前髪は命

些阨社

第1話 前髪は命

 「はあ、はあ、はあ」

 男は走っていた。追い付かれないよう懸命に。繁華街から少し離れたビルの間、細い路地に入ると、

 「待てー!」

 と、数人の警官が通り過ぎて行く。男は影に潜み、自らの手を見つめて震えている。

 「やった、やったぞ……!」

 男を追っていた警官とは別の場所に複数の警官が三角コーンを四方に立て、立入禁止のテープを張っている。そのテープの内側、ブルーシートに囲まれた中にはバラバラになった女子高生の四肢が散らばっていた。

 

 「うわ、まただ」

 「あ、みたみた。ツンツンおじさんでしょ? 最近被害者増えてるらしいね」

 とスマホを見せ合う女子高生達の会話。最近噂のネットニュースのことだ。何でも女子学生の前に突然現れ前髪の生え際をツンツンと突く変質者が出没しているらしい。数カ月前から現れ、未だ捕まっていない。

 早速自身を手鏡で見ながらチェックしている。

 「なんでそんなとこ突くのかねえ。前髪の大切さ解ってないでしょ。命だし」

 と言いながら前髪を手で押さえるように整える。

 「んー、よく解んないけどまあ、危害を加えるのは良くないよね」

 「あんたは良いよ。顔面最強だし、どんな髪形だってそのツヨツヨ顔面さえあれば関係ないんだから。このオデコの前髪の関係はうちらにとっては超重要なわけよ。そう言えばさ、格闘技? やってるんでしょ? 怖い物無いっしょ」

 「あるよ」

 「へー、何?」

 「宇宙人、とか……?」 

 「……へー」


 ある日の夕方。 

 「カナコ、シオリ、バイバーイ」

 友達に別れを告げ二人が学校から帰っていると

 「ねえ、沙莉。人肉カフェって知ってる?」

 片方が前髪を押さえながら聞いてくる。

 「なにそれ? キモいよ」

 「本物じゃないよ。でもそのグロさが最近人気らしいよ。行ってみようよ!」

 「い、いや今日は遠慮しとく。心の準備出来たら、ね」

 「もう、絶対だよ?」

 沙莉が家に帰るとテレビがついていた。

 「最近話題の、人肉カフェにやって参りましたー! いやあ、なかなか、凄いですね……」

 リポーターも言葉に詰まる程のインパクトがある。テレビで流して良いのか見ているこちらが心配になる程だ。

 「ホントに流行ってたんだ」

 スタジオのコメンテーターが喋っている。

 「こう言ったインパクトがある割に安価でお小遣い程度で楽しめる場所に今、流行りに敏感な女子高生達の人気が集まっていまして、彼女達の持っている、その、ティーンマネーと言うんですかね、まあ、なかなかの市場を生み出していると……」

 「彼女達の影響力は絶大ですからねえ。日本の世論を牽引する存在とまで言えるのではないでしょうか、と言ったところで、さてそれでは次の……」

 テレビの中に映っていた利用客は確かに女子中高生が多い雰囲気だ。皆一様に前髪を押さえている。

 数日後。

 「ねえねえ沙莉。あそこ行かない? 話題のさ」

 「人肉カフェ?」

 「いやいや、もうそれ古いよ。今は協調ダンススクールだよ」

 「なにそれ? ダサくない?」

 「ダサくないよー。ほら、今は皆、個じゃん? 個。だからあえて皆で皆を支え合う同志として、ピッタリ息の合った振り付けで踊るのが流行りなんだってぇ。んで、SNSにアップすんのー。良くない?」

 「いや、なんか思想が垣間見えて、なんか……」

 「もう、時代は待っててくれないよ?」

 家に帰ると、テレビで協調ダンススクールを紹介していた。

 「ホントに流行ってたんだ」

 テレビに映るその踊りは若者受けしそうな激しさと息の合った振り付け、などは皆無。ある種のマスゲームで、一糸乱れぬ美しさのある某国を思わせるものだった。その後、スクール生のコメントが流れる。

 「こうやって、皆で一つ動きを完成させると、一つの生き物みたいな感覚になって、達成感もあるし、上手くなれば先生から配給も当たるし、なんかやり甲斐? みたいなものを感じます」

 と、イキイキとした表情で前髪を押さえている。

 「配給、とは……?」

 何か流行りに乗り切れない沙莉はソファに座りスマホを眺める。

 「まだ居たんだ。ツンツンおじさん」

 そこには例の変質者の話題が。まだ被害者が出ているらしい。と言うかツンツンおじさんが増えているようだ。最初の一人から感化されたおじさん達が女子中高生のオデコをツンツンして回っているらしい。

 「ぶつかりオジみたいだなあ。誰にも相手されない男って性格歪んでんだろうな。そんなつまんないことで承認欲求満たそうとしてるとか。もう文化が違い過ぎて宇宙人だわ」

 記事によるとどうもツンツンおじさん達はと何かしらネット上で情報交換をしているらしい。しかし口が固いのようでそれがSNSなのか、ウェブ掲示板なのか、まったく解らないという。

 数カ月後。帰宅中のこと。

 「ねえねえ、今度あそこ行ってみない? 今流行りの極貧体験!」

 「……もう解んない。流行り、解んないよ」

 沙莉は呆れて理解することを放棄する。

 「もう、皆に置いてかれちゃうよ? ってか、沙莉の女子高生生活、終わってんね」

 と、小走りに何処かへ行ってしまった。

 「はあ、私女子高生じゃないのかな……」

 ついて行けず項垂れていると、遠くで他の女子高生が男に絡まれている。

 「あれってもしかして……」

 ツンツンおじさんの現場に遭遇してしまった。

 「ちょっ……」

 と、声を掛けようすると女子高生の後ろから忍び寄っていた別の男に背後から額をツンツンされてしまった。そして二人の男は全速力で逃げる。沙莉はそんな男達を捕まえるべく駆け寄ろうと一歩踏み出した時、

 「う……そ」

 額を突かれた女子高生は関節毎に結合が外れたように身体がバラバラに崩れてしまった。そこに数人組の女子高生が通り掛かったかと思えば彼女達の姿がみるみる変わり警察官になってしまった。そして、

 「待てー!」

 と男を追いかけ走って行く。

 「どうなってんの……?」

 翌日、学校へ行くも昨日の出来事が頭から離れず心此処にあらずの状態の沙莉。その帰り道。

 「今日どうしたの? 朝から変だよ?」

 「んー、昨日なんか変なの見ちゃって」

 「変なの?」

 「いやあ、信じてもらえないかもだけどさ……」

 沙莉は昨日の出来事を一通り話してみる。

 「へー……。それよかさ! 今から女子高生対象の無料デザートブュッフェ行かない? 有名人も来るんだって!」

 「え、あれ? 驚かないの?」

 「そんなのどうだっていいの、さあ、早く行こうよ」

 沙莉の腕を強く握り引っ張る。その力は華奢な身体に見合わない程にとても強い。

 「ちょ、痛っ」

 とそこに突然昨日の男が現れる。

 「ん? 何か」

 と言い終わる前に友人の額を突く。

 いつも気にしている前髪の奥を突かれた友人はまるで電源が切れたように目の光が消え、関節が全て外れバラバラと地面に散らばっていく。そして

 「き……きゃ」

 沙莉が叫ぶより早く男は彼女の口を塞ぐ。

 「静かに」

 「な、何したの!? 殺しちゃったの?!」

 男は下を指差す。

 「アレを見ろ」

 指差す先にある地面に落ち転がる頭部、その口元や鼻筋に幾何学的な切れ込みが入りパネルが開くように展開して行く。その中には、小さいピンクの脳みその様な塊に小さな腕と黒目が付いた物がピクピクと蠢いていた。

 「な、何、何なんですか! アレは!」

 「しっ! 静かに。こっちへ来い」

 沙莉は男に連れられ薄暗い路地へ入って行く。気持ちが落ち着く理由もなく、男へ問いただす。

 「まあ、落ち着け。アレは宇宙人だ」

 落ち着けるか。おかしなことを言い出だした。

 「俺は巷で言われるツンツンおじさんってヤツの一人だ。まあ、有志が勝手に賛同してやってるだけで誰が他のツンツンおじさんかは知らないが、ツンツンおじさんは実は宇宙からの侵略者から地球を守っているんだ」

 ツンツンツンツン煩い。少し苛立ってきた。

 「はあ? 有志? 宇宙人? なにそれ。変態の妄想じゃん。変態妄想集団じゃん」

 苛立つ沙莉に男は淡々と説明する。

 「少し前に『クラブハット』って招待制SNSが流行ったのを知らないか?」

 ああ、なんか小学生位の頃、父がやっていた気がする。最先端の人達が集まってるんだとかなんとか言ってた。最近全然聞かないが。

 「あれ、でも名前がちょっと違うような……クラブハウ……」

 「おっと! それは音声特化したやつ。俺らのは普通のテキストチャットさ」

 全然知らないヤツだった。

 「アレの中で始祖が有志を募ってるんだ。その利用者は俺等みたいな五十前後の中年ばかりだし過疎ってるし、おっさんしか知らない話しさ」

 SNSの廃墟みたいだ。

 「始祖は教えてくれた。宇宙人は女子中高生の姿をした高性能ロボットに乗って侵略を始めているって」

 「……なんで女子中高生?」  

 「まあ、詳しいことはクラブハットで確認してくれ。これパスコードな。じゃ」

 男は去っていった。

 一人残された後、妙な不安を覚え足早に家に帰る。

 「……。気になるな」

 沙莉は葛藤の末、アプリをダウンロードして確認することにした。パスコードを入力すると、アカウント名『始祖』のホームに飛んだ。何か色々と怪しさのある内容ばかりの中にお目当てが現れる。

 『女子高生の影響力は凄まじい。実際この国の経済の数パーセントを動かしている』

 「いやいや、大袈裟な」

 『奴ら、ジメッツ・スムート(以降宇宙人)はその力で日本を内側から変えようとしている。ここ最近のおかしな流行はその予行演習に過ぎない。今のうちに行動を起こすのだ。女子高生型ロボットの弱点、それは前髪の奥にある額の接合部。そこを突けば機体に潜む応力が解放されて身体がバラバラになる。しかし、奴らはそれを手で守っている。前髪を直すふりをして』

 「普通の子もやってるよ。そんなの」

 『武器などは使わずツンツンするんだ。間違って普通の女の子だった時にケガをさせると良くないから』

 そう言う配慮はあるのか。

 『とある機関の調査によると、総人口一億二千万人のこの日本に於て、八千万人の女子中高生が確認されている』

 「まさか」

 『そう、女子中高生ロボット、宇宙人が大量に流れ込んでいる。そして扇動する。ロボットであり宇宙人である奴らは金や投票権は無いが扇動された奴らが思うままに動いてくれる。目を覚ませ』

 「寝てないっつーの」

 『隣人に気を付けろ。それは本当に友達か? 名前は? 生年月日は? 気を付けるんだ。何故なら奴らは』

 「そんなの、分かるに決まっ……」

 まさか、そんな筈は無い。いやしかし、出てこない。散々流行りな場所に引っ張ろうとしてきた、いつも隣にいたはずの……。  

 『記憶を操る』

 

 月日が経ち、高校三年の春。一学期の始業式。

 「ああ、もう三年かあ」

 「もう卒業近いねえ」

 「あ痛! ごめん」

 体育館は女子生徒でぎゅうぎゅう詰めになっている。

 「ちょ、うちの高校、こんなに生徒いたっけ? 女の子増えてない?」

 「えー、知らなーい。あ、そうそう沙莉。今日あそこ行こうよ!」

 「ええ、またあ? 次はどんな流行り来てんの?」

 「次はねえ……選挙!」

 

 またまた暫く経ち、家にいる沙莉。誰がつけたかテレビでニュースが流れている。

 「速報です。新たな首相が決まりました。史上最年少の女性首相の誕生です。それではVTRをどうぞ」

 ああ、そう言えば前の首相、若者人気だだ下がりで支持率落ちて降りてたな。次は誰だろ。

 「私は! 決して流行りに乗って選ばれた訳では! 無いと! 本気の改革を行って参る所存でございます!」

 と意気込む新首相。なんでも民主主義からの脱却、共産主義への回帰を謳っているらしい。回帰、そんな時代あったっけ? 等と考えている沙莉を見つめるようにテレビの中で新首相は微笑み、徐ろにその左手を額に当て、前髪を直していた。

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