欲しがり妹の再教育

唯木羊子

第1話

 只今ギャン泣きしている妹の前で途方に暮れている私は、カルトロン伯爵の長女クレリア十五歳でございます。

 そして私の前で大声を出して泣きわめいているのが我が妹、エアリアーナ七歳です。


 普段はとても可愛い妹なんです。外見も緩く波打った背中まである眩しい金色の髪の毛に透き通った宝石のように輝くグリーンの瞳、鼻筋は通りピンクの少し小さめの唇。一つ一つも芸術的なのに全部揃うとお互いを引き立て合ってさらに輝くかわいらしさなんです。多少身内びいきの所もあるかもしれませんが、街を歩いても誰もが振り返るかわいらしさなのは本当なんですよ。


 そんな妹は私の二つ下の弟ベルナルドの後六年開いて、諦めた頃に生まれた待望の第三子なのでそれは家族みんなで可愛がりました。八歳と六歳のお姉ちゃんとお兄ちゃんはそれなりに色々分別がつく様になっていましたので、赤ちゃん優先になる事は理解していましたし、何なら自分も赤ちゃんの為に色々してあげたいと思い行動しました。


 ですから、エアリアーナが「ちょうだい」と両手を前に出してお願いすれば、その手に望むものを載せてあげるのは当然の事でした。例え自分が大事にしている物でも、エアリアーナの欲しかったものを手にした時の笑顔に比べれば価値のないものに思える程、家族みんなが溺愛しておりました。


 エアリアーナが四歳になった頃ちょっとした問題が起こりました。

 それまでは、エアリアーナが惜しがるものは、お菓子などの食べ物が一番多く、後は家族が使っている小物位でした。特に私が使っている物は欲しがる頻度が高いので、食器などはエアリアーナに持たせても大丈夫なように私が四歳ごろに使っていた木でできたコップやお皿に可愛い絵が描いてあるものを使うようにしておりました。隣でお母様が飲んでいたティーカップを欲しがって無理やり取ろうとして床に紅茶ごとぶちまけた事があったからです。カップは粉々に割れましたし熱い紅茶は床にこぼれました。幸い誰も怪我ややけどをすることはなかったのですが、流石にお母様が怒ってエアリアーナに「メッ」としたところ、泣き叫びました。二階にある執務室からお父様が下りてくるくらいの大きな声で。欲しかったカップが割れたことも、お母様にメッて言われたこともショックだったのでしょう。


 そこまでは良かったのです。欲しかった物を取り合って壊してしまう事も、親に怒られて大泣きする事もほとんどの子供が通る道でしょう。私も弟のベルナルドとおもちゃの取り合いをして怒られたことは数え切れませんわ。でもその中で欲しいのは自分だけじゃない事や、我慢をすることを覚えたのだと思います。


 エアリアーナが初めて人と取り合ったものは、侍女の結婚指輪でした。それまでも侍女の皆さんが使っている仕事道具を欲しがることはありました。でもそれは伯爵家の備品つまり我が家の物ですから、エアリアーナが持って危なくないものなら基本渡すようにしていました。鋏とか包丁など持たせられないものを使っている所をみつかって欲しいと言われたときは、代用品になるものを見せて気を引き諦めさせることになっていました。


 でも、私物の結婚指輪の代用品になるものをその場に持っておらず、でもお嬢様とはいえ結婚指輪をあげることは出来ず困り果てた侍女の前で大泣きする妹。皆が集まって来てそれぞれが代用品として差し出せるものを見せて気を引こうとしましたが、さらに激しく泣く始末。それだけ渡したくないと思うものなら是が非でも欲しいとなってしまったのかもしれません。


 一時間以上泣き続け、やっと疲れが見え始めた頃落ち着いて交渉スタートですわ。


 まずはお母様が、自分の指輪の中で一番サイズが小さくてかわいい宝石のついた指輪を見せて

 「エアリアーナちゃんにはあの指輪よりこれが似合うと思うのですわ」

そう言ってエアリアーナの指にはめようとしますが、断固拒否

 「いやーーー!」もう枯れてガラガになった声で叫びました。


 次はベルナルドが、大好物のお菓子で気をそらせる作戦に出ましたが、あっけなく撃沈ですわ。


 お父様は抱っこしてあやす作戦だったようですが、抱っこ自体を拒否されて今は落ち込んでいますわ。


 さて私の番ですわね。

 「ねえ、エアリアーナはなぜカリーナの指輪が欲しかったの?」

 「ゆびわをしてるてがきれいにみえるの」

 「他の人の手より?」

 「ううん、ゆびわをしていないてより」


 カリーナに両方の手を出して見せて貰うと、確かに指輪のない右手より指輪のある左手が綺麗に見えます。侍女はメイドに比べると水仕事も少ないしそこまで手荒れがある訳ではありませんが、侍女の皆さんにマッサージをしてもらっているお母様の手と比べるとカサカサしています。働く人の手ですわね。指輪をしていると手荒れより指輪に目がいくのかもしれませんが、若干手荒れが少なく感じます。


 それに比べると元々綺麗な手のお母様は指輪をしても指輪が綺麗なだけで、手が綺麗になった感じはしません。


 「きっとあれはまほうのゆびわなの」

 「だから欲しいと思ったの?」

 「そうよ」

 「うーん困ったわね。あれはカリーナが結婚する時にフランコと交換した結婚指輪なの」

 

 フランコという名前が出た時エアリアーナの眉がギュッとなります。うちの門番をしているフランコは身体が大きくてちょっと強面なんですの。門番としては威圧感もあってとてもいいんですけれど、チョット怖いのですわ。私も小さい頃は問の横を通る時は下を向いてフランコと目を合わさないようにしていました。話してみると、子供好きのとっても優しい人だったので、今は大丈夫ですわ。


 「ですから、フランコと結婚した人しかあの指輪は着けられないのよ。エアリアーナがあの指輪を貰ったら、フランコのお嫁さんにならないといけなくなるけれどいいかしら?」

 「えっ?それはいやですの」

 「じゃあ指輪は諦めないとねー」


 エアリアーナ暫く真剣に悩んで、

 「ゆびわいらないです」

そうきっぱり言いましたわ。よほどフランコが嫌だったようですわね。でもそれを聞いたらフランコが泣きますわよ、きっと。


 お父様はエアリアーナを抱き上げて

 「エアリアーナが結婚するって言わなくて安心したよ。ずーとお父様の側にいておくれ」

 なんて的外れな事を言っていますし、お母様も

 「諦められて偉かったですわね。ご褒美にこの指輪をあげますわ。今は少し大きいけれどもう少ししたらエアリアーナちゃんにピッタリになりますわ」

 こちらもこんな感じで、この機に欲しがり癖を直そうという気はないみたいです。


 そういうわけで、その場は治まりましたがその後もあれが欲しい、これが欲しいと大騒ぎになりました。その度に、なんとかその場を収めやり過ごすという日々。まぁ、私は指輪騒動の後少しして学園に入学して寮生活となりましたので、その大騒動にはあまり関わる事も無かったのです。ですが、指輪騒動の時でお分かりのように、私以外の三人ではきちんと諦めさせて納得させる解決方法を見つけられず、毎回うやむやにしてやり過ごす日々だったようです。


 そうして三年後、エアリアーナ七歳、私十五歳のこの日このお話の冒頭に行きつくわけです。


 私は学年終わりの長期休暇で久しぶりに領地へと戻ってきました。今回は婚約者のバルディ伯爵家の嫡男ファビアーノ様十七歳と一緒の帰郷です。

 婚約の時の顔合わせは本人と両家の両親だけで行いましたので、学園に行っていないエアリアーナとは今回初の顔合わせでした。

 ベルナルドは今年から学園に入りましたので、そこでお会いしたことがありますの。


 ファビアーノ様は今年で学園を卒業されて、しばらく王都で文官のお仕事を経験された後領地を継ぐために戻る予定です。お仕事を始めるとなかなか遠出も出来ませんので、今回私の帰省に付き合って下さいました。


 初めて会う妹にと家族皆にとは別に可愛いぬいぐるみを買って持って来て下さいましたの。ですがそれがエアリアーナの恋心に火をつけることになるとは、だれも思わなかったでしょう。


 ファビアーノ様は、アッシュグレーの落ち着いた髪色に、深いグリーンの瞳で私から見ても整ったお顔つきです。絵本に出てくる王子様とは少し違いますが、七歳のエアリアーナから見ると大人のカッコいい男性で、外見にも恋をしたようです。


 「お姉様、私がファビアーノ様と結婚しますの。お姉様より私の方が可愛いですし、ファビアーノ様は特別に私にぬいぐるみを持って来て下さるほど私の事が大事なのですわ」

 大事って、さっき会ったばかりでそこまで思うはずないでしょう。ぬいぐるみを買った時には会ってもいなかったのに大事だと思うはずないですわ。まぁ、私の妹として大切にしようとは思って下さっているとは思いますよ。


 「お姉様は新しい婚約者を探して下さいませ。ファビアーノ様は私の婚約者になりますから!」

 「婚約は家と家の問題でもあるので、エアリアーナの気持ちだけでは変えられませんわ」

 「お姉様は意地悪ですわーっ」そう叫んだあと大泣きです。私が何を言っても聞こえても無いようです。ファビアーノ様にもこの泣き声は聞こえているでしょうね。何があったかは、側付きのメイドがしっかり報告に走っていましたから家族もファビアーノ様も分かっていると思われます。


 結婚指輪事件の四歳の頃に比べて、体力も付いたのか一時間では泣き止まず二時間近く泣き続けましたわ。それも大声で。ここはそこそこの田舎ですから、近所迷惑にはなりませんけれど、この子はこの泣き癖が治るまで王都には連れていけませんわね。隣近所に大迷惑をおかけしてしまいますわ。


 少し泣きつかれてきたようなので、会話を試みますわ。

 「エアリアーナも誰かにプレゼントをあげることはあるわよね」

 「勿論ですわ」

 「それは全員大事な人?」

 「当然ですわ。この前は街のパン屋さんに美味しいパンをいつもありがとうってお礼のプレゼントを渡しましたのよ。他にもお父様やお母様にもプレゼントしますし、セバスチャンにも上げた事がありますわ」

 セバスチャンはうちの執事ですわ。


 「そう。じゃぁ、街のパン屋さんやセバスチャンがプレゼントをくれるって事はきっと自分の事を大事だと思ってくれているからエアリアーナ様と結婚しますって言ってきたらどうする?」

 「そんなことはありませんわ。だって私がそういう気持ちでプレゼントしてないって判りますもの」

 「どうして?」

 「私はまだ子供ですし」


 「じゃぁ、ファビアーノ様がプレゼントしたのも子供に上げたものだから結婚したいっていう意味ではないと思うのだけれど」

 「お姉様だって子供ですわ。そのお姉様と婚約しているのですから、子供とも結婚する気がありますのよ」


 「エアリアーナ、婚約は十四歳にならないと出来ないんだよ」ベルナルドが横から助け舟を出してくれる。三年前は何も出来なかったのに成長しているわ。

 「だから私もまだ婚約者は決まっていないんだよ」


 「昔は子供のころから婚約できたのだけれどね、学園に入って多くの人と関わる中で自分にはこっちの人の方があっているって婚約破棄をする人が多くなってね。だから、学園に入って色々な人と関わってから婚約することになったんだよ」

 お父様がなぜ今のエアリアーナでは婚約できないかを説明してくれます。お父様も私無しでエアリアーナの説得をする中で、ズレた発言はしなくなったようですわね。


 「エアリアーナも学園に入って色んな人を見て自分にあった人をしっかり選んだ方が良いと思うわ」

 「そうねぇ、エアリアーナが十四歳になった時にはファビアーノ様はもう二十四際で、結婚出来る十八歳だと二十八歳になってしまっているのよ。今はカッコいいかもしれないけれど、二十八歳はおじさんに成りかけの歳よ」

 「お父様はおじさんかもしれないけれどカッコいいですわ」

 「おぉ、エアリアーナ嬉しい事を言ってくれるな。そうだろう私もまだまだカッコいいよな」


 私の説得に続きお母様が続けた言葉で何やら変な方向に話が進んでいます。軌道修正しなくては。


 「お、お父様は素敵ですけれど、ダントロ商会のカスパロさんはまだ二十四歳ですけれど、すっかりおじさんですわ。他には従兄弟のサムエルもまだ二十六歳ですけれど」

 「うーん、チョット無理かもしれません」

 「ファビアーノ様が大人になってどのようになるかは分かりませんのよ。自分も同じくらいの歳になっていれば感じ方もまた違ってくるのでしょうが、あなたはその時一番きれいな年齢なのよ」

 「そうね相手がおじさんになっていたら釣り合いませんわね。お姉様はその時おばさんかもしれませんし・・・、止めますわ」


 少し引っかかりますが、とりあえず諦めたようで良かったですわ。でも、今の聞く耳を持っている時に色々言っておきましょう。


 「エアリアーナ、私は伯爵同士での婚約が出来ましたけれど、勉強もせずに欲しいものばかり追いかけているクラスメイトは、伯爵なのに子爵の次男としか婚約できませんでしたのよ」

 「えっ?」

 「そうかと思えば、勉強やマナー教育を頑張って、お友達にも優しいクラスメイトは子爵なのに伯爵の嫡男と婚約していますわ」

 「まぁ」

 「私も色んなことを頑張っていれば上の爵位の方との婚約もあったかもしれません」

 「そうなのですか?」

 「ファビアーノ様は素敵な方で、私にが色んな意味であっていると思いますので、不満はありませんけれどね。でもエアリアーナは今から我儘を言わずに頑張ったら、ファビアーノ様よりもっと素敵な方と婚約出来ると思いますわ」


 「お姉様の婚約者より素敵な方・・・。フフフっそれは良いですわね。私頑張りますわ!」

 おぉ、エアリアーナも成長していますわ。前は『これよりいいものをあげますからこれは我慢してくださいな』と言っても取り敢えずこれが良いの一点張りで、それを手に入れてから、それよりいいものも欲しいって言う子でしたのよ。それが私のより良いものだけでいいなんて、成長ですわ。


 まあ、婚約者の良し悪しは、爵位や見た目の良さだけではありませんわ。話が合うとか、苦労も一緒に乗り越えていけそうとか、私にはその方が重要ですの。ファビアーノ様は見た目も素敵ですし伯爵家の嫡男でそれも申し分ないのですけれどね。

 多分エアリアーナがどんな人を選んでも私にとってはファビアーノ様より良い方ではありませんわ。エアリアーナ自身が納得できる方を選べるように、これから令嬢としての資質をあげていくことでしょう。そうなってもらわなければ困りますわ。今のままではねぇーーー。


 それから三年、私とファビアーノ様は順調に愛を育み、私が学園を卒業して、ファビアーノ様の領地で花嫁修業をしたのち結婚いたしました。

 ベルナルドも十六歳の時に一つ下の伯爵家のご令嬢と婚約いたしました。とても可愛らしい方で良くお似合いですの。


 エアリアーナはあの後すぐには我儘で欲しがりな性格は治りませんでしたが、素敵な婚約者という目標を掲げてお父様とお母様がきっちり再教育したので、最近はすっかり素敵な令嬢になってきました。見た目も相変わらず可愛いので、きっと良い方に見初めて貰えるでしょう。


 そうなってもらわなくてわね。良い人がいなくて、やはりお姉様の旦那様が欲しいですって事になりかねません。私はまだ一抹の不安を持っているのですよ。三つ子の魂百までって事になりません様に。


 

 


 

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