第2話 杖ってなんだ
俺は昔から「俺TUEEEE!!」系のライトノベルが大好きだった。
無能だと思われていた主人公が実は最強能力を持っていたり。異世界転生した主人公がチートな能力で敵をバッタバッタとなぎ倒したり。......そんな展開に何度も憧れた。
俺のスマホの中にはお気に入りのアプリがたくさん入っていて、いつでも俺TUEEEの世界を堪能できる環境が整っていた。
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その日もいつも通り終電ギリギリまで仕事を片付けていた。
疲れた体を引きずるように駅へ向かい、ホームで待っている列に並ぶ。ホームドア越しに見える線路を見ながら考える。
(明日こそ早く帰れたらいいんだけどなぁ……)
電車が滑り込んでくる音とともに人々が一斉に動き出し、俺もその流れに身を任せた。
終電近くだというのにぎゅうぎゅう詰めな車内。
何とか立ったままでポジションを確保すると、すぐさまスマホを取り出し小説投稿サイトのアプリを開く。
今週更新された最新話を読みたい一心だった。
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「ふぅ~今週も面白かったなぁ……」
読み終わり、思わず口元が緩む。
あぁ、俺も本当に転生して”俺TUEEEE”みたいなことが出来たらなぁ。
いつもの如くそんな風にありもしない事を
”願い”つつ、スマホの中の主人公が遂に真の力に目覚めたシーンを読み返してはワクワクしながら次のページをタップした瞬間――
ガシャーン!
突如響き渡る轟音と共に目の前が真っ暗になった。痛みを感じる暇もなく意識が途切れていく……
最後に感じたのは激しい衝撃と、恐怖だけだった。
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次に意識が戻った時、最初に感じたのは違和感だった。視界は全くなく、代わりに鋭敏な触覚だけがある。
《え?なんだこれ、どういうこと?》
声が出ない。なんだ、何が起きた?
思い出すのは最後の記憶、電車内で突如聞こえた轟音と衝撃。
《お、おい今どうなってるんだ!?...俺は地下にでも埋まってるのか...?》
俺は視界が真っ暗で何も見えず、声も出ない事で混乱していた。
《くそ、体が動かないし、何だこの変な感じは...》
暗闇の中で思考だけが走る。視界ゼロ、声は出ず、手足の感覚もなし。ただ存在するのは「俺」の意識と、異常に研ぎ澄まされた触覚のみ。
周囲の空気の流れが肌……いや、俺の体の研ぎ澄まされた触覚、体全体からビシビシと伝わってくる
俺は理解させられた。
自分の体が人ではなくなっていることを。
《俺、杖になってるぅぅうう!?》
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と、そんな風についさっきまで盛り上がってた俺。
いや、さっきまでは
『これって異世界転生ってやつか!?もしかして俺TUEEEEができる!?』って大人気無く盛り上がってたよ。
でも、そこで思い出した。
転生はしたよ。でも俺、杖なんだ。
え、杖ってなんだ?
いや、杖自体は分かる、歩行の補助だったりそういうものだろ。
その杖になんで俺がなってるんだ?
いや、こういう時って若い頃の自分だったりイケメンや美少女に生まれ変わる、ってのが定番だと思うんだけど...杖ってなんだ?いやほんとに。
というかこんな時に神様や案内人だとかが出てきて説明のひとつやふたつしてくれるもんじゃないのか?
そんな事を考えいると真っ暗な視界の隅にぼんやりと手紙のようなマークが浮かび上がる。
《ん...?なんだこれ...》
そのマークに意識を向けた途端、頭の中にそれは流れ込んできた。
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《拝啓 我らが愛すべき人類よ》
《貴殿の強い願いを受け取りました》
《電車での出来事について申し訳ありません。貴殿が読まれていた物語の影響を受けた若者が暴走した結果の悲劇です》
《せめてもの償いとして、あなたの望む世界に転生させてあげることにしました》
《「俺TUEEEEEEEE!!!」》
《貴殿はいつもそう叫んでいましたね?》
《強い願いでしたので叶えて差し上げました》
《杖として》
《杖にすれば貴殿の願いが完全に叶うでしょう》
《異世界を存分に楽しんでください》
《貴殿の新たな人生に幸あれ》
《創造主より》
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《……》
《いやいやいやいや!!》
俺は心の中で絶叫した。
《何だこの茶番!?冗談じゃないぞ!》
《確かに俺は「俺TUEEE!」が好きだったけど!叶うなら俺TUEEEEをしたいってずっと願ってたけど!それは自分が人の場合の話であって武器やら道具になることじゃない!》
《杖ってなんだよ!?俺TUEEEEだから杖ェェってか?アホか!》
パニックになりながらも冷静に考え直す。
《待てよ……神様は「貴殿の願いが完全に叶う」と言ってたな》
《ということは……この杖は凄い力を持っている……?》
《でもそれを活かすには誰かに使ってもらわないといけないわけで……》
俺は深呼吸をするように心を落ち着かせる(杖なので物理的にはできないが)。
《とにかく状況確認だ。まずは自分がどんな杖なのか知ろう》
えっと...どうすればいいんだ?...とりあえず落ち着いて集中でもしてみるか...。
意識を集中することで体の感覚が鋭くなっていく。まるで全身がセンサーになったような感覚だ。
《金属製......じゃないな...これは木製か?》
《柄の部分は...太すぎず細すぎずって感じか...でも長さがあるな》
《先端には...なんだこれ...宝石?のようなものが嵌め込まれている...それになんか宝石から何かが流れ込んでるような感じがあるな...》
意識をさらに研ぎ澄ませていくと、体の構造が少しずつ把握できてきた。
《装飾が付いてる...のか?これはもしかして、俺って伝説の装備みたいな感じか?》
しかし—
《ん……?でもなんだか妙にバランスが悪い気がする……》
違和感に気づいた瞬間、頭の中に声が流れ込んできた。
- 《スキル「自己鑑定Lv.1」を獲得しました》-
《っ!?》
スキル!そうか、まぁ異世界だしスキルとかそういうのもあるのか。
「自己鑑定Lv.1」って事は自分の情報を見れるのか...?丁度いい、使ってみるか。
《...自己鑑定...!!》
そして俺は__
その結果に絶望した。
俺、杖になりました。- 俺杖ェェ、なんつって。- 名無しの初心者マン @kouki0001
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