【掌編】また会えるなら

@jeep2025

また会えるなら

いつものように胸に手を当て、深呼吸する。


別れた彼女が来ると聞き、同窓会に来てしまった。


よりを戻したいわけでも、謝りたいわけでもない。


心に刺さった小さな棘の痛みは、まだ治らない。


会場に入ると、喜ぶ声が僕にぶつかる。


笑顔を貼り付け、最低限の挨拶をする。


質問が終わると、まるで僕が見えなくなったかのように話題は流れていった。


ーー帰りたいな。


僕は、一度トイレに向かおうとした時だった。


「–たっくん?」


後ろから声をかけられ、鼓動が早くなる。


手のひらがじんわり汗ばみ、喉が乾き、声が出ない。


ゆっくり振り向く。


そこには、彼女が立っていた。


「ひ、、久しぶり」


思わず出た情けない声。


彼女はクスッと笑う。

昔と変わらない笑顔に、僕の緊張は少しだけ溶けた。


「久しぶり。足は…良くなった?」


彼女らしくない優しさが胸に刺さる。




「ーーそっかぁ、今は陸上やめちゃったんだぁ」


他愛ない世間話。声が柔らかく響く。


昔の思い出が静かに、心に降りてきた。


「あのときお互い大変だったよね。恋愛なんて二の次だったと思うんだ」


彼女は夜空を見つめ、目線を合わせない。


「ねぇ、あのときの私って、どう見えてた?」


僕はすぐに答えを返せなかった。


目線を少し逸らし、言葉を探す。


彼女は静かに僕を見つめている。


沈黙がほんの一瞬、会場のざわめきを遠くに押しやる。


僕の胸の奥で、小さな棘がうずき、答えを出すのをためらわせる。


「…僕が誰よりも君のことを見てなかったと思うよ」


彼女は少し驚いたように目を見開いた。


でもすぐに、柔らかい微笑みを浮かべる。


「…貴方が1番、私を見ててくれたわ。私が見せられなかったし、見てなかった」


ーー少しだけ、心が和らいだ気がした。


「いつの日か、また会おうね」


「あぁ。またいつか」


叶うかどうかもわからない約束をし、僕たちは別れた。


胸の棘は、優しく僕を包んでいる。

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