大岡裁きを真似て
敷知遠江守
てるてる坊主が知っている
もうすぐ江戸だ。ここまで長い道のりだったが、何とか無事届けられそうだ。そんな事を思いながら背負子を降ろし、大きな石に腰かけ、腰の竹筒から水を飲んで一息をつく。すると、ここまでの旅の疲れが一気に押し寄せ、うとうとしてしまったのだった。
目を覚ました手代は背負子を背負おうとして蒼ざめた。大切な木綿布が一枚も無かったのである。このまま商家に戻れば旦那様からお叱りを受けてしまう。慌てた手代は番屋へ駆け込んだ。
話を聞いた
現場は見通しの良い広い街道、その近くには一件の茶屋。同心は、茶屋の主人に何か見なかったかとたずねた。
そうは言っても通りは天下の東海道。頻繁に人が行き来しており、見たと言えば見たし、見なかったと言えば見なかったという状況。
結局ろくな証言も得られず、同心は番屋へ戻り、この件を報告書にしたためて町奉行へ提出した。
◇
時の
大岡政談の中に「縛られ地蔵」なる話がある。
木綿を盗まれた場所に設置されている地蔵を
「盗まれた場所に地蔵があったであろう。それを白洲に引ったててまいれ!」
そう
ところが……
「お奉行、残念ながら近場に地蔵は設置されておりませんでした」
「なぬ? そんなはずは無かろう。一体くらいあったであろうが」
「祠はありましたが、残念ながら地蔵は一体も」
「それでは市中引回しができぬではないか!」
「はい? 何の話にございますか?」
「おほん、こっちの話だ」
怪訝そうな顔で与力が奉行の顔をじっと見つめる。そんな与力から奉行は顔を背けた。
「普通は茶屋の隣に地蔵が祀られてたりするもんじゃないのか」
「ございませんでしたね。茶屋の軒先に晴れ祈願で、てるてる坊主が吊るされていた程度です」
「てるてる坊主では小さすぎて市民の目が引けぬではないか……」
「先ほどからお奉行は何をおっしゃっておるのですか?」
そんな与力の指摘を無視し、奉行は腕を組んで天井の染みをじっと見つめた。外はしとしとと雨が降っている。
一際大きな雨音が聞こえ、それに反応して奉行の頭の中にも雫が落ちる音が聞こえた気がした。
「てるてる坊主か……そういえば、てるてる坊主というのは布の端切れで作るのだったな」
「普通はそうでしょうね。布は高うございますから」
「てるてる坊主を作らせ、それを調べさせたら、何かわかったりはしないのだろうか?」
「あ! そういえば聞いた事がございます。木綿布には必ず商家の印と一緒に産地と生産月が刻印されているのだとか」
「それだ!」と膝を叩いた奉行、さっそく市中に御触れを出した。
『急募 公方様の鷹狩の日が晴れになるよう、てるてる坊主を大量に飾る事になった。一人三十文で買い取るゆえ、奉行所まで持ち込まれたし。但し、公儀の催し故、布は新品に限る』
布の端切れを束ねただけで三十文。破格の値段設定に市民たちはこぞっててるてる坊主を作って奉行所に持ち込んだ。
◇
てるてる坊主の買い取りという奇妙な
「その方、先日、品川宿の茶屋近くで、休憩していた手代から綿布を盗んだであろう」
「何の事でございましょうか?」
「とぼけても無駄だ。すでに調べは付いておる。その方、数日前に大山詣でに行っておるな。その帰り、品川宿を過ぎたところで、居眠りをしていた商家の手代を見つけたであろう」
「確かに私は大山詣でに行きましたが、そんな商家の手代など見ておりません」
あくまで白を切ろうとする髪結い。奉行は「やむを得ぬ」と言って、例のてるてる坊主を持って来させた。
「これはその方が提出したてるてる坊主だ。これを開くと印がある。商家に確認してもらったところ、これは盗まれた布に付いていた刻印である事が判明したのだ。これでもまだ言い逃れする気か!」
髪結いはぐうの音も出ず「恐れ入りました」と平伏した。
「これにて一件落着!」
大岡裁きを真似て 敷知遠江守 @Fuchi_Ensyu
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