蛍光の粉と、人生のシミ。――絶滅種を呼んだ、悪趣味な天才の奇跡の調合

Tom Eny

蛍光の粉と、人生のシミ。――絶滅種を呼んだ、悪趣味な天才の奇跡の調合

蛍光の粉と、人生のシミ。


――絶滅種を呼んだ、悪趣味な天才の奇跡の調合


I. 導入:人生のシミと切実な光(緊張)


源間 昆太、38歳。昆虫採集に明け暮れる彼の人生は、社会から見れば「汚れたシミ」だらけだった。それは、彼自身が拭いきれないと感じていた、彼の貧乏と無価値さの証でもあった。胸を締め付けるのは、病気の母の治療費が尽きかけているという、現実の重さだけだった。


十年物のテントは、粗く水分を含んだような手触りで、黒ずんだカビが湿った土のような匂いを放っていた。夜、彼が愛する**「サイバーネオン・ストロングスタイル」の安物LEDが、蛍光ピンクとシアンを不快なほど激しく点滅し**、内部のファンが甲高いノイズを立てる。それは、誰にも理解されない彼の「美学」だった。


山に入る直前、妹からの電話が彼の胸を抉った。「お母さんの薬、もう限界なのよ。いつまで昆虫ごっこしてるの!売れるものがあるなら、もう全部売ってきてよ…!」妹の声は、受話器の向こうで張り詰めたガラスのように震えた。



昆太は、母にねだって最後に買ってもらったジュースのシミを撫でた。この汚いテントにしか頼れない自己嫌悪と、このテントこそが数億円の富を生むという天才的な直感が拮抗する。彼は心の中で誓った。「今度こそ必ず、この『シミ』を希望に変えてみせる」


II. 奇跡の調合:誇りを賭けたサイエンス(興奮/緩和)


山中で始めたキャンプの夜、ネオンを点灯させた昆太は、すぐに異変に気づいた。夜毎、光を目指して飛来するのは、国内では絶滅したとされる幻の高級種ばかり。


テントの周りには、腐敗した甘さと、微かなアルカリ性の焦げたような匂いが混ざり合っていた。それは、昆太だけが嗅ぎ分けられる、奇跡の調合が活性化した匂いだった。「長年の汚れの偶然の調合」と、安物ネオンの不安定なUVと青色波長が、特定の高級種のみを麻薬的に誘引する光とフェロモンを生み出していたのだ。


「バカにされてきた俺の『悪趣味』と『無頓着さ』が、母さんを救う奇跡を生んだのか…! 富永の金と科学では決して再現できない、俺だけの『サイエンス』だ!」


数億円の富。母の命は助かる。しかし、その奇跡を金銭に変えるという罪悪感が、彼の胸を強く軋ませた。それは、自身の唯一の誇りを、世間の蔑んだ価値観に売り渡すことに他ならない。


III. 富永の傲慢と魂の試練(再緊張)


昆虫ビジネスの帝王、富永が高級キャンピングカーで乗り込んできた。


「そのオンボロテントと安物のゴミのようなライトが原因だというのか? 科学的にはありえない。お前の汚い人生のシミごときに、数億円の価値があるわけがない!」富永の傲慢さは、金と科学で世界のすべてを支配できるという信念に基づいていた。


富永は最新機器で採集を試みるが、成果はゼロ。


その夜、昆太は捕獲容器の中を見た。母の苦しむ顔。数億円。過去の嘲笑。「負け犬のお前が、こんな奇跡を独占する資格はない」という声が響く。



彼はスマホを開いた。たった一人のフォロワーからのメッセージ。「今日も最高のネオンです!この毒々しさが、昆太さんのアートなんです!」


この肯定が、彼の心を決定づけた。この美学を捨てることは、富永が象徴する金銭至上主義への屈服だ。そして何より、人生をくれた母への最大の裏切りだと悟った。


IV. 魂の解放と蛍光の余韻(クライマックスと緩和)


夜明け前、富永が最後の強行手段としてテントへ忍び寄る。


昆太は、テントから飛び出し、富永の目の前で、すべての容器の蓋を静かに開けた。


富永が金にまみれた顔で叫ぶ。顔は夜明け前のネオンの残光に照らされ、醜い蛍光イエローに染まっていた。「バカな!何をしている!? 数億だぞ、貴様!その金で、君の母親も救えたはずだ!」


昆太は一瞬、母の命を救う可能性を切り捨てる究極の重圧に顔を歪めた。



しかし、次の瞬間、富永に強く向き直った。


「俺の愛と誇りは、お前の金で買えるもんじゃねぇよ! これは、俺の人生のシミに、俺のネオンで灯した、俺だけの奇跡だ! 母さんがくれたこの人生の誇りを、お前の金で汚すわけにはいかねぇ!」


その叫びとともに、高級昆虫たちは、一斉にカチリ、カチリという音を立てて飛び立った。


富永は、金銭的価値観の絶対的な崩壊に、膝から崩れ落ちた。彼の目には、数億円の価値が、無意味な風となって消えていく光景だけが映っていた。


昆太は悪趣味なネオンのスイッチを切り、汚れたテントを畳み始めた。彼は貧乏のままだ。だが、彼の瞳は、富永よりも遥かに清らかだった。


テントを畳む際、彼はテントのシミを見た。昆虫たちが去った後、そのシミの周りには、光を当てると淡く蛍光ピンクに光る、微細な粉が残っていた。それは、命の解放を選んだ彼への、自然界からの恩寵であり、無限の可能性を秘めた、未来への契約の証だった。


昆太はそれを拭き取らず、静かに微笑んだ。テントを背負い、山を下りる。その選択が、間違っていなかったという静かな確信だけが、彼の胸を満たしていた。


貧乏な生活は変わらないだろう。だが、昆太には、誰にも奪われない最高の誇りと、**来年、再び奇跡を起こすかもしれない「特別なシミ」**がある。そして、心から支える理解者がいる。


昆太は、ほのぼのとした笑顔で、清々しい夏の太陽の下を歩き続けた。


――あなたの誇りは、いくらだろうか?

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