、戦争を起こしてばかりの政府も信用ならない。

 我々は、我々の力で、自由と繁栄を手にするのだ―――魔王の首を討ちとって!!」


 周りから聞こえる、少々の拍手に、称賛の声、やじと罵声。


 「ねえ、魔王倒したら私たち英雄?」


 未知の世界に訪れた、気ままな少女が問う


 「ああ、英雄だ。」


 復讐心を心に宿した、現地の少年が応える


 「みんなとっても助かるかも。」


 心優しき異世界の女の子も応える


 「私たちで英雄になろうか、真面目くん。」


 問われた真面目な少年は、首を縦に振る 



 4人の少年少女は、かくして世界へ挑む。心に宿す思いは様々に。

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四象限よ、世界にて。 ぷるこぎ @PRkg

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