剣士ロナルドの伝説

雨丸 令

第1話 非道な盗賊バルバロッサ

 剣士ロナルドは盗賊バルバロッサと相対していた。


 周辺に転がるのは幾つもの死体。奴の部下だった奴らのものだ。緩やかな丘陵地帯は無数の死体で埋め尽くされ、辺りには濃い血と糞尿の匂いが漂っている。


 ロナルドが握る剣から、ポタポタと血が滴っていた。


「ち、近付くな! 近付くんじゃねえ!?」

「……………………」


 腰を抜かしたのか、奴は尻餅をついていた。顔に浮かぶのは濃い怯え。一目散に逃げる事も出来ず、いやいやと首を振りながら後退りをしている。


 一見無様な姿。だが、ロナルドは決して油断しなかった。


 なにせバルバロッサは恐るべき極悪人なのだから。


 盗賊団を率いた村の襲撃8件。貴族を含む子供の誘拐が12件。単独での殺人が47件。強盗21件。強姦35件。その他脅迫や暴行などの軽微な余罪が多数。


 きっと表に出ていない罪も沢山ある事だろう。


 そのような悪党が、ただ逃げ惑うだけ? ……ありえない。


 絶対になにかある。ロナルドは一瞬たりとて気を抜かなかった。


「や、やめろ。やめてくれ! 俺はもう誰も殺したりしない。盗みだってやめる! 今後二度と悪事を働かないと神に誓ってもいい! だから見逃してくれ!?」

「……誰が信じるというんだ。大勢の命を奪った、貴様なんぞの言葉を」


 聞くに値しない。あまりにも見苦しい言葉だ。


 ロナルドは心底から不愉快な気分になった。


 例えばこれが同情の余地ある相手であれば、ロナルドとて問答無用で追い詰めようとはしなかった。相手の事情にゆっくりと耳を傾け、償う機会くらいは与えられるべきだと思ったなら、出来る限りの手を尽くして償う機会と手段を与えてやった。


 ――だがこいつは違う。この男だけは違う。

 ――ロナルドは知っている。奴に同情する価値などないと。


 実を言うと、バルバロッサには幾度かやり直す機会が与えられていた。


 一度目は親切な老夫婦が彼を受け入れようとし。

 二度目は敬虔なシスターがその罪を赦そうとし。

 三度目は真面目な騎士が彼に自首の機会を与えようとした。


 しかし奴はその全てを斬り捨て、拒んだ。


 老夫婦は殺害した上で全ての金品を奪い去り。シスターは強姦した後で奴隷商へと売り飛ばし。騎士は手足の筋を斬って魔物の餌にし、食われる姿を見て嘲笑った。


 どうしようもない邪悪。それこそが、奴の本性。

 真正の外道に与える慈悲など、ロナルドは持ち合わせていない。


「貴様はここで死ね。『闇と安寧の神ネリウム』に祈る事すら許さん。我が剣によって命脈を断たれ、ゴミのように朽ちる事こそ貴様に許された唯一の選択と知れ」

「が、なっ!? ……ふ、ふざけんな。ふざけんなよ剣士風情がッ!!!」


 激昂するバルバロッサ。立ち上がり、一か八か仕掛けてきた。


 やはりか! ロナルドは納得し、思考を加速させた。


 そもそも彼にとって、バルバロッサは敵ではない。


 ロナルドは5歳の頃から剣術の天才と謳われ、10歳では数々の剣術大会で優勝。15歳にもなると本物の戦場で何百人もの敵を討ち、数々の戦争を勝利に導いた英傑中の英傑。世界中を見渡しても彼に比類する腕を持つ者は何人といないだろう。


 対して盗賊は子供の頃から遊び回り、親の言う事を聞かず鍛錬を放棄。成人すると真面目に働くのが嫌で親元から出奔。盗賊稼業に足を踏み入れた生粋のゴロツキ。


 油断さえしなければ、負けるのが難しい相手だ。


 ――斬。


「ぐぁああああああああっ!?」


 幾つもの技を繋げた18連撃。


 それぞれが必殺級の技だ。例え一つ受けただけでも致命傷になる。それを18もまともに喰らったんだ。バルバロッサは全身血塗れ、瀕死の重傷状態になった。


「最期に言い残す事はあるか?」


 末期の言葉くらいは聞いてやる。

 そう、ロナルドは慈悲を見せた。


 ……だが返答は、ツバだった。


「くたばれ。この、化け物め!」


 その言葉を最期に、バルバロッサは死んだ。

 多くの命を奪った悪党に相応しい、凄惨な最期だった。


「ふん。俺が化け物なら、貴様は悪魔だろうが」


 精々地獄で苦しめ。貴様の居場所など、この世界にはないのだから。


 そう吐き捨て、ロナルドは賊の死体に背を向けた。


 巨悪を一つ討ち取ったとはいえ、この世には未だ悪が蔓延っている。その全てをこの世から根絶やすまで、彼が足を止める事はない。――絶対に。

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