ラピスの降る夜
赤月六花
第1話
チラチラと落ちる雪がイルミネーションを反射させて、街全体がキラキラ輝いて見える。
年末特有の華やいだ雰囲気に満ちている夜。私は浮かれない気持ちで目的もなく歩いていた。
本来ならこういった景色を切り取っていくことに情熱を燃やしていたのに、今は心が動かない。
もっと成長したくて海外に飛び出したのに、そこでは自分の実力が追いついていないことを突きつけられた。
「あなたの写真には魅力を感じない。」
言われた言葉が蘇ってきて、また気持ちが一層落ち込む。
苦しくなって立ち止まった時、ふと横のショーウィンドウに目が引き寄せられた。
しずく型のラピスラズリ。私の誕生石。
今夜のように深い群青の中に金色の粒が瞬いている。
アニメ映画のヒロインが身につけていたものと似ているね、と言ったら彼がすぐにそのお店に入って買ってきて、私にプレゼントしてくれたっけ。
日本を発つ前まで一緒に暮らしていた彼。
パワーストーンを扱うその雑貨店の店員で、撮影のためカメラマンとして出入りしていた私は彼と仕事を通じて親しくなり付き合うようになった。
仕事では人物や商品を撮ることが多いけど私は本当は風景写真が撮りたいと言ったら、彼は一緒に色んなところを回ってくれた。
私の風景写真の中には、いつも彼がいた。
彼も私を撮ろうとするけど、私はいつも逃げていた。
私は撮られるより撮るほうがいい。
一緒に過ごすうちに小さなすれ違いが積み重なって、その勢いで私は外国へ飛んでしまった。
些細なことで我慢出来ない私を彼はいつも困った表情で見ていて、彼のそんな表情とため息を聞くたびに私のイライラが募った。
今思えばちゃんと話し合えばよかったのに、冷静になれなかった自分が悔やしい。
ショーウィンドウを覗きながら思い出に浸っていたら、ドアベルがコロンと鳴って男性が現れた。
「あ……。」
お互いに同じ口の形のまま固まってしまった。
無意識に彼のお店に来てしまっていたのか。
気まずくて下を向く私に、フッと笑う息が聞こえて耳が熱くなった。
「元気?」
「……うん。」
彼の顔が見られなくて俯いたまま黙り込む私に少し待ってて、と言って彼は中に引っ込んだと思ったらすぐにコートを羽織り、そして首にカメラを下げて出てきた。
「ちょっと歩こうか?」
いきなり彼はそう私を誘って、返事も待たずに歩道を進みだした。
慌ててあとを追いかけながら私は聞いた。
「写真撮るようになったの?」
「うん、君に影響されて。」
久しぶりに会ったというのに全然動じた様子もなく、まるで私が職場に顔出したからついでに散歩しようみたいな以前の調子の彼。
着いた先は小さな公園。もう少し先に大きめの公園がありそこはイルミネーションで賑わっている。
その明かりと喧騒から少し離れたこの場所は、彼の職場に近いことで以前二人でよく来た場所だ。
街灯が淡く照らす中央には何も飾られていない銀杏の木。
彼はそこでおもむろにカメラを構えてシャッターを切る。
銀杏に、空に、ベンチに、街灯に。
ありとあらゆる方向へレンズを向ける。以前の私のように。
夢中でありとあらゆる景色を切り取っていた、あの頃の私のように。
彼のそんな姿を見て、胸が苦しくなった。
ふいに彼が私にレンズを向けた。
「やめて。私は撮られるほうより撮るほうがいいの。」
彼が嬉しそうに笑った。「久しぶりに聞いた、それ。」
「君は?撮らないの?」
「……自信がなくなったの。」
そうか、と呟く声を俯きながら聞いた。
本当は、夢破れて帰ってきた姿など見せたくなかった。
なんで会いに来ちゃったんだろう。
まただんまりになった私の側へ彼はゆっくりやってきて、タートルネックの内側から青く光る石を見せた。
「……それ。」
微笑みながら取り出したそれは、あの時私にプレゼントしてくれたラピスラズリのペンダント。
別れるときに、思わず投げ返してしまった。
本当になんてことをしてしまったんだろう。
「可愛い子が降ってきたと思った。」
「何言ってるの。」
思わず吹き出す。それもプレゼントしてくれた時言ってくれたセリフ。
「未練がましいとは思ったんだけどね。」
ちょっときまり悪そうに苦笑いする彼に、だけど私は鼻の奥がツンと痛くなるのを感じた。
「今度はこっちなら投げ返されないかな?」
言いながら彼はコートのポケットから黒い小箱を取り出し、中身を開けてみせた。
箱の真ん中に銀色に光る指輪。
中心に金色の粒が二つ並んだ群青のラピスラズリ。
言葉を失う私に彼は言った。
「受け取ってくれる?」
顔を上げたら、みるみる視界が涙で覆われてしまった。
「……ごめんね。私、ヤケ起こして、向こうで事故っちゃって。」
「いいよ。帰ってきてくれたから。」
微笑んだ彼は私の左手をそっと取り、薬指にラピスラズリの指輪を嵌めてくれた。
「俺の指にも嵌めてくれる?」
そう言ってポケットからもう一つ、裸の指輪を取り出し私の手のひらに乗せた。
「おそろいだね。」
「ペアリングなんだから当然だよ。」
彼の細長い指。大きな手のひら。
とても器用な手先だった。
料理の苦手な私の代わりに、その手で美味しいご馳走をよく作ってくれた。
ハーモニカが得意だった。
私の髪を梳いてくれた。
覚えている。どれだけこの手に守られてきただろう。
その指に、私もそっと指輪を嵌めた。
「……ありがとう、ごめんね。会いに来てよかった。」
自分勝手な私を、ずっと信じて待っててくれた彼。
だから私は会いに来たんだ。
私は彼をぎゅっと抱きしめた。彼も大きな腕で私を包んでくれた。
ラピスラズリの石言葉は『幸運』
「あなたがこの先、幸せでありますように。」
私は祈っている。
薄く積もった雪の上に、銀色に光る指輪が落ちていた。
彼は閉じていた目を開き、夜の空を見上げた。
ヒラヒラと落ちる淡雪の流れに逆らうように、青い小さな光が昇っていくのを見ていた。
ラピスの降る夜 赤月六花 @stella1103
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