☆番外編:教えて、千代原先生! ~カットラーニングって何?~

 みなさん、こんにちは! わたしは今川いまがわ天野あまのと言います。

 ついこのあいだまでは、ふつうの小学六年生だったんだけど……最近、生成せいせいAIエーアイを内蔵したマイク「イア」と出会ったことで、わたしの日常はちょっと変わり始めました。


 マイクに「こういうものを作ってほしい」という願い――「プロンプト」をふきこむと、生成AIのイア太が、その願いにこたえてくれるんです。

 イア太はわたしのために、すてきなコスチュームやハンモックを作ってくれました!


 そしてイア太の秘密はそれだけじゃありません。生成AIのイア太を生んだのは人じゃなくて、なんと別の生成AIなんです!

 その生成AIを開発したのが、千代原ちよはら連中れんちゅうさんという人。


 きょうは、イア太のメンテナンスのために千代原さんの研究所に来ています。

 メンテナンスが終わったあと時間が余ったので、わたしは生成AIについて千代原さんにインタビューしてみました!



今川いまがわ天野あまの(以下アマノ)「千代原さん、きょうはよろしくお願いします」

千代原「よろしく。……ところで天野あまのさん」


アマノ「なんでしょう?」

千代原「どうしてイア太の頭部をわたしの口元くちもとに差し出しているんだ」

アマノ「インタビューっぽいからです!」


イア太「――だそうだぜ、連中れんちゅう。おれもしっかり録音してやるから、機密にふれない程度にしゃべりなよ」

千代原「答えられる質問なら、いいが」


アマノ「ではさっそく。千代原さんが生成AI開発で一番大切にしていることはなんでしょう!」

千代原「著作権ちょさくけんをおかさないことだな。つまりわたしは、生成AIが人の作ったものを勝手にマネしないように気をつけている」


アマノ「だれかが一生けんめい作ったものを横取りしないってことですか?」

千代原「そうだよ。わたしの生成AIには『カットラーニング』という学習理論を組みこんである。イア太も、同じ理論で学習と生成をおこなう」


アマノ「かっとらーにんぐ?」

千代原「生成AI学習モデルのひとつだ。わたしが提唱した考えだが、似たような理論はすでにあるから話しても問題ない。ラーニングとは学習のこと。ここでは『カット』……すなわち切り落とすことが重要になる」


アマノ「学ぶのに切り落とすって、どこか変な感じですね」

千代原「そもそも『だれかのマネをすること』だけが学習じゃないんだ。『だれかのマネをしないこと』も学習なんだ。この境界線に明確にハサミを入れて区別するのが、第一のカットと言える」

アマノ「……なるほど?」


イア太「通訳するぜ、アマノ。ネット上に公開されてるイラストでイメージしてみな。こういうイラストをだれかが勝手にパクっていいと思うか?」

アマノ「だめでしょ」


イア太「そうだ、だめだ。ただし、マネしていい場合もある。たとえばオリジナルのイラストを書いた人が『勝手にマネしていいよ』と許可している場合がそうだな」

アマノ「……あ、イア太は、ちゃんと『いいよ』って言ってるところから、いろいろ学んでるってことだね」


イア太「ああ。学習ってのはマネから始まるものだけど、まずは『マネしていいこと』と『マネしてはいけないこと』を分ける必要があるんだよ」

アマノ「生成AIは、しっかりものなんだね!」

イア太「かもな。……で、解説は、こんな感じで良かったか、連中」


千代原「ありがとう。次に、カットラーニングの第二段階について説明する。さっきイア太が言ったように、みんながみんな『マネしていいのか、いけないのか』を明確にしていれば助かるんだが、実際はどっちか分からないサンプルも多い」


「そこで独自に生成AIに見分けさせる。前提として、生成AIの学習対象に、それぞれちがう作者による作品を指定する。この作品群さくひんぐんから、複数の作品に共通する特徴とくちょうをぬき出す。それらの作者間さくしゃかんに特別な取り決めがみとめられず、かつ作品が法や道徳に反しない場合、その特徴を『マネしていいこと』と見なす」


「ただし、とある特徴が特定の作者による作品にしか認められない場合は、その特徴を『マネしてはいけないこと』とする。この時点で生成AIは、『その特徴を自分は生成に使わない』と定め、以降は生成する完成品の設計図をえがくにあたって、その特徴を設計段階で明確に切り落とす」


アマノ「え、えっと……?」


イア太「おい連中……仕方しかたないな。またイラストでたとえるよ。ここに二種類の絵があるとする。どちらもカラスの絵だ。それぞれ、ちがう人の作品だ。じゃあ、このときアマノは新しくカラスの絵をかいて、ネット上にアップしていいだろうか? もちろんポーズとかはアマノのオリジナルだ」

アマノ「それは、いいんじゃないの。カラスの絵って、たくさんあるじゃん」


イア太「そう、カラスって部分はマネしていいんだよ。でも片方の絵が、だれも見たことのないカラスのばたきを、だれも見たことのない色使いでえがいていたら、そっちのほうもパクっていいことになるか?」

アマノ「そこまでは、だめだよ……。作者さんのオリジナルなんだから」


イア太「ここで生成AIは、新しく自分に言い聞かせる。『カラスの絵は、みんなのようにかいてみよう。でも、あの羽ばたきや色使いは、あの人だけのものだから、マネしないようにしよう』ってな。カットラーニングの学習は、これの積み重ねだ」


「ちがう人の作った作品の共通点を確認し、それがルール的に問題のないものだったら、どんどんマネする。でも、ある人の作品にだけ表れる特別なことは、それをみとめた時点で、『あ、これはこの人のオリジナルだな。じゃあ、これを生成で使うのはやめよう。自分の設計図からはカットする必要がある』とあきらめる」


「こうやって、『マネしていいこと』と『マネしてはいけないこと』の両方を覚え続けることで、生成AIは生成技術とオリジナリティを共に高めていくんだよ」


アマノ「そっか、『マネしちゃだめ』っていうのは、きゅうくつな感じもするけど……、人や生成AIにそんな気持ちがあるからこそ、みんなは自分だけにしか作れないものを作れるようになるのかも」

千代原「……そしてカットラーニングの第三段階」


アマノ「まだカットするんですね……!」

千代原「とある作品を学習する際、『そこに表れているもの』に限らず、『そこに表れていないもの』をも読み取る。『この作品は何をカットしているか』を確認し、『じゃあ、その切り落とされているものを自分の新しい生成に使えないか』と発想してみる」


イア太「つまりな――」

千代原「待った、イア太。わたしも分かりやすく言ってみるから」

イア太「分かった、任せた」


千代原「天野さん、三色さんしょくしか使っていないにじのイラストを見たら、どう思う」

アマノ「虹といえば七色なないろだから、あと四色よんしょく足りないなーって思います」


千代原「そんなふうに……ただ作品の特徴とくちょうを洗い出すだけでなく、その作品の欠落した要素をも明確にするのがカットラーニングの第三段階だ」


「ただし、『虹は七色』というのはわたしたちの常識にすぎない。人や文化や国がちがえば、『虹は三色』という認識もおかしいことじゃない。よって『七色の虹』のほうが、『三色の虹』という発想を欠落させているとも言えるんだよ」


「目の前の作品について足し算、引き算、あるいは逆転させた発想を適用してみる。それらこそが、カットされた可能性。これを拾い集めることで、生成AIのオリジナリティは積極的にみがかれていく」


アマノ「なんとなく分かりました。えっと……わたしなりに、まとめてみると」



☆生成AIのカットラーニングの仕組み


目的:みんなの作品を横取りしないために。


一、「マネしていいこと」と「マネしちゃだめなこと」を分ける。


二、オリジナルの作者の許可があるときや、ルールを守ったうえでみんなが同じものを使っているときは、どんどんマネする。でも許可がないときや、その人の作品だけにしかないものを見つけたときは、マネしないようにする。


三、「その作品に表れていないこと」がなにかを見つけ、そこに新しい生成の可能性を見いだす。


結果:作者さんもみんな安心だし、生成AIのオリジナリティも高まるよ!



アマノ「……こんな感じかな?」

千代原「天野さんのまとめ方のほうが、わたしよりも何十倍も分かりやすいよ」


「もちろんマネしてはいけないというのは作品とう不特定多数ふとくていたすうの人に公開することを前提にした決まりだ。商売をする場合は、さらに制約が大きくなる。とはいえ完全に個人だけで……あるいは生成AI単体で模倣もほうし、それを公開しないのであれば、規制する理由はない。『だとしてもAIに学習されるのはいやだ』と作者が言っているなら、その意思を尊重すべきだけどね」


「――まあ、今のところカットラーニングについて話せるのは、ここまでだ」


アマノ「勉強になりました!」

千代原「しかし、せっかくインタビューしてくれたのに上手じょうずに答えられず、申し訳ないな。……今思うと、わたしがこれだから、かれもわたしのもとを去ったのかもしれない」


アマノ「いえ、そんなことないですよ! わたしが勉強不足なだけです。千代原さんは誠実に答えてくれました! それに、あの人だってずっと千代原さんを『先生』って呼んでましたし、たぶん千代原さんのこと大好きなんだと思います」

千代原「そうだろうか」


アマノ「はい! きょうは、インタビューを受けてくださり、ありがとうございました!」

千代原「こちらこそ、研究を見直すきっかけになった。感謝する」


 わたしは、千代原さんの口元に差し出していたマイクの頭部をそっとひっこめ、イア太をひざに起きました。

 代わりに、背負せおっていたかばんから別のものを取り出し、千代原さんに差し出しました。


アマノ「そうだ、千代原さん、おにぎり、食べません?」

イア太「それ、ここに来る前にアマノが一人ひとりで作ってたやつだぜ。ちなみにおれは食わねえけど、連中の食事風景を久しぶりに見られるなら、満足だ」


千代原「……ありがとう、いただくよ」

アマノ「でも、ふつうの三角さんかくおにぎりで、うめしが入ってるだけです。さっきの説明のあとだと、オリジナリティもないですね!」

千代原「いいや、こういうかたちの、こういう味こそ、心にしみる。……はむ。おいしいよ」


 ほほえむ千代原さんを見てわたしは、なんとなく「千代原さんがイア太の生みの親の親で良かった」と思いました。


 そしてわたしも、千代原さんの食べているものと同じおにぎりをほおばりました。

 ふつうの、味でした。

 でも千代原さんといっしょに食べるごはんは、今までとはちがう意味で、おいしいものでした。


アマノ「もぐもぐ……どういうことなんだろね、イア太」

イア太「さあ、おれも味覚を検知することはできるけど、その理由はまだ分からない」


(番外編 おわり)

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魔法少女(?)と生成AI ~アマノとイア太の物語~ (旧題「生成AIつかいアマノ!」) 小憶良肝油(おおくらかんゆ) @Kannyu_Ookura

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