第10話 プロローグ・エピローグ
僕らの間には、いくつかの
唐揚げには無断でレモン果汁をかけないとか、サンドイッチにはレシビの倍のマスタードを入れるとか。それと、三軒先の和風豪邸で僕らよりいい暮らしをしてるカモノハシの神獣が何かを強請りに来た時は、アゾットに頼んで真性乱数で生贄になる方を決めるとか。
これも、そうした
先に巻き戻った方が軽食を用意する。大抵はインスタントコーヒーとフレンチトーストで、冷めてしまっても美味しいようにしっかり目に焼く。
二階リビングのチラシの山から黒色のCDプレイヤー風の音楽再生デバイスを使い、二〇四〇年代日本のロックバンドから適当に曲を流す。人間による音楽が純粋に娯楽目的で作られていた最後の年代だ。
いつも通り。僕らは死んで、今回は僕が先に巻き戻ったから、僕が用意する。
個人用再構築システムは気まぐれで、必ずしも死んだ順番に起動するという訳ではなく、死亡時刻の誤差が五分以内なら……目覚めるのは、一時間半から二時間後だ。
個人用端末と呼ばれる、肉体に紐付けられた生態ナノマシン群で第二都市のニュースを探す。どうやら、巨大な肉塊型の
なんだそれ。巨大な肉塊って、そんなのと戦ったのか僕らは。
アゾットも家に居ないし、多分今頃第二都市で慌てているだろうな。数日もすれば帰ってくるだろうけど。
どんな激戦、どんな
痕跡だって綺麗サッパリ巻き戻って、政府発のニュースとして最低限の記録が残されるだけ、あとは身に覚えのない依頼報酬を受け取って終了。
いつも通りだ。
だが、今回は少しばかりいつもと違った。
”肉体が変われば、精神も変わる。逆も然り。異常に見えるものは全て、正常である”
遺されている記録。記憶ならざるバックアップ。
面倒なことをしてくれたな、と苦笑する。
僕の、僕らの記憶は綺麗に破り捨てられた日記のようで、あまりに綺麗だから読み返す分には気にならないものだ。だから、僕らは正気を保ち、生きていられる。
”また、アゾットに倣い、遺言を積極的に遺すこと”
よくもまあ、最悪な呪いを遺してくれたものだ。
日記にページ数を記載してしまえば、否が応でも破り捨てられた箇所が気になってしまう。何か大切なことが書かれていたのではないか、なんてね。
”失った記憶から目を背けるな”
”世界は退屈だと目を背けるな”
どうせ自分が死ぬからって呑気なものだ。
クソ、死ぬとわかっているから記録を遺すなんて、僕らしくもない足掻き方じゃないか。メモを消してから首を吊ってもいいが、なんだかそれもシャクである。
”根室アルラについて調べろ”
”根室アルラに殺されるな”
平穏で退屈な日常、平穏で退屈な世界とは、退屈でなかった全ての時間が欠落するが故に見る共同幻想である。僕だって、実は昔から知っていたのかもしれない。
外国に目を向ければ今日も沢山の人が死んで、その上で日本とは別の────巻き戻し以外の手段でもって日々祖国を復興している。
どの国が優れている、なんて机上論を言うつもりはないが、少なくとも苦痛を
”根室アルラを死なせるな。もう二度と”
調べろ、殺されるな、死なせるな。
前の僕は同居人と色々あったらしい。退屈な日常が遺されたメモの二つ三つでサスペンス・ホラーに様変わりするのは聞いてない。
”僕は切り札を試してみた”
メモはここで終わっている。
何があったんだよ、前回の僕。誰も居ないのを良いことに独り言を吐き出すが、それは多分、違うのだ。
前回が特別だったのではなく。
毎回、特別な死を迎えていた。
単純な結論だ。
劇的な全てが記録されていないのなら、当然、後から見返せば退屈なもの。起承転結全てが欠けて、風景描写だけが続く小説みたいな。
なんてありきたりで、下らなくて、面白みがなくて、どうしようもない。
くすんだ赤色の合皮ソファーへ体重を預け、大きく背伸びする。
一分ほど目を瞑り、考えた後に、僕はまたいつも通りの日々に戻った。
ダイニングテーブルに二人分の皿を並べて、二人分のコーヒーを淹れる。
アルラはブラック派だからそのまま。僕はというと、ミルクと甘味料をたっぷり投入。甘みは何もない日々を少しばかり楽しくしてくれる。素晴らしい発明だ。
最近はインスタントも進化して、ドリップコーヒーと大差ない味を楽しめる。そのせいで一つの文化が死んだ、なんてアルラが前ぼやいてたっけ。
階段を上る音が聞こえた。
僕もゆっくりソファを立ち、階段の方へ向き直る。
「────おはよう、アルラ。僕らの仕事は終わったよ」
「良かった。おはよう、タカヤ先生」
紫の長髪、緑のモッズコート。個人巻き戻しで服が巻き戻る事はないけれど、それでも彼女が同じ服を着続けているのは、数十着が買い溜めてあるからだ。
いくら膝丈だからって、下着と黒タイツの上から羽織ってさも「自分は真っ当に服を着ています」という振る舞いをするのは辞めて欲しい。せめてズボンを穿け。
肌の露出は徹底して避けるのに、どことなく雑ではあるんだよな。
しっかし、根室アルラについて調べろ、殺されるな、か。
「先生? そんなに見つめて、何かあったの?」
「ああ、いや。僕はどうして死んだんだろうな、と」
アルラは訝しそうに僕の目を見つめ返して、少し考えたような素振りを見せると、そのまま僕の横を通り過ぎて席へと着いた。
────「どう死んだ」と「どうして死んだ」の間にある致命的な違いを追求しなかったのは、根室アルラによる信頼に他ならない。もしくは、たった一行を自分に向けて遺した灰吹タカヤに対する誠意か。ともすれば、これまで停滞していた未来への期待、と言い換えるべきかもしれない。
何であれ。
退屈な世界は少しずつ、本来の姿を記録するだろう。
Case2
隠秘実存アラカルト:二十二世紀オカルトパンク・ディストピアの生存戦略 不明夜 @fumeiyo
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