第2話 別世界の王
路地裏でロワンを殺した外道を返り討ちにした後、こちらに走り向かって来たのはロワンの妹だった。俺はすぐにロワンの意識へ切り替える。
「お、お兄ちゃん!! 良かった……無事だった……」
「エリナ!? こんな所までどうしたの? 学校を抜け出して来たの……?」
「そ、そうだけど違う! お兄ちゃんがまた誰かに虐められるって聞いて……周りの人も今日は酷いかもって……それで」
妹は泣きそうな表情で僕の顔を見上げる。僕は本当に馬鹿だ。誰よりも、唯一僕を心配してくれる妹を置いて死ぬだなんて……。
でも僕は死んだなんて決して言えない。せめて頭を撫でてやることしか僕には出来なかった。
「エリナ。大丈夫だよ。お兄ちゃんは生きてる。また先生に怒られそうだ。一緒に行こう?」
「うんっ……」
学校に帰ると、校門で先生が仁王立ちして待ち構えていた。凄く怒っているようだ。
「エリナ! それにロワンまで!? 急に授業を抜け出すとは何事だ!」
「すみません。エリナが迷惑かけて……。どうやらとても心配性のようで」
「ごめん……なさい……」
「まったく、昼休みはとっくに終わってる。昼飯は授業中に食べても良いからしっかり受けるように。あと、このことはしっかりあの人にも報告するからな」
「はい……」
あの人とは、僕らをスラムから拾ってくれた優しい人。素性は未だに分からないけど、学校の人らと密接な関係があるのは何となく分かる。ただあまり良い印象は持たれていないように思える。やっぱり、僕らのせいだ……。
僕は書面上ではその人の子供で、かつ僕はエリナの保護者という程で学校の生徒ではない。僕が虐められている件についてだけど、まだ妹には手が伸びていないらしい。妹も同じスラムの生まれだけど、今回僕だけがスラム生まれだとバレただけで……。
《たかがスラム生まれだと言うだけでここまで人生が大きく変わる物なのか。どうも凡ゆる国は何故貧富の差が生まれるか分かるか?
それは、必ずどこにでもいる悪徳貴族や、国家の為と言って税金を不必要に搾取する政府の下衆共のせいだ。我が国はそれらを全て摘み取り、決して貧富の差が生まれないように国作りをしてきた。今、そのスラムと普通の差を見て虫唾が走った》
頭の中で声が響く。国作りって……この人は王様なのか? ならますます僕を助けた理由がわからない……。
「おいロワン! さっきからぼーっとしてどうした?」
「え? あ、あぁ……すみません。僕も体調が優れないようです」
「お兄ちゃん、ほんとに大丈夫?」
どうも僕の中に別人がいる感覚は慣れない。この人の声を聞いている間は、どうやら僕は無意識にぼーっとしているらしい。こんなんじゃエリナをさらに心配させるだけだ。やっぱり今日帰ったら話そう。死んだことだけを除いて。
「大丈夫だよエリナ。今日はお家に帰ったら話したいことがある」
「……? わ、わかった……」
それから僕はエリナを学校で見送り、一人で家に帰った。実家ではない。優しい人がいる家に。
「ただいま戻りました」
「やぁロワンおかえり。エリナが授業を突然抜け出したって聞いたよ? 何があったの?」
「あぁ……まぁ、いつものことです。でももう大丈夫です。多分解決しました。今後は殴られることは無いかと」
「また!? あいつらほんとに懲りないなぁ! ってもう大丈夫? 一体何を根拠に……?」
「妹が帰って来たら話します」
「そ、そう……?」
この人は基本、いつでも家にいる。いつ外出しているのか分からないくらいに。この人の名前はノアレス・ヴァレン。
金色の髪に、透明フレームのスクエア型メガネの奥で、いつも朗らかな優しい笑顔を僕に向ける。知っているのはそれだけ。
そうして妹が帰って来るのを待つこと、一言も互いに交わさずに、僕は本とか目を凝らして読みながら約2時間。玄関のドアからようやく帰って来た。
「お兄ちゃん! ただいま! あと……ノアレスさんも」
僕とノアレスさんに対する態度がこうも違うのはただ信用していないだけ。本当にスラムから拾ってくれた恩はある。ただそれだけにノアレスさんの素性がこれまでに全く読めないからだ。
拾ってくれた身として相手をいつまでも勘繰るのは良くないことは分かってる。でも、治安も環境も最悪なスラムで生きて来たからこそ、人をそう簡単に信じられないのかも知らない。
「お帰り、エリナ。それじゃあ話そうか……ノアレスさんも一緒に」
「あ、あぁ……なんだい?」
「えっと……名前の知らない誰かさん。変わっていいよ」
「ん? どうしたのお兄ちゃ……ん??」
僕がそういえば、僕の意識はすぐに暗闇の奥へ一気に引き摺り込まれるように、視界が暗転。別の誰かの視点を借り見ているようなぼんやりとした景色になる。
「変わった。先程から話していたのは俺のことだ。エリナよ、今目の前に居るのは確かにお前の兄だが、魂が違う。まぁ、この場では二重人格と言えば分かり易いだろう」
俺の言葉にノアレスは一瞬表情を曇らせた。何を考えているのか。スラムからただ理由もなく少年少女を助ける者などいない。警戒するに越したことは無いだろう。
横目にノアレスを見ていれば、エリナは酷く怯えた表情で俺を見上げる。
「へ……? だ、だれ!?」
「誰か? か。確かに言いそびれていたな。俺の名はアウレド・ヴァルグレイ。エリナやノアレスの知る世界とは全く別の世界の王だ。エリナにとって今すぐロワンから離れて欲しいと思うのは山々だろうが……それによってロワンが死んでも良いのなら今すぐ離れよう」
「死……? だ、ダメ! お兄ちゃんが死ぬのは嫌……」
「心配するな。俺がいる限りは死ぬことはない」
ロワンの魂を修復するための融合。完全に消滅した魂まで復元することは俺でも不可能なため、ロワンが復活するまでに恐らく三年は必要だ。
「ところでノアレスよ。さっきから何を考えている? 俺の言葉を聞いてから様子が変だ。二重人格という言葉に何が可笑しな点でもあったか?」
「……え? あぁ。単純に興味深い状態だと思ってね。魂が二つに分離したり、新たに生まれ変わったりすることがあるだろう? 二つの魂が融合するなんて聞いたことがないからね」
「それがどうした?」
「け、喧嘩してるの……? ノアレスさんは良い人なの! ノアレスさんを虐めないで!」
エリナは俺の僅かな変化を読み取ったか? 素晴らしい観察眼だ。だが少しは人を疑うことも教えなくてはならん。
「良いかエリナ。スラムで生きて来たなら分かるだろう? この世に聖人なんぞ存在しない。どんな恩人であれ、常に自身を守ることを考えろ。真に信頼できるのは自分だけなのだ」
「ははは……えっと、今はアウレド君と呼んだらいいのかな? まるで僕に敵意を剥き出しているようだけど、僕はエリナ君やロワン君を傷付けるつもりは毛頭無いから。その敵意は今は仕舞ってくれるかな……?」
ノアレスは頬を掻いて俺に困った表情を見せる。相手がたとえどんな善人だとしても、疑わないという選択に至らない。
「ノアレスよ。王とは全ての国民を愛し、同時に疑わなくてならない。常に王の然るべき威厳を持ち、舐められてはならない」
言葉を紡ぎながら、目を見開き、自身の周囲へ薄い魔力を勢いよく解放し、この部屋の全ての窓にヒビを入れる。
「ノアレスよ。一つだけ忠告しておく。エリナとロワンに少しでも手を出して見せろ。俺は、お前を、いつでも殺せる」
「っ……。あ、あぁ、分かってるさ。それに済まない……。頼むからその敵意を仕舞ってくれ。僕は魔力に弱いんだ」
「あわ……あわわ……」
「分かればいい」
少々やりすぎたか。この程度の魔力も敏感に感じるとは……。
「ごめん。ちょっと外の空気を吸ってくる……ったく」
世界最強の国王が別世界に転生〜気まぐれに弱者になりきって復讐を楽しむ〜 Leiren Storathijs @LeirenStorathijs
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