夕焼け 半分チカラで

青空一星

シーソーのもう一方

キー……バタン、キー……バタン


夕焼け空にシーソーが揺れる


傾くのは……彼方か、……此方か





 何の喜びもない毎日。仕事帰りに重めのレモンサワーを呑んで、酔っ払って、意識を失うのが生き甲斐だった。酔っ払って、その日のことなんか何にも無くしてしまう、そんな一時の快楽無駄が。


 独り静かな家の中、頭の中だけは騒がしい。安いレモンサワーのもとで酔っ払った頭は、なんとなく足を動かしたくなって、ふらつく足取りで外へ出た。


 少し歩いて、電灯がきれいだなんて思って、そのまま歩いていくと家近くにある公園の傍まで来た。

 その公園は子どもさえ寄り付いたところを見ない、大した面白みもない名ばかりの遊び場だった。有るものと言えばベンチ、すべり台、シーソーぐらい。元々あった公園が小さくされたのか、空いた無駄な土地に意味を持たせるために大した意味もないかれら遊具が置かれたのか。そんな意味のない場所を前に、何の価値もない僕は立ち止まった。


 酔っ払ったクソみたいな頭には居座る場所が欲しくて、そんなつまらない場所でも、その時の僕にとっては存在できる唯一の場所だった。


 家からはだいぶ近い。警察から補導されようが散歩だと言って退けられる範囲。独りだけのつまらない酒でどうしようもなく酔っ払った頭でもそのくらいは考えられた。

 そんなどうしようもない頭で、僕はシーソーの片側に腰を落とした。

 向かい側には誰もいない。僕だけのシーソーだ。


 ……子どもの頃はこうじゃなかった。反対側には毎日いっしょにあそぶ親友がいて、あほみたいにぎっこんばったんしたもんだ。


 …………嘘だ。


 自分の戯れ言を確かめるように持ち手を取って。地面を踏みとんで……落ちて、尻に鈍い感触をくらった。

 

 僕に子どもの頃から友達なんかいない。僕にとってシーソーは元気どころ友達持ちの遊具だった。

 二人いるからこそ遊べる遊具。公園という誰もが遊べるはずの場所で、二人じゃないと遊べない理不尽な遊具。その不快感を抱えて、独り砂場にいた。


 身体が浮く感覚を味わいたかった。ブランコとか、赤ん坊の頃のたかいたかいで味わえるあの浮遊感ではない。それらでは味わえない、誰かの重みでゆったりと宙を落ちるその感覚を。……遊び相手。無条件に信じ合える友達と堪能できる、その浮遊感を味わいたかった。――でも、


 ……キィ…………


 自分で上げて、落とした遊具が、また動く道理はない。重力は上がれば落ちる。それだけの道理を示すものだから。

 たった独りの運動に、応えてくれるものなんて、ない。


 独りきりの深夜の公園。空気は冷たく、動かず。僕の周りには堕ちきった空気だけがあった。はずだった。


〈キーー、ばたん!〉


 静かだった公園にひかりが灯った。


 僕はわけもわからず辺りを見回した。だが、そこはあいも変わりない独りきりの公園だった。


〈きーーーー! バッタン!〉


 また、あの快活な声が静寂の公園に響き渡った。

 酒におかしくされた僕の幻覚なんだろうか。――――、いや。僕には確かに聞こえた。待ち焦がれた十数年遅いあの声が。


 数本の電灯だけが灯す、寂しく薄暗い深夜の公園。刹那、くうを斬り裂く茜陽せんこうが在り得べからざる待ち人ユメを映し出した。


 瞬きの永光は焼き付いた。酔い澱みのまなこに、心に。


 今さっき、僕の向かい側には。僕と同じシーソーの上には。誰かがいた。いた、いたはず――

 一瞬見えたはずの幻? いや、いや!! 確かに今! 僕のシーソーの対面にいたはずだ! 僕の待ち望んだ誰かがいたはずだ! 信じてほしい! ……信じてくれ。酔っ払いの戯れ言だなんて、そんなふうに切り捨てていい事じゃないんだ。


 ……だが、今、僕の向かい側。シーソーのもう一方には、誰も乗っていない。酒にやられた脳が見せる幻覚にしてはあまりにも激烈なその一瞬が、内深く、焼き付いてしまった。




 あの、夢みたいな瞬間から数日がたった。何の面白みもない、飽き飽きした仕事の毎日。あの劇的な光景を思い出しながら、二度と得られないかもしれない幸福を糧に毎日を消費していった。

 また、あの束の間の幸せを味わうために。



 この連休を空けるためにいつも以上に熱心に仕事をして、なんとか有給休暇を使わせてもらった。次の日を台無しにしてもいいくらい、今日は飲めるように。


 たかが、ユメだ。たかが、シーソーだ。児戯を越えない、霞にすらならない霜。

 だが、それが今の僕が見ることのできる、唯一のユメなんだ。明日のことなんて気にしなくていい。未来のことなんて考えなくていい。また、幼い頃の、あの夢を見られるなら。


 酒をしこたま飲んだ。僕の月給何分の何にもなる下らない量を。僕の意識が有って、無くなるその束の間。床へ落ちる一秒未満にあの音を聞けた気がした。夢を報せるあの音を。



 翌日、翌々日まで嘔吐の気配が無くなることはなかった。ずっと腹が苦しくて、息が荒くて、身体が辛くて、散々で、もう酒なんか見たくもないって何度も何度も何度も思った。でも、あの夢を見れるんならって伸ばした手を、理性が必死に止めたことを覚えている。会いに行きたくないわけじゃないんだという意思表示を、あの子にしたかったのかもしれない。


 二日、三日酔いの中で仕事中ずっと辛かった。少しでもマシにしたいと、胃薬やシジミ汁なんかを飲むために出費がかなりかさんだ。日課兼生き甲斐だった酒飲みが嫌になるだなんて考えたこともなかった。

 腹と頭がようやく平常に戻った頃、僕はどうしたものかと考えた。もう酒は飲むことができる。でも、どのくらいまで飲めばあの子に会えるのかは分からない。そもそも、本当にいたかどうかだって……明確には分からない。それでも、僕が生きるための理由は、今そこ以外にはない。その再確認が済んだ頃には家に置いてあった酒のボトルを手に取っていた。



 地面に座り、立って、歩いて、また座る。街灯を掴み、立って、歩いて、ようやくあの公園へ辿り着く。

 意識はもうぼろぼろ、帰りのことなんか考えたら歩けない。とりあえず公園のベンチに座り、首を後ろへと倒し、息を吐いた。

 倒れて狭くなった気道から浅く、酒気を帯びた息がぜぇぜぇと漏れる。熱く、気怠げな息とともに、内にあった夢が夜空へと漏れ出ている心地がする。自分の荒い息だけが聞こえるその場所公園で、僕の頭は冷え始めていた。


 息を吸い込み、急な吸気でむせ返る。


 ……公園、ベンチ、シーソー、夜空。僕の視界に映るこの世界。僕はあの子と会うために、これらを利用してを見る。深夜のあの時、確かに見えた夢を、今、もう一度、叶えるんだ。


 シーソーの片側に腰を落とす。

 持ち手を取って。地面を踏みとんで――落ちて、尻に鈍い感触をくらう。しばらくそこでじっとしている。しばしの浮遊感に刺激された腹を腹筋で押し留めて、……じっとしている。意識が薄らと起きてきながらも、…………じっと、している。……………………………………………………じっと、……………………………………している。



 空が白み、日が出てきて、時は深夜ではなくなった。僕は自分の足で、家へと帰った。




 何の喜びもない毎日が、過ぎていく。快楽(笑)の日々が、無意味な日々が。


 シーソーは両側に人が座っていなければ遊べない。片側だけじゃ、上がって、落ちる、浮遊感なんてない、支点を中心に重力が働くだけのただの板。お独り様には縁の無い、クソッタレな駄遊具だ。


 あぁ、そういえば、あの時だって……。……僕の身体を浮かせてはくれなかったな。



 独り、シーソーの片側に座る。シーソー、夕暮れの空、空いたもう一方。今はもう見慣れた、独りをより独りたらしめる惨めな光景。僕は思いきり踏みとんで、――――ゆっくりと落ちていった。顔を上げる。……そっか、そうだったな。そんな小さな身体じゃ、僕を浮かせることなんか、できなかった、よね。僕が、落ちたまんまじゃ。地面に足付けて、踏んで、とぶなんて、できないよね。


「ごめんね、もっと早く、遊びに来てれば、よかったのに……」



 夕暮れに泣き笑う大人が一人。シーソーのもう一方を急に落とさぬよう、ゆっくりと踏みとび、宙へ浮かんだ。


 

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