付喪神
嶋田
付喪神
「付喪神」って知ってるか?
道具を長いことずーっと使っていると、その道具に自我が宿って付喪神になるとされているんだ。大事にしていれば良い付喪神に、粗末に扱っていれば悪い付喪神になって、人間を呪っちまうこともある。
付喪神になるのに必要な年月はおよそ100年。美術館や博物館なんかに飾られている古い道具の類は、みんな俺の大先輩だ。
でも、今は昔より「長く大切にするもの」が少なくなってる。ひとつの道具もせいぜい5年、10年持てば良いほう。今の時代、100年使われている道具なんてほとんど無いんだよ。古い家や店はまだしも、一般家庭なんかには全くと言っていいほど、そんなものは存在しない。
だから最近、時代に合わせて付喪神もアップデートしているんだ。別にみんな好きで付喪神になってるわけじゃないんだけど、このまま存在ごと忘れ去られるよりかは、ちょっとずつでも変わりながら存在し続ける方がいいんじゃないかと思ってさ。
現在、付喪神になるために必要な年月は40年。大先輩たちの半分以下の年数で、俺は付喪神になれる。結構頑張ったと思わないか?まあ、実際に頑張ったのは先代たちだけど。伝統を壊すのかとかなんとか、古株たちに散々言われてきたみたいだ。
俺は今、39年目と11ヶ月。あと少し、あと少しだ。付喪神は年月が経つほどできることが増えていく。100年以上の大御所付喪神なんかは、自分で移動することだってできるそうだ。
俺も付喪神までもうすぐのところまで来ているから、最近人間でいう耳ってやつを習得して、音が聞こえるようになった。今までなんにもない状態で39年間過ごしてきたから、この変化には飛び上がるほど喜んだ。実際に飛べたら、飛んでいただろうな。それはもう華麗に。
それから2週間、いよいよ明日、その時がやってくる。俺の持ち主は、俺のことをほとんど肌身離さず身につけてくれているようだ。大事にされてるか否かってのは、感覚で分かるんだ。
俺には心臓ってもんがないけれど、もしあったなら、今はち切れそうなくらいに拍を打っているんだろう。そわそわして、落ち着かない。
付喪神になれたら、俺は次に何を習得するんだろうか。目ってやつか、鼻ってやつか。口ってやつなら、1番嬉しい。俺を付喪神にしてくれた持ち主に礼が言いたいんだ。40年間大事にしてくれてありがとうって、おかげで俺は悪い付喪神にならずに済んだ、その礼を。
想像は止まらないまま、時間は進んでゆく。開口一番に何を言おうか、今日は一日中考えるんだ。
待ちに待ったその日。不意に、暗闇が開けた。
見えたのは、視界を取り囲む壁に手をかけ、こちらを覗き込む老人。知った声が降り注いだ。
「ああ……葉子、まさか、心筋梗塞だなんて」
「奇遇だね。今日は、僕たちの40年目の結婚記念日なんだよ。覚えているかな」
「40年間僕に連れ添ってくれて、ありがとう。この指輪も入れておくから……天国でも、付けていてくれ」
左右から再び暗闇が迫ってくる。ギィ、という音とともに、俺の視界は閉ざされた。
『付喪神』
付喪神 嶋田 @jam_dam
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