西園冬花①

 帰寮後。うがい手洗いして、部屋着に着替え、資料を確認する。

 みんなの項目を見ることが出来るけど出来るだけ見ないように目的の人の場所へと視線を向ける。

 西園冬花。

 ってきりふゆかさんかと思ったけど、とうかさんなのか。

 引きこもった原因は……。

咲月(……)

 私は思わず心をギュッと掴まれる。

 【いじめ】

 世の中にいじめが実在していることは重々承知なはずだった。

 酷ければニュース。よく、とか言ってしまってはあれだけどネットで言葉や動画を上げ、助けを求めている人だってみかけている。

 だから少しぐらいなら平気と表現したくないが、耐性みたいなのはあると思っていたけど……。

咲月「身近な人は初めてだからな」

 運が良かったのかもしれない。私が学校へ通っていた時はそんなことはなかったから。

 西園冬花さんの、いじめ。

 その言葉を見て、ああ、本当にそういうことが実在しているんだと思ってしまった。

 もちろん、それが原因になっているとは限らないけど……。

咲月(容姿の美醜は、特に女子の間では普通が求められちゃうからな)

 性格もそう言えるだろう。

 劣らずとも秀でてもいない。

 悪くもなければ媚びてもいない。

 女子って変な風に捉えがちだからな。

 今日藤沢さんが語ってくれた通り、西園冬花さんは一言では表しきれないほどの容姿が整っている。

 可愛いし、美人だし、髪サラサラだし、まつ毛長いし、いい匂いするし。

 普通に考えなくてもそれはいいこと。

 誰だってそんな子になりたい願望はある。

 だけど、現実は非情で理不尽だ。

 可愛いって、そんな自分には関係ないようなどうでもいい理由で人はいじめられるし、私もいじめまでは発展しなかったが陰で可愛いって理由だけで媚びてるとか調子乗ってるとか。そんな最低な会話を聞いたことがある。

 まだ詳しくはわからない。だけど、そういう関係でここに来てしまったんじゃないかとは思う。

咲月(そんな子に対して私は何ができるのだろうか)

 他者から傷つけられた心。

 私がしなくてはならないのは更生。

 似たような経験をしたからこそ分かる。

 絶対に過去を忘れろとか前を向けとかそんな言葉は言っちゃいけない。


 早速翌日。藤沢さんと同じように朝の食堂から交流を深めていこうって思ったけど……。

咲月(西園さんって食堂に来てない方が多いんだよね)

 たま〜に。三日四日に一回見かけるぐらいで食堂ではあんまり見かけない。

咲月(食べてないってことはないと思うけど……)

 食器の返却姿すら見かけないから、キッチン備え付けだし自分で作ってるのかななんて。

 食堂での交流は難しい。ならばと思い、私は玄関にて待ち伏せることに。

 時刻は八時。登校時間は九時きっかり。ここから学校まではど〜んなにゆっくり歩いても二十分も掛からない。さすがにこの時間から待機していれば早め登校の人でも玄関で鉢合わせることができる。

 ……。

 さすがに身構え続けて待つのは恥ずかしく、出来れば偶然を装いたいと思ったので隠れて待つことに。

 みんなボチボチと登校していく。こうしてみると意外と面白いな。早めに行ったり、ちょうどよさそうな時間で出たり。みんな真面目だな。遅刻ギリギリに出ていった人なんて一人しかいなかったな〜。いや〜関心関心。やっぱり余裕を持って行くのが一番だよね〜。

 ……。

咲月(……ん?遅刻ギリギリに出ていく人……)

咲月「あ、ヤバい!!」

 いつの間にか全力で走らないと遅刻しちゃう時間になっている。

 まずいまずいまずい。

 急いで学校へ行かないと遅刻してしまう。

 ダッシュ。ダッシュ。小休憩。ダッシュ。

咲月「は……あ゛、はっ、あ~あ。はぁ」

 なんとか間に合った。この残り時間で、下駄箱なら歩いても間に合う。

 はっ。は。あ。っは。あ。

 久しぶりに、全力で、走った。

 ゼーハーゼーハー息を整えながら行くのも恥ずかしいので、ここでちゃんと息を整えてから教室へ向かおうとする。

咲月(ん、あれ?西園さんだ)

 歩く姿すら美しい西園さん。

 右から来たってことは図書室にでも行ってたのかな。

 朝から行くなんて……あ。そういえば、西園さん見かけなかったな。

 遅刻ギリギリに気を取られすっかり忘れていたけど、私の目的は西園さんに接触すること。

 もう間もなく始業のチャイムが鳴りそうだけど、いけるか?

 話せなくてもせめて挨拶ぐらいはと思い、西園さんに声を掛けることにした。

咲月「西園さんだよね?おはよう」

冬花「……」

咲月「あ、急に声掛けてごめんね」

 目をものすっごく見開き、まるで怖いものでもみたように静かに驚かれてしまった。

咲月「えーっと、」

 まずい。何話すか考えてなかった。

 どうしよ。どうしよ。

 なんて考えている時間なんてなくて。

 キーンコーンカーンコーン。

 始業のチャイムが鳴り響いてしまう。

冬花「おはようございます」

 チャイムでかき消されてしまいそうな優しい挨拶。

咲月「うん。おはよう」

 ニコッと明るく。

 って、こんなことしてる時間はまじでない。

咲月「西園さんいそご」

冬花「……」

 ギリギリセーフ。

 なんとか間に合い私達は遅刻にならず。

春樹「遅刻ギリギリなんて珍しいね」

 古橋くんとは隣の席。

 いつも私は早すぎず遅すぎない時間に来てるからか珍しがられた。

咲月「ちょっとね。西園さん待ってたらこんな時間に」

春樹「……あ、え、そうなんだ」

 何か違和感を覚えたような納得。

 気になって聞こうとしたのだが……。

村上「皆さん。おはようございます」

 朝のホームルームが始まってしまったので聞くことは出来なかった。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 一時限目の授業の終わりを告げるチャイム。

 号令などなく、先生の一存で勝手に終わる。

 朝、西園さんとの接点があまりにもなかったので、少しでもと思い授業間の時間を使って話しかけてみようと思い西園さんがいる、私から一席挟んで廊下側一番後ろの席へ向かおうとしたのだが、彼女はすぐさま教室を出て行ってしまった。

咲月(トイレかな)

 本来は休憩時間。トイレ休憩や次の授業に供える為の時間。さすがにトイレまで着いていく迷惑行為なんて出来なくて、戻ってくるまで待つことにする。

 ………………。

 …………。

 ……。

 キーンコーンカーンコーン。

 次の授業の始まりのチャイム。結局、そのチャイムがなるまで西園さんは戻ってこなかった。


彩夏「やっほ~。一緒に食べない?」

 お昼の時間。

 西園さんと食べようかなと思っていたのだが、いつの間にか教室にはおらず。

 そんな私を見かねてか、坂月さんと藤沢さんがお昼を誘ってくれた。

ナツメ「私も今日西園さんのこと観察してみましたけど、授業中を除けばほとんど教室にいませんでしたね」

彩夏「そうね。時間ギリギリまで教室に戻らなかったし、さっきも急いでどこかへ行っちゃったわね」

 そう。今二人が言ってくれたみたいに西園さんはほとんど教室にはいない。

 トイレか外でゆったりしているのかは分からないけど、授業が終わる度に次の授業が始まるまで教室には戻ってこない。

 今日がたまたまそういう日って可能性も全然あるんだけど、さすがに毎時間時間ギリギリまで教室に戻らないのは不思議に感じる。

ナツメ「何か用事とかでもあったんですかね。それか委員会活動とか」

咲月「ん~わからないけど、さすがに委員会ではないと思う」

 各委員会の業務内容は配布されたタブレット端末にメールで送られてあるから確認できる。

 チラッと流し読みした程度だが、授業終わりに活動がある委員会はさすがになかったような気がする。

彩夏

 「まあ、初日だしこんなところじゃない。情報なんて今日から探ってるわけだし、今分かったの情報がイレギュラーって可能性もあるんだし」

 「それに、あんまり詳しくは知らないけど藤沢さんの時もこんな感じだったんじゃないの?」

ナツメ「なんか、自分が前例扱いされるのってむずがゆいですね」

 坂月さんの言う通り初日だし、そこまで気にするようなことではないと思うのだけど……二人と違って西園さんがここへ来た原因がいじめと知っているからだろうか。

 なんとなくだけど西園さんの行動に違和感を覚えてしまうのは気のせいだろうか。


 帰りのホームルーム終了後。

 今日一日を通して、私が西園さんと席が一番近いはずなのに逃がしてしまったのは西園さんの席から一歩で廊下への扉があるから。だから西園さんは最速最短で廊下へと出て行けてしまい話しかけることが出来なかった。

 そして今も西園さんは最短最速へ廊下へ向かっていたのだが、私は無理やり話しかけ西園さんを捕捉した。

咲月「西園さん待って」

冬花「……」

 西園さんは朝と同じような驚き方をし、ぎこちない笑みで対応する。

冬花「えーっと、たしか、宮本咲月さんだよね?」

咲月「うんそう。宮本咲月です」

 申し訳なさがすごい。

冬花「何か用かな?」

咲月「えーっと、急いでるぽかったんだけど、よかったら一緒に帰れないかなって」

冬花「……」

 驚きと恐怖?なのかな。急に話しかけ呼び止めちゃったからなのか、そこら辺の感情が混じった表情をしている。

冬花「……ご、ごめんね。今日はちょっと急いでて……」

咲月「明日とかは?」

冬花「明日もちょっと……」

咲月「なら来週は空いてるかな?」

 しつこいと思われてるだろうけど、ここで引いてしまっては接点なんて持てない気がした。

冬花「……」

 西園さんはしばし悩んでから「来週なら」と許可をくれた。

咲月「ありがとう。急に話しかけて引き止めちゃってごめんね」

冬花「あ、ううん。平気」

咲月「それじゃあ来週ね」

 急いでると言っていたからなるはやで事を済ませ別れる。

咲月「ふー」

 ちょっと一息。

 さすがに無理やりすぎだったかなと反省する。

咲月(笑顔だって無理やり作ってたぽかったしな)

 しつこくいかずゆったりしているところを待てばよかっただろうか。

 まだ一日目だし様子を見て判断すればよかったと後悔してしまう。

咲月「まあ、ここから」

 うまくできるほど器用ではなく、そんな漫画みたいな主人公でもない。

 だからこそミスしないように、後悔しないように、丁寧にいかないと。

 それが凡人にもできる唯一のことだから。

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