第4話

 日常が戻って来た。

 雪は降り積もっていたけれど、吹雪は止み、これまでと変わらない日々が始まっていく。


 アーサーは、とても落ち着いているように見えた。

 冬ごもりの時期の不安定な情緒はもう垣間見えなくなった。嫁いで来たころのように明るく朗らかで、けれど、以前よりもずっと穏やかだった。


「奥様。春は、リーンの花が咲き誇るんですよ」

「リーン?」

「そうです。この北の地にしか咲かないと言われている、青い小さな花なんですよ」

「この辺り一面に咲き誇りますから、楽しみにしていてくださいね」

「幸福の花、なんて言われていますからね」


 みんな春に想いを馳せている。

 そうね、見てみたいわ。アーサーの生まれ育った大地の、幸福の花。きっと素敵な光景が見られるんだろう。






 そんな風に少しぼんやりと過ごしていたら、国からの急な使者がやってきた。


「王都に魔物だと……?」


 使者の知らせに、皆が絶句している。

 王都で暮らしていた私は魔物など見たことがない。本来いるはずもない場所に現れたというのだ。


 使者は、王宮の魔法使いを連れている。緊急の転移魔方陣で訪れたという。

 そうして、討伐部隊を連れて早急に王都に戻るようにとのことだった。


「なぜ、そんなところに。この数百年、王都などに現れなかっただろう?」

「大変言いづらいのですが……。王宮魔法使いに名を連ねている、第四王子殿下が、召喚魔法を使ったのではないかと推測されています。もう遺体が見つかっているのですが」


 召喚魔法。それは絵本に書かれていた、勇者様を召喚したという、存在しないと言われている魔法。まさか本当にあったのか。


「馬鹿なことを……支度を!準備が整い次第向かう」

「は!!」


 私はアーサーを追いかけて彼の服を掴んで引きとどめる。


「旦那様、私を連れて行ってください」

「……は?」

「旦那様には、私が必要です。独りには出来ません。どうか連れて行ってください」

「何を言って……」


 困惑するアーサーに、使者の一人が言った。


「王宮魔導士たちが、王城に魔物を閉じ込めております。城下の民には避難を呼びかけておりますが、まだ危険は及んでいません」

「魔物は、既存のものと変わらないのか?」

「大きさ、形からはそうです」

「僕たちで倒せるものということか」


 アーサーは少し考えてから「よし」と言った。


「ブランカ、君を連れて行こう。王家の行いを、君は知っておくべきだろう」








 転移魔方陣での移動は、眩暈と吐き気がした。

 ふらつく体をアーサーが支えてくれる。一瞬で私たちは王城の前の魔方陣の上に立っていた。


「この先結界が張ってありますが」

「奥様を連れていかれるんですか?」


 副団長のリチャードさんが心配そうに言う。


「彼女には顛末を見せる」

「あなたがそう言うのなら……」


 結界を潜り抜けるときに、不思議な耳鳴りがした。

 本来たくさんの人が行き交うだろう城の中はとても静かだった。

 廊下を進み階段を上がると大きな扉の前には、たくさんの魔法使いたちが居た。


「お連れしました」

「この中にいます!魔物一体。死体がいくつかありますが、生きている者はおりません」

「……了解した。魔法使いたちは、ブランカだけを守ってくれ。僕たちのことはいい」

「分かりました。防御魔法を掛け続けます」

「頼む」


 扉を開くと、そこには輝く魔法の鎖のようなもので体を固定されている、大きな獣のようなものが居た。真っ黒の巨体で、私たちの三倍ほどの大きさ。ぞっとするほど気味の悪い長い毛を逆立てている。


「拘束されているのか。ならばすぐに方が付くな」


 アーサーが一歩踏み出す。


「王の間に巨大な魔方陣。力を欲する者が、この世のものではないものを召喚する。どうして、幾たびも、同じ過ちを繰り返すのか」


 彼の声に反応したように、魔物が彼を見つめた。

 アーサーが剣を向けると、彼に向かって咆哮を上げる。


「グオオオオオオオォッ」


 大きく暴れ、アーサーに襲い掛かろうとするけれど、魔物は動けない。

 アーサーは冷静な表情のまま魔物の前に歩き進んだ。


「お前は分かるのか。私が」


 アーサーが言った。


「同じ世界から呼び出され、同じようにこの世界に囚われた私のことが。お前が、二度と戻れることはない。これ以上罪を重ねる前に、ここで大人しく死ね」


 アーサーの剣が魔物を二つに切り裂いた。剣が輝くようにして、魔物の体に白く光る断面を描く。

 魔物は血しぶきを上げて倒れた。一面の赤。

 ゆっくり振り返ったアーサーは血に染まっている。銀色の髪も。白い肌も。そうして瞳でだけ、じっと私を見つめた。


「……ブランカ」


 そう呼ばれた気がした。とてもとても小さな声で。







 討伐は無事に終わり、離宮に部屋を用意してもらった。

 ベッドの上で、アーサーは私に教えてくれた。


「魔物も勇者も、かつて王家が召喚した、別の世界の存在なんだ。王家に連なる者や、魔法使い、そうして我が領地の者たちしか知らぬことだ」


 あの絵本のお話は、遠い昔、本当にあったことなのだそう。


「魔物を従わせることが出来なかった。元々が寒い世界から来たのだろう。魔物は北へ逃げた。そして獣と結びつき繁殖した。人々が襲われた。けれどこの世界の人間は魔物には太刀打ちできなかった。致命傷を負わせることが難しいんだ。命の源と呼ばれる物を壊せない。だからもう一度呼び寄せたんだ。魔物を倒せる者を。それが勇者と呼ばれた者であり、僕の先祖だった」


 ホワイトヒルの領主、そして民のいくらかは、その血を引いているのだという。


「討伐したように思えたが……魔物は絶滅しなかった。血が繋がれてしまった。魔物も、勇者もね。それが今でも残っている。団員達も血は薄まっているけれど、同じ血を引いている者が多い。彼らは魔物討伐に普通の人間よりも優れている。けれど……年々、魔物の数が減っている。僕の代で、お互いに消えていくのではないかと思っていた」


 消えて行く……?

 不安に思いながらアーサーを見上げると、彼は私の頭を撫でた。


「元々この世界の生き物ではなかったからね。生きるのに適していないんだ。魔物も、勇者も淘汰されても不思議ではない」


 それは……アーサーも?


「心配しないで。僕は君の隣で生きるよ……いいかな?」

「ええ。ずっと一緒に居てくださいませ」


 アーサーは私を抱きしめて、穏やかな声で言った。


「終わりが見えていたのに……新たに魔物を招き寄せてしまった。けれど、この悪行は、今度こそ民に知れ渡る。愚かなものは罰を受け、そうして、未来への戒めとなることだろう」


 優しい声に、だんだんと眠くなる。


「魔物が消え、僕たちの使命が無くなり、長い因縁が終わる。次の世代に持ち越さないことが、僕の目標なんだ」


 アーサーは優しく私の頭を撫でる。


「そうなったとき。僕は」


 もう起きていられない。


「朝も昼も夜も。ブランカ。君の健康と幸福を願い続けるよ」


 おやすみ、とそんな言葉が聞こえた気がする。








 春が来た。


 転移魔法を使う魔法使いたちが私たちを王宮へ運んでくれた。

 王宮にて、ホワイトヒルの功績を称える晩餐会が開かれるのだ。


「私なんかが行っていいのかしら」

「君以上にふさわしい人なんていないよ」

「デビュタントの時しか参加したことがないのよ」

「僕だってほとんどないよ。綺麗だ、ブランカ」


 私以上に美しい旦那様に褒められて恥ずかしくなってしまう。







 王の間での、表彰、褒美の授与があった。

 今回のことは、隠されることはなく、第四王子が魔物を召喚したことが知れ渡っている。

 王や他の王子には魔法適性がないそうだ。魔法の才に優れた王子の暴走……ということになっているが、召喚の術式を記録の全てから抹消することが約束された。「とはいえ、今知っている者たちがどうするかは分からないけどね」とアーサーは不穏なことを言っていたけれど。


 リチャードさんたちは「今王都では勇者伝説の物語が流行ってるんですよ!」と盛り上がっていた。民たちに、剣の勇者の物語が再び人気になり、その末裔であるホワイトヒルの物語として、新しくお芝居にしたい!という話も来ているんだそう。それはちょっと見てみたい。


 晩餐会での主役は私たちであった。

 あまり顔が知られていないアーサーはとても注目されていた。若く美しい、誰よりも強い騎士である辺境伯。

 私に声を掛けてくれる人には少し話したことがある学友もいた。


「本当はもっと親しくなりたかったのよ。あなたはとても感じが良かったから」


 そんな風に言ってくれる人もいた。

 あの頃、私は意識して人を避けていた。叔父の家で、肩身の狭い思いをして暮らしていて、従妹は私が目立つのを嫌っていたから。


「ブランカ」


 アーサーと一時離れ、一人で佇んでいると、その従妹が私の名を呼んだ。

 華やかな容姿の、気の強い従妹。仲良くはなれなかった。


「あなた、その高そうなドレスはなに?どうしていい暮らしをしているの?化け物のところに嫁ぐはずだったじゃない!」


 呆気に取られる。化け物?そんな風に思っていたの?


「リリーゼ、何を言っているの?」

「小さなころから、私より上等な服を着て、上等な暮らしをして、どうして今でも!」

「え?」

「みんな、貴方がいいって。貴方の方が好きだって。どうして!」


 癇癪を起すのはいつものことだったけれど。従妹がそんなことを思っていただなんて、少しも知らなかった。


「失礼」


 アーサーが大きな体を私たちの間に挟み込む。

 逞しい肉体と、美しい顔の貴公子が現れて、リリーゼが頬を染める。


「みんなのことは知らないけれど、僕は、僕の奥さんが世界で一番好きだよ」

「アーサー……」


 泣きそうな顔で、リリーゼが顔を歪ませる。

 長く一緒に暮らしていたのに、彼女が抱えていた劣等感のようなものに、少しも気が付かなかった。


「リリーゼ、私はあなたが羨ましかったわ。優しい叔父様。愛してくれる叔母さま。私にはない社交的な性格。私は持っていないものがとても多いから。あなたの家で暮らしている間、あなたに憧れていたわ」


 だけど今は、誰かを羨むことはない。

 私が私だったから。この人に出逢えたのだ。この人と……愛し合えたのだ。


「遠くから、幸せを祈ってるわ。リリーゼ」


 愛する人と抱き合いながら言う私の言葉は、きっとリリーゼには伝わらないだろう。

 だけどいつか、分かってくれると良いなと思う。






 領地に戻った。


「素敵ね!素敵だわ!」

「お気に召してもらえて嬉しいよ」


 ホワイトヒルにはリーンの花が咲き誇っていた。幸福を意味する花。青く小さな花が一面に広がる丘。幻想的な、美しい光景だった。


「毎年春になるとこの景色が見られるのね。ここに来て良かったわ。とても幸せだわ」

「そうだね。きっと飽きるほど見られるよ」

「押し花を作ってもいい?」

「ああ」


 花を摘む私の横で、アーサーは慣れたように花冠を編んでいた。


「上手ね」

「子供の頃から作ってたんだよ」

「誰に?」

「……乳母とかに、だよ」


 苦笑しながら私の頭に花冠を載せてくれた。


「綺麗だな……」


 彼は目を細めるようにして私を見つめている。


「僕は乳母に言ったんだ。どうしてリーンは幸福の花と呼ばれるの?ご先祖様も幸福を感じられたの?って」


 小さなアーサーの無垢な瞳を想像する。どんな気持ちでこの光景を見ていたんだろう。


「乳母は言ったよ。大きくなって、大切な人に花冠を贈るときには分かりますよって」

「まぁ……」


 それはまさしく今の状況ではないのかしら。


「……どうでしたか?」


 アーサーは破顔してから、私を強く抱きしめた。


「冬が明けて、暖かい景色の中に、僕を見つめる最愛の奥さんがいる!幸せで夢みたいだ!」


 彼の言葉に笑ってしまう。


「私もよ。幸せ過ぎて夢みたい。ちゃんと現実なんだって、私に教えてくれますか?」


 アーサーは少し考えてから楽しそうに微笑んだ。


「いくらでも。僕にも教えてくれるの?」

「もちろん」


 生まれ育った場所から遠い、美しい北の大地で。

 夫になった人は、明るい太陽の下で、私に口づけを落とした。




fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

一目惚れしてくれたらしい辺境伯に嫁いで溺愛されていたのだけど、旦那様の元気が無くなっていく。思っていた妻と違ったのかも。 Tsuruka @tsuruka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ