美しさの証明


美咲ディレクターの「本物のクリエイターになった」という言葉に、葵の心臓は静かに、しかし力強く鼓動した。


「このデザインは、前回提出された、完璧で中身のない模倣品とはまるで違います」美咲は言い切った。「そこには、あなたの不屈の精神と、あなたの人生の真実が詰まっている。これは、こんなにも強い、本物の美しさは初めて見た」


美咲は立ち上がり、葵に手を差し出した。

「採用です。あなたのデザインで、ミスティアの新しいコレクションを進めましょう。あなたの醜い欠片が、このブランドを次のステージへ導くでしょう」


葵は目頭が熱くなった。涙が溢れそうになるのを堪え、美咲の手をしっかりと握った。彼女の努力、そして何よりも自己受容の決意が、ついに報われた瞬間だった。


事務所に戻った葵を、雪と康太が笑顔で迎えた。結果を聞いた二人は、まるで自分のことのように喜んでくれた。


「やったな、葵」雪は心から嬉しそうな顔で言った。「ガラスの仮面を捨てて、本当の君で勝負した結果だ。君の血が通った作品は、誰にも真似できない魂の輝きを持つ」


康太は満面の笑みで言った。「やっぱり、葵さんは最高です! いつもの完璧を追い求めるようななデザインじゃないって言っても、僕にとっては葵さんが一番です!」


葵は、心からの笑顔を見せた。それは、以前のような計算された笑顔ではなく、脆さも強さも全て含んだ、生身の葵の表情だった。


その夜、葵は自宅の鏡の前に立った。


化粧は薄い。目の下のクマも、笑うと浮かぶ小さなシワも、全てそのまま。葵は、鏡の中の自分を、じっと見つめた。


以前の彼女は、欠点を探し、どう隠すかを考えていた。だが今は違う。


(これが、私なんだ)


完璧を装って生きていた頃の自分よりも、今の傷つき、迷い、しかし真実を抱きしめている自分の方が、ずっと強く、美しいと感じた。


「醜い箱」は、もうクローゼットの奥ではない。今はデスクの脇に置かれている。中身の欠片は、もう隠すべき過去ではなく、彼女の創造性の源泉であり、生きてきた証なのだ。


葵は、強く、はっきりと自分自身に語りかけた。


「私は、完璧じゃなくていい。失敗を恐れない。この、傷だらけで、迷いながら進む私自身を、私が一番愛してあげる」


その瞬間、彼女は心の中で、高らかに響くメロディを聞いた。それは、これまで自分を縛り続けてきた、「誰かのための美しさ」という鎖から、完全に自由になったことを証明する、解放の歌だった。

胸張って自分らしくいればいいの。

あなたは美しい。


葵は、窓を開けた。夜の静けさの中、新しい風が吹き込み、彼女の髪を優しく揺らす。彼女の心は、羽が生えたように軽やかだった。


彼女は、誰の理想でもない、葵という名の宝石を、もう誰にも隠さない。光も影も、失敗も成功も、全てを携えて、この世界に真正面から向き合い、生きていこうと決意した。


そして、その輝きは、多くの人の心に届くだろう。なぜなら、彼女の美しさは、本物だから。

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宝石に隠した箱 南賀 赤井 @black0655

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