第15話
ホノ先生の研究室は、本校舎四階の隅にあった。ホノ先生の研究室、というよりは、魔物関連の資料室に入り浸りすぎて結果的にホノ先生の私室のようになっている状態だ。そこに呼び出された私たちは、研究室の扉をノックした。
「あぁ、よく来たね。いらっしゃい」
ホノ先生が人好きのする笑みで迎え入れてくれる。中は資料メモや本などが散乱していて、足の踏み場を探すのが難しい。
「ごめんねー、散らかってて」
そう言う本人は、慣れた足取りでひょいひょいと避けながら奥のテーブルに向かう。雑多に物が置かれた室内で、テーブル周りだけは必要なものが整理されて置かれているようだった。ホノ先生はテーブルの上に置かれた箱を手に取ると、私たちに差し出した。
「はい、これ。きっと君たちに必要なものだよ」
アンティーク風の小箱は、物々しい雰囲気を漂わせている。戸惑う私の横で、オリハ先輩は躊躇いもせず受け取った。ぱかりと開けると、革紐でできたペンダントがふたつ入っていた。白い粒のようなものがトップに嵌められている。
「魔物除けのお守りだよ。貴重なものだから、大事に使ってね」
あっけらかんと言ってのけるホノ先生に、私は慌てて言った。
「魔物除けってことは、光の結晶ってことですか?」
「うん、もちろんそうだよ」
にこにこして言うホノ先生に戦慄する。闇の集合体である魔物は、光を苦手としている。でも光の結晶なんて、作れる人は限られている。なにせ、光を操れる魔法使いすらこの世界にそうそういないのだ。それを結晶化するなんて……。
「……いや」
考え直す。そんな芸当ができそうな人を、私たちは知っている。本来の才能をひた隠しにしている、光を扱えそうな魔法使いを……。
「レンリ先生が作ったものですか?」
疑わしく言うと、ホノ先生はあからさまに慌てた顔をした。
「えっ、た、たしかに、これはレンリ先生が渡してくれたものだよ。僕は貴重な資料としてありがたく貰ったんだ。でも、なんでそれを?」
その反応で、なんとなく事情は察せれた。嘘がつける人でもなさそうだ。なんにせよ、レンリ先生の息がかかっているらしい。
「まぁでも、使うしかないよね」
「……はい」
オリハ先輩の言葉に頷いて、ペンダントを受け取る。白い粒は、窓から差し込む光を受けてキラリと煌めいた。
「それで、森で出会った光の魔法生物のことなんですが」
「光の魔法生物?」
オリハ先輩の言葉に、ホノ先生がぽかんとする。
「……もしかして、知らないんですか?」
「え? ええと、光の魔力を込めた魔法生物ってことかい? そんなものが森にいたってこと? ちょ、ちょっと待ってね……」
ホノ先生が周囲の資料をひっくり返す。がらくたのように積まれた書籍が崩れ落ちていく。
「だ、大丈夫ですか?」
さすがに不安になって手を貸そうか迷っていると、ホノ先生は一冊の分厚い本を手にブツブツと独り言を始めた。
「……これ、どのくらいかかると思います?」
思わず隣に問いかけると、オリハ先輩は肩をすくめた。
「……さぁ。もしかすると、魔法生物についての知識は得られないかもしれないね……」
「ま、待って!」
諦めようとする私たちに、ホノ先生はストップをかける。
「研究者の意地をかけて、今日中に調べておくよ。明日来てくれたら資料を渡す! だから、森に行かずに待ってて!」
それだけ言い放つと、またブツブツと独り言モードに戻ってしまった。
「……どうします?」
「どうしようね……」
オリハ先輩が指を顎に当てる。森に行かずに待ってて、と言われても、私たちには課題の期限がある。明日、明後日で捕まえなければ、次の合同実習までに間に合わない。
「でも、森が危険なのはたしかだし、情報が得られるなら慎重になるに越したことはないかもしれない」
「……それは、そうですけど」
同意しながらも、足踏みをさせられている状況になんとなく納得がいかない。
「……いてもたってもいられないんだね」
「な、そ、そんなんじゃ」
見透かされたような言葉に慌てて首を振る。オリハ先輩はくすっと笑って、愛おしむように目を細めた。その表情を見て、かぁっと身体に熱がのぼってくる。
「大丈夫、僕たちならやれるよ」
根拠のない言葉だ。でも、オリハ先輩が言うと妙な説得力があった。私はため息をついて頷く。たしかに、慎重になるべきだ。私は何を焦っているのだろうか。堅実に、地道に、が私の理念だ。そのはずなのに、はやる気持ちが胸の中に湧いてきている。この感覚は、一体何なのだろう。
自らの妙な昂りを抑えながら本校舎を出て、オリハ先輩と別れる。家に帰る道中も、家に帰っても、ずっとそわそわする気持ちを抱えて落ち着かなかった。
マヤ・ナイラの残響 よるん、 @4rn_L
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