第五章 踏み出せない日々
初めて遊びに行った日。
僕たちの関係はあの日から、生徒と教師のような関係から友達へと変わった。
学校内では僕が周りの目を気にしていたため、直接話すことは少なかったが、スマホを通して話したり、たまに目を合わせたりと楽しかった。
週末には近場に遊びに行ったりして、今まで小説を書くか、勉強をするかの二択だった人生に澪は新しい選択をくれた。
そして僕は、自分の恋心を自覚していたが、今の関係が壊れてしまうことが恐ろしく、一歩前で踏み出すことができずにいた。
そして月日は流れ、期末試験の時期になっていた。
*
街はしっかりと寒くなり、手袋やマフラーがないと外に出ることも辛い日々。
手がかじかんでペンを持つのが辛い季節にだが、そんなことは関係なく期末試験はやってくる。
「マジで寒いね」
「こんな時期にペン持ちたくね〜」
「でも来年はあれあるよ。共テ」
「……それは言わないでくれよ」
クラスメイトがそんなことを言っていて、もうそんな時期なのかと感じた。
確かに、今は高校二年の冬。
来年はもう受験真っ只中なのだろう。
そんなことを考えていると、澪が教室にやってきた。
澪はいつも、周りにはバレないように僕に目配せで挨拶した後に席に座っていた。
だが今日は僕のもとに直接来た。
「期末も勉強教えて!」
その理由は勉強を教えてもらうため。
だがそれは周りの目をごまかすためのパフォーマンスであることを知っていた。
澪とは事前に連絡を取り、勉強を教えることになっている。
だが僕がクラスメイトから注目されることを嫌っているため、このような形をとってもらった。
この方法のほうが注目されるのではないかと思うだろうが、前回の中間、澪は僕から勉強を教わったことで赤点ギリギリから中の上まで上がった。
そのため、澪本人が僕に勉強を教えてほしいと言うと、僕に教えてもらうことについて、澪の友人も何を言えなくなっていた。
「わかった。この前と同じ感じていいかな?」
「それでお願い」
「僕は今日からでもいけるけど、どうする?」
「今日からやろう」
「じゃあ放課後、図書室で」
「うん」
そう言って、僕たちの朝の会話は終わった。
*
放課後、図書室で待っていると、澪が来た。
「お疲れ」
「お疲れ」
互いに今日の苦労をねぎらい合うと、澪は僕の横に座る。
僕はもう初めての時とは違い、椅子をずらすことはせず、そのまま勉強を教え始める。
期末試験の勉強は、前回の中間試験のときとは違い、基礎が身についているおかげでそこまで教えるようなことはなかった。
そのため、澪が問題を解き、わからなかったところを僕が解説するような形になっていた。
前回の点数が良かったからか、勉強に対するモチベーションが上がったのか。
その辺りは聞いていないが、前回に比べるとだいぶ良くなっていた。
そんなふうにひたすら問題を解き、解説をしていると18時前を告げるチャイムが鳴る。
それを聞いた僕たちが片付けをしていると、司書さんがやってきた。
こんなことはなかったので、どうしたのだろうかと気になっていると、その理由を話し始めた。
「お二人共、明日、図書室は空いてないです」
「休館日ですか」
「はい。ですので、明日はここに来られても閉まってます」
司書にそう告げられた僕は、明日の放課後、どこで勉強しようか帰り道で考えていた。
「う〜ん、どうしようか」
「代わりの場所か〜」
僕は何処か代わりに勉強できそうな場所がないかを考える。
市立図書館もここからは遠く、適していない。
いろいろな場所を考えていると、一つ良さそうな場所を思いついた。
「澪の従姉妹の店って空いてるのかな?大丈夫そうならあそこが良さそうだけど」
「明日は定休日だね。家に帰ってるから店にはいないよ」
「なら…僕の…、いや、何でもない」
どこも候補地に上がらないので、最寄りから数駅にある僕の家を勉強場にしようかと考えたが、澪は女性。
そんな相手を家に招いたら澪に勘違いされる可能性があると思い、言いとどまる。
「何って?」
「何でもない」
「いや、何処か良さそうな場所行ったんでしょ。言いとどまるってことは、もしかして、いやらしいところ?」
「いや、違う!」
そんなことを言われ、思わず大きな声を出す。
それを見た澪は笑っていた。
「じゃあどこなの?」
このままでは名誉に傷がつくと思い、僕は渋々さっき言おうとしたことを言う。
「……僕の家って言おうとした」
「おおっ、いやらしい」
「どこもいやらしくない!家には妹も居るし、そんなことはできない!」
「おっ?そんなことって、どんなこと?」
「……くっ、」
これ以上何か話すと自分が不利になると感じた僕はそれ以上は何を話さずに駅へ向かう。
「ごめんって、私が悪かったからさ〜」
澪は喋らなくなった僕が嫌なのか、謝りながら後ろについてきた。
*
そして翌日の放課後、言われた通り図書室は空いていなかった。
だが僕たちは一度、図書室の前に集まった。
今日、どうするかを話すためだ。
「本当に僕の家に来るのか?」
「まあ、場所が無いし。春紀が大丈夫ならお邪魔しようかな」
「一応昨日のうちに家族には言っておいたから、大丈夫だ」
「じゃあ行こうか」
僕が家族の許可を取っていることを言うと、澪はなぜか先陣を言って僕の家に行こうとする。
僕はそれを追いかけるように後ろについて行った。
*
「ここだよ。僕の家は」
「おっきいね」
「無駄にね」
そう言って着いた場所は住宅街にある一軒家。周りよりも少し大きい家で、ちょっと目立っている。
父は子沢山の家族が欲しかったようで、部屋もかなりの数があるが、今の三人ではそれが埋まることはなく、物置のようになっている。
「ただいま」
「はい、おかえり」
玄関の僕の声には家事をしている母さんが反応をしてくれる。
「昨日言った通り客人がいるから」
「わかった。あんたの部屋に食べ物とか持っていくね」
「ありがと。スリッパ欲しかったら、そこのやつとか、勝手に使っていいよ」
「うん」
玄関の横にあるスリッパを指差し、澪に伝えると、そこからスリッパを取り出して履いていた。
僕は履き終わるのを待ってから、一緒に二階に向かった。
そして、廊下で予想外の者に出会った。
「お兄ちゃん……、ともしかして彼女さん!!」
僕の後ろにいる澪のことを見て、勝手に解釈した彩香は一人で盛り上がり始める。
それを見て澪は苦笑いをしている。
僕は彩香の額を人差し指を押すと、変な声を出しながら後ろに下がっていく。
「澪は友人だ。変なことを言うな」
「え〜、嘘だ」
彩香はそんなことを言っていたが、無視して澪を部屋に招いた。
僕の部屋は一人部屋とは思えないくらい大きいが、いろいろな家具にかなりのスペースが使われている。
「椅子持ってくるから、適当な場所に座っていて」
「わかった」
僕は隣の部屋の物置になっている部屋に椅子が余っているのを知っているため、取りに行く。
その部屋は色々なものが入っていて、目的の椅子を取り出すのに少し時間がかかった。
椅子を持って部屋に入ると、なぜかパソコンの電源が入っていた。
モニターには僕が書いている小説の下書きが写っていて、澪はそれをしっかり見ていた。
「見た…よね」
「…ごめん」
「謝らなくていい。電源を落としてなかった僕が悪いんだから」
昨日、小説の下書きを書いた後、疲れて寝てしまったため、パソコンはシャットダウンしておらず、スリープになっていた。
マウスが地面に落ちていることから、澪は何かの拍子にマウスを落としてしまい、マウスが動いたせいでパソコンの電源がついたのだろう。
デスクトップなので、パスワードは要らないだろうと思っていたのだが、それが思わぬ事故を招いてしまったようだ。
「よかったら、できた小説、見せてくない?」
「できた小説?澪って小説読んでたか?」
「普段は読んでないけど、春紀のなら読んでみたい」
「わかった。でも試験期間が終わってからな」
「うん」
小説を見られるというトラブルがあったものの、僕たちは勉強を開始した。
勉強を始めて二時間近くが過ぎ、いつもならば予鈴の鳴る時間の18時が近づいていた。
18時の十分前、いつも予鈴が鳴る時間に僕はスマホのアラームをかけていた。
勉強に集中していると、突然スマホのアラームが鳴り出し、時間を確認するといつも予鈴が鳴る時間だった。
「いつも片付けをしてる時間だな。そろそろ解散するか」
「うん。そろそろ帰ろうかな」
澪はそう言って片付けを始めた。
片付けを終わると僕たちは玄関へ移動する。
「お邪魔しました」
「また来てください」
その声に母さんが返事をする。
「わかりました」
澪はその呼びかけに応えると、が靴を履き始める。
その横で僕も靴を履いた。
「なんで靴履いてるの?」
「駅まで送るから」
「そう」
澪は不思議そうにしていたが、僕にはそれが何故だったのかわからなかった。
駅までは期末に出るだろう問題について話しているといつの間にか着いた。
「小説、できたら教えてね」
「ああ」
「じゃあまた学校で」
「気を付けて帰れよ」
「うん!」
澪が改札に入っていくのを見送った後、自宅へと歩き始めた。
小説を書いていることは家族の誰も知らない。それは、誰にも知られたくなかったから。
だから澪に見られたときは怒ると思った。
だが何故か僕はうれしく感じた。
澪がパソコン画面を見つめていた姿が、帰り道になっても頭から離れなかった。
胸の奥がじんわり熱くて、なんだか息がしづらい。
それが何故なのか、僕にはまだわからなかった。
────────────────────
お兄ちゃんが女の人を家に連れてきた。
しかも、その人は黒髪、長髪の美人な人。お兄ちゃんとは全く違うタイプの人だ。
この前お兄ちゃんがおかしくいなっていたのはこの人が原因だと、直感でわかった。
それは何故か?
まあ、女の直感かな。
友達と言ってたけど、それは違うと思う。
だってあれ、お兄ちゃんの顔じゃなかった。
“誰かを好きになってる人”の顔だった。
それに、家では勉強をしないと言ってたのに、わざわざ家に連れてきてまで勉強をしてた。
「これは私の出番!?」
二人のことを客観的に見て感じたことは、両者ともにあと一歩、踏み出せていないということ。
ここは、兄思いの妹がその懸け橋になる必要があると感じた。
ならばやることは一つ。
今日は話す時間が少なかったけど、今度来たときは澪さんに積極的に話して、お兄ちゃんのことをどう思っているのかを聞くこと。
それで感触が良ければ、お兄ちゃんにそのことを伝える。
「私がキューピットのなってあげよう!」
小さいころからずっと見てきた。
お兄ちゃんは“好き”を言葉にするのが世界一下手な人だから。
澪さんが帰り、部屋に一人でいた私はそう決心した。
────────────────────
春紀の家に初めて行った日に、初めて春紀の小説を見ちゃった。
あれは事故だったけど、私は春紀のことをもっと知れたと思ってうれしかった。
私が小説を見始めたきっかけはあれだったなぁ。
春紀の小説は見やすかった。でも、しっかりと奥行きがあって、作品として完成されてた。
いつか小説家として成功すると思う。成功するまではしんどいかもしれない。でも、春紀の小説はもっと多くの人に見られるべきだと思う。
成功したときは、「春紀の初めのファン」として、みんなに自慢するよ。
今からでも、それが楽しみ。
春紀の妹の彩香ちゃんとあったのもあれが初めてだったね。
彩香ちゃんは春紀とは違って、社交的だった。
いや、春紀が社交的じゃないって言ってるわけじゃないよ。
なんて言ったらいいんだろうね。難しい。
春紀ならなんて表現したらいいか、わかるのかな?
というか、男の人の家に女の子が行くのって結構、気を許してる相手じゃないといかないと思うよ。
春紀はどう思ってたのか知らないけど、私は多少覚悟してたよ。
でも春紀はそういったことはしてこなかった。
まあ、付き合ってなかったからかもしれないけど。
今後、こういったことがあったのなら、春紀も一歩踏み出す覚悟しといたほうがいいよ。春紀はできなそうだけど。
でも、そういった誠実なところはよかったよ。
*
病室でこの文章を書いている私は恥ずかしかった。
その理由はラブレターみたいになっているからだ。
でも、この気持ちは伝えておきたいと思い、文章を書いていく。
指が言うことを聞かない時間が、だんだん長くなっていることに涙しながら。
君がいたから僕がいる 茶伝 @Chaden
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