龍星とマグカップの話

川柳くれか

龍星とマグカップの話

龍星とマグカップのはなし




光路郎の部屋に泊まったのは、何時ぶりだろう。

先々月の頭から、月をまたぐ今日まで。

ここへは来ていなかった。


二ヶ月前、光路郎が。

あの、真っ赤な目のブラックと同じ顔をした。

あいつの双子の兄貴とかいう、神様と出会ってから、一度もここに呼ばれた記憶が、龍星には無い。


そいつが現れる前は。

休みの前の日は大概二人で、自分の家よりも広い、彼のPC部屋で。

横並びで、ゲームをしていたのに。


SAAD KNOCKOUTのデュオ。

ランクマッチを、ヘッドホンとマイクを通さなくても聞こえる距離で、笑ったり怒ったりしながらやっていた。


勝てば二人で、両手でハンドタップをして。

負けても二人で、ギャーギャー文句言い合って。


ほんの二、三ヶ月前は当たり前だった事なのに。

なんだかひどく遠くに感じた。


久しぶりに。

明日は休みだからと、光路郎に誘われて。

光路郎の部屋で、二人で並んでゲームをした。


すごく嬉しくて、もうノリノリで。

バカみたいにうかれた、自分がいた。


でも一緒にいるのに、なぜか光路郎は。

脇に置いたスマホばかり気にして、全然集中してくれなくて。

全然、マッチで勝てなかった。

一緒にいるから、楽しかったけど。

でも、やっぱり面白くなかった。


今日はなんだか、調子が出ないからやめようと龍星は言って。

いつものように、リビングのソファーの背を広げて、ベッドにして横になる。


光路郎のマンションは、ベッドが一つしかないから、いつもこうやって龍星は寝ていた。


寝室のドアの隙間から、明かりが漏れて。

光路郎の、声がかすかに響いている。


ああ、なんだ。そういうことか。

と、龍星はおもう。


恐らく、ブラックや凪と一緒に。

あの赤い目の神様の為に。

ランクマを、回しているんだろう。


光路郎がスマホをえらく気にしていたのは。

きっとブラックから、そのお誘いメッセージが来てたからだ。

そっちとやりたいんだったら、はっきり言ってくれればよかったのに。

まあでもきっと。予定外の誘いだったのだろう。


先にブラックから声がかかっていれば。

光路郎は、今夜龍星を誘いはしなかっただろうからだ。


なんだかすごく、悲しくなって。

光路郎の声が聞こえないように。

スマホに繋いだイヤホンの音量を、バカみたいに大きくして、目を閉じた。



朝食を作った龍星の代わりに。

光路郎が洗い物をしている。

龍星が泊まりに来るようになってから、いつの間にか二人で決まっていた役割分担。


でも、今日は、ものすごく光路郎は眠そうだった。いつもは作ったもの美味しいって言って食べてくれるのに。ただ、だるそうに黙々と トーストを口に運んでいた。


多分、朝まで寝ないで、ゲームをしていたんだろう。楽しくて、ボイチャ出来たのが嬉しくて。

やめられなかったんだろうなと、龍星は思う。



眠そうな顔をして、皿を洗う彼を見るのが。

龍星はなんだかちょっと辛くなって。

歯磨きをしようと、いつものように洗面台へと足を向けた。


鏡の左下。

デッキの端に置かれた、深い茶色のプラスチックのマグカップ。


初めて泊まりに来た時から、何度か買い換えたそれは、いつもおそろいの色違いだった。


龍星は茶色、光路郎は青色。

でも、今朝は。違っていた。


反対側の端に置かれた、歯ブラシの入ったプラスチックの───赤い色をしたマグカップ。


口をゆすぐ為のそれに、龍星がふと手を伸ばした。

カップの赤色の取っ手を、ゆっくりと。

人差し指でなぞりながら彼は呟く。


「光ちゃん、赤色とか好きじゃなかったのになぁ

……好きな人の…あいつ瞳の色とかさ…

ほんと、見た目に反して、乙女チックだよねえ…?」


そう言いながら、彼は歯ブラシを抜き取ると、おもむろに。

ゴミ箱の中へ、そのマグカップを投げ入れた。


「虫が入っちゃって、不衛生だから。

捨てたって、言っとけばいいよね…

後で買い物行く時、新しく僕が選んで買ってあげればいいし」


洗面台の鏡を見ると、微笑んでる自分の姿。

だがその目はまるで光を映さず。

今目の前にいる、自分ですらも見ていないように。昏く、昏く。沈んでいた


「………キモ」


鏡の中の自分が、微笑んだまま。

同じようにそう────呟いた。




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龍星とマグカップの話 川柳くれか @kureka_senryu

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