満島失踪に関するインタビュー: 鈴谷博史(満島の元指導教員)


満島くんね。ええ、覚えてますよ。

非常になんというか、何事にも積極的で自信があって……意識が常に高いというんでしょうかね、私のゼミでもゼミ長をすすんでやってくれました。もう20年以上前の話です。

当時私のゼミは近現代文学を専門とする場所でね。小説や詩に興味を持った生徒さんたちが集まってくれていました。宮沢賢治とか阿部工房とか江戸川乱歩とか…ゼミの時間は生徒がそれぞれ気になってたり好きだったりする作家の本をみんなで読んだり、考察したらなんかしてね。本が好きな連中しかいませんから、なかなか楽しくやってましたよ。


でも…その中で満島くんはわりとなんていうかな、浮いてる存在だったかもしれませんね。

先ほど言ったようにゼミ長を率先してやってくれるほど気合の入った学生だったのでね、こちらとしてはすごくありがたかったんですが……彼の自信家で意識の高い性格が、ゼミの学生たちにとってはどうも付き合いづらかったようです。

学生たちから満島くんについて相談を受けたことも何度かあります。たいていは「満島くんがなんの相談もなく独断でゼミ発表の順番を決めてしまった」とか「満島くんが突然、全員の論文に対する意識が低いからと言って合宿を企画してきた」とか……まあ、要するに意識が高いがゆえに周りとそりが合わない。自信家であるがゆえに、どこか周りを見下す。そういったところがあったみたいですね。


私はあまり大事だと思ってなかったので、よほどのことがない限り学生の自治に任せようと思っていたんですが…ある日、満島くんの方から私のところに来たことがありました。ちょうどその頃は満島くんが4年生の年だったので、卒論の相談かと思ってたんですがね。研究室に入るなり唐突に「小説を書いたからぜひ先生に添削していただきたい」なんて言われて、分厚い紙の束をよこされたんです。


とんでもない文量に困惑しました。ざっと200ページほどでしょうか。私自身、これまで何人もの卒論を指導してきましたが…まさか小説を添削して欲しいなんて言われるとは思いませんでしたよ。私は小説家じゃなく、文学研究者なのに。


仕方なしに読んでみたんですがね。

いやはや、なんというか。こんなこと言ったら良くないんですが、普段の満島くんのレポートや口頭発表の内容と比較すると非常に稚拙でした。小説として読むに堪えない。伝えたいことがひとつも見えてこないんですよ。語彙力だけが先行して、内容が伴ってない。登場人物の描写が希薄で感情移入することも難しい。とにかく読みづらくて……読み切るのは時間がかかりました。


満島くんにそうした肌感をそのまま伝えるべきかは非常に悩んだんですが、少しオブラートに包む形で正直に伝えました。文章力はあるが内容としてはあまり出来が良くない、小説というのは独りよがりになって書くものではなく、きちんと読者を意識した上で登場人物の心理描写や背景なんてものを書き込む必要があるのだ、と。


それを伝えたところ、満島くんは予想に反して冷静でした。彼の性格だからてっきりショックを受けたりとか、激昂されたりとかするもんだと思ったんですがね。「ありがとうございました」と一言だけ言って、満島くんが私のところに小説を持ってくることは2度とありませんでした。


そのまま彼は卒業していきました。卒論は非常に出来が良かったですよ。ただ、彼はきっと小説を書く才能にだけ恵まれていなかったんだと思います。それ以外は優秀でした。


だからこそ、彼が数年後に作家としてデビューしたと聞いた時は本当に驚きましたよ。


『寒立馬の鳴く場所』ですよね。私も受賞の知らせを聞いてすぐに読みました。いやあ、びっくりしましたね。彼が以前に読ませてくれた小説と、同じ人物が書いているとはとても思えないくらい素晴らしい出来でした。登場人物の心理をしっかりと描き切る圧倒的な文章力、自然描写の美しさ…

きっと彼なりにすごく努力したんでしょうね。そうでなければあれほどまで、レベルアップした作品が書けるとは思えない。なんだか私も嬉しかったですよ。


彼を奮起させたきっかけが、あの時の私の辛口評価だったらいいなと思ってます。まあ…恩着せがましいのは重々理解しているんですがね。


え?ああ、満島くんの失踪についてですか。それも伺ってますよ。でも……別にいいじゃありませんか。

私に言わせれば、作家なんてものはみんな人でなしであるべきです。期待を裏切り、約束を反故にして、他者を蹴落とす。そのくらいの野心がなければ文字書きなんてとてもまともな精神ではやっていけない。機械じゃないんですから。


ええ、私は彼に大いに期待しているんですよ。きっと失踪しても素晴らしい作品を世に出し続けてくれるはずです。私は彼の一ファンとして、その行く末を見届ける所存ですよ。

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