さよならは巡り逢った日のように

無趣味

第1話

その日は、どんよりとした灰色の雲が空を覆い、心まで重く沈ませるような空模様だった。


教室の窓の外では、ときおり稲妻が光り、遠くで雷鳴が響いていた。


授業が始まる五分前、担任が慌ただしく教室へ入ってきた。


「この後、雨がもっと強くなって帰れなくなりそうだ。だから今のうちに帰ってくれ」


そう言うなり、全員に帰り支度をさせ、手短にホームルームを済ませて去っていった。


クラスの中は、突然の早退に喜ぶ声と、どこか落ち着かないざわめきで二極化されていた。


そんな中、俺は静かに鞄を持ち上げ、一人で教室を後にした。


生徒玄関を出て傘を開くと、雨が容赦なく地面を叩いていた


ザーザーという音が次第に激しさを増し、歩くたびに靴の中に冷たい水が染み込んでくる。


遠くで、ダムが放流しているのか、サイレンのような音が聞こえる


突然、俺はある方向に体が吸い寄せられた。

なにか、運命的なものに導かれるように俺は家とは別方向に歩き出した。




辿り着いたのは、何の変哲もない小さな公園だった。


妙に高い木々が周囲を囲い、薄暗い空気の中に砂場と少しの遊具だけがあった。



その中央に人影があった。

いや、違う。

あれは「人」ではない。

脳が本能的に、それを人間として認めることを拒絶していた。



恐る恐る近づくと、彼女の背から黒い羽根が生えていた。

カラスのような艶のある黒。

本来は柔らかい羽毛なのだろうが、雨に濡れて重たげにベタついていた


そして、頭には角が生えていた


山羊のような、悪魔のような黒い角が生えていた。


だが、それ以上に目を奪われたのは、彼女の顔だった。

恐ろしいほどに美しい。

この世のものとは思えないほどに。



「……大丈夫、ですか?」

自分でも信じられない。

明らかに声をかけてはいけない存在に、俺は話しかけていた。


もし目を覚ませば、俺は殺されるかもしれない。


そんなこと、分かっているのに

それでも、声をかけずにはいられなかった。


なぜ。なぜ。なぜ。

疑問が頭の中を埋め尽くす。


次の瞬間、頭の奥で線香花火が弾けるような感覚が走った。

「……君は、だれかな?」

砂場に横たわったまま、彼女は目を開け、こちらを見た。


その声は雨よりも冷たく、敵意に満ちた声だった。


「俺、俺は……」

言葉が出ない。

人間? 学生? 男性? 一般人?

何と名乗ればいいのか分からなかった。


「ふぅん。答える気、ないのね」


「いや、俺は――」


反射的に声を出した。

そして気づけば、口が勝手に言葉を発していた



「俺は……君の味方だよ」


その瞬間、彼女の瞳が僅かに揺れた。

敵意に満ちていた視線が、ニヤリと形を変える。


好奇心と、愉悦を混ぜたような目


「ミカタ、ね」


彼女はゆっくりと立ち上がる。

雨に濡れた髪が肩に貼りつき、その仕草さえも神秘的だった。


やがて彼女は手を伸ばし、俺の頬に触れる。

冷たく、でもなぜか心地よい指先。


「結構いいね。……あたしの好みかも」


「どういう……意味だ?」


「ねえ、キミって――アタシの“ミカタ”なんだよね?」


「ああ。」


「だったらさ、しばらく……アタシを家に置いてよ。」

雨音の中で、彼女の言葉だけが、妙に鮮明に響いた。

俺は力の抜けた声で返したのだった

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さよならは巡り逢った日のように 無趣味 @mumeinoshikisainomonogatari

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