無キャ?とやたら強い幼馴染

@aruzisu

ちなみに、由香が裕くんを好きになったのは小学校の頃

「裕くんはさ、将来、やっぱりマッチョになりたい?」


夕暮れに染まった放課後の教室、幼馴染の由香が吹っかけてきた質問はいつも通りよく分からない。質問と共に差し出されたスマホの画面にはマッチョの俳優が表示されている。機械人間になったり出産したりするあの男優だ。ダダンダンダダン。


「別に」

視線を本に戻して雑に答える。この場合、雑に対処するのが正解だ。だって由香の質問は思いついたことを聞いてるだけだし。だからコイツの意図のない質問に悩むのはあまり得策じゃない。そんな事はコイツと幼稚園の頃から一緒にいれば嫌でも分かることだ。


それに由香自身も雑に返されたことを気にしてなさそうだし。二袋目のポテチを楽しそうに開ける姿をチラッっと見ている感じでは。開けたての醤油味のポテチをつまんでいる由香が、意外そうな表情でコッチを見てきた。


「えぇ~男なのに?」

「何その、男がみんなマッチョになりたいみたいな前提」

「えっ、違うの?」


そりゃ違うだろ。


本を閉じて向かい合う。全国の男の為にも誤解を解かねばならない。


「じゃあさ、美容師やってるタイプの奴がマッチョに憧れてると思うか?」

「ちょい待ちぃ。……あぁ~」

由香が目を上に向け妄想する。そして納得して———

「フッ、ハハハッ」

———吹き出した。そんなに笑う要素あったか? 女子力なんて捨ててきたように全力で笑う。放課後になるまではあんなに女子っぽく振る舞ってたのに。清楚でカワイイ子として男子の中でまぁまぁ話題なのに。クラスの奴が見たらビックリすんぞ、ほんと。

「美容師がっ、みんなぁ、レスラーぁ、フフッ」

「何の妄想をしてんだよ」


ツボに入ったらしい。腹を抑えて机をバンバン叩いて、全身で笑っている。清楚とは程遠い、昔から変わらない笑顔。顔をくちゃくちゃにして笑うその笑顔を僕だけが知っている。別に好きなわけじゃないけど、でもなんだかうれしい。別に好きじゃないけど。でも、将来付き合う人はこうやって素をさらけ出してくれる人がいいなぁと思う。いつも隣で笑ってくれるような人。桜が満開の教会にて、白いベールを纏って隣で笑うのは、由香の顔。


「フフッ。はぁーオモシロ。んで、そっちこそ、なにニヤついてるの?」

「うぇっ?」

ニヤついて? 慌てて口元を触る。口角が上がっていた。


「どしたん? なんかいいことあった?」


茶化すような半笑いの指摘。でもその挑発的な言葉のわりに、目が少し潤んでいるのは、さっき笑い過ぎたせいなのだろうか。その熱のある目を見てさらに緩みかけた口角を、急いで戻して気持ちを隠蔽する。妄想の中で君の笑顔を見れてうれしかったなんてキメェことは絶対に言えない。


「べ、別にィ?」

「ふーん」


精一杯スカしてみたけど、ぎこちなさが満載だった。語尾の声音あがってるし、なんか頬のあたりの熱が勝手に上がっていくし。絶対、変だよな。俯瞰した思考が、隠そうとしていた自分のキモさと本音を見せつけてくる。考えるのをやめたい。もっとバカになりたい。バカになって、素直になれればどれだけ楽なんだろう。


「なんかあったんだぁ」


目を細め、涙袋を膨らませ、見透かすように微笑む。僕の本音に気づいているかは分からないけど、何かしらは察されている。どこまで? 分からない。でも、良くないことに気がついているのは確かだ。どうしよ。もう、ここまで来たら気持ちを伝え———


「ねぇよォ?」


———られるわけねぇよなぁ。伊達に小学校から無キャを続けてきたわけじゃない。誇ることじゃないけど。むしろ恥じろ。


「わかりやすぅー」 

「うっせ」


何気ない話と少しのトキメキと下らないプライド。きっと将来の僕が「青春」と呼ぶだろう心地よさの詰まった放課後。その終わりを知らせるチャイムが鳴る。今がいつまでも続けばいいのに、なんて最近よく思うのは、この学生生活の終わりが見えてきたからだろうか。


春になれば僕たちは別々の道へと進む。僕は東京へ行き、彼女は地元に残る。なんだかんだで関係は続いていきそうだなぁなんて期待はあるけれど、それは無根拠で今すぐにでも崩れそうなぐらい頼りない。そんな確かなものがない僕たちの関係なんて気にも留めず、別れという確実な将来はだんだんと近づいてくる。

窓から黄昏色の秋風が吹き込む。別れの背中が見え始めた高校三年の秋、妙な寂しさが漂い始めたいつもの放課後は、今日も何も変わらなかった。でも、まだ終わった訳じゃない。いつか、必ず。


「じゃ私、先に校門行ってるね。あ、あと、伝えるなら早めにしてね。卒業までに二人でやりたいこと、いっぱいあるから」

「おけー。早めに用意して……ん?」


今なんて言った? 伝える? 予想外の言葉に帰る用意をしていた手が止まる。え。バレてるの? 全部? 核心を得るために由香の表情を見ようとする。でも、帰り支度を終えた彼女は、もう教室の出口の前にいて顔が見えない。

「あのッ」


「じゃ、待ってるから」


そう言うと、こちらを見ることなく出ていってしまった。でも彼女の気持ちは分かった。俯きながらやけに熱っぽくて、清楚でも溌溂でもない、今まで見たことのない色気を纏った声。これって、まるで告……。


一人残された教室。由香の声と血流の音が耳の奥で鳴りやまない。高鳴る心臓は今にも破裂しそうで、急速に廻る血液は沸騰したように熱い。突然の告白に対する興奮と今からする事に対する緊張。高熱の気持ち達が感情にしていた蓋を溶かしたので、秘められた思いが胸いっぱいにあふれ出した。


由香が好きだ。ずっと昔から。笑った顔も怒った顔も泣いた顔も好きだ。存在の全てが好きだ。ずっと隠していたけれど言わなきゃ本当には伝わらない。彼女にきっかけを作らせてしまったのは本当に情けないと思う。でも、どれだけ情けなくても、伝えなければその先の関係へは行けない。伝えないといけない。


今日が、その日なんだ。


カバンを強く握って、勢いよく教室を飛び出す。気持ちに体が追い付かず、足がもつれそうになる。とても不格好な姿勢になりながらも、それでもただ前に進み続けた。

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